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第一話 召喚

 気が付くと、桜は見覚えのない場所にいた。

 既に周りにいる者達は目が覚めているのか、それぞれが口々に騒いでいる。中には言葉にならない声を発している者もいた。


 桜はゆっくりと周りを見渡すと、周りには規則的に置かれた机と椅子。それが学校指定の物だと気づくのにそう時間はいらない。

 クラスメイト達も自分と同じように椅子に座っていた。またその順番も、ここに来る前とそう変わらない。


 まるで教室の中が全て移動されたかのようだった。

 その証拠に教壇、先生の机。後ろにあるロッカー、掃除箱などいろいろな物が移動されている。


 これはきっと夢なのだろう、と桜は頬をつねるが痛かった。

 夢ではないらしい。


「やばい、なにこれ、どうなっているの?」


「おいおい、俺は教室にいたんじゃねえのかよっ!!」


「どこだー!! ここはーー!」


 周りで騒ぐ他のクラスメイト達の声によって、逆に桜の頭は冷え始める。彼らの中にはパニックに陥ってしまい、早口でぶつぶつと意味不明な物を言う者、また大笑いしている者、金切り声を上げている者などもいる。

そんな彼らの醜態を見る事で、桜は冷静になったのだ。


「で、どこ……ここ?」


 桜はまるで自分を納得させるかのように呟いた。

 自分たちがいるところを分析する。

 明かりは壁に置かれている青い炎を発するカンテラだ。それによって目を凝らさなければならないが、ここの様子がよく分かった。


 どうやらここはドーム状の空間だ。

 壁や地面は緑がかった巨大な石を無数に繋げて作られていた。石はそれぞれ歪んだり、鋭い角度もあったが、接地面は剃刀カミソリも通さないほど驚くほど正確には待っていた。

 また一つ一つの石自体も呆れるほど大きく、人の手に余るほどの代物である。

 最初はその石を大理石か、とも思ったが、緑色の大理石など存在しない。

 きっと別の石だろうと思った。


 ドームの中は意外とひんやりとしており、ブレザーを着ていても少し肌寒い。

 思わず、桜はぶるっと体が震えた。


 それから今の状況が呑み込めず、周りをきょろきょろと見渡していると、一人叫びながらドーム内を走る生徒も現れた。


 彼は勢いよく走り、そして何かとぶつかって勢いよくしりもちをついた。

 鈍い音がドーム内を反響する。

 桜も含めたクラスメイトはその方向を見た。


 そこには白い法衣を着た壮年の男たちが立っていた。彼らは金の刺繍が施された白いローブを着ていた。首や手足、耳などには金色の装飾具をつけており、それらの形は地球上では見た事のないものばかりで、金の輝きも少し青が混じっているような奇妙な色のようにも思えた。


 そんな彼らの中には、先ほど教室で見た事のある白いドレスを着た美しい女が囲まれるようにいた。

 彼女が前に出るにしたがって、全ての男たちは膝をついて彼女に平伏する。

 彼女はゆっくりと優雅に歩きながら、いつもは先生たちが授業する教壇に立って、深く礼をしてから鈴が転がるような声で話しかけた。


「ようこそ遠い場所からはるばるお越しくださいました。私はゾラと申します。この国の第一王女でございます。――皆様、混乱しておられると思いますが、どうぞこちらへお越し下さいませ。国王陛下が全てをご説明いたします」


 彼女はこのドームの出口を指し示した。

 中には彼女へ叫ぼうとした者もいたのだろうが、彼女の人並み外れた美しさに圧倒されて何も言えない。男女問わず、顔を赤く染めている者も多い。


 今の状況を知りたかった桜たちは、彼女に大人しく従うようにこのドームを出た。



 ◆◆◆



 桜たちが案内されたのは城の中だった。

 赤い絨毯が敷き詰められ、値段が付けられなさそうな調度品の壷や絵画が置かれた通路を歩いた。途中に置かれた調度品の数々に目を奪われている者も多かった。どれも美しいものだったのだ。貝殻を合わせて作られたよう色とりどりの壷が置かれ、鍾乳石で作られた人の像が並び、見た事のない異形の魚らしき絵画が置かれてあるのだ。どれも美術館でみるような一品であり、それらを見ているといつの間にか長い机が幾つも並んだ部屋に辿り着いていた。


 また大きな絵画が立てかけてある壁の近くに置かれた机だけは唯一他のものとは違って横に並べられており、そこには立派な髭が特徴的な頭に王冠を乗せた男が座っていた。

 彼がきっと国王だろう。

 顔には深い皺が刻まれて、鷹のように鋭い目をした男だった。

 そんな男に近い位置の椅子に座るのが、神倉であった。また彼に並ぶように、彼と親しい者達が順番に座っていく。それから桐原たちは神倉とは逆に、一番遠い位置へと座った。


 桜はその間の空いている席に座る。どこに座ろうとあまり違いなどだろう、と思うのだ。

 全てのクラスメイトが席に着くと、執事やメイド達がテーブルにカップを置いて温かいお茶を出してくれた。


 そんな彼ら、彼女らは誰もが息を飲むように美しかった。

人並外れた容姿をしていた。男も女もスタイルがよく、造形に隙がなかった。国中の美男美女を集めたと言ってもいいだろう。


 そして男子生徒にはメイドがお茶を入れて、女子生徒には執事がお茶を入れた。

 ほとんどの生徒が自分へ給仕してくれるものへ視線を注いでいる。特に思春期の男子生徒はそれぞれの欲求に任せて、思い思いのメイドの場所を注視していた。

 また彼ら彼女たちは去る時には少しだけ微笑んで去って行く。その姿は凛々しく、意中の者がいない高校生にとっては頭の中に焼き付く姿だっただろう。


 桜も当然のように欲望に任せて自分についたメイドを注視していたが、スレンダーな体型をした氷のように美しいメイドさんであったが、桜の好みであるもう少し肉付きのいい女性とは違ったため、去る時に氷が溶けたような温かい笑みを残してもあまり胸に感動はなかった。


(あーあっちの男についたメイドさんの方がよかったなー)


 などと思うような最低な男である。


「全てを説明するが、話をする前にまずはこれを飲んで気持ちを落ち着かせたほうがいい――」


 国王から言われるとおりに淹れてくれたお茶を飲む者がクラスの中で半数ほどいた。

 特に先ほど混乱していた生徒たちはこのお茶を飲むことで落ち着いたように穏やかな笑みを浮かべていた。どうやらリラックス効果のあるお茶らしい。


 桜は飲んでいない。

 自分の気に入るメイドが入れてくれなかったので意趣返しだ。


 とてもいい匂いがしているが、そう言えば今日の朝飯はコーンフレークにコーンポタージュ、それに大好きなコーラを飲んでいたため。あまり喉も乾いていなかったのだ。


「さて、それでは説明をしよう――」


 が現状の説明を桜含めたクラスメイトの全員にした後に、桜は近くにいた秋山が嬉しそうに小さく呟いたのを聞き逃しはしなかった。


「うわ、ベタ過ぎるほどにテンプレっ!」


 どこがテンプレなのか桜には分からなかったが、頭の中で聞いた内容を整理する。

 あまりゲームやアニメなどに詳しくない桜にとって、質問したいことは沢山あったが、秋山が納得するように何度も頷いていたので、そういうものなのだろうと無理矢理自分を納得させた。


 まず、この世界はゾータスと呼ばれており、最も大きな大陸――ルラ・イラ―に俺達は呼び出されたようだ。

 ルラ・イラ―には大きく分けて三つの種族が暮しているらしく、人族、魔族、それに獣人族のようだ。


 桜たちを呼び出した理由と言うのが、人族と魔族は長年争っており、これまでは小競り合いが続いていたが、魔族が本腰を入れて人族へ侵攻してきたようだ。

 人族は魔族たちへの抵抗を試みたようだが、どうやら彼らは魔王から力を貰っているらしくなかなかに苦戦を強いられているようでこのままでは人族が滅んでしまうらしい。そこで人族の神にこの戦況を打破したいと頼んだところ、神様がそれに答えて桜たちを召喚したようだ。


「名を言うのも恐れ多い我らが神曰く、私たちの世界を救うのには、あなた様方の力が必要でございます。あなた様方は誰もが貴き(とうとき)お方。我らが神に選ばれた貴方様たちは、皆が例外なく強力な力を持っております。是非ともその力で、魔王を倒し、哀れな私たちを救って頂きたいと思うのです」


 国王が椅子から立ち上がって深々と頭を下げる。

 それに合わせて国王の隣に座っていた彼の娘であるゾラ、また王妃、ゾラの兄弟姉妹、それだけではなく壁に沿うように立っている騎士や神官までも合わせて桜たちに頭を下げていた。


「一つ、聞きたいことがあります――」


 そんな彼らに反応するように一人の青年が手を上げた。

 桜たちのクラスの委員長である東雲しののめ めぐみという男だった。彼はいつも学年でもトップの成績を誇る秀才であり、ナイフのように鋭い容姿と四角い眼鏡の奥で光る眼が特徴的な線の細い男である。


「はい。どのような質問にもお答えしましょう」


 国王は厳かに言う。

 質問の許された東雲は立ち上がり、すっきりと通る声で言った。まるでそれは演説の様だった。


「僕はかの世界に父も母も残しておりました。まだ独り立ちするような年ではなく、親元で庇護されている存在です。僕自身もまだ父母に別れを告げておらず、一人息子の僕が急にいなくなれば両親は心配します。また祖母は体が悪くてね。両親や祖母の心を傷つけないためにも、お願いがございます。今すぐ僕が元いた世界に行くことは可能でしょうか?」


 東雲の抱いている質問は、この場にいるクラスメイト全員が望んでいる事だった。

 だが、国王の代わりにゾラが答えた内容は、この場にいる全ての者が望む答えではなかった。


「国王であるお父様に代わりまして、今回、あなた様方――勇者様の召喚を行った私がお答えいたします。あなたのお名前は何というでしょうか?」


「東雲です」


「では、東雲様、あなたのお気持ちも、ご両親のお気持ちもお察ししますが、申し訳ございません。私はあなた様方を元の世界に戻す方法は知らないのです――」


 ゾラは顔を伏せて決して上げはしなかった。


「そうですか。分かりました。わざわざお答えいただき、ありがとうございます」


 東雲はゾラの言葉に納得したように座った。

 桜はそんな彼の様子を興味深そうに見つめていた。怒りもせず、悲しみもせず、無表情で腕を組み納得する姿は少しだけ奇妙に見えたのだ。

 だが、桜は縮こまった彼の背中を見て、もしかしたらと思った。


(もしかしたら、彼も悲しんでいるのかも知れない)


 あの素っ気ない態度は元の世界に帰れない絶望を隠すためだと。

 クラスの委員長として冷静な姿を見せる事で、動揺を隠しきれないのではないかと思った。なんと気丈な者なのだろうか、とクラス委員長の姿を尊敬した。


「ちょっと帰れないってどういう事だよ!? 俺達を呼んだのなら帰せよ! 帰せるんじゃねえのかよ!!」


 立ち上がってテーブルに足をつけて叫ぶ桐原の姿は、桜にとってとても人間らしく、直情的に見えた。

 彼の叫びは最もであり、当然のことのように思えた。


「そうだ、そうだ!」


「え、嘘! 帰れないの?」


「待ってよ、あり得ないよ!!」


 他のクラスメイトも桐原の叫びに合わせて徐々にパニックに落ちていく。


「皆様、本当に申し訳ございません。ですが、私たちの神も、薄情ではございません。必ずや目的を達成した後には、神の意向で元の世界に帰れると私は信じております!」


 ゾラは頭を勢いよくもう一度下げると、絨毯に黒いしみがぽつぽつと生まれた。

 彼女は涙を流していたのだ。


「ふざけんな!! 今すぐ俺たちを元の世界に帰しやがれ!!」


 ゾラに対しても桐原は今にも掴みかかろうとする勢いで言う。

 そんな彼を止めたのは、神倉の鶴の一声だった。


「――待ってよ、皆」


 神倉は急に立ち上がり、全員の顔を見てから言葉を続けた。


「ゾラさんはこう言っているけど、きっとオレ達の為の元の世界に帰る方法を探してくれている筈だ。そうですよね?」


「はい。当然でございます。皆様は私たちの都合で勝手にこちらに来てもらったのですから、帰る方法を探すのは私たちの義務でございます」


「もしも見つかったら帰還志望の人はすぐに元の世界に帰れると思って宜しいですか?」


「はい。当然でございますわ。私たちに勇者様方を止める事は出来ません。ただ、一言申し上げるとすれば、わたくしたちの力は我らが神と比べるとちっぽけなものです。ですから、全ての事が済んだ後に神に頼まれるのが最も確実かと思います。我々の神は慈悲深い神でございますから。また過去にも勇者様方を呼び出した事がございまして、その時も用が済めば我らが神は勇者様を元の世界に戻しておられました」


「なるほど……。分かりました」


 神倉は目を閉じた。

 それから目を開けると確かに神倉の目には情熱が宿っていた。


「――ゾラさん、オレは戦います! この大切な級友たちを元の世界に帰すため、ここいる人たちを救うために!」


 神倉は強く言った。

 まるで物語の中にしかいない英雄のように。


「ありがとうございます。あなたの勇気に私は感謝いたします。是非ともお名前をお聞かせ願いますでしょうか?」


 ゾラは目に涙を浮かべたまま昴の元に急いで、彼の両手を包むように握った。


「オレの名前は神倉昴です!」


「昴様、本当にありがとうございます――!」


 ゾラは感動して握った手に額をつけていた。

 彼女の嗚咽が部屋中を満たす。


「皆、オレはゾラさんに協力しようと思う! 困っているこの世界の人を助けたいんだ! これはもちろん皆に強制はしない。……しないけど、一刻も早く元の世界に帰りたい人、もしくは困っている人を助けたい、この世界の人たちを救いたい、と思っている人たちは是非ともオレやゾラさんに協力してほしい。どうか手伝ってはくれないだろうか?」


 ゾラから手を離し、クラスメイトに手を差し伸べる昴。

 そんな彼に一瞬、クラスメイトの空気が止まった。

 急すぎる神倉の言葉に誰も反応できなかったからだ。

 そんな中、最初に反応したのは昴といつも一緒に行動している男友達だった。


「へへっ、昴が言うなら仕方ねえな。微力ながら俺も力を貸してやるぜ」


 彼は神倉の肩に手を回して同意した。

 それと共に数多くのクラスメイト達が神倉に賛同し始める。


「昴君がそういうなら私も協力するよ!!」


「オレだって、元の世界に帰る為ならなんだってする! そうなんだってだ!」


「俺も一役買わせてくれよ」


「わ、私も」


「俺もだ!」


 クラスの殆どが神倉の案に賛成した。

 神倉と特に仲が良いクラスメイトは立ち上がって彼の周りに行き、彼を誉め称えている。クラス委員長である東雲も小さな拍手で神倉の意見に賛同していたので、桜もそれに習うように小さく拍手を続けた。


 この部屋にいる者達の中で、神倉に対して桐原たち三人だけだった。

 桐原は神倉が中心となっているこの空気に対して、忌々しそうに小さく舌打ちを一回だけした。けれども、拍手をする気にはなっていなかった。


 その波はクラスだけではなく、国王やゾラ、また騎士たちや使用人たちまで伝染し、誰もが拍手で神倉を褒め称えた。


「み、皆、ありがとう!!」


 神倉もそんな皆に涙を流しながら感謝していた。


「いいって、別にそんなお礼だなんて!」


「そうだよ! 困ったときはお互い様だよ!」


「皆でこの難局を乗り越えよう!」


「ああ、もちろんだ!」


 クラスのほぼ全員が魔族との争うに介入し、魔王を倒すことになった。

 この結果は、神倉が元々持っている人望だろうか。これまでクラスメイトが困っている時には誰にでも手を差し伸べてきたからだろうか。

 それとも元の世界に戻る微かな希望に縋りつきたかっただろうか。

 もしくは場の空気に任せる事で楽な選択肢を選んだ者もいるのかも知れない。


(でも――)


 桜は神倉の案に賛成しながらも、どこか心の中でしこりを感じていた。

 ――疑問に思うところがあったのだ。

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