第十六話 名探偵Ⅱ
「……名探偵にかい?」
神倉は訝しげに言った。
その言葉を神倉は知らないわけじゃない。
物語の中では何度も見たのだ。
「ええ。古今東西事件を解決するのは昔から名探偵の役目でしょ? 勇者でも、聖女でも、賢者でもなく。餅は餅屋と言うから事件は名探偵に任せるのが一番じゃない?」
もみじの魅惑的な提案をすぐに受け入れそうになった神倉だったが、何とか堪えて絞り出すように声を出した。
「それで……名探偵が赤雪さんなのかい?」
「いいえ。私じゃないわ。名探偵は彼よ。織姫桜。彼の職業が名探偵なのよ。疑う人は彼のステータスプレートを見たらいいわ。さ、織姫君、名探偵として優雅に立ってくれるかしら?」
もみじの視線を受けながら桜は立ち上がった。
彼女は何を考えているのだろうか。
桜にはその意図がよく分からない。
だが、もみじが善意だけで提案をするとは考え難く、名探偵という職業をどう使うのかと興味を惹かれたので抵抗もせずに立ち上がった。
「……確かに俺は名探偵だけど……」
桜が立ち上がると、同じクラスメイトからは困惑の声が上がった。
「誰……?」
「知らねえ」
「ああ、そう言えばこのクラスになって最初の頃に休んでなかったか?」
「あまり喋ってるところを見た事がない人ね」
などと一年生の時に同じクラスではなかった者達からは散々なものが言われた。
改めて感じる事だが、どうやら二年二組の中で桜の知名度は殆どないに等しいらしい。それは異世界に来ても変わらない。きっと訓練などで目立つことがなく、ステータスや職業に関しても他に際立つクラスメイトがいたからだろう。
「織姫君、君が名探偵なのかい?」
神倉は桜を見定めるように聞いた。
「ステータスの職業ではそうだよ」
桜はさも当然かのように言った。
ついでに持っているステータスプレートをひらひらとさせる。
このステータスプレートは、騎士団に預けた次の日に身分証として持っておくように、と渡されたものだ。それ以来、全てのクラスメイトがステータスプレートを首に付けている。
「何かの事件を解決したことはあるのかい?」
「殺人事件ならまず出会ったことがないね。そもそも現代社会に生きていて、不可解な殺人事件に出会う人間なんてほぼいるわけがないだろう」
桜の言いぶりには納得する人物も多かった。
殺人事件の依頼を請け負っているならまだしも、普通に生活していて殺人事件に見合う事は稀だろう。それこそ物語の主人公ぐらいだ。
桜自身も奇怪な殺人事件に会った記憶はない。
密室殺人事件に出会ったことも無ければ、誘拐事件を解決したこともなかった。
「でも、彼は歴とした名探偵よ。どうかしら? 最初から異世界の人に全てを任せるよりも、一旦、彼に調査を依頼するというのは。もし“国宝が寮の中にあった場合、織姫君が探す”のが最もてっとり早いと思うんだけど」
ああ、なるほど、と無言のまま桜はもみじの提案の意味が分かった。
事件の調査と言う建前で、寮の中を調べようとしているのだ。今では他のクラスメイトの部屋に入ることは難しいが、これだと調べる事ができる。
「え、ちょっと待ってよ。あたしたちの部屋にそいつが入るわけ? 男を入れるなんて嫌なんだけど。だって、調査と言うのを名目に、下着とか漁られたら嫌なんだけどー」
だが、摩那崎が甘ったるい声で反論した。
桜は「お前の下着なんて興味ねえよ」と声を大にして言いたかった。ギャルで性格のきつそうな摩那崎は好みではないからだ。
桜がそう言おうとした時、もみじが顔を赤くしながら言った。
「その問題は大丈夫よ。私が織姫君の調査に同行するわ。だって――私は織姫君の彼女ですもの。彼は私に夢中だから他のクラスメイトには興味ないと思うけど、女子の部屋を探すことが多いと思うからその辺りはプライバシーに配慮しないとね」
もみじは皆の前で桜との交際宣言をするが、クラスメイト達の反応は素っ気ない物だった。
どうやら桜にも、もみじにもあまり興味がないようだ。どちらもクラス内では地味であり、異性から魅力的な二人でもないから興味も湧かなかったのだろう。
「ふーん、そう。でも――」
「あら、あまり断っていると、あなたの部屋に“大変な物”があると言っているようなものよ。まさかそんなわけはないわよね?」
「そんなわけねーから! あたしの部屋にあるわけないでしょ! いいわ! 探してみなさいよ!」
もみじの挑発に乗った摩那崎は、彼女の提案を受け入れた。
「さて、どうかしら、神倉君、ゾラ様。盗まれた者の捜査を彼に任せてみるのは?」
もみじの提案に未だに神倉は悩んでいるようだが、最後に桜へと確認する。
「……織姫君、君の考えを聞かせて欲しい」
「確実に犯人を見つける、という事は約束できないが、せっかく名探偵という職業を授かったんだ。頑張りたいと思う」
「分かった」
神倉は頷いた。
それと共に二年二組として、盗品に対する処置が決まった。
寮の中を自由に探せると言うアドバンテージに、桜は思わずガッツポーズをしそうになった。これで本来の目的である元の世界に帰るための情報収集に一歩近づける。
寮の中にある手掛かりだと思う単語が書かれた紙を探すことができるのだと、無表情のまま興奮していた。
――あくまでこの時は。
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