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第十四話 入浴

入浴回は需要があると聞きましたので、頑張って書きました。

きっとこれでこの作品の人気ももっと上がると思っています。

 亜人を選ぶと言うイベントが過ぎてからも、桜の日常は特に変わらなかった。

 この日も桜はいつものように教官から魔術の英知を高め、儀式を誤魔化し、剣の特訓も力を抜いて流しながら進めていた。

 この世界に来てから既に十日は経ったと思う。

 だが、元の世界に帰る為の手掛かりは全くつかめていない。寮の自分たち以外の部屋を調べる機会はなく、他に手がかりも見つかっていなかった。現状ははっきりと言えば、八方塞がりと言ってもいい。


 そんな時、桜のクラスメイトの中に――変化があった。

 どうやらクラスメイトの何人かに、“魔術”に目覚める者が現れた。その中には勇者と言う職業に目覚めている神倉の姿もあり、他にも何人かの生徒が魔術を使えるようになった。

 覚えた魔術は一人一人違う。神倉は雷を生み出す力を。他の生徒は炎の弾を生み出す魔術だったり、風を起こす魔術だったり、と個人が思い望む魔術を覚えていた。


 当然ながら桜に魔術が目覚めるような兆しはない。

 魔術に目覚めたクラスメイトが言うには、体に不思議な感覚が生まれてそれを操ることで魔術を出せるようになったと言うが、桜にはそんな感覚は全くなかった。

 きっと儀式をさぼっていたからだろう。

 少しだけ桜は後悔をしていた


 魔術を覚えた者達を評して、ゾラは城内での夕食時にクラスメイトを集めた。この日の食事は魔術を覚えたパーティーとして、普段よりも豪華であった。またそれだけではなく、ゾラは褒美として次のような事を言った。


「さて、今日、ここに集まってもらったのは他でもありません。この城に大浴場が完成いたしました。これから皆様で入ってみませんか?」


 この国では一般的に温かいお風呂に入ると言う習慣はなく、全て水浴びだったのだが、桜たちの習慣がお湯につかるという事を聞いて新しく城に大浴場を建設したようだ。

 寮にあるのはシャワーだけで、温かいお湯も出ないのでゾラの提案には誰もが喜んだ。


「では、これから早速皆様で大浴場に移動しましょう。あ、そうそう。もちろん男女は別々に作りましたのでご安心くださいね」


 ゾラの言葉に何人かの男は残念がっていたが、温かいお湯に入れると言うだけで皆が大喜びだった。

 夕食も終わった頃、二年二組の生徒は入浴場へと向かった。案内はいつものように自分に付いている従者である。

 桜も他のクラスメイトと同じように大浴場へと向かうが、その足並みは遅れていた。この日の食事の中にあったローストビーフに似たものがとても美味しかったのでたくさん食べていたからだ。

 お腹がいっぱいになった後、桜も従者に連れられて大浴場へと向かった。


 場内は相変わらず道が分からない。ほぼ毎日歩いているのにも関わらず、だ。桜は方向音痴ではない。むしろ一度歩いた道は殆ど覚えるのにかかわらず、一度も同じ道を歩いたことはなかった。

 どうやら従者は一度も同じ道を通っていないようだ。おそらく城内は碁盤のように細かく道があるので、慣れていないときっと迷うのだろう。図書室に行く道だって毎回違うのだ。


 桜が大浴場の入り口に着くと、従者が廊下に待機していた。どうやら彼らは中には入らず、入浴をするのはクラスメイトだけの様だ。

 桜に付いている青い髪の美しいメイドも、バスタオルと体を洗うための小さなタオルを渡しながら言う。


「是非とも入浴を楽しんでください」


 大理石の城内にはそぐわない青いのれんがあった。

 “ゆ”と大きな文字が書かれてある。誰のセンスかは分からないが、この国の文字はひらがなではない。きっとクラスメイトの誰かの入れ知恵だろう。

 遠くにある入り口には赤いのれんに“ゆ”と書かれていた。向こうが女湯なのだろう。

 桜は従者へと手をひらひらと振りながらのれんをくぐった。


「本当に誰の要望だよ?」


 桜はもう誰もいない脱衣所を見ながら言う。

 脱衣所の上は靴を脱いで上がるようになっており、入り口には数多くの靴が無造作に置かれてある。桜も靴を脱いで、板間に上がった。脱衣所には服を置くための籠が並べられており、洗面所も二つほど用意されていた。

 まるで母国の先頭の脱衣所そっくりだ。


 桜は勢いよく服を脱いで空の籠へと入れた。

 そして肩に手拭いをかけたまま扉を開ける。久しぶりの湯気が全身に当たると、桜は懐かしい気持ちになったので顔がにやけてしまった。

 浴場も大変広く、故郷を思い出すほど素晴らしかった。

 石で作られた大きな湯船に、木で作られた温かみのある椅子や桶。またシャワーなども完備されており、訓練をした後に汗を流すにはとてもいい場所だった。


 既にクラスメイトは湯船に浸かっていたり、体を洗っていたりしている。中にはクラスメイトしかいなかった。執事や貴族など、この国の者は一人としていない。

 中には湯船で泳いでいる者もいて、まるで修学旅行のような光景だった。

 桜は訓練などで汗をかいた後なので、まずは汗を流すことにしようとシャワーの前へと移動して、椅子に座って全身をお湯で濡らした。

 久しぶりの温かいシャワーはため息が出るほど気持ちよかった。


「……織姫君は部活に入っていたか?」


 そんな時、桜は聞き覚えるある声で横から話しかけられた。

 協力者の一人である東雲恵である。


「入っていないけど」


 桜は濡れた髪をかきあげながら、隣にいる東雲へと振り返った。

 隣にいた東雲はふろ場なので眼鏡を取っており、いつもは七三に分けている髪を後ろに流していた。眼鏡を取った姿は目が鋭く、思った以上に凛々しかった。


「部活に入っていないにしては、随分といい体をしているね。あっちにいる部活に熱心で、騎士たちから習っている剣の習得も著しい神倉君たちとそん色ないぐらいの体だよ」


「そうかも知れないな」


 桜はタオルを湯で張った桶の中に入れて、その中で石鹸と溶かしてタオルを泡立たせてから、シャワーで温まった体をタオルでなぞる様に洗い始めた。

 確かに桜の体は程よく筋肉がついていた。

 服の上からはあまり分からないが、脱いでみると両腕には筋肉がほどよくついており、背筋は大きく発達している。腹筋は薄っすらと割れており、足は太い。サッカー部である神倉と比べると、桜のほうが太いだろう。


「何かやっているの?」


「まあ、外で習い事を。空手とか、柔道とか」


 桜は誤魔化すように言った。

 どちらも嘘ではないが、彼が習っているのはもみじの実家の道場である。そこで柔道や空手だけでなく、武芸十八般を幼い頃より学んでいた。


「なるほどね。羨ましいよ。僕の体は細いからね。見てみなよ。肌が白くて、腕が細くて、女みたいだろう? 外で遊んだことがあまりないんだ」


 東雲は力こぶを作って笑って見せるが、透き通るように白い二の腕は殆ど膨らまない。まるで鳥の足の様だった。

 東雲の体は線が細く、厚みも全くないが骨格は角ばっていた。だからと言って腹はほとんど出ておらず、細すぎるあまりに腹に筋肉の筋がうっすらと浮き出ている。


「じゃあ今の剣の訓練はかなり堪えるんじゃないのか?」


「そうだよ。おかげで毎日筋肉痛さ。それに手だって見てみなよ。重たい木刀を振っているから、豆だってできて、潰れたんだ。僕に剣士は似合わないようだね」


「いいんじゃねえの。剣士にならなくても」


「そうかい?」


「ああ。この世界には魔術があるんだろう? そっちの道を究めてみたらどうだ? 魔術でも魔族は倒せるようだからな」


 魔術と言う摩訶不思議なものを桜は未だに信じられないが、存在するのも事実であり、それが強力という事も自覚していた。

 何故なら桜はゾラの睡眠の魔術に逆らう事ができなかったからだ。

 だから桜は何よりも魔術を警戒し、魔術の情報を集めようとしていたのだ。


「そうだね。非常に有能な魔術が多いようだね。でも、残念ながらまだ僕は魔術を覚えていないんだ。早く使えるようになりたいものだね」


「俺も早く使いたいな」


 例え無理だと分かっていても、そんな願望を当然のように桜は持っていた。

 それから体を洗い流した桜は、他のクラスメイトが次々と茹蛸のように体を真っ赤にしながら湯船から出ていく中で東雲と並んでお湯の中へと入って行く。タオルを頭の上に乗せて、縁に腕を乗せて白い天井を見ながら深く息を吐いた。

 久しぶりに浸かるお湯はとても気持ちよかった。

 気になる事があるとすれば、お湯の熱さだろうか。いつも桜が自宅で入っているお湯よりも熱かった。

 きっとクラスメイトに江戸っ子がいたのだろう。


 湯船に浸かっている人はやがて桜と東雲だけになった。

 既に桜は額に玉のような汗をかいているが、それでも久しぶりの湯船を名残惜しむかのように入っていた。

 桜がお湯にゆっくりと浸かっていると、更衣室のほうが何やら騒がしいようだった。


「何かあったのかな?」


 東雲が赤い顔で不思議そうに更衣室の咆哮を見ていた。

 更衣室と浴場は曇りガラスによって分けられているので詳しくは分からないが、桜が見る限りどうやら人が忙しなく動いているようだ。声も聞こえないが、何やら大きな声で叫んでいるようにも思えた。

 だが、桜たちの元まで声はまともに届かない。


「さあ?」


 桜は首を傾げた。さっぱり分からない。お湯によって頭が火照ってきたのか、桜は湯船の縁に腰かけるようにして曇りガラスを見つめていた。

 やがてその人影は忙しなく動いて、浴場まで入ってきた。


「きゃああああああああああああああ!!」


 そして叫んだのは、何故か浴場に服のまま入ってきたゾラとクラスメイトの女子生徒だった。

 彼女たちの多くが目を覆っていた。

 どうやら湯船にこしかける桜の露わな姿を見たようだ。

 桜はそんな彼女たちに呆れるように言った。


「叫びたいのはこっちだよ――」

なお、女湯のシーンはページ数の都合上カットしました。




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