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第十一話 蔵書室

 桜達は王女に着いて城内を進む。

 結局のところ、蔵書室に向かったのはクラスメイトの中でも九人ほどだった。最初に手を挙げた者達と、もみじなどだ。他の者達は異世界の本にあまり興味がないようだった。

 おそらく別にしたいことがあるのだろう。

 特に神倉と彼に親しい者達は休みであっても訓練がしたい、と王女に頼み込んでいた。彼らは強くなることを最優先にしているようだ。


 他の者達は散り散りになっているが、多くの者は異世界の誰かと一緒に姿を消していた。例えばメイドや執事だったり、貴族らしき絢爛な服を着た者だったり、あるいは騎士と共にどこかへ行った者もいた。


「さて、こちらが蔵書室です。もしも分からないことがあれば、近くにいる使用人に頼んでください」


 王女は言葉と共に、メイドが開けたドアをくぐる。

 桜達は彼女の後を突くように扉を抜けた。


「うわあ……」


 秋山が感嘆の声を漏らすほど、中は素晴らしい作りとなっていた。部屋の中は広く数多くの本棚が並べられていて、二階や三階に続く階段もあった。

 そこには様々な古めかしい背表紙を持つ本が並べられている。大小も様々であり、きっと全部読もうと思えば一生をかけても読みつくせない量があった。


「さあ、皆さん、お好きな本を読んでください。この国の歴史書もございますし、文学の本もございます。また危険な物はございませんので、魔術書も幾つかはございますよ」


 王女の声と共に桜たちは思い思いの本を探しに行った。

 桜が探そうと思ったのは魔術書だった。

 元の世界に行くための魔術、それが知りたかったのだが、どうにもあるように思えない。いつもついている水色の髪をしたショートカットのメイドには魔術書の場所だけ教えてもらった。


 どうやら魔術書は一か所に固められているようだ。

 桜は数多くの魔術書が収められた本棚の中から直感で辞書のように大きい黒い背表紙の本を取って、蔵書室内にある椅子に座って、大きな机に本を広げて見始める。

 どれも見た事のない文字だった。

 もちろん桜にはそのみみずのような文字が読めないので、自分にいつもついている、メイドに読んでもらった。


 中に書いてある魔術は体に関したものだった。体を守る魔術だったり、力を上げる魔術だ。また体の一部分を大きくしたり、小さくする魔術もあった。どれも万能とは言い難いが、使いようによっては優秀そうだ。


 桜はそれらの魔術を覚える気はないので、中をぱらぱらとめくってどんな魔術があるのかだけを確かめる。

 メイドにも魔術の名前だけを言うようにしていた。

 そんな桜が様々な魔術の種類を知り、三冊目の本を机の上に広げていると隣に気配を感じた。


「そんなに――魔術に興味がございますか?」


 隣に座ったのは、王女であるゾラだった。

 明鏡止水の心で桜は一切動揺をしなかったが、心の中では厄介な奴に目をつけられた、と思っていた。


(何を探りに来た?)


 桜は相手の質問の意味があまり分からなかったので、数秒だけ黙って王女の顔を見つめる事にした。

 やはり至近距離で見ても、王女であるゾラは美しい顔である。シミ一つなく、全てのパーツが美術品かのように整っている。

 数秒見つめられるだけで大抵の男なら惚れるだろう。


「あれ、もしかして私の声が聞こえていませんか?」


「いや、急に話しかけられたから驚いたんだよ」


 誤魔化すように笑う桜。


「そうですか。では、改めて聞きます。そんなに魔術に興味がございますか?」


 微笑むゾラ。

 彼女の笑顔にはどのような意味が込められているのだろうか。きっとただの興味本位という事はないだろう。

 きっと彼女はもっと思慮深く、警戒に値すべき者だと思っている。


「そうだね。興味はあるよ。俺の世界にはない概念だからね」


「では、どのような魔術をお探しですか? 私は王女と言う立場でありながら、この国の筆頭魔術師の一人です。幼き頃より数々の宮廷魔術師から教えを乞うていますので、数多くの魔術を知っております。きっと助けになると思いますよ?」


「……なら、言葉に甘えようか」


 彼女を断ると言う選択肢も桜の中にはあった。

 だが、その行動が原因でゾラから疑いをかけられることを避けたかったのだ。

 できればこの場所で、自分は熱心に魔王を倒そうとしているゾラ達の事を全く疑っていない二年二組の生徒の一人、という印象を与えたかった。


「はい。手助けになれてよかったです。では、どのような魔術をお探しですか? もしかして“元の世界に帰る”魔術なのでしょうか?」


 ニコニコとしながらゾラは言った。

 いきなり相手から確信に迫る質問を迫られるとは思わなかった桜は、一瞬言葉に詰まりそうにもなるが表所は崩さずに余裕そうな表情で口を開いた。


「そうだね。そんな魔術があったらいいね。あるの?」


「ないです」


 ゾラは表情を変えずに笑顔のままで言った。


「だよね。もしもこの場にあったらきっと王女様なら出していると思うんだ。だからそういう魔術は探していないよ。あー、でも、今の会話で思ったんだけど、空間を移動するような魔術、ってあるの? 例えばここから寮まで一瞬で行けるような魔術とか?」


 暗に元の世界に帰るための魔術と、似たような魔術はないか桜は知りたかった。

 もしかしたら元の世界に戻る為の手掛かりになるかもしれないという淡い期待を抱いている。


「……探せばあるかも知れませんが、そのような魔術は聞いた事がございませんね。どうしてそのような魔術を?」


「いやー今の会話で思ったんだけどね、相手の背後に一瞬で移動すればすぐに魔族を倒せそうじゃない?」


「まるで暗殺者みたいですね」


「そうだね。他にも寮に帰る時が楽そうだと思っただけだよ。城と一瞬で行き来できるようになれば便利だしね」


 桜は元の世界に帰る為ではなく、別の使い道を述べる。

 決して王女たちの事は疑っていない、という意思を見せるかのように。


「なるほど。そう言う事ですか。もしかしたらあるかも知れませんが、空間を捻じ曲げる魔術はおそらく禁術に指定されているでしょうし、そんなに簡単に発動できるものではないと思います」


「そっか、残念だね」


 だが、この会話はうまく逃げられたようだ。


「他にお探しの魔術はございますか?」


 同じ言葉をもう一度聞かれたので、顎を摩りながら桜は数秒だけ考えて、知りたい魔術を思いついた。


「うーん、そうだね。そう言えば、俺たちって魔族と戦うんでしょ?」


「はいそうです」


「魔族って、二本足で立っている人みたいな生き物でしょ?」


「ええ、そうですね」


「で、人と同じように魔術を使うと」


「はい。そうです。さらに魔族たちは私たちと魔術の体形が違うようで、彼らのほうが強力な魔術を扱うので非常に厄介なのです」


 桜が聞いた話では、例え同じ魔術を使ったとしても魔族のほうが威力が高いと聞いた。炎の魔術であれば人よりも大きな炎を出すことが出来て、氷の魔術なら凍らせる範囲が広い。

 またそんな魔族だからサポート系の魔術は苦手らしく、火力で押し切るような戦闘をする者が多いと聞いた。だから人は搦め手の魔術を用いて戦うのが基本になるようだ。


「そっか。じゃあ彼らの使う魔術ってどんなのなの?」


「そうですね。沢山ありますよ。例えばこの炎を操る魔術。敵を凍らせる魔術。影を操る魔術。敵を眠らせる魔術。剣を操る魔術。天候を変える魔術。これ以外にも多くの魔術を彼らは扱えます」


 ゾラは一つ一つの魔術を指差しながら語り、またページを捲った。

 桜はどの魔術も興味深く見ていたようだが、一つだけ特に惹かれた魔術があった。


 ――敵を眠らせるような魔術。それを見た瞬間、桜は教室に入った時のゾラを思い出していた。

 あの時はなす術もなく意識を失った。当時は異世界に呼び出された影響だと思ったが、今となっては異世界に呼び出された事と意識を失った事に因果関係を感じない。


 何故なら王女は異世界からあの教室に現れた時、二本の足で立っていたからだ。もしも世界を渡った時に意識を失ったのなら、彼女も意識を失わないと道理が通らない。

 だから意識を失うような魔術があるのではないか、という事を桜は思いついた。もちろん麻酔薬でも同じことが出来るので、確証はなかったが。


「……眠らせる魔術ですか。どうしてこのような魔術に興味を?」


 ゾラは敵を眠らせる魔術が乗っているページに戻って、桜の顔を下から覗き見た。

 桜は心臓が高鳴った。

 まるで自分の心の底を見られているかのようにさえ思えた。


「……王女様、どうして俺がそんな魔術に興味を持っていると思ったの?」


「簡単です。目が語っていたのですよ。この魔術だけ他の魔術よりも、よく見つめていました。食い入るように。よっぽどこの魔術が気に入ったのでしょう。どうしてこの魔術をそんなに見ていたのですか? 何か心当たりがあったのでしょうか?」


 ゾラの言葉にはとげがあった。

 もしかしたらこの発言で彼女は桜を疑っているのかも知れない。

 桜もそれは感じていたので、誤魔化すように言葉を続けた。だが、嘘は言わなかった。


「もしもそのような魔術があれば非常に有用だと思うんだ。是非とも使いたいともね。敵を眠らせると、殺す必要もなくなるだろう?」


「そうですね。相手は無力化しますから」


「それっていい事だと思わない?」


 桜はあくどい笑みを浮かべた。


「いい事ですか?」


「ああ。だって何もせずに勝てるんだ。いい事だろう。死ぬ危険性もないし、相手を殺す必要もなく無力化できる。俺の国に伝わる古い人……名前は忘れたけど、その人もこう言っているんだ。“百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。 戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり”という言葉があるんだ」


 有名な孫子の兵法である。

 もちろん桜はその事を記憶している。


「……分かりにくい言葉ですね。どういう意味でしょうか?」


 王女は可愛らしく首を傾げていた。

 だが、その目は笑っていない。まるで桜を刺すかのように鋭かった。


「簡単に言えば、戦わずに勝つのが最もいいという話だよ」


「だから――あなたは敵を眠らせる魔術が知りたいと?」


「うん。俺は戦わずして勝ちたいんだ」


 もちろん、本心である。


「……桜さん、あなたは先ほど嘘をつきましたね?」


 だが、ゾラの反応は明るくなかった。

 まるで桜に疑うかのような目を向けていた。


「ついていないよ」


「桜さん、これは助言ですが、相手の信用を得るためには嘘は言わない方がいいですよ。どうやらあなたは顔に出やすいタイプの人のようです。先ほどの話の中に嘘があったでしょう? 少しだけ目が泳いでいました。大丈夫です。私はあなたの全てを受け入れる事があります。“真実”を語った方がいいですよ?」


 確かに桜の話の中には嘘があったので、押し黙った

 だが、桜はおかしい、と感じていた。

 表情を隠す訓練は師範より受けていて、どんな状況になっても殆ど顔色は変えない筈である。同級生とのババ抜きでも負ける事は殆どない。

 それなのに、ゾラは先ほどからまるで自分の心の内が分かっているかのような発言ばかりをする。


「……そうだね。嘘を言ったことは謝るよ」


「その通りです。どんな嘘を言ったのですか?」


「さっき言った“百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。 戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり”を言った人だけどね、その人の事を本当は知っているんだ。孫子だよ」


「……他に嘘はついていないのでしょうか?」


 まだ疑い深い目を向けるゾラに、桜は堂々と言った。


「ああ、他に嘘は言っていないよ」


 桜は諦めたように真実を言った。

 “嘘”は言っていない。


「……その言葉は本当の様ですね。よかったです。でもどうして、先ほどはあのような嘘を言ったのですか?」


「孫子について聞かれた時に、説明するのが面倒だったんだよね。過去の偉人だけど、いざ聞かれてみると知っていることは多いからね。他にも戦いに関する格言は沢山知っているから」


「そうですか――」


 ゾラは桜の目を覗き込んだ。

 桜はまるで自分の内側を見られているかのような奇妙な感覚を味わった。

 体の内を隅から隅までどろりとした粘液で嘗め回されるような感覚だ。味わうだけで気持ちが悪く、吐き気が込み上げてくる。

 だが、桜は顔に笑顔を張り付けたまま言った。


「それで、俺の疑いは晴れたのかな?」


「ええ。そうですね。今のあなたは正直な方だと思いました。わたくしたちの為に熱心になっている方だと」


「敵を倒すにあたって非情にならないといけないからね」


「そうですね」


 くすくすと王女は笑った。

 既に桜の体に先ほどまでの不快感はなかった。

 だが、呼吸を整えるように深く息を吐いてからまた吸ってから口を開いた。


「じゃあ教えてくれる? 敵を眠らせる魔術ってあるの? もしくは相手の意識を奪う魔術とか? それに似たようなのでもいいから知りたいかな。そうなればもっと簡単に魔族を倒せると思うんだ」


「……確かにそのような魔術はございますが、そうですね。少し本を取ってまいりますので少々お待ちください」


 それから桜はゾラから敵を眠らせる魔術を学んだ。

 桜の望む魔術は幾つかあるようだが、呪文を言うだけで相手を眠らせられるような便利なものはないようだ。どれも事前に相手に薬を飲ませたり、香を嗅がせたり、はたまた幾つかの手順を踏まないといけない。

 どれも桜の望むものではなく、使い勝手が悪い物ばかりだったが、“幾つか”の収穫があった。


 一つは王女は自分たちを簡単には眠らせる事ができない事。

 そしてもう一つは――王女はこちらの機敏に敏感だという事。きっと目線だけではなく、人の様々な無意識の行動から心を読める力があるのだろう。きっと嘘を言っていれば、自分自身が怪しまれていたと思う。

 だから――嘘は言わなかった。どれも真実で、桜の本心を語っただけだ。嘘は言っていないが、隠し事は存在するだけだ。

 

 王女であるゾラは厄介だと桜は思った。

 すぐにでもこの情報をぼたんや東雲と共有しなくてはいけない、と桜はゾラから魔術の説明を受けながら考える。

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