第十話 聖剣
次の日の事だった。
剣の訓練を控えていた桜たち二年二組の生徒は、この日の午前の訓練はないと言われて以前に全員が揃った部屋に集められた。
この日に国王の姿はなかった。
あったのはゾラの姿と多くの騎士や貴族の姿だ。だが、誰もゾラの前に出ようとはしない。どれだけゾラが年下だろうと、きっと王族の権威は何者よりも強いのだろう。
桜たちの前には以前と同じようにハーブティーが置かれており、味わい豊かな香りで飲んでいる同級生も多かった。ミントと似たような匂いがするので桜は当然のように手を付けていないが。
「本日はお忙しい中、この場に集まって頂き誠にありがとうございます」
王女は立ち上がって、全員を諭すように言い始めた。
その姿に誰も何も言わなかったが、桜にはゾラの姿がとても神々しく見えた。これが王族の威光というものだろうか。クラスメイトの中には彼女の姿を妄信的に見つめている者もいる。
そう言えば、と桜は思い出した。
男子生徒の中には王女へと恋慕の情を抱いている者もいると聞く。クラスメイトの女子、またこの国にいる全ての女性よりも彼女は美しい。まるで一種の美術品の様だった。
(まあ、でも、あんまり興味がないけど)
だが、桜はなんとも思わなかった。
彼の心は揺れ動かない。彼女は確かに綺麗であるが、桜は自分に嘘をつく女は好きではない。冗談ならいいが、悪意のある嘘をつく人間はどうしても好きにはなれなかった。
「さて、本日は皆様に提案したいことがあります。私は皆様の訓練の様子を担当の講師から聞いております。私たちの国の為に、とても頑張っているとお聞きしております。そんな皆様にご褒美、と言っては何ですが、ちょっとした贈り物を二つほどご用意しようと思います」
王女のご褒美と言う声に二年二組の生徒は湧きたった。友達同士でどんなご褒美なのだろう、と噂している生徒も多い。
桜はそれを聞いて片目をつぶって考え事を始めた。
まだ訓練をして一週間も経っていない。魔術を一つも覚えておらず、剣だって形にすらなっていない。こんな短期間でご褒美を用意する必要などあるのだろうか、と王女の行動をおかしく思ったが、彼女たちにも何かの思惑があるのかも知れないと思い、それ以上は考えなかった。
元から王女は黒なのだ。何か思惑があるのは間違いがない。だが、その思惑が分からないので考える必要がないと思ったのだ。
そんな桜の考えにはきっと築いていないゾラは、嬉しそうなクラスメイトの様子を見て満足そうな顔をしながら話を続けた。
「まず一つ目は大変申し訳ないのですが、“これ”は数人にしか渡せないものなのです」
ゾラは頭を下げてから、指を鳴らした。
そうすると何人もの執事が部屋の中に入ってきた。彼らは白い布を巻いた細長い物をそれぞれ持っており、ゾラの前のテーブルの上に置かれた。
「これは我が国に伝わる国宝です。私たちはこれらを総称して、プライズと呼んでおります」
ゾラは一つ一つの布をはぎ取った。
そこから現れたのは黄金に輝く剣、白銀の槍、白の錫杖、それに黒の弓だ。どれもクラスメイトの目が奪われるほど美しく、怪しげな魅力があった。
ゾラはそれぞれに右手を軽く置きながら語った。
「これは聖弓です。かつては星を落としたとの云われもある弓です。これから放たれた矢は、光よりも早く、雷よりも鋭いでしょう。これを持つ方は弓がお上手な方が相応しいと思います。確か、このクラスには――魔弾の射手がいましたね」
魔弾の射手とは、クラスメイトが目覚めた職業の一つ。持っているのは凛々しい目つきが特徴的な雨宮 可憐だ。
桜は最近知った話であるが、彼女はどうやら弓道部に通っているようで、それが原因なのかもしれない。
ゾラはそんな雨宮の元まで黒い弓を持って行き、直接手渡した。
「これはあなたに授けます」
「私が受け取ってもよろしいのですか?」
「ええ。これを持つのはあなたが相応しいでしょう」
ゾラに押されて雨宮は黒い弓を受け取ると、珍しい物を見るように弓を撫でていた。その顔はどこか嬉しそうであり、隣にいる神倉も雨宮へと「流石だな!」と喜んだ顔で褒めていた。
ゾラは弓の後は、錫杖を萩村朱音へと渡した。彼女の職業が“聖女”だからである。ゾラ曰く、聖女には勇者とも異なる聖なる力があるという。錫杖はその手助けになるとゾラは述べた。
次は槍だった。
最初にゾラが指名した人物は槍騎兵という職業を持つ別の人物であったが、桐原が力強く手を挙げて槍の所有権を欲した。猛禽類のような目で、他の者には決して渡さないという強い意思があった。
最初はゾラも桐原に槍を渡すことを躊躇していたが、桐原が「オレの職業の方がその槍にふさわしい」と強く押した。桐原が持つ職業は聖戦士らしい。聖戦士は武器の縛りなどはなく、どんな武器であっても聖なる力を施し、あらゆる悪に対する強力な力を得るようだ。
ゾラは長い間考えた末、桐原に槍を渡すことに決めた。桐原は槍を手に取って満足そうに笑う。そんな彼を大きく褒め称えていたのは、彼に近しい者達だけだ。他のクラスメイト達はまばらに拍手をしていただけだ。
そして、最後は剣だ。
「これは聖剣です。この剣は特別な力が込められています。光を纏い、どんな敵でも切り裂くことが出来るでしょう。これを持つのに相応しい人は――勇者である神倉様だと思います」
ゾラが剣を両手で鞘ごともち、神倉の前に差し出した。
「どうぞお手に。そして抜いて下さい。神倉様なら間違いなく使える筈です」
「はい。分かりました――」
立ち上がった神倉は王女から剣を受け取り、鞘からゆっくりと引き抜いた。
本来なら白銀の刀身が現れる筈なのに、黄金の光が漏れる。その光は刀身が現れるたびに強くなり、やがて神倉もを包み込んだ。
神倉は剣を頭上に上げた。
光が晴れると、白銀の刀身が鈍く輝いた。
クラス中が歓声で湧いた。拍手が巻き起こる。特に神倉と親しい者達だ。
またクラスメイトだけではなく、勇者である神倉の事をメイドや執事もほめたたえていた。
それから暫くの間歓声は収まらなかったが、メイド達が新しいハーブティーを持ってきてクラスメイト達がそれを飲んだことでやっと落ち着いたようだった。四つの武器はそれぞれ魔術的な調整を施すために再度執事たちが預かった。どうやら特別な力を持っているため取り扱いには注意が必要なようだ。
桐原はその槍をずっと手元に置いておきたいようで、執事たちに預けるのを躊躇っていたが、「ではあなたには資格がないということで、取り上げても宜しいでしょうか」とゾラが剣を持った何人かの騎士と共に冷たく言うと、桐原は大人しく槍を手渡した。
それからゾラが新しく言葉を紡いだ。
「さて、皆様、先ほどの贈り物は特定の人物だけでした。もちろん他のプライズが見つかれば皆様にお渡しする予定です。ですが、次の贈り物は全ての人にございます」
その声にクラスメイト達の歓声が沸いた。
先ほどの武器の贈呈は四人しか受け取れなかったが、今度の贈り物が自分にもあるという事を須阿野に喜んだのだ。
それに満足したようにゾラは話を続ける。
「皆様は今後、この城だけではなくもっと魔族たちと戦うためにもっと遠くへ出かけます。現在はここいる間は城にいる女中などが尽きますが、遠征に出かければ戦う術を持たない彼らは城に残ることになりますので今後の為に、皆様専用の新たな付き人を用意しようと思います」
「おおお!」
付き人という言葉に普通の人ならあまり惹かれないだろうが、この世界は美男美女が多いので異性の付き人に期待しているのかも知れない。
だから先ほどの神倉を讃えていなかった者も、今回は手を強く叩いていた。桜も手は叩いているが、相変わらず冷たい目つきであるが。
「本日の午後に皆様との顔合わせですので、午後の訓練も本日は休みとなっております。いましばらく時間がありますので、本日はゆっくりとお過ごしください。皆様の疲労もたまっていると思いますので」
二年二組の生徒を労わる聖女のごとくゾラは微笑んだ
「やった!」
また彼女の言葉にまたクラスメイト達は湧いた。
それぞれどのように過ごすか考えているようだ。思えばこの世界に来てから休日などなかった。毎日訓練だったので、気が抜ける一日に誰もが嬉しがっていた。
桜もこれで気兼ねなく寮の探索が出来ると心の中でガッツポーズをしていた。
だが、王女は艶やかな唇でそれだけではなく、何人かの生徒を見定めるような目で見渡してから呟いた。
「あ、そう言えば、言い忘れた事がございました。そう言えばこの城にある蔵書室に入りたいと言っていた方が何人かいらっしゃいましたね。手を上げてもらえますか?」
王女の言葉に恐る恐る桜は手を上げた。
周りをゆっくりと見渡してみると、東雲のほかに何人かの生徒が手を上げている。その中には秋山の姿もあった。全部で六人ほどだろうか。全体の人数を考えると少ないような気もするが、それだけ本に興味を持っていない人が多いのだろう。
「この世界の事が知りたいと言う皆様の為に、危険な魔導書は退けましたので今なら蔵書室に入ることが出来ます。いかがですか? 今から一緒に行ってみませんか? この城には発行されたほぼ全ての本が収まっております。私たちの誇る文化の一つであります。皆様にとってとても有意義な時間になるでしょう。もちろん手を上げた方だけではございません。他の方も一緒にいかがですか?」
ゾラは笑顔で誘った。