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第九話 秋山

 それから桜は秋山と夕食を食べる事になったので、寮にあるリビングに集まって対面するように座っている。他に生徒は誰もいなかった。寮と城は二分程度で行き来できるほどの距離なので、ほとんどの生徒が城で豪華な夕食を食べているのだろう。

 秋山がもみじとの話を詳しく聞きたいようだ。桜としては出来れば避けたかったところだが、秋山からはテンプレなる物がかかれた本を借りる必要があるので断るわけにもいかなかった。


「それにしてもさ、まさかだったよ。赤雪さんと織姫君が付き合っているなんてさ。元の世界にいる時からの関係だったの?」


 秋山は面を頬張りながらもごもごと口を動かした。

 この日の夕食はミートスパゲティらしき食べ物と、わかめっぽい海草などのサラダだ。

 どちらも思わず舌が唸るほど濃厚で、特にスパゲティは麺がうどんのように太いがソースとよく絡み合って美味しかった。


「違うよ。この世界に来てからだよ。お互いに不安でさ、思わず秘めていた思いが爆発したんだよ」


 桜は思った以上にぺらぺらとでまかせが出る口をひっぺ剥がしたくなったが、これも自分なのでうまく付き合わないといけない。

 ふと、桜はもみじの笑い声を聞いた気がしたが、きっと空耳だろうと思った。


「ああ、なるほどー、そうなんだ。織姫君と赤雪さんって元々知り合いだったの? 教室では喋っているところを見たことがないしさ」


「実は幼馴染なんだよ」


「なるほど、昔からの知り合いなんだ!? いいなー。僕も幼馴染ってのに憧れるよ」


「はは」


 やはり桜からは乾いた笑みしか出なかった。


「ねえねえ、桜はさ、赤雪さんのどこが好きになったの? こう言ったら失礼と思うけど、この世界の人って魅力的な人が多いでしょ? そっちに目移りしないかなーって」


 秋山の言う通り、普段のもみじは地味だろう。

顔にあっていなほど大きな黒縁眼鏡をかけて、髪は時代遅れの三つ編み。胸もあまりなく寸胴スタイルで、スカートだって随分と長い。クラスでもあまり男子と喋ることがなく、女友達と喋っているか本を読んでいるぐらいだ。部活にだって所属していない。

 一年生の時もそうだが、男友達の間で話題に上がる事すらない女生徒である。


「あー、幼い時からの付き合いだから、自然とそういう気持ちになったって感じかな」


 誤魔化すように笑う桜。本当は付き合っていないのだからそう言うしかなかった。

 だが、もしも本気でもみじをほめるとしたらいい点は数多くある、と桜は思っている。学校ではあまり出さないが、幼き頃から武術を習っているだけあって運動神経はよく、また武術に関してはひたむきな姿を何度も桜は目にしている。また勉学に関してもまじめであり、人を傷つけるような事を笑ってするような人ではない。


 桜にとってもみじは、最も信頼できる者の一人だった。


「あー、いいね。それ。すっごく憧れるよ。いーなー、幼馴染って。お互いの事を何でも知っているんでしょ? 親同士も知り合いでさ」


「ああ、うん。そだねー」


 ははは、と桜は笑った。

 なんでもとは言わないが、大抵の事は知っていると言っていいだろう。彼女の実家が経営している道場に幼稚園の頃に通い始めた桜だが、その頃からの付き合いだ。夏休みには彼女の父親から気に入られて、内弟子としずっともみじの家に泊まっていたこともある。

 ある意味、桜にとってもみじは家族の一人でもあった。


「いいなー、羨ましいよ」


「ははは、この世界に来てさ、はじけている人も多いのか知らないけど、中には綺麗なメイドさんに声をかけている人もいるみたいだよ。ああ、これはこのクラスにいる僕の友達のふとし君の話なんだけどね、元の世界じゃ全くモテない、って嘆いていたんだけど、この世界じゃ反応も悪くないんだって。もう少しで落とせそう、って凄く喜んでいるよ」


 どうやらもみじから聞いた女子生徒たちの状況と似たような事が、男子生徒にも起こっているらしい。

 思った以上に二年二組の生徒は、この世界の人たちから好かれているようだ。


「という事は俺にもチャンスがあるのかも知れないな」


 怖い怖いもみじが目を見張っているので、桜にそんな気は全くなかったが、おどけたように言った。


「駄目だよ。織姫君には赤雪さんがいるんだから。僕はそういうのは嫌いなんだ」


秋山は人として当然の事を言った。


「俺だってそう思う。話は変わるけど、秋山君はいいと思うような女子はいないのか? この世界は美女ばっかりだし、目移りしそうだけど」


 この話は分が悪いと思った桜は、すぐに話題を変えた。


「うーん、そうだねー。確かにこの世界って美人が多いけど、僕はケモミミが好きなんだよね。というか、異世界に来て、亜人がいる! これはもう会って、もふもふするしかないよ! 男のロマンだよ! だから僕はとりあえず亜人に会うまでその気はないかなー。この城にいる人も素敵だけどね」


「あっ、そう」


 全く興味のない桜は冷たく言った。


「え、分からないかなー、この気持ち。だって、ケモミミだよ? もふもふしたいじゃん。出来る事なら顔をうずめて思いっきり呼吸をしたいよ! 誰だってそうでしょ?」


「あっ、はい」


 桜は麺を口いっぱいに頬張って言う。

 あまり興味がなかった。


「うーん、織姫君は分かっていないな。僕と同じ気持ちの人はきっと僕だけじゃないと思うよ。ケモミミに憧れを抱いている人って多いと思うし」


「へえー」


「でも、織姫君も動物は好きでしょ?」


「……嫌いではないな」


「じゃあ実際にあってみないと分からないね。でも、織姫君も絶対に好きになって、僕のようにもふもふすると思うよ。てか、したいし。今すぐしたいし。というか、勇者召喚にケモミミってテンプレだからねえー」


 織姫は亜人の話に限っては殆ど聞き流していた。

 まともに聞く気もなかったが、テンプレという言葉は引っかかる。秋山もそうだが、多くのクラスメイトもよくある勇者召喚だと、あまり疑っている節がない。


「他にテンプレってどういうものがあるんだ?」


 数多くのテンプレが知っている秋山なら、元の世界に帰る手掛かりを知っているかも知れない、と桜は淡い期待を抱いている。


「ふふん。よくぞ聞いてくれたね」


 急に秋山はひそひそとした声を出した。

 まるで他の人に聞かれないための様だ。


「物語のよくあるパターンだったらね、国王たちはとても冷血漢な人たちなんだよ。神の名を元に、魔王を倒す兵器として僕たちを利用するつもりなんだ」


「へえ、その話、詳しく聞きたいね」


 桜はあくどい笑みを浮かべた。


「うん。よく聞いてくれよ。僕はね、あの国王と最初に会った時に思ったんだよ。ああ、これは僕たちをよく観察しているな、って。きっと誰が僕たちのリーダーか、そして誰を取り入れば自分たちの益になるかよく見ていたと思うんだ」


「ああ、そだね」


 桜は感心するように聞いているが、そのような事は当然考えていると思っていた。そもそも一つのクラスをわざわざ自分の国に招いて、誰を立ててクラスごと自分に取り込めばいいのか、ということなど考える事が普通だと思った。


 そんなことを考えず、神様が呼び出したのだから無条件で魔王を倒してくれる、とだけ思うような頭の中が花畑の国王など考えられなかった。そんな王であったら、この国はもう駄目だろう、と思うからだ。


「だからね、この国の人たちにも注意しておいた方がいいよ。今は可愛がられているけど、人の気持ちは分からないからね。これもよくあるテンプレだけど、魔術が使えて優秀な人は好待遇を受けるんだけど、無能な人は国から追い出される、もしくは殺される、ってパターンもテンプレなんだ。そうならないように気を付けないとね!」


 にかっと秋山は笑った。

 確かにそのような事もあるかも知れない、と桜は心に思った。使えない人間を切り捨てるのはそんなに珍しいことではない。

 桜が国王ならば、そのような事はしないが。


「そうならない事を祈るよ」


 桜は心の底から言った。

 もしもこの国から追い出されたら、元の世界に戻るのは厳しくなるだろう。

 元の世界に戻る為の鍵を握っているのは王女で、魔王を倒しても、元の世界に戻れるかどうかは分からないからだ。


「そうだね。僕もそう思う主人公になってチートな力が欲しいけど、やっぱり安定したわき役というのも捨てがたいからね。あ、でも、無能な人も実はチートみたいにとても強い能力だったって事もあるから分からないよねえ。ていうか、今はそっちのほうが主流かも」


 秋山は麺を食べながら言った。

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