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第零話 プロローグ

 下駄箱の扉を開けて、くたびれた上靴を取って地面に落とした。歩きづらい黒の革靴を脱いで、上靴と入れ替えるように下駄箱の中に入れる。そのままかかとを踏むようにして上靴を履いた。

 そんなさくらは大きなあくびを一つしてから、校舎の中を歩く。


 既に春を超えた時期なのでブレザーを着ていると、汗によって張り付くワイシャツが気持ち悪く、首に絞めているネクタイも窮屈だった。


 校舎の中は学校の生徒達たちで溢れていた。

 既に部活を終えた生徒も多い。彼らの多くは汗と制汗スプレーが混ざった独特の臭いと共に校舎内を忙しなく移動する生徒が多い。


 それもその筈。

 桜はふと腕につけている腕時計で時間を確かめた。

 八時三十分であった。

 もう少しで始業のチャイムが鳴って、朝のSHRが始まる。担任に目を付けられないためにも急いで自分の教室へと移動しないといけない。


 桜は寝ぼけている目をこすりながら教室の扉を開けた。

 誰にも標に注目する者などおらず、誰からも声をかけられないまま自席に向かった。机の横に学生鞄をかけてから椅子へと座る。

 すると目の前の席の男が、同級生にちょっかいをかけられているのを桜は目にする。


「おい、あいつまた何か読んでいるぞ」


「どうせキモイ本じゃねえの? オタクだし」


「なあ、そうだろう? ちょっと見せてみろよ!」


 そう言うのは、校則の厳しい私立黄凛高校しりつおうりんこうこうにおいて、制服を着崩し、授業態度が悪く、先生や風紀委員からも度々注意の受けている問題児たちだった。

 三人の中で最も体格のいい桐原きりはら あつしを筆頭に、ウルフヘアの横峯よこみね つよし、坊主に銀のピアスをした中下なかした 信二しんじが各々にニタニタと笑いあっていた。


「や、止めてよ」


 ブックカバーのしてある本を取り上げられたのは、秋山あきやま れんと言い、それほど見苦しい見た目をしているわけでもない。

 髪は短く切りそろえており、眼鏡もかけていない。身長は少しばかり低いが太っているわけでもなく、一般的な高校生と言ってもいいだろう。


 ただ、彼は運が悪いのだ。


 たまたま教室で本を読んでいるところを彼らに見つかり、それから彼らに絡まれ続けている。

 勿論、それ以外にも理由はあると思うが。


「うわ、こいつまたキモイ本を読んでいるぞ。勇者召喚……うわ、これタイトルめっちゃ長いじゃねえか!」


「中に書いてあるのもエロい絵ばかりだし」


「気持ち悪―」


 横峯と中下は相も変わらずニタニタと笑っていると、桐原が太い腕を秋山の首に回して他の生徒には聞こえないように小声で言った。


「――なあ、秋山、今日の放課後、ちょっと付き合ってくれないか?」


「え、で、でも……」


「別に大した用じゃねえんだよ、なあ、いいだろう?」


 桐原は秋山へと嗤いながら太い腕で首を回している。

 すぐに彼の顔は青くなって、秋山は腕をばたばたとさせながら言う。


「わ、分かったよ」


「ならよかった」


 桐原は秋山からいい返事が聞けると、すぐに腕を離した。

 すると秋山はげほげほとむせて、必死に息をしようとする。


「ちょっと桐原君! ねえ、秋山君、大丈夫?」


 そんな様子を見かねた一人の女生徒が桐原と秋山の近くまでやって来た。

 長い茶色の髪をゴムでポニーテールに纏め、猫のように大きな目、すっと通った鼻筋に、艶やかな薄い唇と。愛らしい少女だった。彼女の名は萩村はぎむら 朱音あかねと言い、二年二組の副委員長でもあり、クラス外からも告白されることが多い美少女だ。


 また人当たりが優しく、いつも笑顔で溢れているから男女問わず人気があるとされている。

 そんな萩村は激しく咳き込んでいる秋山を心配そうに覗き見た。


「何だよ、萩村?」


 桐原は萩村へぶっきらぼうに言った。


「秋山君に何をしたのよ!」


 彼女は頬を膨らまして怒っている。


「何もしてねえよ、な、秋山?」


 桐原はにたあと嗤う。


「う、うん。そうだね」


 秋山は下をうつむきながら言った。


「本当にそうなの? 困っていることがあったら行ってよ。いつでも相談に乗るから!」


「う、うん。大丈夫だよ」


 心配そうに見つめている萩村へ、秋山は男らしく言った。

 そんな会話をしていると、教室に明るい男の声が響いた。


「皆、おはよー!」


 額に汗をかきながら走ってきた男――神倉かみくら すばると言い、額に汗をかいた茶髪の青年だった。

 きっと朝練が終わって、走って教室までやって来たのだろう。


「よお、昴!」


「おはよー、昴君!」


「今日も元気だね!」


 そんな彼の挨拶に答えるクラスメイトは多かった。

 男子もそうであるが、その声は女子のほうが多い。

 何故なら神倉はクラスでも最も人気のある男子生徒の一人だった。

 百八十センチほどの高い身長とスタイルがいい長い手足。またサッカー部のエースだけあって体も引き締まっており、サッカーだけではなく他のスポーツもうまく運動神経もよかった。


 短く切りそろえた短髪はさわやかという印象であり、屈託のない笑みにやられる女生徒も多いと聞く。

また成績も非常によく、いつも学年で五位以内に入っているとされ、容姿端麗、運動神経抜群、成績優秀の三拍子が揃っている男であり、また困っている人を見かけると誰でも助けると言うお人よしな性分もあいまって、桜凛高校において最も人気のある男子生徒であった。


 また女子の人気はさることながら、誰とでも快活に話して誰も見下さない事から男子の信頼も厚く、クラスの中心人物の一人である。

 そんな彼は噂では一週間に一回は誰かに告白されているという。

 その中には女生徒だけではない、とい噂さえ桜は聞いた事があった。とにもかくにもとても人気のある男なのだ。


「朱音もおはよー、それに秋山も」


 クラスでも人気のある萩村、それにクラスでも微妙な立場である秋山も関係がないように、神倉は挨拶をした。


「うん、今日も神宮君は元気だね!」


「神宮君、おはよう」


 そんな彼に二人とも返事をすると、秋山に対して神倉は「呼び捨てでいいって、いつも言っているだろう?」と笑っていた。

 誰に対しても同じように接する神宮は、とてもフレンドリーな男だった。

 もしかしたら幼少期は外国で過ごしていた影響があるのかも知れない、と彼は昔、そう言っていた。また帰国子女だけあって英語もぺらぺら喋れる。


「昴君、おはよう」


 そんな神倉に優し気に微笑む女生徒がいた。

 肩ほどまでに切りそろえた黒髪を赤いカチューシャをつけた美少女であり、名前を雨宮あまみや 可憐かれんと言う。


 クラスにおいて萩村朱音と二分をなすほど人気を誇る美少女であるが、神倉とは幼馴染を公表しており、また彼以外の男子から声を掛けられると反応は冷たいのに、神倉への態度は柔らかい事から惚れていることは明らかであり、クラスでそれに気づいていないのは鈍感な神倉だけとされている。


「おう! 今日も朝から元気だね!」


「んもう! 今日もお弁当作ってきたから一緒に食べようね!」


「ん、そうだね!」


 目の前で繰り広げる神倉と雨宮のラブコメにため息を吐く者がクラスには多かった。

 それは二人とも異性に人気があることもさることながら残念がっている者も多いが、美男美女の組み合わせを見て憧れている者も多いと聞く。


 これが二年二組のよくある朝の光景だった。

 そんな中、桜は腕を枕にして夢現ゆめうつつな世界に入ろうとしていた。窓際の後ろから二番目の席は、太陽の日差しがよく当たり、目を瞑るだけで気持ちよく睡眠に入れそうだ。


 桜はあまり特徴のない男子生徒だった。


 顔がいいわけでもなく、また不細工といったわけでもない。成績も中の下と特別いいわけでもなく、体育の授業においても活躍するわけではない。部活や委員会などにも入っていないので友達も少ない。


 一年生の時の知り合いが少ないクラスにやってきたので、うまく馴染めなかったのも原因の一つだろう。


 また訳があって二年生に上がって二日目から最初の二週間は休んでいたという事実があり、それも彼が友達の少ない理由に起因していた。

 数少ない男友達はクラスにいるものの昨日から風邪で寝込んでおり、今日もその姿は見えないのできっと休みだろう。


 もちろん二年二組には他にも桜の知り合いはいるが、相手は女子である。

 親し気に喋るとどんな噂を立てられるかも分からないので、あえてクラスではあまり喋らない事にしていた。


 それが桜と言う男子生徒だった。


 朝は遅く教室に入り、放課後は素早く帰る青年。特徴と言えば、クラスでも大きな体だろうか。元々の身長が高いのだ。だが、威圧感がなく、覇気のない目をしているので実身長よりも低く見える。


 横に並べば身長はクラス内で最も態度の大きい桐原よりも若干高く、肩幅もある。だが、無気力な表情が全てを台無しにしていた。

 だから桐原も彼にはあまり関わろうとしない。

 それは動物的な本能だろうか。


 そして桜がまどろみの中に入ろうとした時、大きな音が耳に入って反射的に桜は目を覚ました。


 キーンコーンカーンコーン。


 それはチャイムだった。

 始業の合図だ。


「皆、席に座ってー!」


 クラスの副委員長である萩村が声をかける。それによって他の席に移動し、誰かと喋っていた生徒も彼女の声によって席に着き始める。

 最後まで自分の席につかなかった桐原も、直接萩村が目の前に着て注意されると渋々自分の席へと付いた。


 いつもだとチャイムが鳴った直後に担任の先生が入ってくる。


 だが――この日は違った。

 教室の扉がノックされると同時に、花の香りがした。鮮やかな香りだ。ほんのりと甘く、それでいて甘酸っぱい。一度嗅げばずっと浸っていたくなるような。

 桜の担任の教師は男性なので香水をつけることはなく、女子たちには加齢臭がすると嫌がられていたのできっと彼ではないだろう。


 誰かがこのいい匂いに対し、声を出そうとしたが桜の同級生が一人、また一人と机に寝るように倒れていく。

 桜も口がぱくぱくと動くのみで声を出すことはできなかった。それはまだ意識が残っている同級生も同じようだ。


 がらがらと音を立てると同時に、他の生徒も多く意識を失っていく。

 まるで麻酔を打ち込まれたかのように桜も頭が朦朧とした。


 それから――見た事のない女が教室に入るのを桜は目にした。まるで花と共に存在するかのように美しい女だった。

 煌びやかな装飾品に身を包んでいた。金糸が編み込まれた白いドレス。首には金と銀、二つのネックレスをかけ、美しい白銀の髪は金の髪留めで留めている。右手の中指には金のと小指には銀の指輪をはめ、左手の薬指には金と銀の指輪をはめ、耳につけた大きめのイヤリングは金と銀の色をしており、まるで彼女自身が美しい宝石の様だった。

 それが夢か現かは分からない。

 彼女は赤い口紅が施された唇で、鈴を鳴らすような声を出した。誰も声を出せないはずの教室で、彼女の声はよく響いた。


「皆様、初めまして――」


 そして、桜は意識を失った。

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