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064_艦隊掌握

 


 パリマニスへ到着すると、すぐに皇太子に会いにいく。

 皇太子はパリマニスの高級宿のスイートルームで「うーんうーん」と唸っていた。


「兄上、お加減はいかがですか?」


 俺が声をかけると、皇太子は憔悴しきった顔を少しだけ横に向けて瞼を開けた。

 皇太子の目は血走っていて、酷い痛みがあることが容易に想像できる。


「ゼ……ゼノキア……か?」


 すでに怪我をしてから一カ月ほどたっているので、傷はかなり回復していると聞いている。

 そもそも魔法で治療をすれば、一回で治らなくても数回で完治する。

 だが、魔法の治療は無理やり傷口を塞ぐことから、自然治癒に比べるとかなりの痛みを伴う。

 皇太子は魔法の治療の痛みに耐えきれず、薬と自然治癒に任せているらしい。

 なんとも情けない話だ。これが帝国の皇太子なのかと、頭を抱えたくなる。


 皇太子の怪我の程度は、右腕切断、背中に剣の切り傷、あとは擦り傷程度だった。

 右腕切断と背中に剣の切り傷が深手。一カ月以上たった今でもこうしてベッドの上で唸っている原因だ。

 そんなものは、魔法で無理やり治せば一瞬だ。痛みで舌を噛みきらないように、口に布を詰め込んで治してしまえば、今頃は痛みなどないのに。


「魔法の治療を行います。どうか我慢をしていただきたい」

「……止めよ。……余は薬で治す」


 たどたどしい口調で止めろと言ってくる。

 だが、医師の話では腕の傷が化膿し始めていて、このままでは命にも関わると言う。


「これは皇帝陛下のご命令です。皇太子と言えど、拒否することはできません」

「………」

「心配いりません。痛みを和らげる薬を持ってきました。これを飲めば、治療の痛みを和らげてくれます」

「ほんとう……か?」

「はい。ですから、魔法での治療を受けてください」


 皇太子が頷いたように見えた。

 持ってきたのは睡眠薬と麻痺薬。

 医師に薬を使わせて、皇太子が眠ったところで治療を開始。

 まずは化膿した部位を切除。皇太子はスヤスヤと眠っている。

 次に出血部位の止血。あとは魔法で肉と皮膚を再生。魔法での再生は、一日一回、あと二回行う。その際、皇太子はまた薬で眠らせるに限る。


 皇太子の右腕だが、切り落とされたその場であれば、俺の魔法で無理やりくっつけることもできた。

 だが、一カ月以上もたっているので、それはできない。


 腕を再生させることは可能だが、再生時に激痛があるはずだ。なんと言っても、無理やり腕を生やすのだから、想像を絶する痛みだろう。

 傷口を塞ぐ治療の痛みにも耐えられない皇太子が、麻酔薬を使っても再生に伴う痛みに絶えられるとは思えない。

 気を失う程度ならいいが、痛みで発狂するかもしれない。まったく困った皇太子だ。


 あとの治療は医師に任せて、俺は海軍を掌握するために動いた。


「大佐、現状を確認したい。説明を頼む」


 バードン伯爵の娘婿の海軍大佐、ソメリウス・クラメルを呼び出した。

 このクラメル大佐は兵を指揮してよし、参謀として作戦立案にも長けている人物である。

 茶色の髪に無精髭を生やした見た目は、冴えない三十過ぎの中年。だが、能力は見た目ではないのだ。


「アルカイン軍務官房長からの報告を待たないのでしょうか?」


 クラメル大佐は面倒くさそうに答えた。

 親王の俺によくもそういう態度がとれるものだと思うが、誰が相手でも自分のスタンスを変えないのは、好感が持てるというものだ。


「事前に確認したい。説明を」

「……承知しました」


 クラメル大佐の話では、ピサロ提督の第一艦隊は健在。第二艦隊の再編は五割程度しか進んでいないらしい。

 また、敵のハマネスク反乱軍の戦力は、海上戦力は壊滅していて残るは陸上戦力のみ。

 ただし、これは一カ月以上前の話で、今は数隻から十数隻の船が建造されている可能性はある。


「ハマネスクは島国のため、造船技術に長けておりますし、皆が海に慣れております。油断していい相手ではありません」


 この口調からすると、皇太子はハマネスクを蛮族とか戦力が少ないとか侮っていたんだろうな。


「これまでの戦いで多くの兵が死にました。現在、再編が進んでいますが、熟練の者は前回よりも少なくなるでしょう」


 熟練の水夫は何物にも代えがたい存在だが、ないものねだりはできない。

 今回の俺は、多くの新人水夫を率いてハマネスクと戦わなければならない。


「大佐ならどう戦う?」


 クラメル大佐は俺の真意を窺うような顔をする。


「某はそのようなことを語る立場にありませんので……」

「余が聞きたいと言っているのだ。構わぬ」

「………」


 困ったような顔をするなよ。ただ単にクラメル大佐の意見を聞きたいだけだ。


「さればでございます」


 クラメル大佐はため息の後に語りだした。


「某であれば、ハマネスクの港を占領し、継続的に圧力をかけ、反乱軍の疲弊を待ちます」

「総督府に攻め込まないのか?」


 俺の質問にクラメル大佐は首を横に振る。


「皇太子殿下が率いられた兵士たちであれば、戦ってもよろしかったでしょう。しかし、今回殿下が率いられる兵士は新人(素人)が多いため、ハマネスクの総督府を攻めるのはかなり厳しいかと存じます」

「なるほど、兵士の練度で負けている以上、直接対決は避けるべきか」

「残念ながら」


 クラメル大佐は首を横に数度振って答えた。


「大佐の考えはよく分かった。下がってよいぞ」

「は。失礼いたしました」


 クラメル大佐の後姿を見送って、俺はニヤリと口角を上げた。

 威勢のいいことばかり言って現実を見ていない軍幹部が多い中、クラメル大佐は現実をしっかりと見て実現可能なことを正しく判断している。

 こういう人物が俺のそばにいてほしいと思ってしまう。


 アルカイン軍務官房長を始めとした海軍幹部を集めた。

 メンバーはアルカイン軍務官房長とピサロ海軍中将の他に大佐以上の幹部と俺が連れてきた貴族たちだ。

 もっとも大佐以上の幹部は三人しかいないので、数はそれほど多くはない。


「まずは軍務官房長の報告を聞こう」

「は。艦隊は第一艦隊の他に、半個艦隊が運用可能になっております」


 アルカイン軍務官房長は艦隊の再編だけ報告して席に座った。随分と短い報告だ。


「軍務官房長、報告はそれだけか?」

「……左様にございます。殿下」


 ドンッ。

 俺は机に拳を打ちつけた。


「艦隊の数だけではなく、兵の質、その他の物資の調達状況、報告することはいくらでもあるであろう! その程度のこともできぬ無能に軍務官房長の重職を任せてはおけぬ! その方は直ちに帝都に立ち返り、謹慎しておれ!」


 一気にまくし立ててアルカイン軍務官房長を恫喝する。

 俺を舐めているからあのような雑な報告しかできないのだ。

 俺を侮っているから大した報告をしなくても済むと思っているのだ。


「サキノ、この痴れ者を放り出せ!」

「はっ!」


 俺の後ろに立っていたサキノがアルカイン軍務官房長に歩み寄ると、顔を青くしたアルカイン軍務官房長が土下座した。


「申しわけございません! どうか平にご容赦を!」


 そのアルカイン軍務官房長の首根っこを持ち上げたサキノが、会議室から放り出そうとする。


「どうかご容赦を!」

「待て」


 サキノがアルカイン軍務官房長を放り投げる手前で待ったをかける。


「アルカイン軍務官房長よ、二度目はないぞ」

「は、はい! 身命を賭して職を全ういたします!」


 こういうのは、先手必勝だ。

 これで仕事を舐めていた奴は背筋を正すことだろう。


「明日、もう一度報告を聞く。しっかりと情報をまとめておくように」

「はい、ありがとうございます」


 アルカイン軍務官房長が平伏して何度も感謝をするので、さっさと席に戻れと促す。


「ピサロ将軍」


 アルカイン軍務官房長が席に戻ったのを見て、ピサロ中将に視線を向けた。


「はっ!」


 ピサロ中将を始め、他の三人の幹部も今のアルカイン軍務官房長を見ていたので、緊張した面持ちで俺を見ている。


「一個半艦隊は、全てピサロ将軍の指揮下に置く。新人水夫も多く配属されていよう。一カ月で最低限使えるように訓練をしてくれ」

「最低限使える状態でよろしいので?」

「一カ月で熟練の水夫に仕上げてくれると言うのであれば、余はそれでも構わんぞ」

「……承知しました。最低限使えるよう、鍛えます」


 ピサロ中将がどれだけ優秀でも、一カ月で新人を熟練にはできない。だから最低限で構わない。


「それと空席の参謀をどうするか、ピサロ将軍の意見を聞きたい」


 ここでいう参謀とは、ピサロ中将の参謀だ。

 艦隊を預かる将軍の影には参謀がいるものだ。ピサロ中将にも元は参謀がいた。

 ピサロ中将の参謀は、先の敗戦時に怪我を負った。

 とても軍務を遂行できる状態ではないらしく、俺が到着する前に退役している。それから参謀は空席のままなのだ。


「は。ありがとうございます。しからば、そこのソメリウス・クラメル大佐をと愚考します」


 俺が目をつけていたクラメル大佐を参謀に所望するとは、さすがはピサロ中将だ。

 クラメル大佐を見ると、相変わらずの無精髭を生やしている。良いとも悪いとも言えない表情で、こちらを見ている。


「クラメル大佐。参謀の任、受けるな?」

「某でよろしいのですか?」

「ピサロ将軍がそう言っているのだ、構わんだろう」

「……ありがたく拝命いたします」

「大将軍の職権をもって、ソメリウス・クラメル大佐を准将に昇進させる。同時にピサロ将軍の参謀の任を与える。辞令は追って発布する」

「はい?」


 クラメル大佐、否、准将が驚いて目を見開いた。


「なんだ、昇進したくはないのか?」

「い、いえ。滅相もない」

「ならば、今から准将だ」


 俺は頷き、ピサロ中将に視線を向けた。


「ピサロ将軍。ソメリウス・クラメルを准将に昇進させ、ピサロ将軍の参謀の任を与える。これでいいな?」

「は。ご配慮、痛み入ります」


 それから必要なことを聞き、必要な物資をアルカイン軍務官房長に用意させるように命じて会議はお開きになった。


 

皇子転生を読んでくださり、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 皇太子には時間という概念が無いんだな。 一時の痛みを嫌がって、1ヶ月も浪費し、更に浪費しようとするとは。 自分以外は立ち止まって待ってくれてるとでも思ってるのかね。 皇帝を始めとして、殆どが…
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