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006_サキノという男

 


 皇帝からお呼びがかかった。

 魔法のことで呼ばれたと思うが、初めて帝城の皇帝の執務室に向かう。


 前世のころはこんな城はなかった。

 俺が死んでから三十年ほどたってからできた城だ。

 ちょっとドキドキしながら後宮を後にして本城に入り、長い廊下を歩いた。

 すると、前方から金髪碧眼のイケメンがやってくるのが見えた。


「ん、……ゼノキアではないか? こんなところで何をしているんだ?」


 多分俺の顔を見て名前を思い出していたのだろう。俺の名前が出てくるのに間があった。

 この人物はサーリマン・セスト・フォンステルト。俺の異母兄弟にして皇太子だ。

 まあ、皇太子から見れば、俺のような第十一皇子の顔と名前が一致しなくても大した問題ではない。


「兄上、ごきげんよう。皇帝陛下に呼ばれたのです」

「何? 陛下に?」

「はい」


 皇太子はすでに成人して今年で三十四歳になるので、宮内省の大臣をしている。

 だから、皇帝と政治の話をすることもあるだろうから、この本城にいても不思議はない。


「陛下のお呼びとあらば、引き留めるわけにはいかんな」

「兄上、失礼します」

「うむ」


 この皇太子、皇帝である父譲りのイケメンだ。

 そのイケメン皇太子の横を通り過ぎて皇帝の執務室へ向かう。


 俺に死んでほしいと思っている存在は沢山いる。今の皇太子もその一人だろう。

 皇帝の息子ということは次の皇帝になる可能性があるということで、それだけ敵も多い。

 刺客を送ってきたのは皇太子かもしれないし、そうでないかもしれない。


 皇帝の執務室に入ると、俺は片膝をついて頭を下げた。これは皇族の皇帝に対する礼儀作法だ。


「ゼノキアにございます。お呼びでございましょうか、陛下」

「うむ、楽にするがよい」

「ありがとうございます」


 俺は立ち上がって両足を肩幅に開いて、手を腰の後ろで繋いだ。

 楽にしてよいと言われても、だらけた格好はできない。

 相手はこの帝国の頂点である皇帝であり、俺は数多くいる息子の一人でしかないのだ。

 いくら父親と言ってもそういうことはしっかりとケジメをつけておかないと、いつ足をすくわれるか分からない。


「アーマルに聞いたが、魔法が得意だそうだな?」

「先日より魔法の訓練をしております。得意かどうかはこれからの訓練次第だと思います」

「ふ……。これほど饒舌な皇子がまだ四歳だとはな……」


 前世の記憶があることで、言葉に関しては不便していない四歳児なのである。


「ゼノキアに守役をつける」


 守役というのは教育係のことだ。通常、守役がつけられるのは、第五皇子くらいまでだ。

 つまり、帝位に近い皇子にだけ守役がつけられる。

 四歳で第十一皇子でしかない俺に、守役をつけるのは異例だと思う。


 ちなみに、皇子の俺につけられるのは守役(もりやく)だが、さきほど出遭った皇太子の場合は傅役(もりやく)で、字が違う。

 皇子は皇帝の息子というだけで、帝位継承権がない。皇子が帝位継承権を認められると親王になるが、この親王の場合も傅役だ。


「サキノ」

「これに」


 皇帝の後ろにいたから近衛騎士かと思っていたが、名前を呼ばれて前に出てきたこのサキノという、濃い青い色の髪を肩の下まで伸ばした薄い緑色の瞳の、三十代に見える男が俺の守役なのだろう。

 容姿はそれほど強そうには見えないが、魔力はかなり多いように感じる。

 魔力操作ができると、他人の魔力の量とかがなんとなく分かるのだ。

 もっとも、見た目で人を判断してはいけない。こういう強そうでない奴が、実は実力者ということは結構ある。


「サキノは文武両道の勇士である。ゼノキアの守役に任命する」

「皇帝陛下にお礼申し上げます」


 俺は皇帝に頭を下げた。

 ここで断るのは失礼にあたるし、断る理由もないからだ。

 守役は終生俺に仕える一番の家臣になるので、優秀なことに越したことはない。さて、このサキノはどうだろうか?


 サキノは近衛騎士の鎧を身に着けているが、鎧があってもスラっとした体型だと分かる。先ほども言ったように強そうには見えないが、とてもかっこいい。

 そんなサキノと俺は、皇帝の執務室を出て俺の部屋に向かって歩いている。

 サキノの経歴は皇帝から聞いたが、素晴らしい実績をもっていた。


 最初は軍に入隊して、その能力もあって順調に出世して三十歳で准将にまでなった。

 その時に皇帝から直々に近衛騎士団への配属換えの辞令《勅令》が下りて、今は近衛騎士団の騎士長になっている。

 騎士長は騎士団長のすぐ下の職なので、すごく優秀だというのが分かる。


「ゼノキア様、私はこれにて」

「わかった。明日から頼んだぞ」

「はっ」


 近衛であっても男性は後宮に入ることができない。だから、後宮には女性の騎士がいるのだ。

 つまり、サキノとは後宮の前でお別れだ。


 サキノは剣神諸刃流剣術の免許皆伝だが、魔法も風属性の王級魔法が使えるらしい。

 剣神諸刃流といえば、皇帝の剣術指南役になっている三流派の一つで、その剣神諸刃流の免許皆伝というとすごいことだ。


 また、魔法には位階があって、下級魔法、中級魔法、上級魔法、特級魔法、王級魔法、帝級魔法、伝説級魔法、精霊級魔法、神級魔法がある。

 通常、上級魔法を行使できると宮廷魔導士にスカウトされたりするので、サキノは魔法の実力でも宮廷魔導士並みというわけだ。

 素晴らしい才能だ。なのに、ただの皇子でしかない俺の守役になるのは、なぜだ? 皇帝が命じたからか?

 サキノが望んだのか、皇帝が命じたのか、どちらにしろ俺に優秀な家臣ができた。


 

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