042_騎士団の事情
騎士団の本部に到着すると、幹部と思われる者たちがエントランスの前に出て待っていた。
俺が本部を訪れると先触れをしたためだと思うが、ざっと見ただけで十人ほどいる。
階級章を見ると『☆☆』『☆☆☆』ばかりなので、騎士長と副団長ばかりだ。
「ゼノキア殿下。お待ちしておりました」
左腕を胸の前に水平にし、右腕を腰の後ろに回す騎士の儀礼用の礼をするこの男は、副団長の『☆☆☆』階級章をつけている。
それに倣って、他の幹部たちも俺に礼の姿勢をする。
儀礼用の礼で、頭を下げないのは騎士だけである。その代わり、右腕を後ろに回して敵意のないことを表し、左腕を胸の前に構えることで心の臓を捧げるという意味を持つ。
「その方は副団長か」
「はっ。副団長のアーサー・エルングルトと申します」
「ゼノキアだ。陛下より騎士団長を拝命した。以後、頼み置くぞ」
「はっ」
アーサーの案内で本部建屋に入り、騎士団長の執務室に入る。
部屋は広く、隣には騎士団長が就寝できる部屋、従者の当直室、面会人の控室、キッチン、トイレ、風呂までついていた。至れり尽くせりだな。
執務机につき、デスクを挟んでアーサーたち幹部を見つめる。副団長が二名、騎士長が七名、合計九名だ。
「余が騎士団長になったのは、騎士団を改革するためだ」
いきなりそんなことを言われた幹部たちは面食らっている。
だが、前騎士団長の更迭理由を知っていれば、そこまで面食らう必要はないだろう。
「知っての通り、ネルジン・アストロは職務怠慢によって更迭された。お前たちがアストロのやり方を是とするのは構わぬが、余も同じだと思うなよ」
「「はっ!」」
全員が背筋を伸ばす。
「それから聞いている者もいると思うが、副団長の席が一つ増えた」
何人かが頷いた。
もしかしたら自分が副団長になれると思っているのかもしれないが、世の中そんなに甘くはない。
「ここにいるソーサー・ベルグが、新しい副団長だ」
俺の斜め後ろに陣取っていたソーサーが前に出てくる。
「ソーサー・ベルグと申す」
名乗りだけの簡単な挨拶だ。
この中のほとんどの者は、元騎士団員だったソーサーと顔見知りのはずだ。
顔見知りだからといって、友好的とは限らないが。
「ソーサーには三人の副団長の筆頭として、働いてもらう」
つまり、騎士団のナンバーツーだな。
不満か? 不満であれば、ソーサー以上に有能なところを俺に見せろ。
「さて、これより訓練場を視察する。時間がある者はついてこい」
副団長や騎士長の仕事は多いはずだが、あえてそう言った。
まあ、本当に忙しいので仕事に戻っても文句は言わない。むしろ、そうした奴がいたら、褒めてやっていいと思う。が、九人とも俺についてきた。
訓練場は多くの騎士が、木剣を打ち合っていたりして騒然としている。俺と幹部たちに気づいて敬礼をする者もいる。
「皆を集めますか?」
アーサー副団長が声をかけてくるが、俺はそれを手で制した。
少し見ただけだが、騎士たちに覇気がないように見えた。どいつもこいつも、踊っているんじゃないかという感じで、気合が足りない。
訓練というものは実戦を想定して行わなければ、なんの意味もない。剣を振るにしても、気合の入った素振りとそうでない素振りでは、素振りの重みが違うのだ。
「木剣を」
そう言うとアーサーは驚きながらも、木剣を持ってきた。
「殿下も訓練されるのですか?」
「訓練か。まあ、訓練だ」
木剣は騎士用なので、長い。左腕に魔力を纏わせ、振る。
木剣の先端三分の一がスパッと切れて地面に落ちる。
「アーサー副団長」
「はっ」
「余のことはこれから団長と呼べ。騎士団員は全員、余のことを殿下と呼ぶことを許さぬ」
「しょ、承知いたしました」
「では、この訓練場にいる騎士たちを集めよ」
「はっ!」
アーサーが「集合」と声を張り上げる。
何度も集合と言うと、騎士たちがぞろぞろと集まってきた。多分、百人くらいはいるだろう。
「ゼノキア団長。皆が集まりました」
俺がアーサーに集合を命じてから、かなりの時間がたっている。多分、十ミニッドは経過しているだろう。
この動きの悪さを見ただけでも、ため息が出る。
「これより、お前たちの実力を調べる。一人ずつ余に打ち込んでこい」
ざわざわと騎士たちがざわつく。
俺のことを知っている者もいるようだが、知らない者のほうが多いだろう。
こんなガキが生意気なことを言っていると、明らかに不機嫌な顔をする者もいる。
「だ、団長!」
「なんだ、アーサー」
「いくらなんでも……」
「安心しろ。俺に怪我をさせても罪には問わぬ。むしろ、手抜きをした奴は、その報いを受けさせてやる」
「「………」」
幹部たちが青い顔をし、騎士たちはアーサーが俺を団長と呼んだことに怪訝な顔をする。
「今日から騎士団の団長になったゼノキアだ。俺に勝てたら昇進させてやる。従者は従者長、従者長は騎士になれるぞ」
俺の言葉を聞いた騎士たちは、ざわつく。さきほどのざわつき以上のものだ。
それはそうだろう。ガキの俺に勝つだけで、昇進できるんだ。
「だ、団長殿。質問をいいでしょうか?」
一般的な体型をした騎士が、手を挙げた。階級章は『★★★』だから、騎士だ。
ちなみに、階級章は従者が『★』、従者長が『★★』、騎士が『★★★』、正騎士が『☆』、騎士長が『☆☆』、副団長が『☆☆☆』、そして団長は『=※=』だ。
騎士団員のほとんどは従者だ。だから、正式には騎士ではない。騎士団に所属しているので、総称として騎士と呼んでいるだけだ。
「構わんぞ」
「私は騎士ですが、団長殿に勝つことができれば……正騎士になれるのでしょうか?」
「そう言った。誰であろうと余に勝てたら、昇進だ」
その瞬間、「おおおおっ」と騎士たちから歓声があがった。
アーサーたちが騎士たちを収めるのに、また時間がかかってしまった。騎士たちは、俺の貴重な時間をなんだと思っているのか?
「さて、一人目は誰だ? 誰かが俺に勝った時点で終了だから、早い者勝ちだぞ」
「某が!」
「いや、俺だ!」
「待て、俺だ!」
こいつら、本当にいい加減にしろよ。俺は忙しいんだ。
「あー、分かった。お前ら、三人でかかってこい」
「「「え!?」」」
「ほれ、早くしろ。さもないと、お前たちを失格にするぞ」
「団長殿、本気ですか?」
「御託はいい。かかってこい」
俺は右腕で短くした木剣を構えた。
「後から嘘だとは言わないでくださいよ!」
「大丈夫だ。お前たちは俺には勝てない」
ガキの俺に勝てないと言われたのが癇に障ったようで、三人は殺気を放って木剣を構えた。その殺気を訓練中も出せよな。
しかし、こんな安っぽい挑発に乗るとは思わなかったぜ。こういう奴らは、自分がどれほど無能かを思い知らせてやってから、騎士の矜持を持っている奴だけ拾い上げてやるのがいいだろう。
やる気を出させるのが上司の仕事だが、騎士団員としての矜持を持っていない者は不要だ。
皇帝を守るべき騎士団員は、この国の最精鋭でなければならないのだから。心構えがなってないやつを騎士団に置いておくのは、無駄でしかない。
「「「本当によろしいのですか?」」」
「構わんと言っただろ。さっさとかかってこい」
三人は顔を見合わせて頷く。そして、三人一度に俺に向かって剣を振り上げてきた。
「「「はぁっ!」」」
三人の動きを見るが、どれも精彩を欠いたものだ。
これで騎士だと言うのだから、頭が痛い。
俺は踏み込んで一気に左の騎士との距離を詰めた。
「シッ」
「ぐあっ……」
すれ違いざまに胴を打ち込み、振り返って真ん中の騎士の腰を打つ。
「ぎゃっ」
右側の騎士が止まって振り返ろうとする。だが、この場合はそのまま一気に距離を取ったほうがよかった。
振り向いたその騎士に、ジャンプして肩に木剣を入れる。
「ぐっ」
三人はその場に蹲り、立ち上がってこない。
「次!」
次の挑戦者を要求するが、誰も出てこない。
「お前たち、昇進したくないのか?」
三人が一瞬で無力化された光景を見て、自分では勝てないと思ったようだな。
俺は毎日欠かさず剣の訓練をしている。世間では魔法の天才などと言われているようだが、俺は剣のほうが自信があるんだぜ。
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