012_封地と怪しい団長
宮内省の次は右丞相との協議だ。
右丞相はパステル・アームズという名の四十代後半の紳士である。
たしか、五年ほど前に右丞相に就任し、それ以前は財務大臣だったはずだ。
「わざわざお越しいただき、恐縮でございます」
物腰柔らかな右丞相だが、やり手なので油断はできない。
「いや、いい。右丞相のほうこそ忙しいところを、すまぬな」
「ふむ、聞いてはおりましたが、四歳にしてその英明さ。恐れ入ってございます」
「世辞はいい。本題に入ってくれ」
「承知いたしました。今回、ゼノキア様にお越しいただいたのは、封地の件でございます」
封地というのは親王の名目上の領地のことだ。
第二皇子がアクラマ王に封じられたのは記憶に新しい。
王はその土地に赴いて実際に土地を統治しなければならないが、親王は封地に赴くことはない。
封地を実際に治めるのは代官であり、親王はその土地から上がってくる税収(お金)が懐に入るのだ。
実際に封地を統治してもいいが、この帝都や帝城を離れる親王はいない。
なぜなら、親王は皇帝にもしものことがあった時に、次の皇帝になる可能性があるからだ。
そのもしもの時に帝都にいなかったら、自分が知らないうちに皇帝が決まっていたということになるかもしれないのだから、おいそれとは遠方へ赴けない。
「うむ、俺の封地はどこだ?」
「はい、こちらになります」
右丞相が資料を差し出してきたので見ると、その資料にはソト州レーゼ郡とあった。
俺の記憶がたしかなら、レーゼ郡は塩の産地として有名だったと思う。
過去十年間の税収と人口の推移などのデータを読んでいく。
「封地については分かった。他に何かあるか?」
資料を読み終えて右丞相を見つめる。なかなかに端正な顔立ちをしているな。
「はい、こちらを」
右丞相は羊皮紙の束を差し出してきた。その羊皮紙を手に取って読み進める……。
「今回、ゼノキア様の家臣となる者たちの名簿にございます」
「……多くないか?」
羊皮紙にはざっと確認しただけでも百五十人ほどの名が書かれていた。
中にはエッダやリア、それに乳母のカルミナ子爵夫人の名もあるので今までの家臣の名も入っているが、それでもかなり多い。
この羊皮紙に記載がなくても、ウルティアム伯爵家(母親の実家)からも数十人規模の家臣が移籍してくるはずなので、ゆうに二百人以上の家臣団になってしまう。
「ゼノキア様がアルゴン草原へ赴かれた時の、近衛たちが全員移籍を希望しております。宮廷魔導士からも四人、他にもゼノキア様の人柄に惹かれた者が多数おりまして、はい」
俺の人柄に惹かれた者もいるだろうが、多くは帝級魔法を操る四歳の子供の将来性を見越しての仕官だろう。それと俺のところに間者をつくるための人材のはずだ。
俺の将来性を考えての仕官はいいが、間者はあぶり出して闇に葬らないといけない。
俺はこれまでに三度も命を狙われている。だから、そういった不確定要素を抱えていると、命を失いかねない。
ただし、今回の仕官者の誰が間者なのかさすがに分からないので、全員を召し抱えることになるだろう。
間者云々は置いておいても、これだけの人材を登用するのは財政的に負担が大きい。
幸いなことにレーゼ郡は塩の産地ということもあって、税収は比較的多い土地だったのでなんとかなりそうだが、いきなりこれでは違う意味で悲鳴が出そうだ。
「分かった。以上か?」
「はい、私からは以上でございます」
さて、今回の件で俺の家臣になる者の中にどれだけの間者が紛れ込んでいるのか?
懐に潜り込める家臣がもっとも危険な暗殺者になりえる。信用できる家臣はいったいどれだけいることか……。
▽▽▽
俺の前に鎧を着た極悪な顔をした大柄の男性が座っている。
これまでにたくさんの人を殺してきたような顔のこの人物が、帝都サーリアンを守る騎士団の団長だ。
なぜ騎士団長が俺の前に座っているのかというと、俺を襲撃した者たちについて調べていたのが騎士団なので、その報告のためである。
「つまり、襲撃者のことは何も分からなかったのだな?」
「申し訳ございません。捕縛した者どもはいずれも金で雇われただけの下っ端でして、情報を得ることができなかったのです」
襲撃の本隊は俺が骨も残らずに燃やし尽くしてしまったので、雑魚しか捕縛できなかったというのが騎士団長の弁明だ。
「相分かった。ご苦労であった」
騎士団長との面談を終えた俺は、次の目的地へ向かう。
「サキノ、騎士団長をどう見る」
「はい、何かを隠しているような節がありました」
「サキノもそう思うか……」
どうやらサキノも俺と同じように、騎士団長の言動から何かを隠していると受け取ったようだ。
騎士団長としては虎の尾を踏む可能性のあることは、避けたいと思っているのだろう。
だが、それでは騎士団長として職務を全うしたと言えるだろうか? いや、言えないな。
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