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私がもう一度ラケットを握るまで  作者: 今福シノ
第1章 卓球との再会編
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第5話 先輩と、逃げ場のない私

 めぐ先輩はふたりの会話を制止して、「それじゃあ私から」と一歩前に出て、


「私は東本願寺(ひがしほんがんじ)めぐみ。みんなめぐ先輩って呼んでくれてるから、あなたたちも気軽に呼んでね。あと学年は今年から3年で、一応副部長をやってるの。よろしくね」


 ぺこり、と3年生が1年生に向けてやるものとは思えないほど丁寧にお辞儀した。


「「よっ、よろしくお願いします!」」


 慌てて私と杏子ちゃんも頭を下げる。ちなみに私の視界には、お辞儀をして柔らかに揺れるめぐ先輩の胸がバッチリと映っていた。


 3年生になったら、やっぱりあれくらい成長するものなのかな……。


 私の中に仄かな期待が生まれる。が、それをかき消すような勢いで、


「はいはい! 次私ね! 飯山(いいやま)千穂(ちほ)、2年だよー!」


 バンザイしながら私たちの前に立つ。元気な人だなあ。


「あ、頭のお団子、きれいにまとめてますね」

「おっ、いいとこに目付けるねー。お礼にもう1回抱きついちゃる」

「ちょっ、やっ」


 すりすりすりすり。今度は真正面から私の身体をホールドする。って胸のとこを頬ずりしないで! もっと擦り減っていきそうですから!


「ちょっと千穂ちゃん! 嫌がってるでしょ?」

「はーい。さってと、最後はつむぎの番だぞー!」


 千穂先輩が私の身体から離れると、彼女の背後にいた三つ編みメガネの先輩が前に出る形になった。


「……染谷(そめや)つむぎ。2年。よろしく……」


 必要最低限の情報を、これまた必要最低限の声量で伝えてくる。


「つむぎのことは『つむつむ』って呼んでやれよ! 新入生諸君!」

「普通に名前でいい……」

「あ、あはは……」


 よくわからない漫才のようなものを見せられて、私は苦笑することしかできない。もしかして変なウワサの原因はこの2年生のふたりだったりするのかな、なんて私は邪推をしてしまう。


「それじゃあ、あなたたちも自己紹介してもらっていいかしら?」


 漫才には完全スルーで(後輩の扱いを熟知しているのか、どうにもならないと放っておいているのか、どちらなんだろうか)、めぐ先輩が私と杏子ちゃんに言葉をかけてきた。


「はいっ! じゃあわたしから! 1年C組、黄粉(きなこ)杏子(きょうこ)15歳! 気軽に杏子とお呼びください先輩方!」


 私が逡巡しているうちに、杏子ちゃんが先行して前に出た。


「よろしくね、杏子ちゃん」

「はい!」


 早くも打ち解けた様子のめぐ先輩と杏子ちゃん。こういうハツラツとした性格の人は年上からも好かれそうで、正直うらやましい。


 と、いつの間にかめぐ先輩がこっちを向いていた。次はあなたの番だ、ということだろう。うう、自己紹介とかあんまり得意じゃないのに……。


「あの……赤城(あかぎ)優月(ゆづき)、です。よろしく、お願いします。あっ、クラスは杏子ちゃんと同じです」


 結んだ髪をいじりながら言う。数日前のクラスの自己紹介でも緊張したことが思い出されて、顔が熱を持つのがわかる。


「こちらこそよろしくね、優月ちゃん」

「よろしくー!」

「よろしく……」


 たどたどしい自己紹介になってしまったけど、先輩3人は笑みを向けてくれた。


 いい先輩たち、だな……。

 いやダメダメ! 私は入らないって決めてるんだから!


「どうしたの? 頭ぶんぶん振ったりして?」

「ああ、いやなんでもないです!」


 首を傾げるめぐ先輩をよそに千穂先輩が、


「んで、杏子っちは中学でも卓球やってたん?」


 うっ、やっぱりきた。予想していた、そしてしてほしくなかった質問。


「いや、中学はバレー部だったんで初心者なんですよ。すみません即戦力にならなくて……」


 絶対に話題を私の方に振られないようにしなきゃ。振られてもごまかそう。だって、経験者だってわかったら、勧誘どころか捕まること間違いないだろうし……。千穂先輩も全力で捕獲してくるに違いない。


「気にすることじゃないわよ。大歓迎よ」

「ありがとうございまっす! その代わりじゃないですけど、体力は自信ありますから!」

「おお! 心強いじゃん!」


 よし、会話が弾んでいるうちに気配を消しておこう……そうだ、つむぎ先輩がやってるみたいに、私も杏子ちゃんの後ろに隠れて……、


「あ、でも! 優月は経験者ですよ!」

「…………」


 時間が止まったような、世界が白黒になったような感覚。

 そんな刹那の沈黙を経た後、


「うっそ! マジで!? ゆづっち卓球やってたの!?」


 杏子ちゃんの背後に隠れた私に対して、食い入るように回り込む千穂先輩。ていうかゆづっちって私のことですか?


「も~それならそうと言ってよ~!」


 バシバシバシ!

 肩を叩かれながら、私の口からは乾いた笑いが漏れた。そして微妙に杏子ちゃんに半眼で視線を送る。が、当の本人は全く気付かず、かつ悪びれる様子もなかった。


「い、いや私は付き添いで来ただけですから……」

「まあまあそう固いこと言わずにさあ~」


 叩く手は伸びて、肩を回される。完全にロックオン状態だ。


「ちょっと千穂ちゃん。優月ちゃん困ってるじゃない」

「めぐ先輩……」


 地獄に仏とばかりに、思わずふわふわ頭の先輩に手を合わせそうになる。


 ……が。


「で、でもせっかく来てくれたし、ちょっとくらいは見学していかない? もしかしたら入りたくなるかもしれないし」


 やっぱりダメだ。しかもかわいい顔しながら照れ笑いを浮かべているから尚タチが悪い。きっと、こんな風にお願いされたら男子なら100パーセント勘違いしてしまう。

 追い打ちをかけるように、つむぎ先輩が提案してくる。


「せっかく、だから……見学だけじゃなくて……打っていったら?」 

「で、でも私制服だから打つのはちょっと……」

「え? わたしたちのクラス今日体育あったから、体操服あるじゃん。それでいいんじゃない?」


 もおお! そういうことは言わなくていいのに!


「おおー、そうなのか! じゃあゆづっちも杏子っちも打てるじゃん!」

「あ、あはは、そうですね……」


 杏子ちゃんが逃げ道を塞いでくれたおかげで、私は強張った笑顔しかできなくなる。四面楚歌とはこのことなのか。


 ……はあ。

 表に出ないよう注意しながら心の中でため息をつく。こうなるから来たくなかったのに。


 卓球部に限らず、運動部は基本的に経験者を欲しがる。あまり教える必要がなく、かつ大会に向けての即戦力になるからだ。特に卓球部なんかはおそらく技術的なことをあれこれ教えなければいけなくなるので、初心者を少し敬遠しがちになったりする。


 それにしても即戦力をほしがるなんて、まるで日本社会の縮図じゃないか。もっと教育を重視するべきだ!


 なんてことを叫んでもこの状況は変わるはずもなく。


「……わかりました。じゃあちょっとだけ」


 こう答えるしかなかった。

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