表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

たとい心が折れたとて

 嗚呼、まただ。発作が来る。

 目の奥がちかちかと瞬いたので、私はすぐにそれに気付いた。

 右手のうちの機械を握ると、瞬時に視界が切り替わった。紅魔館の廊下から、見慣れたいつもの私の部屋へ。

 咲夜のおかげだ。機械から飛ばされた信号を聞いて、即座に私をここまで運んでくれたのだ。

 ありがとう、咲夜。あと、ごめんなさい。

 心の中で、私はそう呟いた。


 目の前の壁掛け時計が、爆ぜた。









 一般的な見解では、私は感情的で、暴力的で、不快なものを壊さずにはいられない性格なのだそうだ。初めてそれを聞いた時には流石に笑ってしまった。なにが一番面白いかといえば、それを吹聴して回っているのがお姉様だというところなのだけど。

 実際にはそんなことはない。

 私はただ、無感動に、無感情に、確率でものを壊すだけだ。

 枕が爆ぜた。

 我ながら厭な能力だと思う。この能力のせいで、私は常に好きなものから距離を置かざるを得なくなった。私の部屋の家具は使い捨て。愛着のついたものは皆、お姉様に預かってもらっている。最も心が沈んでいるときに傍にないのは寂しいけれど、そうして手元に置いていたものは、もうすべて壊れてしまったから。

 机が爆ぜた。

 けれど、今は随分ましになったのだ。具体的には、咲夜がここに来た頃から。それまでは、発作が起きると分かっていても、対処のしようがなかったのだから。

 ぬいぐるみが爆ぜた。


 発作。そう、発作だ。


 能力の制御が、唐突に利かなくなることがある。切っ掛けはよくわからない。ただ、前兆だけは分かるけれど。目の奥がちかちかと光ったら、遅れてそれがやってくるのだ。

 こうなるともう、まったくもってどうしようもない。私の周囲の物たちが、確率で次々と爆ぜていく。

 防ぎようだってほとんどない。私の能力は、強いから。

 嗚呼、ほら、まただ。

 部屋の端の、戸棚が、爆ぜた。









「いたたたた……」

 もはや瓦礫となり下がった戸棚の、その山の下から、聞き覚えのある声がした。

「……こいし?」

「もー、フランちゃんたらひどいわ。そりゃあ隠れてた私も悪いけど、でもそれはないんじゃないかな」

 がらがら、と山が崩れる。その下からこいしが現れる。ぷはー、と大げさに息を吐いたこいしに、けれど私は強烈に厭な予感がした。

「こいし」

「なーに? フランちゃ」

 首を傾げたこいしの、その腕から、ごきり、と鈍い音が聞こえた。









「ごめんね、こいし……ごめんね」

「大丈夫、私は大丈夫よ。そんなに気にしなくていいわ」

 何かが私の頭を撫ぜた。ちらと見ると、こいしの袖から伸びた蔦だった。こいしの腕と脚は、みんな変な方向に折れ曲がっていた。

「帰って、ねえ。もうこれ以上、こいしを傷つけたくないの」

「平気よ。この程度では死にやしないわ」

 こいしはにこにこと笑いながらそう言ったけど、その表情は、私にも分かるほど蒼褪めていた。

「見てて分かるのよ。痛いんでしょ。死ななくても痛いものは痛いんでしょ」

「痛みなんて余計なもの、意識しなければいいのよ」

「そんなこと」

「できるのよ、私はね」

 くすくすと笑ってこいしは言った。「なにせ私は無意識なので」と付け加えた。痛々しくて見ていられなかった。私はそっと目を伏せた。

「それに、これ以上ここにいたら、本当に壊れてしまうもの」

「大丈夫。私とてそこまでやわじゃないもの」

 こいしはひらひらと折れた腕を振って、またそこから厭な音が響いた。

 こいしは声の一つも漏らさなかった。私はようやく、こいしの言ったことが本当なのかも知れない、と気付いた。いっそ、声を上げてくれた方が楽なのに、とも思った。

 そう考えた自分がほとほと厭だと思った。こんな能力がなければもっと楽だったのにと嘆いた。こんな能力なんて――

「駄目だよ」

 ――失くなってしまえばいい。そこまで思考が行きついたところで、私はこいしの蔦に絡めとられて、そのままこいしに抱きしめられた。「そういうのは、駄目」と、こいしは囁くように言った。

「なにが駄目なのよ」

「今、こんな能力なくなればいいのに、って思ったでしょ」

「……」

「分かるわ。私も昔、そう思ったもの。だから私はこうなったんだけど」

「なら、なんで駄目なの」

「だってフランちゃんには、私と違って、大事にしてくれるひとがいっぱいいるもの」

 こいしは私の背中をぽん、ぽん、と叩いた。棚かなにか、木の砕ける音が聞こえた。

「一人で抱えて、自棄になって、綱渡りをしてほしくないのよ。私はうまくいったけど、フランちゃんもとは限らないから」

「……優しいのね」

 私は呟いた。自分は傷ついてもいいと思っているくせに、という言葉はどうにか口の中で飲み込んだ。

 代わりに、私はこいしに疑問を投げかけた。

「こいしは、どうしてそこまで親身になるの」

「だって、まるで昔の私を見ているみたいなんだもの」

 優しい声音でこいしは言った。どんな顔で言っているのか気になったけど、残念ながら、抱きしめられた私には見ることができなかった。









 目が覚めた。

 こいしは既に去ったようだった。私の発作も収まっていた。

 私はしばらくぼんやりとして、ふとあることを思い出して、そらに魔術式を描いた。

「パッチェ、聞こえる?」

「ええ。どうかしたの、フラン」

 魔術式はすぐに起動した。声を投げ込むと、すぐにパッチェから返事が返ってきた。

「"手枷"のデータって、まだ残ってる?」

 私は尋ねた。

 手枷というのは、昔、私の能力を封じるために、パッチェが作ろうとしていた魔道具だ。半分ほどまで組み上がったところで咲夜が来て、私の能力の被害が抑え込めるようになったから、そのまま放置されていたはずだけど。

「ええ、残っているわ」

「それ、完成させてほしいの」

 魔術式の向こうから、呆れたような溜息が聞こえた。次いで、逡巡するような間。

「なにか、守りたいものができたわけ」

「そんなかんじ」

 正確ではなかった。

 傷つけたくないものが、勝手に部屋に入ってくるようになった、というのが正しいところだった。

 けれど、そんなことは、誤差の範囲だ。求めるものは、同じなのだから。

「暫くかかるけど。それでもいい?」

「ええ、お願い」







 なべてこの世はこともなし。今日もこいしを壊さずに済んだ。運がいいなと私は他人事のように思った。

 他人事なのは、どこか現実味がないからだ。

 もうすぐ"手枷"が完成する、とパチェから聞いた。あと数日だということだ。

 正直なところ、"手枷"の完成までに、私は恐らくあと一度は、こいしを傷つけてしまうのだろう、と思っていた。それくらいには発作はよくあることだったし、こいしもよく入り浸っていたから。

 けれど、そうはならなかった。

 奇跡のような巡りあわせで、発作の場にこいしの姿は現れなかった。

 こいしがいるときには不思議なことに、もう一度も発作は起こらなかった。

 悪魔の寵愛か、神の悪戯かは分からない。正直、どちらでもいいとは思う。

 けれど、どうか。

 あともう数日だけ、この幸運が続きますように。

 私は十字架を折り捨てて、いもしない吸血鬼の神に祈った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ