本庄 詠子
「人間、顔が全てとは言わないが人の第一印象を支配するものは顔さ。つまり顔が最も大切なのさ」
「いやいや、人間は中身だよ。人から評価されてる人は顔よりも中身が備わった人さ」
後ろのテーブル席から聞こえてくる会話は詠子にとっては心地の良い会話では無かった。
誰もが通る疑問だが、詠子はハッキリと自分の意見を持っていたしそれを貫いてきた。
人は顔で評価する。だが私は中身で評価する。
中身を見てもらおうなどとはこれっぽちも期待しておらず、無理だと知っていた。だからこそ自分は他人を顔なんかで評価しない。生まれ持った見た目で人間の評価の優劣を付けたくなかった。
その訳は詠子自身の生い立ちにあった。
詠子の見た目は客観的に見ても良くない、というよりも悪い方に属すると詠子は自己評価していた。小学生の頃から同級生に馬鹿にされ、思春期を迎える頃には同じ年代の男女から嘲笑されていることも知っていた。
そして大学をも卒業しようとしている今の今まで、恋人どころか異性の友達すら存在しなかった。
詠子は会計を済ませると、耳が痛い会話の口直しにイヤホンを取り出し、お気に入りであるチャイコフスキーを聴きながら自宅への帰路についた。
ふと昔のことを考えた。
詠子は元々人前に出るのが好きであった。
小学生の頃は学級委員や集会の司会、授業でも朗読やディベートには積極的に手を挙げて参加していた。
中学に入ってもそれは変わらず、1年次からクラスの学級委員長を務めた。
しかしある日、クラスメートからのある野次が詠子を変えてしまう。
それは当人からすればなんでもない野次で、詠子を傷つける目的でもなんでもなかったのだが、無垢で純粋な詠子の心を貫いた。
「近藤ちゃん可愛かったらパーフェクトなのに」
その日から詠子は自分の見た目について気になり始めた、自分は可愛くない。
そして思春期を迎える頃、壇上に上がり全校生徒の前で話した時、自分の見た目でみんながクスクスと笑っているのに気がついた。
中学2年になり生徒会に所属していた詠子は、生徒会長への推薦を断り副生徒会長として中学生活を終えた。
高校では生徒会に入るも、壇上に上がる恐怖
目立ってしまうことを恐れ、役員決めの時は最後まで希望を塞ぎ込んだ。
周りの女子生徒は彼氏の話題や男子の話題で持ち切りだったが、詠子はその話題から取り残されたような気分を味わっていたし、男子生徒から恋愛対象として見られる以前に、珍獣を扱うかのように心無い言葉を浴びせられ続けた。詠子は元々持っていた明るさで笑って返していたし、もうその扱いには慣れてしまっていた。時に胸が苦しくなる時もあったが全て飲み込んで明日にはまた忘れてしまおうと開き直った。
しかし現在の詠子には和希という恋人がいて、友達もいてある意味順風満帆な大学生活を送り、そして終えようとしていた。
毎週金曜日の夜、東京の大学に通う詠子は授業を終えると別の大学に通う和希の元へと向かう。
電車で20分程の距離な為いつも先に終わる詠子の方から向かうことになっていた。
「俺は顔で判断しない、詠子の人間性に惚れたんだ、内面が美しいところに惹かれた」
臭いセリフだが彼からは本気を伺えた。
詠子は人生で初めて人を好きになり、高い化粧品や香水を買い漁り、雑誌に載るような服を着るようになった。
彼の大学の最寄り駅の駅ビル内のカフェが2人の待ち合わせ場所であった。
付き合って2年、変わらずこの場所で詠子は待っていた。
詠子にとっては全てにおいて初めての相手であり心酔しきっていた。
彼との出会いは2年前、詠子のアルバイト先での同期として知り合った。
初めて会った時から自分に好意があるのだと勘違いさせるほど距離が近かった。
それは詠子の勘違いなどではなく程なくして和希の方から告白された。
現実を受け止めきれなかったが断る理由など存在しなかった。人生で初めての恋人だと胸が踊った。
「お待たせ、今日は何食べようか」
彼のお決まりの挨拶で待ち合わせると駅の近くで夕食の場所を探すのが毎回の恒例だった。肉が食べたい、ラーメンに行きたい。ファミレスで済ませたいなど様々な要望をお互いに出し合い決めていた。
食事中に会えなかった分の会話をして、お互いの将来についても話した。基本的に他愛もない話ばかりだが、真面目な話をする時の彼には心から魅力を感じた。
土曜日の昼に2人で目覚めると、1日デートをしたり2人のアルバイトの時間までゆっくりと時間を過ごしたりするのが習慣であった。
詠子はこのままこの幸せな時間が続く事を祈り、その為の努力は惜しまなかった。
彼と喧嘩したら必ず先に謝り、彼を支えることに専念した。
和希と共通のアルバイト先である飲食店の先輩が退職することになった。理由は結婚であった。
年齢は詠子より2つ上でうちの店では看板娘人気を持つとびきりの美人であった。
詠子は新人の頃からお世話になった先輩の退職に少し寂しさを感じたが、結婚という言葉を語る時の幸せそうな表情に自然とこちらも明るい表情になる。そんな別れであった
2年間付き合った旦那さんの就職が決まったと同時の婚約だった、旦那さんは大阪の企業に就職したらしい。
当然ここからは通えないし、会うこともなくなるだろう
詠子は最後まで笑顔で先輩を見送った。
アルバイト先には内緒にしているが私達も2年の交際だ、いつかはこういう幸せそうな表情が出来るのだろうか
先輩は最後に私たちに別れの一言を告げた
「ここから優秀なバイトが2人辞めるけど、みんな頑張ってね」
周りも聞いてないようで後輩の1人が聞き直した。
「2人って?」
先輩はキョトンとした表情で答えた。
「そういえばみんなには言ってなかったっけ?和希くんだよ、相手」
その瞬間遅れて汗だくで店に入ってきた和希を見て詠子は目の前の時空が歪むのを感じた。頭の中は真っ白に変わっていく中で、青ざめた和希の表情とそれを見て嬉しそうに笑っている先輩の表情が酷く対照的で生臭いような感覚を覚えた。
足元はふらつき、頭の中はパニック状態の中で詠子は細く息を吐くように
「知らなかったです、二人ともおめでとうございます」
とだけ伝え、勝手に漏れる息も潤んだ瞳も隠すようにその場から離れた。
しばらくすると彼からの着信やメッセージが怒濤とばかりに押し寄せるが、見る余裕もなかった。
詠子は初めての失恋が衝撃的な余り、何も考えず幼い時からやってきたように飲み込もうとした。
自宅に帰るとソファに深く沈みながら大きくため息をついた。
今日の事を忘れながら眠りたい
しかし今日までの事を忘れるまで眠ることは出来そうになかった。
心配そうに自分を見つめる猫を抱きかかえ、詠子はただ涙を流しながら落ち着かない頭の中と飲み込もうとしても喉でつっかかるそれを味わうように肩を揺らした。
ご拝読頂きありがとうございます。
今回はプロローグに近い内容となっております。
今後の展開にご期待ください。
本編はプロローグも含め連載中です。是非ご覧ください
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