第四話 疑問
わざわざショッピングモールの駐車場まで呼び出すか? 事業所まで来たってバチは当たらないだろうが……と、つのる不愉快はしかし一発で吹き飛んだ。メガネの車が悪目立ちしていたから。
本土出身なのだろう。「北海道では四駆がマスト、それもこの車種に限ります」と思い込まされたマヌケ御用達の車を転がして来やがった。
「現地で商売してる人間が不景気だと言っているのに、景気が良いと判断した理由は?」
ブーメランってご存じ? そうそう、現地の情報は大事だぜ?
「そりゃ、派手な変化と言えば観光に、俺みたいな商売だがな? 俺に絡んできた狐顔の男は建設作業員で、止めた熊野郎はあれ、親方だ。小学校や中学校を建設してるって話もしていたから間違い無い……」
田舎を潤すのは何と言っても公共事業、世界のどこでも同じだろう?
だが口にしたところで語尾が延びてしまった。小さな疑問が浮かんだせいだ。
なるほど他人に話してみるのは大事なことだと気づかされる。「しっかり記憶しておけ」ってのはそういうことなんだな?
その言葉を口にした男のメガネが四駆のバックミラー越しに光っていた。
続きを促している。
「だがなあ。一人工二人工って感じじゃ無かったんだよな」
自営業は勤め人に比べて人間の上振れ下振れの幅が広いように思えてならない。
二十代でも大人数を率いて財を成す男がいる。金にとどまらず周りに夢を見せるヤツまでいる。
そしてもちろん多いのは堅実なヤツと言いたいところだが、実のところは冴えないヤツ。俺だな。
下は……てめえの流儀が社会の仕組みだと思い込んでる勘違い野郎だ。
最低なのはそれを暴力と洗脳で押し通すクズ。早晩信じられないような事件を起こしてぶちこまれる連中。
その点あの熊野郎の貫禄、「上」の部類だ。何人も使ってるに違いない。
部下を連れて呑みに来るなら狐ひとりってことはないと思うんだが。
「案外目ざといな」
メガネが助手席の紙袋に手を伸ばす。
これも気になっているんだろう? などと、口元を歪めながら。
「今度は古紙回収業者の疑惑でも追ってるのか?」
口答えが冴えなかったのは、中身のせいだ。紙袋からは雑誌がいくつも……よりにもよって警察がナック○ズって、笑えねえ。
俺と会う直前まで読んでいたのは週刊誌みたいだが、それも気になる。どう見ても優等生ってメガネとゲスな週刊誌、どうにも似合わない。
手に取れば、角の折られたページにデカデカと見開きの文字が躍っていた。
――日本アナキズム学会会長、中国人留学生へのセクハラにより停職処分。本人は強く否定――
北の端にいて、東京の……事件? とも言えねえだろうが、そんなチンケな話。
「無政府主義。左翼の一派だと言えば分かるか?」
またこっちをバカだと思ってやがる。
まあ実際、知らなかったけどな。だが無政府主義ってことなら、なるほど警察の仕事か。
「『ヤマトダマシイヲ ミセテヤルー』とか叫んで、爆弾抱えて役所に突っ込むテロリストか?」
三日前に聞いたばかりの言葉が口を突いたが、思い出したくも無い狐野郎の顔も浮かんだところで勘違いに気づく。無政府バンザイと愛国キチ○イ、犬猿の仲ってやつじゃないか?
「100年前ならな。第一次大戦はそれがきっかけで起きた。50年前にはマルクス主義者と世界中で暗殺合戦」
俺の勘違いを流すメガネのレンズに、もうひとつ三日前の景色が映っているような気がしてならなかった。
しらふになって思い返せば、ウクライナはロシアじゃない。だが熊野郎、俺の無知をいちいち訂正しなかった。
説明するのはめんどうだ、恥をかかせるようでもある。ことにロシアの連中は、いや酒が入ればどこの国でも同じだが、喧嘩早くなりがちだ。だからおとなの対応ってヤツを見せたのだろう、俺だってそうする。
そんなメガネの気遣いに逆ギレするのはみっともないし……いや、それよりも。
「そんな危ないヤツが学会、大学の先生なんかやってて良いのか」
「問題ない。今やアナキズム文芸の同人集団と言ったところだ。権威主義が何より嫌いなご隠居連中さ」
いや、問題あるだろ。
「それが権威権力を振りかざして学生にセクハラって、おかしくねえか? だいたい今どき左翼? ベルリンの壁崩壊とか、俺が生まれ……た頃の話だろうが」
生まれる前だったか後だったか。
お袋が日本に来たのはソ連崩壊の後、だったっけ?
「ああ、時代錯誤だ。……おかしな話さ」