第一話 容疑
呼び鈴が鳴った。
またやる気無さそうな声が聞こえてくるんだろ?
いや、妙に作って噛み付かれるのを嫌ってるのか?
それなら「なにげなく聞こえるように努力した声」とでも言ってやるか。
いずれにせよ聞く側からは同じこと。眠気を催すような声。
「13番」
ああ、はいはい。
「取調べだ」
手錠を嵌められ腰縄打たれ。怖気がするほど冷たい色の廊下を歩む。
実のところ汗ばむどころか胸が悪くなるほどに温められているが。
北海道は全てこれ。寒冷地仕様。二重サッシの建物に、ガンガンに効かせた暖房。
熱が逃げない高気密、建物が頑丈なせいもある。言うまでも無く逃亡防止のため。
下手を打った。
世界一車を売っている会社の、業務用ワンボックスカー。外国で超人気の車種だ。
中古車輸出業者としては飛びつかずにはいられない。
取調べの刑事は、冴えないオッサンだった。口の聞き方の嫌味なこと。
あと10年もすりゃ、俺もああなるのかね。いやだいやだ。
「意識しなかったとは言わせないぞ?」
問われているのは盗品等関与罪。
「盗品をそれと知って買い受けた」容疑。
「知らなかったって言ってるだろう? 三年取引があったけど、こんなこと一度も無かった」
嘘はついてないぜ?
そりゃ、頭を掠めはしたさ。日本で一番盗まれている車種なんだから。
でもだからって、実際盗品かどうかなんて疑い出したらキリないだろうが。
「なるほど、長年の取引、犯人との間には強い信頼関係があったと。『お前が買い取ってくれるから盗んだ』と向こうは言ってるぞ?」
おい、まるで俺を泥棒の一味みたいに!
あの野郎、自分が挙げられたからって俺を巻き込みやがって。共犯者をゲロったから執行猶予つけてくださいってかよ! くそが! ふざけんじゃねえぞ!
我慢できずに大声で喚き散らした。
それが最初の取調べ。
二度目の取調べは、事件そのものってより、ふだんの仕事や生活が中心だった。俺とあいつと、どっちの言い分が正しいか調べようってのかね。
きちんとしてくれるのは有難いけども、なあ? 何日も拘束されたら、仕事にならないんだよ。俺の信用はどうなる?
で、きょうが二日目、三度目の取調べだった。
何だ? 取調べ担当が替わったのか?
随分若いな。ケチな事件で経験を積ませようってのか?
メガネの向こうからこっちを見詰めるだけ。何も言いやしない。
気持ちの悪い野郎だ。
「嫌疑不十分で釈放だ」
おっ?
「俺の無実、分かってくれたのか!」
あんた出世するぜ。もう最敬礼だよ。
「嫌疑不十分だと言った。確実に疑いを晴らすため、もう少し話を聞きたい。今後こちらからの呼び出しには、素直に応じてもらいたい」
「市内から出ても?」
刑事ドラマなんかで、よく聞くだろう?
「仕事が仕事だからな、止めるつもりはない。が、日本にいる間は、できるだけ市内にいるように。こちらからの呼び出しには必ず応ずること。拒否すれば、嫌疑が強くなる」
念の入ったことで。
「くれぐれも忘れるなよ」
ついでに、横柄なことで。