21話 砦喰いの出現
「イーリス、もっと早く走らせられないか?」
「無茶言わないで欲しいっすねっ!? この子の限界まではまだ余裕はあるッスけど、限界まで走らせたら馬車が横転するっすよ! それか、ゲディックの街まで持たずに潰れるっすよ!」
テオの要求に、御者を務めるイーリスは悲鳴のような返事を返した。
「……馬が潰れるなら替え馬を使えば済む話なんだが……」
そのためにアイテムボックスの中には今使っている馬車を引く馬以外の、前線基地に存在していた残り五頭の馬が居る。
しかし――
「横転する危険があるなら、馬に無茶はさせられないか……」
いざとなれば無茶をさせるが、今は湧き出るモンスターとは距離がある。モンスターたちは真っ直ぐにこちらへ向かって向かってはいない。
今の速度を維持し続けるならば追いつかれる事はないだろう。
しかし、もっと距離を離したいのが本音だ。
テオはエミリに視線を向ける。彼女は杖を構え集中している。テオは魔法に関して詳しくはないが、彼女の横顔を見れば今使用している魔法の維持が困難だということは理解できる。
それでも、テオは思わず問いかけた。
「エミリ、もっと早くする事はできないのか?」
「無理っ! 横転しないだけのギリギリの強風を吹かせ続けているのよっ! これ以上出力を上げたら、馬車もろとも吹っ飛ぶわよ! この威力調整は褒めてもらいたいくらいだわっ!」
確かに彼女が吹かせ続ける風のおかげだろう、馬車の速度はかなり早い。ガタガタと揺れる馬車は危険を感じるほどだ。
ほぼ平地だが、ろくに整地をされていない草原を走るには、もともとこの荷馬車は想定していないのだろう。
馬車が壊れるのが早い、馬が潰れるのが早いか、それともモンスターの群れに追いつかれて飲み込まれるのが早いのか。
どれが起きてもろくな事にはならない。
だが最後のモンスターに飲み込まる以外であれば、まだ取りかえしようがある。
テオのアイテムボックスの中には馬を繋いだ馬車が二台入れてある。馬車が壊れるか、馬が潰れたならば、今の馬車を回収して入れ替えれば済む。
しかしそれはモンスターに追いつかれて居ない場合に限る。
速度を早めたいが、横転事故を起こしてしまえば死亡、もしくは意識不明の重症になってしまうかもしれない。そうなれば大暴走から逃げるどころの話ではなくなる。
速度を上げたい誘惑には耐えるしかない。無理に速度を上げる事は、諦めるしかないだろう。
テオはじっとモンスターが溢れ出し続けるキルリー・ダンジョンを囲む石壁を見やる。
黒いシミがひろがるように、前線基地周辺はモンスターの影で塗り潰されていく。
こちらへやってきた時に、馬車の周囲を走るブルグ率いる近接系冒険者たちの護衛団が、馬車に近づくモンスターを排除する手はずになっている。
しかし大量のモンスターがやってきた場合、この少人数では持たないだろう。
その時には、テオもモンスターの排除に手を貸すつもりだ。
けれど、それはあまり回数はこなせないだろう。
夜明け前から、門を何度も使い過ぎている。
封じ込め戦のモンスターの死体の回収。
砦喰いの幼虫の出現防止のために、穴塞ぎに大量に巨石ブロックの排出。
そして脱出のために前線基地の人員の収納。
これほど短時間にこれだけの回数こなした事はあまり経験がない。
やってくるモンスターの排除に何度門を開くことになるのか想像もつかないが、今までにつもり重なった疲労が無視できない。
どれほど保たせる事ができるだろうかと不安に思う。
「溢れ出ているのは巨大コガネムシばかりだな……。
巨大コガネムシなら数が多くとも問題無く対処できる」
一度振り返ったブルグがホッとした様子でそう告げる。
確かに、このまま巨大コガネムシだけならば、対処は簡単だろう。
このまま砦喰いが大量にあふれ出てこない事を祈るしかない。
しかし、その祈りも虚しく、長く叶う事は無かった。
ふいに、ダンジョンから吹き出ているモンスターの勢いが変わった。
今までが湧水のような穏やかな湧き方だとすると、火山の噴火のように勢いが増した。
黒々としたモンスターの影によって、噴煙のようにも見える。
その中には白い個体も混じって見える。
遠目にしかできないその白い個体は、周囲の巨大コガネムシとの比較から、砦喰いの幼虫よりも遥かに大きいモンスターだとわかる。
そんなモンスターが溢れ続けている群れの中で、ぱっと見だけで百体以上。
「あれが砦喰いの成虫か……?」
溢れ出て地面に降り立った砦喰いの群れは、己の体にまとわり付く巨大コガネムシの群れに、煩わしげに身を振るわせる。
それでも離れる事のなかった巨大コガネムシに砦喰いたちは上空へ向けて、口から何かを噴射した。
「なんだ?」
テオは見ていて疑問に思うが、すぐに何をしたのかは判明する。
周囲にいる巨大コガネムシたちは、一斉に蜘蛛の子を散らすように激しく暴れまわるが、次々に地面に転がり動かなくなる。
これだけならば、毒液を噴射したのかと勘違いしただろう。しかし、毒液では明確に起きない現象が続いて起こる。
地面に転がった巨大コガネムシの体が、徐々にその形を失いだしたのだ。
形を失っているのは虫の体だけではない。
前線基地を囲む石壁すらも徐々にその形を崩していく。
砦喰いの群れは、溶解液を噴射したのだ。
大量に噴射しれた溶解液によって、その場には一時的な霧が発生していた。
溶解液の霧の中では全てのモノが形を保てず、グズグズに崩れ、形が失われていく。
その地獄の中で唯一、形を保ち続けているのは白い巨大な虫型モンスターだけだった。
「これが砦喰い……!」
テオは絶句した。
建設した石壁など何の役にも立たない。
正に『砦を喰らう者』という名に相応しい姿だ。
そんな脅威をもたらす巨大なモンスターが、群れとしてあれほど沢山存在している。
もしもあの場に、キルリー・ダンジョンの前線基地に留まり続ける選択を取ったとしたら……。
今の巨大コガネムシの群れのように何をする事もできず、溶かし殺されていただろう。
そう思うとゾッとする。
「……巨大コガネムシの群れにだけは、対策は考えなくても良さそうなのは不幸中の幸いだな……」
皮肉げなブルグのつぶやきが聞こえた。
巨大コガネムシはダンジョンから出てくる度に、溶解液の霧に突入するハメになり、外の世界をそれほど移動することをできずに、ポロポロと命を落としている。
そして、ダンジョンを出る前は巨大コガネムシと砦喰いが入り混じった群れであっただろうが、溶解液の霧によって選別されていく。
霧の洗礼に耐えられなかったモンスターは淘汰され、純粋な砦喰いだけの群れへと変貌していく。
砦喰いは群れとして行動するモンスターだ。それ故にすぐさま行動を起こすつもりはないようだ。
だが逆を言えば、砦喰いだけの大きな群れができ始めた段階で、動き始める。
動き始めるまでにどれほどの時間的猶予があるのか。それまでにどれだけの距離を離せるか。それがテオたちの生存を左右するだろう。
しかし、砦喰いの群れはテオたちにあまり猶予は与えてくれなかった。
ダンジョンから溢れ出すモンスターの勢いはとどまる事を知らない。次々と補充されて行き十分な群れとなるまでさほどの時間を要さなった。
そして砦喰いの群れは動き始めた。




