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産廃スキル『アイテムボックス』しか使えない俺が、何故か魔王と呼ばれるその日まで。  作者: 雪月 智也
第一章 〇〇殺し編  新人冒険者の俺が〇〇殺しとなるまで
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05話 誘い



「まさか二日続けて、しかも別の案件で顔を合わせるとは思わなかったな」

「それはこちらセリフですよ」


 昨日と同じギルドの個室で、テオはギルド役員ヴェルナーと再び顔を合わせた。


「まあ、お互い様だな」


 苦笑する彼の言い方は随分と物腰が柔らかい。昨日とは違い窃盗の疑いがかかっていない為だろう。


「さてテオ君。今日、ここに来て貰った理由は分かっているかね?」

「俺が持ち込んだストークベアーの事でしょ?」


 解体することなく持ち込んだストークベアーは、ギルドの裏手にある解体場に置いて来た。今頃解体作業と買い取り査定が行われている事だろう。


「それも外れではないが正確には、Dランク冒険者イーリスのモンスタートレイン事件の事情聴取の為だ」

「Dランク?」


 Fランクは冒険者未満の新米冒険者だとすると、Eランクが見習い冒険者。そしてDランクがもっと多く居るという一般的な冒険者だ。


 Dランク以上は二十歳を超えている者が殆どだと聞いた。そしてイーリスとは、ストークベアーから逃げていた少女の事だろう。しかし彼女はそれほど年が高いようには見えなかった。


「……あの子は見た目より年上なのか……?」


 テオの呟きを聞いたヴェルナーは首を振る。


「いいえ。確かにハーフエルフは若い姿を長く保つと言いますけど、彼女は若年者ですよ。Dランクに昇格したのもつい先日です。


 ギルドが問題としているのは、そのランクに相応しいとされて昇格した者が早速モンスタートレインなどやらかした事でしてね。

 その事件の被害者に話しを聞きたいのです。


 テオ君は彼女が起こしたトレインの最大の被害者ですから」


「被害者……ねえ……」


 ピンとこない話しだが、確かにそう言う事になるのだろう。

 通常のFランクにとってストークベアーは死を覚悟するしか無い相手だ。

 テオにとってもストークベアーを引き連れて少女が現れた時には驚き、そして自分の足の速さでは逃げ切れないとも理解できた。


 しかし己の安全の為には倒すしか無いと覚悟を決めてしまえば、彼女が引き連れてきた災厄は、手頃な獲物としか見えなくなった。

 巨体と言っても収納が可能な大きさだし、空を飛ばなければ、手持ちの矢でも貫けそうな毛皮だった。


「Fランクの狩場となっているあの草原に、ストークベアーを返り討ちにできる者は、普通は居ませんよ。

 それでテオ君、お聞きしますが彼女はなすりつけ行為をしたのですか?」

「なすりつけ行為って言うよりも、彼女は俺の足の遅さを見誤っていたように思えたな」

「見誤っていた?」

「ああ、俺がスライム狩りをしていた場所は森の近くでね。そこにいた他の冒険者はストークベアーが見えてからすぐに距離を離す事ができていた。

 だから彼女は俺も逃げられると思っていたんじゃないかな。森の近くに居たのはFランクの中でも手慣れた感じのする人が多かったし、森から手に負えないモンスターが出てきても、すぐに逃げられるだけのスキルを持ち合わせてたみたいだし」


 彼らの逃げっぷりは今思い返しても感心を覚える。


「けど俺には逃げ足を早くするスキルは無いからな。それで逃げ遅れたんだ。

 彼女も逃げるように叫んでたし、俺が逃げないじゃなくで逃げられないと気がついてからは俺から距離を取るようにしていた。


 もっとも、その時には逃げるのは無理だと思えるくらいに近づいていたから、返り討ちにする方針に変えたんだけど」


「ふむ――。では、彼女はなすりつけ行為をする意思は無かったと?」

「少なくとも積極的になすりつけをする気は無いように見えたな。けど、消極的には他の人にストークベアーが向かうなら、自分が助かってラッキー。ぐらいは思っていたんじゃないか?」

「ふむ、なるほど……」


 頷き彼は手元の書類に記入する。


「それでテオ君がストークベアーを返り討ちにしたと言う事だね?」

「ええ」

「ストークベアーの倒し方はスライムと同じように、アイテムボックスに収納した後に地面に墜落させる。と言う事でいいのかね?」

「今回はそれに加えて、地面に突き立てておいた矢に串刺しにしました。

 流石熊ですね。生命力が強い。中々、死ななかった」


「ストークベアーの報酬の受取は君。と言う事になっているが……」

「? 倒す前に、連れてきた彼女に自分の獲物にするという許可は得ましたよ?」

「ああ。君とイーリス君との所有権争いを問題にしている訳ではないのだ。

 所有権と言うのならば、あのストークベアーは実際に倒したテオ君に所有権がある。


 しかしだ。ここで一つ問題があるのだ」

「え? 何がです?」

「ギルドはFランクのストークベアー討伐を許可していないのだ」

「え?」

「つまり、ギルドはFランクからのストークベアーの買い取りをしない――」

「な……!」


 怒りと共に、腰を浮かしかけたテオにヴェルナーは言葉を付け足す。


「――と言う建前が存在しているのだ」


 テオは軽い混乱に怒りが覚めるのを感じながら、イスに腰を戻し、首を傾げる。


「建前? つまり……どういうことです?」


 ヴェルナーは疲れた様子で肩をすくめた。


「昔、ストークベアーの肝が一時的に高騰した時があってね。

 Fランクが好き勝手に森の中に入ってストークベアーを狙いだしたんだ。


 だが、ストークベアーを討伐できるFランクなんて滅多にいない。多くのFランクが返り討ちにあって、ストークベアーの餌になった。


 それだけならば馬鹿なFランクの自業自得で済ませるのだが、ストークベアーは人の味を覚えて、人を積極的に襲うようになったんだ。

 被害がFランクだけにとどまってくれれば良かったのだが、行き来する商人や近隣の村にも多くの被害が出る事になった。


 その為、ギルドとしてはFランクのストークベアーの買い取りはしないと言う事に決定したのだ」

「……他の商人に売るというのは?」

「ギルドからの制裁を覚悟するのならアリだろうね」


 ニッコリと予想通りの事をヴェルナーは言った。


「……では、あのストークベアーは俺が持ったまま腐らせろと?」

「そんなもったいない事はギルドとしても望んではいない。

 だが、Fランクである君からストークベアーの買い取りもギルドはできない。


 そこでだ。話は変わるがテオ君。指名依頼を受ける気はないかね?」


「? 指名依頼?」


「そう。その前に確認するが、テオ君のアイテムボックスはモンスターを生かしたまま別の場所へ移動させる事ができる。

 間違いはないね?」

「ええ。アイテムボックスの中に長時間入れて置いても無事かは保証できませんけど。数十秒なら」

「ならばもう一つ。モンスターの移動先に、扉の閉まった檻の中は可能かね?」

「可能ですが。モンスターの捕獲依頼ですか?」

「ああ。その通りだ」


 依頼書を渡される。そこには、捕獲対象のモンスターの特徴や生息場所。捕らえる檻や、これまでの達成実績などが詳しく載っていた。

 この資料は冒険者に見せるモノではなく、ギルドの内部資料ではなかろうかとテオは思ったが、詳しい情報は欲しいので何も言わずに目を通す。

 読み終える頃合いを見計らってヴェルナーが聞く。


「どうだね? 君のアイテムボックスならば可能かね?」

「たしかに、捕獲だけなら簡単にできると思いますけど……。

 俺にとっては捕獲作業よりも、現場への行き来の間に出るモンスターの方が脅威なんですが……?」

「君一人で行かせる依頼ではないさ。複数人のチームの中の捕獲担当として参加してもらいたいという依頼だ。道中のモンスターの対処は他の者に任せればいい」

「俺の仕事は捕獲作業だけだと?」

「そうだ。正直な話し。捕獲作業は非常に面倒で、通常であれば捕獲だけで数人掛かりでの大仕事になる。しかも無傷で捕らえる事も難しい。

 君一人でその作業が行えるのならばぜひ依頼を受けもらいたい。


 受けもらえるのであれば、依頼書にある報酬に加えて、Eランクへの昇格。並びに前金を支払おう」


「……ん?」


 色々と疑問に思う事を言われ、資料から視線を上げる。


「Eランクへの昇格? 俺はまだ規定数の討伐も済んでいないぞ?」

「ギルドとしては、冒険者としてやっていけるだけの最低限の能力さえ確認できれば、FからEへの昇格は、規定数の討伐採取でなくとも良いと言う考えだ。


 昨日今日と言う短時間でスライム四十匹以上を討伐し、ストークベアーも討伐できる者はFランクのままではいさせたくはない。


 それに君のような特殊技能持ちは早めに確保しておきたいというのがギルドの本音だ」

「特殊技能?」


 そんなものはない。自分が持っているのはアイテムボックスというありふれたスキルがたった一つだけだ。

 不思議そうにするテオにヴェルナーは苦笑する。


「生きたモンスターを収納できるアイテムボックス持ちは、立派な特殊技能持ちだよ。


 それと、前金の話しだが。これはストークベアーの売却代金相応の金額になる予定だ」


「予定……?」

「そう。ギルドに対して何の功績もない君にこれほどの大金は渡す事などできない。

 しかしだ。無償でストークベアーを提供するといった、ギルドに対して功績を積むのであれば、予定通りの金額を今すぐにでも支払う事もやぶさかでない」

「ああ……。なるほど……」


 チラリとこれ見よがしな目配せに、テオは頷いた。


 つまりギルドの建前としてはFランクであるテオからは買い取ることはできない。しかしストークベアーは欲しい。

 そこで『ストークベアの無償提供と依頼の前金の支払い』という別々の取引の体裁を取って、実質的な買い取りを行おうという話しだ。

 捕獲依頼もさほど難しくはないし、前金と昇格を抜いた報酬もいい。断る理由など無かった。


「けど、いいんですか?」

「なに杓子定規のままでは冒険者ギルドの運営などできんよ」


 肩をすくめたヴェルナーはニヤリとイイ笑顔を浮かべて言った。




 捕獲依頼の出発は明後日に決まり、ストークベアーの売却許可――ではなく、前金の支払い許可の書類を手に窓口へ向かう。


 そこそこの広さを持つギルドだが、部屋を出てあまり歩かぬ内に見知った顔と遭遇した。


「あ」

「え……? あ! あの時のアイテムボックスの少年」


 確かイーリスという名前だったか。ストークベアーを倒した後、すぐにギルドへと共に移動したが、その時はろくに会話を交わしてはいない。

 彼女自身が自分のやらかした事にこれから受けるであろうギルドからの制裁に怯えて、いっぱいいっぱいの様子だったので、あえて声を掛けようとはしなかった。


 今も彼女は落ちこんだ様子だが、その時と比べたら落ち着いている。


「そういや名乗って無かったな。俺の名前はテオ。昨日ギルドに登録したばっかりのFランクだ」

「え? Fランク? あれで? なんかものすごい手慣れた感じでストークベアーを倒してたっすけど?」

「スライムと基本、倒し方が変わらないからな。熊は少々頑丈なだけで。


 それで。アンタはDランクのイーリスでいいんだよな?」

「え? なんで知って?」


 キョトンとする彼女にテオはため息をつく。


「ついさっきまでアンタのしでかしたモンスタートレインについて事情聴取を受けてたんだよ。その時にアンタの名前を聞いた」

「あー。それは……。重ね重ね迷惑を掛けたっす……」


 ペコリと頭を下げる。テオは肩をすくめる。


「俺はいいさ。アンタのお陰で臨時収入が入ったからな」

「あー、そう言ってもらえると気が楽になるっす。


 あ、自己紹介するっすね。私はイーリス。Eランク冒険者っす」

「Eランク? Dランクじゃなかったのか?」


 質問に彼女は遠い目をした。


「昇格が早過ぎたって事で降格になったっすよ……。あと無償奉仕も何回かしないといけないハメになったっす……」

「あー、なるほど。まあ妥当、と言うか、わりと温情措置なんじゃないか? 

 逃げ遅れたのが俺以外のFランクだったら、犠牲者が出ていただろうし」


「まあそうっすね。だから私は、運がいいって事は分かっているんすよ。もし犠牲者が出てたらこんな処分じゃ済まないっすから。


 テオさんには感謝してるっす。他の犠牲者が出なかったのはもちろん。私のことも助けてくれたっすから」


 イーリスはニンマリと笑って感謝する。

 テオはマジマジと彼女を見やる。彼女を一言で言うならば美少女だ。

 ハーフエルフ特有の短く尖った耳が短めの金髪から覗き、鮮やかな碧眼は若干つり目ながら、キツさよりも愛嬌のある猫を思わせる。肌は野外活動をする冒険者だとは思えないくらいに白い。


 しかしその口調や仕草から、可愛さや綺麗という感想より先に、なんて残念な奴なんだという感想が思い浮かぶ。

 一見して自分よりも若く見える。だが相手はハーフエルフだ。テオよりはもう少し年上なのだろう。そして一度はDランクになった以上は、それなりに有能で経験のある冒険者なのだろう。

 しかしどうにも下っ端が似合いそうな人物だと思ってしまう。第一印象が、助けを求める情けない叫びだったせいもあるかもしれない。


 黙ってじっとしていれば本当に美少女なんだけどな、とテオが失礼な事を考えているとイーリスから問いかけられる。


「テオさんはお昼ごはんはもう食べたっすか?」

「いや。まだだが」


 ギルドへやって来た時にはすでに昼時だったが、昼食の前に事情聴取をするために結構待たされた挙句、依頼の要請があった。

 今はすでに昼過ぎだ。


「だったら、私がお詫びに昼ごはんをおごるっすよ?」

「いいのか?」

「ええ、一番迷惑を掛けたのはテオさんっすから」


 有難く奢られる事にする。ただしそれは精算が済んでからの話しだ。

 一旦彼女と別れ、テオは窓口に向かう。


 査定していた『スライムの目玉』三十一個分、六万二千エメラを受け取る。銀貨一枚と小銀貨二枚、そして大銅貨四枚だ。


 そしてストークベアーの売却代金――ではなく、捕獲依頼の前金。二十五万エメラ分の金貨一枚に、五万エメラ分の銀貨一枚も受け取る。占めて三十万エメラだ。


 ストークベアーは傷が少なければもう少し高く買い取れた。と言うのが窓口担当の受付嬢ヘレンの話だ。彼女の名前は、昨日疑った事の謝罪時に聞いた。


「いや、前金って事にしとかないとマズいのでは?」

「書類上はギルドへの貢献を含めた依頼への前金って事になってますから大丈夫ですよ。

 解体担当の者からは、せっかくのストークベアーを穴だらけにするんじゃない。との文句が来てましたよ。

 肝の方に傷があったので少々値段が下がったそうです」


「Fランクに無茶言わないで欲しいんだが……」

「テオさんは次の依頼を終えたらEランクでしょう? 昇格したら倒し方に注文を付けられるのは当然の事ですよ?」


 ニコニコと営業スマイルの受付嬢ヘレンに、テオは何も言えない。


 金を受け取ったテオはそのまま懐に入れる事はせずに、ギルドの口座を作り金貨の分である二十五万エメラを預ける事にした。


 アイテムボックスの中に入れてしまえばスリの心配は無い。

 だがアイテムボックスは当人の意思しだいでいくらでも出し入れが可能である以上、脅し取られる可能性もあるのだ。


 ギルドの口座ならば、引き出しにはステータオーブによる本人確認が行われる。直接的に脅し取ることは不可能だ。


 単純に大金を持ち歩くのは最小限にした方が犯罪に巻き込まれにくいという理由もある。

 防具を揃えるのに大金を使う宛はあるが、買い物はEランクに昇格して割引を受けられるようになってからの話だ。


 窓口から離れてギルドの出入り口に向かう。その近くにイーリスの姿があった。


「あ、テオさん。こっちっすよー」


 ブンブンと子供のように腕を振るイーリスと合流する。


「スマン。待たせた」

「大丈夫っすよ。友達が一緒にいたっすから」


 彼女が視線を向ける先には人間の少女がいた。

 年は一六、七辺りだろうか。黒髪に青い瞳の若干たれ目の少女だが、今は何故が不機嫌そうに睨まれた。

 手にしているのは魔法スキル増幅用の魔法使いの杖(マジックスタッフ)であることから、魔法系スキルを主軸とした魔法使いタイプの冒険者なのだろう。


「彼女の名前はエミリ。エミリもこれからお昼なんだけど、一緒にいいっすかね?」

「俺は別に構わないけど……」


 彼女の方は不満が在るんじゃないかと視線を向けると、ニッコリと微笑まれた。


「私は大丈夫ですよ? イーリスと一緒に恩人さんと昼食を取るだけですから」

「うん。では行くっすよー!」


 元気なイーリスに先導されて、ギルドを出る。向かう先は近くの大衆食堂だ。安い、早い、量が多い、そしてそこそこの味と、肉体労働者でもある冒険者には相応しい食事を出すという。

 さほど歩かずにその店にたどり着いた。



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