18話 諦めの光明
多くの視線にさらされる中、テオは言った。
「確かに、この前線基地に居る全員を生かせるだろう考えはある」
「ならっ!」
「その前にっ!」
喜びに声を上げるペトラを牽制してテオは続ける。
「その前にいくつか確認したいことがある。実際に使えるか否かの前提条件が整ってないと、机上の空論にしかならない。
ペトラ支部長。今この前線基地には使える馬車が何台あって、馬は何頭いますか?」
前線基地に馬車があることは見ている。問題はそれが考えていることに使えるか否かだ。
「馬車の数? 確か……、今使えるのは二頭引きの馬車が二台に、一頭引きの馬車が一台ね。馬は引き馬が五頭にそれ以外に一頭いるわ」
「そうか。それじゃあ次に、今、前線基地に居る人数は? ここからゲディックの街まで走破できる近接系の冒険者の人数と、それ以外の人数は?」
「今、前線基地に居る人数はおおよそだけど三百人を少し超えた程度のはずよ? その中で、近接系はたぶん百五十人くらいじゃないかしら。魔法使い系は七十人、それにそれ以外に分類されるだろう斥候系が六十人くらい」
「? 少し人数が足りないけど?」
「残りは私を含むギルド職員や出入りの商人の、非戦闘員の二十三人よ」
この前線基地にも食事や酒を出したり、生活雑貨やダンジョン探索に必要な道具を売る場所があった。となれば当然その店を担当する商人が存在することになる。
「当然、私たち非戦闘員たちはゲディックの街の走破なんてできないわよ?」
「そんな無茶をして貰うつもりはまったくないよ。むしろ非戦闘員たちには一番楽な選択肢だぞ?」
「え?」
「にしても百五十人……。約半数か……」
疑問に思うペトラの事を無視してテオはうなる。
「言っておくが、斥候系の者の中にも走破できるだけのスキルを持っている者は居るし、逆に近接系でも走破できるだけのスキル構成を持っていない者も多いぞ?」
「ブルグさん。それは最終的に、何人くらいが走破できるだけの人数になりますかね?」
「そうだな……。近接系は三分の二は走破できるだろうし……。斥候系で体力関係のスキル持ちは少ないからな……。そうだな、十人くらいか……?
となると全部で大体、百十人くらいになるな」
「百十人……。その百十人は誰かが士気統率して面倒を見なくても、走って逃げれば勝手に生き延びる事ができる百十人なんですよね?」
「あ、ああ。そうだが……。それは能力だけを見た話だからな? 他の者を見捨てる事ができない者も当然居る」
他の者を見捨てる事ができない者の筆頭は、彼自身の事だろう。
「ブルグさんが撤退戦を反対している根幹の理由は、足の遅い存在である魔法使いたちや、非戦闘員たちを守る事ができないから。でいいんですよね?」
「ああ。近接系の者たちは勝手に逃げて生き延びる事ができる。
しかし魔法使いはそうはいかない。魔法使いたちは自身が生き延びるために、逃げ出そうとうする近接系冒険者を背中から撃つかもしれん。そんな事は起きては欲しくはない……」
その事をブルグは恐れている。
テオは彼に確認する。
「だったらブルグさんは、魔法使いを守れるとならば、撤退戦に反対はしない?」
「ああ、確実に守れると確信できるような作戦があるなら、反対はしない」
「ならブルグさんに確認しておきたい。ブルグさんは多数の冒険者を指揮統率できなくとも、少人数なら指揮統率できるんだろう? 何人くらいまで指揮できる?」
「? 普段は自分を含めたパーティーで四人だが。……そうだな、十人くらいまでなら、なんとかと言ったところか」
「なら最後の確認です。ペトラ支部長、二頭引きの馬車があるって言ってましたけど、その馬車に人間数人だけを載せて走らせた場合。ゲディックの街までどれくらいかかります?」
「馬車に数人だけ? 全力で走らせるなら、五時間くらいだと思うけど。そんなに走らせたら馬が持たなくなるわよ?」
「なら、半分までの距離なら、走れますか?」
「半分なら、潰れないとは思うけど……。ここからゲディックの街までの半分の場所なんて何もない場所よ?」
ペトラはテオの意図が分からず不思議そうな顔で答えた。
「……あ」
テオの隣でイーリスが小さな声を上げていた。どうやら彼女はテオの考えがわかったようだ。そしてその考えの問題点も。
「テオさん? いいんすか? そんな事やっちゃて? ギルドマスターから機密事項だって言われてなかったっすか?」
「……仕方ないだろう? それ以外に生き延びられる方法を思いつけないんだから」
「それは……。そうっすね……」
諦めたイーリスは引き下がる。
「ギルドマスターからの機密事項? どういう事よ?」
「まて、それは俺が聞いていいことなのか?」
ペトラ支部長はもとより、この場にいる者たちは戸惑う。
対してテオはため息を漏らしながら首を左右に振った。
「仕方ないですよ。俺が提案する作戦を実行するなら、確実にこの前線基地に居る者には知られるんです。
三百人の人間に知られたら……。まあ、世間一般に広まるでしょう。
そうなったら、この大陸に動乱が起きるかもしれませんけど……。
ま、諦めてください。生き延びる為にはそれしか手段が無いんです。
俺は諦めました」
テオ投げやり気味に言って肩をすくめた。
その隣でイーリスは頭を抱えてうずくまりブツブツとつぶやく。
「マジっすか……。マジで戦乱の世になるんすか……? イヤっすよ……。けど、そうしないとマジで生き残れない状況っすよ……? え? マジ? 詰んでる? うー……。けど……」
どんな厄介なネタを抱えているのかと、そして、その厄介ネタをぶちまけるのかと、畏怖の視線がテオに集まる。
「まあ、あんまり引き伸ばしても意味が無いから、簡単に言うけど――」
「いや待て、言うな! そんな厄ネタ知りたくはないぞ!?」
ブルグは一同の意見を代表するように静止の声を上げるが、テオはあっさりと無視した。
「一言で言うと、俺のアイテムボックスは生きた人間も収納できる」
その場に沈黙が舞い降りる。
驚愕による沈黙ではない。何を言っているのか? という聞いた事が理解できないためにやってきた沈黙だ。
「………?」
みんな揃って首をかしげている。
その事が何故、ギルドマスターからの機密事項に指定され、この大陸に動乱を呼ぶことになるのかが理解できないのだ。
この場で唯一、本人以外で詳細を知っているイーリスが解説する。単純に、自分一人だけではなく、同じ立場になって慌てふためく仲間を求めた結果だった。
「テオさんのアイテムボックスの容量がバカでかいことは知っているっすよね? その容量で生きた人間を収納できるってことは、大軍隊をも収納できるって事っすよ。
テオさん一人を敵国の首都に送り届ければ、一瞬で軍隊が出現して首都陥落を成し遂げられる。
そうなったら、テオさんみたいなアイテムボックス使いを世界中の軍隊が求めて、大陸中が動乱になるっすよ?」
聞いていたほとんどの者が顔面蒼白になって絶句する。
しかしいち早く気を取り直したマリカが声を上げる。
「いや待って。そんな事ができるのはテオ一人だけでしょう? アイテムボックスを使える者を確保したとしても、そんな事できるはずが――」
「アイテムボックスのスキルを成長させる方法は確立させてあるぞ? 実際に試した事は無いけど、二、三年も訓練させれば俺と同じ事ができるようになるだろ」
「………」
マリカも今回は絶句した。
「まあ、そんな遠い未来の事はどうでもいいんだ」
「どうでもいいって……」
レイヤが呟いたのが聞こえたがテオは無視した。
「今問題なのは、ここからどうやって生き延びるかだ。
俺からの撤退案はこうだ。
まず、ゲディックの街まで走破ができない者たち、おおよそ百九十人全員を、俺のアイテムボックスの中に収納する。
そんで俺が馬車に乗って、少人数の護衛と共に撤退する。
この方法なら。俺が生き延びる事ができれば、俺のアイテムボックスに収納した百九十人も同時に生き延びる事ができる。
俺一人を護衛して撤退すればいいんだから、大人数を連れての撤退戦を行うよりは確実だぞ?」
「……私は、彼の作戦に賛成したいわ」
そう同意したのはマリカだ。
「普通に撤退するとしたら、私の足の遅さじゃ足手まといになるし、確実に見捨てられるわ。
それに、砦喰いの成虫が出てこない事を祈っての籠城戦なんて……。正直、生き残れる気がしない。
そんな生存確率の低い賭けをするくらいなら、テオのアイテムボックスの中に入って彼に運命を委ねた方が生き残れると思う」
次にペトラ支部長が同意する。
「そうね……。確かに今まででた案の中じゃ一番生き残れる可能性が高そうね。
私も賛成するわ。成功すれば一番犠牲者が少なく済む案でもあるしね。
テオ一人を守りきれば、多くの者も脱出に成功した事になる。
それなら精鋭を護衛につけて一気に駆け抜ければいい。護衛を途中で放り出すような者は人数に数えなくても済むから、指揮統率もしやすいはずよ」
「逆に言えば俺が死ぬば、俺のアイテムボックスに避難した者も全員が死ぬことになるハイリスク・ハイリターンでもあるわけだけどな」
彼女の考えにテオは注釈をつける。
「? 貴方が死んでも、アイテムボックスの中身はその場で外に放り出されるだけじゃないの?」
「今回の少人数での撤退作戦で俺が死ぬって事は、モンスターの集団から逃げ切れずに呑み込まれたって事になる。
いくら人数が多くとも、そんな状況にいきなり放り出されて生き残れるようなヤツがいるのか? いるなら頼もしいんだが」
「いや……、そんな事ができるようなやつは居ないな」
ブルグは否定し、少し考えた後に答える。
「……そうだな。テオの提案した作戦を行うの事が一番いいだろうが……。
アイテムボックスの中に生きた人間を収納する事ができると伝えても、アイテムボックスの中に入りたがる者がどれほど居るかが問題だ」
アイテムボックスに生きた人を入れる事などできはしない。と言うのが世間一般での常識だ。
「冒険者というのは我が強い者が多い。素直に他者に自分の身と命を預けるとは思えない。納得できない者たちが確実に出て来るぞ?
それにテオはEランクの新人冒険者だ。それに命を預ける者がどれほど居るか……」
苦悩するブルグにテオは言う。
「反対する冒険者が、走破できるだけの実力があるなら無理にアイテムボックスに収納しようとは思わない。自力でゲディックの街まで走ってもらえばいい。
走破できないヤツが反対したらなら、ソイツは見捨てるべきだろう」
「いや、まて。見捨てるならば普通に撤退戦をやるのと変わらないじゃないか」
「いや変わる。
助かる道を提示された上で断るなら、見捨てられるとしてもそれは当人の自由意思の結果だ。
選択の余地のない行動の末に、見捨てられる事に比べたら雲泥の差だ。
それに、冒険者なんだから自由な選択の責任は本人に取らせるべきだろう?」
「それは、そうだが……」
冒険者として当然の流儀を持ち出すテオだが、ブルグはどうにも歯切れが悪い。
「もしかしてブルグさんはこの作戦に反対なのか?」
問いに彼は首を振る。
「……俺は反対をしているわけではない。むしろ賛成だ。確かに最も多くの者を救えるのはその作戦しかなさそうだからな。
だがもし、強行に反対をして邪魔をしてくるようにな者が居たとしたらどう対応するつもりだ? 理性で考えればそれしかなくとも、感情から納得できずに反発する者もいる。冒険者なんてそんな者も多い。
俺はそんなのが出てきやしないかと心配しているんだ」
「もしもこの作戦に反対するヤツが馬や馬車を奪おうとしたりして、邪魔をするなら実力行使をするだけだよ」
「何をする気だ?」
「強制的にアイテムボックスに収納する。
俺はこの収納でモンスターを倒してきたからな。普通の冒険者なら収納に抵抗はできない。
邪魔するなら居なくなってもらうだけだ。少なくとも俺が安全地帯に辿り着くまではな」
ヴァンパイアのアニタの様に、特殊な装備を持っていない限りテオの収納に抵抗するのは不可能だろう。
そして一度収納してしまえば、安全な場所に逃げ延びるまで外に出す気などない。時の止まった保管世界内に入れておけば、指一本動かす事も不可能だ。
そんな乱暴なやり方には賛同しかねるという視線を向けてくるブルグに、テオは鋭い視線を返した。
「ブルグさん。アンタも邪魔はしない方がいいぞ? 俺は自分が生き残る為なら、なんでもするからな」
邪魔をするつもりならば真っ先に貴方をアイテムボックスに収納して無力化すると、ブルグに対して言外に告げた。
「……邪魔はしないさ」
彼は肩をすくめると気まずげに視線をそらしたのだった。




