17話 絶望と決断
「そして、現時点をもって前線基地の防衛戦に移行します」
ペトラは宣言の後、次々と指示を下す。
「壁の上にいる魔法使いたちに撤退をするように伝えて下さい。
それと魔法使いたちの半数――、精神力に余裕のある者は前線基地の壁の上へ移動するように。前線基地の防衛を第一に、こちらへ向かってこないモンスターへの攻撃は禁じます。
マリカ、貴女は地下の監視を行って。モンスターが地下からやってくるのなら、警告を発してちょうだい」
「わかった。任せておきなさい」
「ブルグ。貴方は地下からの攻撃に備えて近接系の取りまとめお願い。それから外から登ってくるモンスターの対処に必要な分の人員の抽出もお願い」
「地下からの攻撃があったとしても対応できる分だけ残せばいいのか?」
「ええ。それと交替で休憩できるようにはしておいて。これから長丁場になるんだから。
テオは前線基地の方向にモンスターが来ないように、ダンジョン入り口を囲った壁の一部の撤去をお願い。今のままじゃモンスターが無秩序に溢れ出すわ。せめて、溢れ出す方向を誘導しておかないと。
それが終わった後はできるだけマリカと一緒に行動して。新しい穴ができた時にすぐに行動できるように」
「わかった」
「残りの二人は彼の護衛をお願い」
「わかったっす」
「もともとの仕事よ。任せておいて」
これでなんとか前線基地は無事に生き残れそうだとテオは安堵していた。
指示に従って、それぞれの持ち場へと向かおうとギルド支部から出ようとすると、それを邪魔するのように、扉が外から勢いよく開かれた。
転がり込むような勢いで入ってきた人物に、一番に外へ出ようとしていたブルグは慌てて避ける。
「うわっ?!」
入ってきたのはブルグがよく知っている相手だった。
ブルグのパーティー『青の刃』で斥候を務めているケニーだった。
「ケニー? どうしたんだ?そんなに慌てて?」
「ああ、ブルグか。大変なんだ」
「大変なのはお前の慌てようを見ればわかる。なにがあった?」
「いや、なにがあったって事じゃないんだ。ただ、大変なことがわかったんだっ!
今、襲ってきたモンスターの事を調べていたら、蟲型モンスターに詳しいヤツが言ってたんだが、襲ってきたモンスターはフォートイーターだって言うんだ!」
「フォートイーター……っ!」
ケニーの叫びにも似た報告を耳にしたこの場の者の多くが驚愕する。
ペトラは硬直し、マリカは顔色を青くし、ギルド職員の大半は絶句する。
しかしテオとイーリス、それにレイヤはフォートイーターの事を知らない為に、不思議そうな顔をして揃って首をかしげた。他にも何人かのギルド職員も不思議そうな顔をしている。
ブルグも目を見開いたが、あえて軽い口調でなだめるようにケニーに反論するゅ
「おいおい、あれがフォートイーターだって? そんな事あるわけないだろ。もしそうなら、被害はもっと多いだろうが。
確かに昆虫型の白いモンスターっていう特徴は一致しているが、形も大きさも全く違うだろう?
誰だ?そんなデマを流しているアホは? とっちめてやる!」
息巻くブルグだが、ケニーは不安そうに言い返す。
「俺だって初めはそう言ったさ。けどそいつは間違いないって。このモンスターはフォートイーターの幼虫だって、断言しやがったんだ」
「……幼虫……?」
蟲型モンスターは普通の虫と同じ様に、成長の過程でその姿を大きく変える者がいる。チョウなどがその典型例だ。幼虫の頃はイモムシの姿だが、成虫になると美しい姿で空を舞う。
「待て、アレはイモムシなんかじゃなかったぞ?」
幼虫という言葉から、本当にフォートイーターの幼虫だとしたならば、イモムシでなくはおかしいだろうとブルグは指摘する。
ケニーは首を振る。
「俺もイモムシじゃないじゃないかって言ったんだが……。
ソイツによると、カマキリと同じ様に成虫の時と幼虫の時で大して姿を変えない蟲型モンスターも居るって。フォートイーターはその典型例の一つなんだと。
ともかく。信じ難いが、放って置くわけにもいかないからコイツを持ってきた。ここには鑑定のオーブがあるんだろ? 鑑定すればはっきりするはずだ」
彼の手には切り取られた白いモンスターの脚があった。
「待って! 今、鑑定のオーブを持ってるからっ!」
ペトラは慌てて奥の部屋へと向かう。
深刻な表情をしているのはブルグとマリカだ。ケニーとギルド職員たち不安気な表情を隠せない。
しかしテオを初めとしてイーリスとレイヤ、それにギルド職員の一部は何がそこまで深刻なのかがわからない。
代表するかのようにテオが質問する。
「なあ、フォートイーターっていうのはどういうモンスターなんだ?」
「……知らないのか?」
「ああ、知らない」
テオの否定に合わせるように、視線を向けられたそのモンスターについて知らない者たちが揃って首を左右に振った。
「そうか……。なら説明しておこう。フォートイーターというのはな、体長は四メートルは超える。全身が真っ白な昆虫型のモンスターだ。姿はオサムシに似ていると言われているな。
常に大群で行動し、凄まじく悪食だ。人間を骨まで食らい、金属製の武器防具すら食う。
最大の攻撃行動は溶解液の噴出だ。大量の溶解液を大群で噴出する為に、城壁すらあっさりと溶かす。
戦時中の話だが、厳戒態勢の最中にあった前線の砦にこのモンスターが襲いかかった。
その結果、その砦を含めた数カ所の砦が土台すら残さず消滅した。
その砦に詰めていた完全武装の軍隊もほとんどが食われた。
運良く生き延びた兵士の証言だと、真っ白なモンスターの集団が一斉に砦の城壁に向かって唾を噴出したと思ったら、あっという間に壁が溶けて消えたそうだ。その後に砦は蹂躙されて、土台すら溶かされて砦は無くなった。
その事から砦喰い――砦喰いの名前がついたんだ」
「ちょっと待ってくれ。そんなモンスターが大量に出できたら、ここの石壁なんて、無意味じゃないか?」
テオの慌てた言葉に、マリカが続けた。
「石壁だけじゃないよ。私の土壁も無力だ。
土魔法の壁で作った簡易砦が砦喰いに襲われた記録を読んだ事があるんだけど……。あっという間に溶かされたって書いてあった」
マリカの言葉に、砦喰いがどんなモンスターなのかを知らず、戸惑うしかなかった者も絶望の空気に包まれる。皆が口を開けず重苦しい沈黙がその場を支配する。
そこにペトラがオーブを抱えて駆け戻ってきた。
「その脚っ! オーブの前に置いてっ!」
テーブルの上に鑑定のオーブを設置したペトラはケニーに鋭く指示して、彼は慌ててそれに従う。
ペトラがジッとオーブを見つめる。居合わせる者たちは固唾をのんで見守る。
やがて彼女は徐々にその眉根を寄せていった。
「これは……。……砦喰いの幼虫の前肢……。
確かに、砦喰いの幼虫だわ……」
先程よりも遥かに重い沈黙が訪れる。
しかしこのまま黙っていても、ただ死を待つだけだと、テオが発言する。
「……どうする? 今の石壁を無意味にするようなモンスターが大量にダンジョンから湧いて出てくるとわかった以上、籠城は危険すぎないか?」
「いや待て。砦喰いの成虫が出てたわけではないのだろ?
それならばなんとか籠城でも……」
「幼虫が群れで出てきているのに、成虫は出てこない。なんて言い切れないだろう」
「いや、だが……。モンスターの発生は謎が多い。幼虫がいるからと言っても、成虫が必ず出てくるとは限らないだろう?」
「成虫が居る可能性は高いよ。むしろ成虫が群れで存在しているから、それから産まれた幼虫も群れで現れた。そう考える方が自然だろう?」
「それは……、そうだが……」
何故かブルグは砦喰いの成虫が存在している可能性を認めたがらない。
「なあ、なんで、ブルグさんはそんなに否定したがるんだ? 普通に考えれば当然居ると考えるだろう?」
テオの疑問にブルグは苦悶の表情の後、答えねばならないかと口を開く。
「……もし、本当に成虫が居るとするならば、防衛中の士気が持たないからだ」
「ん?」
それは、これから前線基地に籠もって防衛戦を行う事を前提とした考えだ。
「俺が言っているのは、籠城が無理だから、これからどうするかって話に進んでいるんだけど?」
「分かっている! テオの言っている事は分かっているんだ。
だがそれは無理な事なんだ。
だから籠城する事を前提で話をしないとダメなんだ」
ブルグの言いように意味が分からずテオは首をかしげるしかない。
「なんでそうなる?」
「確かにテオの言う通り、籠城戦は砦喰いが出てきたら不可能だろう。今最も正しい選択肢は全員でこの前線基地を放棄して逃げることだ。
だからテオは、撤退戦を前提とした話をしているのだろう?」
意思決定の資格は無いと立場を弁えていたテオは、あえて撤退をするべきたという事を口にしなかった。だが、そこまではっきりと指摘されたのならばもう誤魔化す必要もない。
「ああ。もう防衛戦は無理だ。だから今すぐにでも撤退するべきだ。
ブルグさんも分かっているなら、なんで防衛戦にこだわる?」
「俺もこの前線基地の者が全員生き残れるのは撤退戦しかないと思っている」
「だったらっ……」
「だがなっ!」
言い募ろうとたテオの言葉をブルグは強い言葉で遮る。
「……だが俺たちは冒険者であって兵士じゃない……!」
「?」
テオを含め多くの者が首を傾げた。冒険者であって兵士で無いことのどこが問題なのか理解できない。
しかし数人だけは彼の言いたい事を理解しようだ。
ブルグは続ける。
「全員が生き残るには、整然と隊列を保った状態で撤退を行える事が大前提だっ!
そうでないければ大暴走状態のモンスターに追いつかれた場合に生き残れない。
この前線基地に居る者はほとんどが冒険者だ。こんな大勢で、隊列を維持したまま整然と撤退する?
そんな事は不可能だ。
行軍訓練を一度もしたことが無い冒険者が、そんな事できるわけないろう?
それに冒険者は個々人の能力が違いが大き過ぎる。
ここからゲディックの街まで、近接系の者なら身一つで逃げる事も可能だろう。スキルの後押しのお陰で脚が速いし、体力もあるからな。
だが反面、魔法使い系は脚が遅くて体力も無い。確実にモンスターに追いつかれる。
全員を生き残らせるには、近接系が魔法使い系を守った状態で撤退戦を続けないといけない。
けどな、隊列を維持するように命令したとしても、その命令に素直に従うヤツは少ないぞ?
近接系は足の遅い魔法使い系を見捨てれば生き残れる可能性が高いんだ。
戦いの最中、一人でも我先にと逃げ出せば、あっという間に隊列は瓦解する。
そうなれば魔法使いたちは蹂躙される。
魔法使いたちも黙って見捨てられるような事をしないだろう。死なば諸共とばかりに、逃げる近接系の背を撃つかもしれない。逃げたヤツを餌にすれば、そちらにモンスターの気が引かれて自分が生き残れる可能性が高くなるんだからな。
俺は嫌だぞ? 最後に見る光景が冒険者同士の殺し合いだなんて……」
苦渋の表情のブルグの誰も何も言えない。
この場に居る者で足の早い者の筆頭はイーリスだ。長距離を走破できる体力があるならば、こことゲディックの街の距離をあっという間に駆け抜けるだろう。レイヤもそのスキル構成と実戦で示した通りに、足が速い。
他には詳しいスキル構成は知らないがブルグとケニーもそうだろう。近接系、もしくは斥候系の役割を果たす者ならば、走破できるだけの能力はあるだろう。
反対に足の遅い者として確実なのはマリカだ。そして非戦闘員であるらしいペトラ支部長とギルド職員たち。ここには居ないがエミリもこちらだろう。
そしてテオも確実に、ブルグの言う足の遅い者に分類される。
「だからこそ、砦喰いが出てこない事を祈って防衛戦を行うことしか方法は無いんだ」
「………」
テオは無言で考え込む。
確かにブルグの言う通り、撤退戦は不可能かもしれない。大勢で整然と隊列を組む事ができなければ、いくら多くの戦闘能力ある者が居たとしても烏合の衆でしかない。
撤退戦と籠城戦では状況が違う。
籠城戦は城壁を盾にどこにも逃げられない者たちが、生き延びるために死力を尽くして戦うだろう。
しかし撤退戦では身を護る城壁は無く、生き延びる為の選択肢が戦う事と逃げる事の二つに分かれる。
多くの人間の感情をまとめて、戦いへ意識を向けさせる名将とも言える者がいるならば、生き延びるためには戦うしかないと意識させる事ができるかもしれない。
だが、冒険者が大多数を占めるこの前線基地で、それができそうなを人材がいるとも思えない。
ペトラ支部長はこの前線基地の責任者ではあるものの、冒険者たちをまとめ上げる将ではない。
ブルグはパーティー『青の刃』のリーダーではあるが少人数のリーダーでしかない。多くの冒険者をまとめる力があるならば、撤退戦を否定しないだろう。
マリカは優れた魔法使いだが、それだけだ。大勢をまとめる手腕は無い。
なら他に居るか? と考えるが、もし居るならば、この場に居ない事の方がおかしいだろう。
ならば、この場に居るテオたちはどうかと考えれば、論外としか言いようが無い。
テオはドラゴンキラーの勇名を持ってはいる。だがその名が広まるきっかけになったゲディックの街での火吹竜のオークションが行われた時には、この前線基地に居る冒険者の多くはすでにここに滞在していた。
ドラゴンキラーの名を信じる者がどれほど居るか疑問だ。それにテオはEランクの新人冒険者でしかない。その言葉に従って大勢をまとめる事など不可能だ。
イーリスやレイヤ、それにエミリも同様に高ランクの冒険者ではない。
しかし。しかしだ。
多くの者を従わせることはできなくとも、ごく少数の人数ならばどうだろうか?
これはやって良い事なのだろうか? どうするかとテオは悩む。
可能性の低い籠城戦よりは遥かにマシな結果になるはずだ。
しかし、この選択肢は後で確実に面倒事を引き起こす。
ジッと床を見つめながら、テオは無言で考え続ける。
ブルグとペトラそれにマリカの話し合いは籠城戦をする方向でまとまりつつある。
それは必然だろう。
ブルグは足の速い者である近接系冒険者の代表する立場ではあるが、足の遅い者を見捨てて、殺し合いになることを恐れている。そのため、撤退戦に否定的だ。
そしてペトラ支部長とマリカは足の遅い者だ。撤退戦になれば見捨てられ、囮にされかねない立場だ。自分の身を危険に晒す可能性の高い撤退戦よりも、籠城戦の方が生き残れる可能性が高いと判断するのも無理はない。
テオも足の遅い者になる。前線基地の全員で撤退戦を行うよりかは、籠城戦になった方が生き残れる可能性はあるだろう。
しかし、それは凄まじく低い可能性同士を比較しているにすぎない。
籠城戦になったとしても生き残れるか。と問われれば、到底無理だと答えようがない。
砦喰いの成虫が本当に居ないとは到底言えないのだ。
言う……べきだろう。いやしかし、そうなれば……。
「テオさん?」
悩むテオの床しかなかった視界に飛び込んだものがあった。
イーリスが不意に屈み、彼の顔を覗き込んだのだ。
至近距離で視線が合わさり、なんだコレ? と疑問に思ったテオは、イーリスの顔だと気が付いてのけぞった。
「――うわっ?!」
慌てるテオに、イーリスはその鮮やかな碧色の瞳でジッと見つめてくる。
「な、なんだ? なにか用があるのか?」
おかしな声を上げたテオに議論を続けていた他の者の視線が集まる。そんな中、イーリスはテオを見つめたまま、告げた。
「テオさん? なにか考えているみたいっすけど……。
その考え。言った方がいいと思うっすよ? たぶんそれが一番の、私たちが生き残れる方法だと思うっすから」
テオは絶句する。
「……イーリス。お前、人の考えが読めるのか?」
「? そんな事できるわけないじゃないっすか。
私はただ、テオさんが考えていることの方が、他のみんなが言っている籠城とか撤退とかよりも、生き残り安いんじゃないかと思っただけっす。
けど放っておいたら、テオさんはその考えを自分の中だけで押し殺そうだと思ったから、促しているんすよ?」
特に気負う様子もなく、当たり前の事のようにイーリスは言う。
テオはなんでその事を気がつけるのだと、呆然と彼女を見やる。
「?」
イーリスは不思議そうに首をかしげた。
彼女の言葉に真っ先に反応したのはブルグだ。
「どういう事だ。テオ? なにか方策があるなら言ってくれないか? 俺は籠城戦を押してはいるが、それよりも生き残れる可能性が高い方法があるなら、そちらを迷わず選ぶぞ?」
ブルグを筆頭に、ペトラ支部長とマリカ、その場い居た者全ての視線がテオに集まった。
彼等も分かっているのだ。
籠城戦をやるのは致し方ない選択であって、決して生存率が高い方法では無い事を。他に生き残れる可能性が高い方法があるなら、迷わず飛びつくほど追い詰められている。
それらの無言のすがるような視線の圧力は、凄まじいものがある。
後の面倒事など、まずは生き残ってから考えるしかないか。と諦めにも似た気持ちが湧いてくる。
ふと、イーリスへ視線を向けると目が合った。
彼女のすがるでもない、テオならば当たり前にできるだろうという、いつもと変わらぬ様子の視線に、テオはふと、力が抜けた。
気負っても仕方がないと、テオは己の考えを表明することを決意した。




