16話 封じ込め戦の限界
「で、どういう状況なの?」
ペトラ支部長がこの場に集まった面々に問うた。
冒険者ギルド、キルリー・ダンジョンの支部の建物内に多くの者が集まっている。
数人のギルド職員もいるが、テオが名前まで知っているのは、ペトラ支部長、マリカ、『青の刃』のリーダー、ブルグ。そしてイーリスとレイヤだ。
近接戦闘系の冒険者は前線基地の内部に溢れ返ったモンスターの残党刈りに駆り出されている。動いているモンスターは全て打ち倒したが、今回現れたモンスターは、ほとんどが蟲型モンスターによって占められていた。
残党刈りが必要になったのは蟲型モンスターが多かった為だ。蟲型モンスターの厄介な点として、死んだフリをしている事があるという点だ。
一見死んでいるように見えても、近寄ったとたんに襲いかかって来ることがある。近接戦闘系の冒険者によってトドメを刺さないと、安心して死体の回収もできない。
それでもブルグがいるのは、前線で戦っていた近接戦闘系の冒険者の代表として意見を述べる為だ。
ダンジョンの入り口を囲む壁の上からの魔法攻撃は今なお続いている。
その中から魔法系のマリカが引き抜かれてこの場に居るのは、彼女が土魔法で防壁を作れる前線基地での唯一の土魔法使いだからだ。
他の魔法使いでもできる遠距離攻撃で精神力を消耗させて、いざという時に防壁を作れないという事態にしない為の措置だ。
そしてテオたち三人は、モンスターの溢れ返った場所に突入してダンジョンの出入り口を塞いだ事への事情聴取を兼ねている。
ペトラ支部長の問いは主にテオたちに向けられていた。
「どうもこうも、分かっている通りの状況ですよ。前線基地の壁の内側にダンジョンの出入り口が新たに出現。そこから大量のモンスターが現れた。
で、そのままだと前線基地の内側がモンスターに埋め尽くされる。
そう判断したから俺は流出してくるモンスターの出現を防ぐために、ダンジョンの出入り口を塞ぎに行ったんだ。
イーリスとレイヤに護衛してもらって、モンスターの群れの中を突破。石ブロックを排出できる距離まで近づかせてもらって、ダンジョンの出入り口を塞いだんだ。
一つの石ブロックじゃ塞げなかったから、石ブロックの山になったわけだけど」
「確かにアレには驚いたが、ダンジョンの出入り口を塞いでくれなかったら、ちとヤバかっただろうな。あの大群が延々と湧き続けたら流石に持たない」
ペトラ支部長の厳しい視線から、ブルグがそうテオを擁護してくれる。
彼女はため息をついて、視線を和らげた。
「まあ、いいでしょう。あの山は必要な措置だったと認めましょう。
ですが、むやみに資材を破壊するようなことは控えて下さいよ? 貴方のアイテムボックスの中にいまだ収まっている建築資材は、ギルドの所有物なのですから」
「分かった。次の機会があって、許可が取れる時間があったらなら、支部長の許可を求めるよ」
テオの承諾に、ペトラは眉根を寄せた。
「……そんな機会はあってほしくはないんですが……」
「いや、次にまたダンジョンの入り口が壁の内側に開いたら、許可ウンヌンで揉めないで、すぐに塞いでほしいんだが?
ギルド所有の資材を勝手に使われたくはない。というのはわかるが、いざという時に所有権ウンヌンで、動きが鈍れば死人が増える。
その死人になる可能性が一番高いのは近接戦闘を務める俺たちなんだぞ? ギルドの資材の損害だけでなんとかできる手段があるなら、それを静止するのは止めるべきだろう?」
ブルグの切実な要求にペトラ支部長もうなずかざるをえなかった。
「――そうね。確かに言う通りね。テオ、次の機会があったら、被害が少なくなるならば、貴方にあずけている資材を自由に使っても構わないわ。ただし、無駄使いをするような事は許さないからね?」
「ああ、無駄使いはつもりは無いよ」
許可の後に彼女は釘を刺し、テオは了承した。
「それよりも、なんでダンジョンの出入り口が前線基地の壁の内側に突然開いたのよ?
ダンジョンが複数の入り口を開けるなんて聞いた事が無いわよ?
まさか、別のダンジョンが発生したって事はないでしょうね?」
ペトラの疑問に、マリカが答える。
「ああ、それの事だけど。さっき、ちょっと地面の下がどうなっているのかを調べてみたんだけど……。
ダンジョンの入り口が……、あ、これは元からある方ね。そっちの地面の下から、トンネルがつながってるわ。ダンジョンの入り口から出てすぐの場所から横穴が掘られているの」
「? どういうこと?」
要領の得ない説明に聞いていた者は皆して首をかしげる。
マリカはこの説明ではわからないかと、改めて説明する。
「そうだね。私たちは地上に開いている穴の事をダンジョンの出入り口だと認識しているのだろうけど。それは違うんだ。
今現在、壁で囲って、出てくるモンスターを迎撃しているあの穴は、ダンジョンの入り口じゃないんだ。『本当のダンジョンの入り口』に繋がっている『通路の入り口』に過ぎないんだ。
正確な意味でのダンジョンの入り口っていうのは、地上じゃなくて地下に埋まっている。
ダンジョンの初めの部屋があるだろう? そこに入る前の場所が、本当の意味でのダンジョンの入り口なんだ。
今私たちが入り口だと思っている壁に囲まれた場所は、ただの土に開いた穴だ。あそこは正確にはダンジョン入り口じゃない」
「ちょっと待ってくれ。ダンジョンの入り口は塞いでもすぐに元に戻ると聞いた事があるが。あそこがダンジョンじゃないのならば、あの穴を塞げばもうモンスターは出て来ないんじゃないか?」
大暴走が起こっていない場合ならば、ダンジョンの入り口を塞ぐなどいう考えは出てこないだろう。稼ぐ事ができなくなるのだ。
しかし、今の大量のモンスターが湧き出して来る状況ならば入り口を塞ぐのも一つの選択肢となるうるだろう。
マリカは首を振る。
「ムダだよ。ダンジョンは外につながっている状態を常に求めている。
今のあの穴を塞いでも、すぐにまた穴が開くか。もしくは、前線基地の壁の内側に開いた新しい穴みたいに、別の場所に入り口を開けるだけよ。
大暴走が起こっていない時なら、塞いだ状態が一日二日くらいは続くと思うけど。
今は大暴走の真っ最中だよ? モンスターが大量にいる中で土を動かして、更に硬化させて塞いだとしても、別の柔らかい場所の土を掘って地上に出てくるだけだよ。
流石に私でも、地上から地下に存在する『本当のダンジョンの入り口』までは『目』は届いでも『手』が届かない。
地下のダンジョン入り口を硬化した土で塞ぐ事なんてできない」
「まて、それなら、この状況はなんなんだ? 既存の穴を塞いでは居なかったのだろう?
それなのに何故、新しい穴が地上に開いて、前線基地の内側にモンスターが這い出したんだ?」
ブルグの疑問に、マリカは推測を口にする。
「たぶんだけど、今はモンスターが一切出てこられないように、穴の周りに壁を作って攻撃しまくってる。そのせいでモンスターたちが外に出る出口としては、使えないと判断したんじゃないかな?
だから、新しい方の穴の方をダンジョンが開通させたんだと思う」
「それはつまり、今ある穴の方から外へ出ようとすると、攻撃を受ける。その圧力に耐えかねて、新しい出口を作ったというわけか?」
「たぶんね。それがダンジョンの意思なのか、それともモンスターの群れが安全に外へ出ようとした行動の結果なのかはわからないけど」
「ダンジョンの意思……ねえ?」
ブルグは推測全体の是非はともかく、ダンジョン自身に意思があることは疑っているようだ。
「地上に現れるダンジョンの入り口が増えるなんて聞いた事が無いけど……。ダンジョンの大暴走に関しては、あまりよく分かっていないというのが本当の所だわ。
だから、その理由を知る事は必要な事だと思うけど……。
今私たちが考えるべきなのはその事じゃない。これから私達がどう行動するかよ」
ペトラ支部長の宣言に、テオが手を挙げて発言を求める。
「その事だけど、俺から提案がある」
テオたち三人は同席しているが、それは新たに出現した穴を塞いだ際の報告を求められただけであって、これからの方針に関しての意見は期待されてはいなかっただろう。
方針については、責任者のペトラ支部長、近接戦闘の代表となるパーティー『青の刃』のリーダーであるブルグ、そしてこのキルリー・ダンジョン前線基地の防壁を一手に維持し続けた優れた土魔法使いのマリカ。この三人によって話しあう事を前提としているようだった。
しかし、他の者の意見を一切必要としていないワケではないようだ。ペトラは無言でうなずく事で許可を出し、テオは発言する。
「今、ダンジョンの周りに戦力を配置して、モンスターが溢れ出てこないように封じ込め戦をつづけているけど……。今すぐ戦力を引き上げるべきだと思う」
その言葉に、その場に居合わせた者の鋭い視線がテオに刺さる。
テオはしかし動揺することなく視線を受け止める。
その視線には何故その事を言うのだという非難の色があるが、提案に対する驚きは見られない。
ある程度はダンジョンの封じ込めを放棄するという選択肢が頭の中にあった証拠だろう。
「大暴走は収まるまで最短でも半月はかかると聞く。今のままのペースで、出てくるモンスターを叩き続けるのは無理がある。
魔法使いたちの精神力は持たないだろうし、使用できる投げ槍と矢の数があまりにも少ない。
このままの封じ込め戦を続けるなら、五日も持たずにリソースが尽きるぞ?
そうなってからダンジョンの封じ込めを諦めたとしても、精神力を使い果たして役立たずになった魔法使いたちを抱えて、遠距離攻撃手段を失った近接戦闘系だけで、この前線基地を防衛する羽目になる。
この前線基地に居る者が生き残る為には、ダンジョンの封じ込め戦を今すぐ止めて、前線基地の防衛に注力するしか手段が無い」
「………」
難しい顔で沈黙するペトラをよそにマリカが手を挙げて同意した
「私はテオの意見に賛成する。
いつまた壁の内側に新しい穴が開くかわからないんだ。戦力を分散するのは反対だ。
少なくとも私は壁の上から前線基地の内側に移動して、地下の監視に専念しなきゃならない。
でないと地下からの攻撃には対処できないぞ?」
「マリカが地下の監視に専念することはいいでしょう。ですが、モンスターの対処を放棄する事は賛成できません……」
苦渋の表情でペトラは言う。
「そもそも冒険者ギルドがここキルリー・ダンジョンに前線基地を築いているのは、大暴走の際に、モンスターによる被害をこの場で抑え込む事にあるんです。
大暴走を起こしているモンスターの対処ができるのは、壁で囲ってあるダンジョンの入り口――つまりこの場所だけなんです。ここからモンスターたちを逃してしまえば、ほかの人里に多くの被害が出てしまいます……」
「だからと言って封じ込め戦を続ければ、この場所に居る全ての冒険者は最終的に殺されることになる」
「――……」
ペトラのギルドの立場からの意見に、テオは現実を突きつけ、彼女は反論をしようとして、できずに押し黙る。
突きつけたテオもそれ以上は強くは言わず、張り詰めた空気に満たされる。
と、それを破るようにブルグが意見を述べる。
「近接戦闘系の冒険者を代表として言わせてもらえば、モンスターをあのダンジョンの地上入り口で封じ込めるのは、もう、無理じゃないか、というのが本当の所だ。
テオが指摘したとおり、矢と投げ槍の数が少なすぎる。魔法使いたちだけに任せるのも気まずい。
それに今回、壁の内側に湧いて出たモンスターに対して、近接戦闘系のほぼ全員が戦いに参加していたんだ。
テオがすぐさま穴を塞いでくれたから、なんとか成ったが……。
半数でも壁の上にいたら、対処が遅れて被害が大きくなった可能性がある。
次に壁の内側に別の穴が開いてモンスターの群れがやって来た時、近接戦闘系が前線基地の壁の内側に居ない場合、どれだけ被害が出るかわからん。
近接戦闘系が壁の上で封じ込めを行なって居る時には、魔法使い系がこっち側で精神力を回復させているだろう? その時に地下から襲撃があったら、魔法使いたちは全滅するぞ?」
「なら封じ込めに対処するのは魔法使いたちを半数に分けて、交替制にすれば……」
「無理だっ!」
ペトラの反論にマリカが声を挙げる。
「そもそも魔法使いの数自体が少ないんだぞっ!? 今の数の魔法使いが攻撃をする事でやっとモンスターの封じ込めが行えているんだ。
数を半分なんかにしたら、あっという間にモンスターが壁を超えて魔法使いたちに襲いかかってくる!」
「なら、近接戦闘系から魔法使いの護衛に少し割り振れば……」
「護衛があれば確かに魔法使いは守れるだろうけど、封じ込めの方は失敗するよ?
いや、そもそも話、この場所にいる魔法使いの数で、交替制で回復できるほど魔法使いの精神力の回復速度は早くない!」
戸惑ったペトラは特に考えた様子もなく対策を口にするが、その意見は腹を立てたマリカに切って捨てられた。
続いて反対意見を述べたのは冷静な口調のブルグだった。
「今の魔法使いの数を正面戦力として当てているからこそ、封じ込めを行なえているのだろう?
なら数を減らせば壁の外にモンスターが溢れ出る。
そうなったら、ダンジョンの入り口の壁の上だけじゃなくて、前線基地の防衛にも戦力を割り振らないといけなくなるぞ?
なにせこのキルリー・ダンジョンから出てくるモンスターのほとんどが蟲型だからな。壁登りは得意だ」
彼はそうおどけた後、ジッと、ペトラを見据えた。
「ペトラ支部長。現実を認めましょうよ?
私達はすでに、大暴走の封じ込めに、失敗している。
確かにテオが壁を作ってくれたり穴を塞いでくれたおかげで、今でもなんとか大暴走を封じ込めているようには見えます。
けど、私達には大暴走を抑え込み続けるだけの戦力を用意できていなかった。
これははじめから決まっていた負け戦ですよ」
「………」
沈黙の後、ペトラは深いため息をついてうなだれた。
「そう……ね。確かにそのとおりだわ。私たちは戦力を用意できなかった……。
大暴走の封じ込めに失敗するのも当然の事よね……」
その様子に見ていた他の者は不安に駆られた。
しかし彼女が顔を上げた時には決意の表情があった。
「わかりました。
モンスターの封じ込め戦は取り止めます。そして、現時点をもって前線基地の防衛戦に移行します」




