15話 新たな出口
「大変だーっ! ダンジョンの入り口が増えた! こっちからもモンスターが湧き出し始めたぞっ!」
その叫び声が聞こえたのと同時に、その方向へとテオは駆け出した。
「って?! なーにやってんすかーっ?!」
「うわっ?! 何するんだ?! イーリス!」
しかし、テオは二歩目を踏み出す事はできなかった。飛びついたイーリスがテオの腰にしがみついてきたのだ。彼女はそのまま彼が先に走り出すことの無いように引っ張る。
イーリスの身体能力向上系スキルは素早さを上げるものだけで、腕力を上げるようなものはない。しかし、身体能力向上系スキルの無いテオには十分な拘束となった。
「何するんだ? は、こっちのセリフっすよ!? 何やってるすかっ!? テオさんが死んだらとんでもない事になるんすよっ!?」
イーリスはテオのアイテムボックス無いに火竜の吐息が保存されている事を知っている。
もしもテオが死ねば、その炎が前線基地にぶちまけられるのだ。そうなれば、この前線基地は大暴走に関係なく滅びさる。
その危険性を知っている以上、明らかに危ない場所にテオが突撃しようとするのを認めることなどできない。
それに彼のアイテムボックス内には火竜の吐息以外にも、危険物がたくさん存在しているに決っているのだ。ますます危険な場所には行かせられない。
イーリスは必死になってテオを引き止める。
テオが死ぬ事の危険性を知らないレイヤは必死なイーリスの行動に首をかしげている。
護衛とは言え冒険者の生き死には自己責任が基本だ。そんなに必死になる彼女が理解し難いのだろうが、特に何かを言う事はなかった。
「テオさんは他の冒険者に任せておとなしくしているっすよっ!」
イーリスの言う通り、多くの冒険者たちが音と叫び声のした方へと向かっている。
彼等のほとんどがダンジョン入り口を囲む壁の上から、戦力外となった為に離れた、近接戦闘系の冒険者たちだ。
「いやダメだ!」
「なんでダメなんすかっ! 彼等も経験豊富な冒険者っすよ!? 任せたほうがいいに決まってるっすよっ!」
「彼等が優秀だって事は分かってるっ! けど、それだけじゃだめなんだっ!」
「だからなんで?!」
「彼等じゃ壁を作れない!」
「え?」
イーリスは一瞬呆けて、抑える腕の力が抜けた。
その隙きにテオは彼女の拘束から抜け出そうとしたが、その気配を察知した彼女の腕に再び力が入る。
テオとイーリスの腕力にそれほど差はない。イーリスの腕力は少女の見た目相応の力しかないので正面から力比べをしたら男であるテオの方が上だろう。
だが、今は体勢が悪い。彼女を振りほどく事はできなかった。
「ちょっと!? 逃げるのはナシっすよっ! それって一体どういう事っすかっ?!」
力尽くで振り解くよりも彼女を説得しないと、拘束を解いてはくれないとテオは悟る。
早く行かないといけないのにという焦りのままにテオは彼女に答える。
「新しいダンジョンの入り口が開いたのは明らかに前線基地の塀の内側だっ!」
「いやそれは分かってるっすよ」
「いや分かってないっ! 分かっているなら俺を引き止めたりはしない!
いくら近接戦闘の得意な冒険者の数が揃っていても、ダンジョンから出てくるモンスターに押し切られる。
ここは壁の内側だぞ? モンスターの逃げ道が無いからモンスターを全部倒さないといけなくなるんだ。
だからその前に、新たに現れたダンジョンの出入り口を塞がないといけないんだっ!
それができるやつはこの前線基地には俺とマリカさん以外に居ないんだ」
テオ以外にダンジョンの出入り口である穴を塞げるマリカは魔法使いであるので、ダンジョンの入り口を囲む壁の上で湧き出るモンスターへの対応に当たっているはずだ。
そして、テオとマリカ以外にこの前線基地に開いたダンジョンの入り口を塞げるような技能持ちは居ない。少なくともマリカ以外に優れた土魔法使いが居ないのは、彼女の口から証言されているため確実な事だ。
「出入り口を塞ぐって……、ダンジョンの出入り口は塞げないんじゃ?」
「すぐに復活するだけで一時的には塞げるっ。だから早く離せっ! 急いで塞がないとその分だけモンスターが湧いて出てくるんだぞっ!?」
「っ……!」
イーリスは一瞬ためらった後、腕を解く。
「ええい。私達から離れなちゃいけないっすよっ?! 私達はテオさん護衛なんすからっ!」
「助かるっ」
テオは駆け出し、イーリスは彼の斜め前方を位置取りする。レイヤは反対側に並走する。
レイヤは腰の剣の柄を握りしめ楽しそうに笑っている。
「まさか、ここのダンジョンモンスターを斬るのが前線基地の中だとは思いませんでしたよ……」
テオは顔をしかめて注意する。
「戦いを喜ぶのもいいが、目的を見失うなよ? 目的はダンジョンの入り口を塞げる位置まで俺を連れて行く事の露払いだぞ?」
「分かってますよ。安全確実に届けますよ。それが案内人兼護衛のお仕事ですからね」
新たにダンジョンの出入り口が出現した場所は、そう離れているわけではない。そもそも前線基地の敷地面積はそれ程広くはない以上当然のことだ。
少し近づけば地下から湧き出て来たモンスターの姿が見えた。既に多くの冒険者たちと戦いは始まっている。
その姿を見たイーリスは疑問の声を上げた。
「蟲型? でも巨大コガネムシじゃない?」
現れたモンスターは巨大コガネムシのように丸っこくない。昆虫型だというのは同じだが、胸部と胴部が細長く、足も長い。体表面も金属質ではなく、石灰を塗りつけたように白い。
体長が二メートルほどのある巨大なオサムシの姿をしたモンスターだった。
「私の後に付いてくるっすよ?」
全力で走るテオの前に居たイーリスはそう言うと、足の速さを一気に高めた。その速さは彼女の姿を一瞬見失わせるほどだ。
巨大オサムシに接近するイーリスは止まることなく、その横を通り過ぎる。すれ違いざまに短剣を振るう。
銀光が一閃。
オサムシの細長い足が二本。関節部から切り飛ばされた。
六本の足の内右前足二本を失った巨大オサムシはバランスを崩して地面に顔をツッコませる。
頭を上げたその時、通り過ぎたと思われたイーリスがその横に現れていた。
オサムシの首めがけて短剣の刃を振り下ろす。
首がはねられる――事はなかった。ガギンッと頑丈な外殻によって弾かれる。
ギロリとオサムシの顔がイーリスに向き、彼女に向けて襲いかかる。
「あ、やっぱムリっす」
あっけらかんとした言葉だけを残してイーリスは姿を消した。オサムシの噛み付き攻撃は、何もない場所で顎を打ち直しただけに終わった。
後退したイーリスはやっと追い付いて来たテオの斜め前方という定位置に戻る。
「レイヤ、私の力じゃ倒しきれないっすから、トドメは任せるっすよ?」
「了解。ぶった斬ればいいのね」
頷いたレイヤは、足を失いぎこちない動きしかできないオサムシにむけて踏み込んだ。
一瞬で間合いに入り込んだ彼女は、一振りで頭を跳ね飛ばした。崩れ落ちるオサムシの横をテオたちは駆け抜ける。
しかし、周囲に存在しているモンスターはそれ一匹だけではない。他のモンスターもほとんどが巨大オサムシだ。
イーリスはテオに接近する前に他の冒険者たちが相手をしていないオサムシの足を切り飛ばし、動きを鈍らせる。ほとんどのオサムシはそれだけで、テオに対する脅威ではなくなる。
足を失っても先に進むテオの邪魔になると判断した相手はレイヤが一刀の元に切り捨てて行く。
イーリスは攻撃力が無く、蟲型モンスターの足を切り落とす事しかできていない。だが、進行ルートの邪魔になるであろうモンスターを優先して攻撃していく。
戦場を縦横無尽に走り回る身体能力が素晴らしいものがあるが、それよりもその判断力こそが彼女の最も優れている能力だろう。
レイヤは一見、淡々とした様子だが、ほとんどのモンスターは一振りだけで倒されていく。多くても二振りだ。ゆったりとした印象を与える動きだが、殲滅速度は意外なほど早い。
周囲で戦う冒険者たちと比べて特別に優れているわけではない。他の冒険者たちもほとんどが一刀の元にモンスターを倒していっている。しかし、戦いが終わる気配など微塵も感じられない。
それだけ多くのモンスターが湧き出して来ているのだ。
もしもテオがアイテムボックスを使用せずに、正面きってこのモンスターと戦う事になったのなら、あっという間に餌食になっていることだろう。
テオはそのモンスターの流れを、二人の活躍に助けられて逆流して行く。やがてモンスターの湧き出す地点である、新たに現れてたダンジョンの入り口が見えた。その場所は噴水の水のように、多くのモンスターが湧き出して居た。
距離は遠いが、十分に門の射程圏内だ。
「塞ぐぞっ!」
テオは掛け声と共にダンジョンの出入り口の上空に排出門を開く。
排出門から出で来るのは一辺三メートルはある、壁の建設しにも使用した巨大な石ブロックだ。
高さ十メートル以上の高さから落とされた石ブロックは、見事に入り口に入り込んだ。
石ブロックはガゴンガゴンと奥へと転がりながら、出口から外へ出ようと殺到しているモンスターをひき潰す。
「ちっ、通路が広くて上手く塞げないかっ!
一つじゃ上手く塞げないなら、複数個ならどうだ!?」
テオは複数の石ブロックを連続して排出する。初めの数個は塞ぐのには役には立たず、ダンジョンの奥に入り込んだ。しかし石ブロックは形が転がりやすいわけではない。すぐにダンジョン内部への転がりは止み、次々と石ブロックは排出されて、乱雑に積み重なる。
轟音と砂埃舞い上がる。
轟音に驚いて、モンスターとの戦いの最中に動きを止めてしまった冒険者を多数存在していたが、幸いな事にその事で不覚をとった者はいなかった。
薄めの砂埃が収まった後、新たに出現したダンジョンの入り口は、石ブロックの山に埋もれる事になった。
入り口から湧き出した事により山のように積み重なっていた蟲型モンスターの群れは、石ブロックの山の下に消えた。そのモンスターが存在していた証拠は今や、地面と石ブロックに潰され飛び散った肉片と地面の染みとなっている体液だけだ。
テオは歓声を上げる。
「よしっ! とりあえずこれで出入り口を塞げた」
「それじゃあ、もうここに用はないっすっ! さっさとスタコラサッサっすよっ!」
「おう。わかったっ!」
レイヤは突然の轟音に驚いて動きを止めた一人だったが、もう片方の護衛であるイーリスはテオがやらかすことに半ば予想していたのか、一切動揺することなく撤退を進言する。
テオももうこの場いる必要など感じられず、踵を返すと突入に使ったルートを逆走する。
レイヤも唖然としていた意識を取り戻し、撤退に付いてくる。突入の際に二人がモンスターを倒して行ったのだが、邪魔となるモンスターが存在しないというわけでもない。
生き残っているモンスターは未だ多い。しかしモンスターの流れに逆らって突入する事に比べたら、モンスターの群れの中から脱出するのは楽な事だった。
「テオ、ちょっと無茶しすぎじゃないの? 私は石壁を積んだ時みたいに、きれいに並べて出入り口を塞ぐんだと思っていたんだけど?」
「まとめてドカッと……。塞いだ方が……、早いんだから、いいだろがっ」
モンスターの圧力が低い分、そうレイヤが抗議できるほど余裕があった。しかし、対するテオには余裕などない。息も切れ切れに、なんの問題もないだろうという返事をする。
進路上に近付こうとしていたオサムシの足を切り飛ばして帰ってきたイーリスは、呆れた様子で言う。
「テオさんのやる事にいちいち驚いていたら身が持たないっすよ?」
なんとも受け入れがたい評価だ。テオは抗議をしたいが、全力疾走中でそんな余裕はない。
「驚くなっていうのはムリな話よ」
レイヤは進路の邪魔となるモンスターを次々と切り捨てながらぼやく。すでにこのオサムシに似たモンスターの弱さに飽き始めていた。
このモンスターは強いモンスターではない。数が多いだけの雑魚とも言える相手だ。しかし、それもイーリスの足飛ばしのアシストがあっての話だというのも理解していた。レイヤ個人の実力ではアシスト無しならば、もっと苦労する相手だろう。
イーリスのアシストがあるからこそバランスを崩したオサムシの首を容易く落とす事ができて居るのだ。
それでも、容易く敵を作業のように倒していくのは、飽きがでてくる。
だがそれももうすぐ終わる。モンスターの群れの先頭まであと少し。多くの近接系冒険者が戦線を形成している。その戦況は冒険者が有利で、多くのモンスターが討ち取られている。
そして、なんの問題もなく戦線を抜けた。
戦線から少し離れた場所まで離れてから、足を止める。
「なんとか……、上手く行った、みたいだな……」
テオは膝に手をついて激しい呼吸を整える。振り返って戦場を見やる。
戦況は冒険者が有利だ。出入り口を塞いだ以上、もうダンジョンから追加で湧いて出るモンスターは居ない。そう時間も掛からずに、前線基地の壁の内側に現れた全てのモンスターは討伐されるだろう。
それが目に見えている戦況だが、未来を見通す見識を少しでも持ち合わせているのならば、素直には喜べないだろ。
ダンジョンの入り口は開いたままだというのに、別の出入り口が地表に出現した。
それは、いつまた別の新しいダンジョンの出入り口が地表に出現するかわからない、と言うことを指し示しているのだから。




