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14話 壁際にて



 壁の上で回収係の要として休むことなく働き続けていたテオに体力の限界が見え始めた。その為、休憩を取るために下がる事となった。


 テオが下がった事により、ダンジョンの入り口から溢れ出るモンスターを封じ込める為の戦力に変化が起こった。

 壁の上に陣取る冒険者たちに要求される能力は、弓矢と投げ槍を放つ戦士系の遠距離攻撃から、魔法使いたちの遠距離攻撃魔法へと移り変わった。

 そのための人員の交替は徐々に行われている。


 壁の上で多くを占めていた戦士系の冒険者は、少しずつ魔法使いの冒険者にその場所を譲って前線基地の壁の内側へと戻っていく。


 テオ自身は真っ先にダンジョンを囲む壁の上から前線基地の壁の内側へと戻った。回収作業を行えないテオがその場にとどまった所でなんの役にも立たないからだ。


 それでも休憩によって体力が回復したら、速やかに回収作業が行えるようしなければならない。

 そう思ってテオは、ダンジョンへ通じる門の側の壁際に座り込んだ。


 ここならば忙しく行き交う冒険者たちの様子を見ていられる。それにダンジョンの攻防戦の戦況変化も、壁の向こうから聞こえてくる騒がしい様子からいち早く気がつける。


 テオは取り出した果実を噛る。甘さより酸味の強い果実だが、今みたいに顔色を悪くするような疲労時には酸っぱい方がいい。疲労回復にはもってこいだ。


 と、隣から視線を感じてそちらに目を向ける。壁に体を預けて立っているイーリスがジッと手元の果実を見詰めていた。


「……いるか?」

「あっ。悪っいすねーっ。貰うっすよ」


 全く悪いとは思っていなさそうな笑顔でイーリスはテオが再び取り出した果実を受け取る。


「レイヤはどうする? いるか?」

「ああ……、じゃあ貰おうかな」


 イーリスとは反対側の壁にもたれているレイヤにも果実を渡した。


「うわっ?! 酸ッパッ!」


 が、イーリスの一口つけた際の感想を聞いて、レイヤは戸惑いながら受け取った果実を返す。


「えっとゴメン。私、酸っぱいのは苦手なんだ」

「そうか」


 返された果実は自分で食べる事にして、アイテムボックスへ片付けずに手に持ったままにする。


 イーリスとレイヤの二人がテオと共にいるのは、護衛としてテオと共に壁の上から下がる事になったからだ。

 もっとも彼女たちは戦士系の冒険者だ。壁の上での役割はイーリスは弓矢をレイヤは投げ槍を用いて壁の中のモンスターを攻撃していた。

 しかし投擲武器回収係のテオが下がったことによって、戦士系を減らして魔法使いを増やす必要が出てきた。戦士系である二人がテオと一緒に下がることになったのはそのためだ。

 魔法使いであるエミリは未だ、壁の上でダンジョンの入り口から湧き出して来るモンスターの処理を続けているだろう。


 この門をくぐってダンジョンを囲む壁の上へ向かうのは魔法使いであり、戻ってくるのは放つ矢玉が無くなった戦士系の冒険者たちだ。


 そんな彼等を横目に見てイーリスはテオに問い掛けようとして、彼が無心に果実を囓っている姿を見て、声を掛けるのは止めた。改めてレイヤに問い掛けた。


「ねぇレイヤ? レイヤはここに前に滞在していたんすよね?」

「ええ。していたけど?」

「それじゃあ、前もこんな事が……。モンスターがダンジョンから溢れ出るなんて事あったんすか?」


 不安気な問い掛けに、レイヤは首を左右に振る。


「いいえ、無いわ。私がゲディックの街へ戻っていた間もここに滞在している知り合いと少し話をしたけど、特に変わったことは無かったって。

 少なくとも、こんな事はこのキルリー・ダンジョンが発見されてからは初めての事よ」


「やっぱりそうっすよねー……。

 これってやっぱり、大暴走(スタンピード)……なんすかね?」

「でしょうね……」


 誰もが気が付いてはいたが、あえて口にしていなかった事を口にした。


「大丈夫っすよね? 大暴走(スタンピード)は大災害だって話を聞くんすけど……」

「少なくともこの前線基地の中にいれば、やり過ごすことはできるでしょ。

 ダンジョンを囲む壁をモンスターが溢れ出る事があったとしても、溢れ出たモンスター全てがこちらに襲いかかって来るわけでもない。

 溢れ出たモンスターは四方八方に散って行くって話だから。防衛戦力は前線基地に戻すだろうし、ここはほとんどの人員が冒険者だから、防衛って意味ならやりやすい拠点だとおもう。


 それに大暴走(スタンピード)の被害が大きいのは、防衛設備の整って居ない村とかだから。ここの防衛設備はテオのお陰で最低限は整っているしね」

「……そういう意味で言うと、私たちがここにやって来たのはギリギリのタイミングだったんすね」


「そうだね。

 マリカさんの防壁があったから、ある程度は持ち堪えただろうけど……。大暴走(スタンピード)はかなり長い期間で続くらしいから、マリカさんの精神力が持たなかっただろうね……」

「長くってどれ位っすか!?」


 ぎょっとしてイーリスが問う。


「短くて半月位。長くて半年続いたとか聞いたけど……」


 詳しく知らないらしくレイヤは口籠る。その疑問について答えたのは、頭の上で交わされる言葉を聞いていたテオだ。


大暴走(スタンピード)に関して、ギルドの図書室で軽く調べて見たけどな。大暴走(スタンピード)はダンジョンの中のモンスターの数が減るまで続くって話だ。

 一気に大量のモンスターが溢れ出るなら期間は短くて、出てくるモンスターの数が少ないなら期間が長くなるって推測がたてられていた」


「それじゃあ、このキルリー・ダンジョンは大暴走(スタンピード)はどれくらい続くと思うすっか?」

「分からないな……。ダンジョンの専門家って言える程に調べたわけじゃない。


 今回、ダンジョンから溢れ出たモンスターの数は一時間に大体、二千匹位だった。

 けど二千匹って数が大暴走(スタンピード)にとっては多いのか、それとも少ないのか……。参考資料があったわけじゃないから判断できない。

 長く続くのか、それとも短くて済むのか……。


 どちらにしても、大暴走(スタンピード)が終わるまで短くて半月もかかるんじゃ、ダンジョンの入り口で抑え込むのは無理だろうな……」


 声を潜めた最後のつぶやきを、イーリスは聞き逃す事はなかった。彼女も声を小さくして問う。


「どうして、そう思うんすか……?」

「単純な話だ。矢と投げ槍の数が少なすぎる。


 この一時間に出てきたモンスターは大体約二千匹。そのうち四割程度は巨大コガネムシ(ビックビートル)だ。

 巨大コガネムシ(ビックビートル)だけの数なら約八百匹。

 一匹相手に、投げ槍を大体五本使ってた。


 つまり、四千本の投げ槍が使われたんだ。このたった一時間だけの話でだ。

 なのにもう回収して再利用しないと投げ槍が足りていない状態だ。


 備蓄してあった分と俺が運んできた分を合わせて、それだけの量しかなかったんだ。


 いくら回収して再利用するって言っても、効率的に回収できるのが俺だけじゃ回転が間に合わない。


 いくら俺が頑張ったところで、俺の体力が消費されるだけで、根本的な解決にはならないんだ。

 投げ槍って武器は、武器自体のダメージも大きいんだ。たった一回しか使ってないのに、壊れた投げ槍も何本もあった。


 新しくこの場で投げ槍を作るにしても、今使ってるのは鍛冶屋が手がけたしっかりとした作りの品だ。

 急造の投げ槍じゃ、ダメージも小さいだろうし壊れやすい。

 そもそも湧き出してくるモンスターの数に、対処できる位の大量の投げ槍がこの前線基地で作れるのかっていう問題がある。


 代替手段として投石にしたとしても、投石じゃダメージは少ないから、何発当てればいいのか……。その分だけ投げるヤツの体力を消耗させる。


 これから先、形振り構わず対策を立てると思うが……。

 どう考えても、……詰んでるとしか思えない……」


 虚空に視線を向けたまま茫洋とした表情で告げるテオの言葉に、イーリスとレイヤは絶句する。


 テオは無言のまま返され手に持ったままの2つ目の果実を噛り始めた。


 イーリスは自分の不安をごまかすように、言葉を絞り出す。


「……えっと……。大丈夫じゃないっすかね? 今は魔法使い主体にしてるっすから、投げ槍の回収も、新しく作るもの時間が作れると思うっすけど……?」

「魔法使いたちの精神力が持たないだろ。

 いくら魔法使いの数が多くても、湧き出してくるモンスターの数はそれ以上だ。


 魔法使いは確かに強力だけど、継戦能力は低いだろう? 魔法使いの投入は一時的な戦力の増幅にはなるが、半月以上必要になる持久戦の場合、戦士系の戦力が必須になる。

 矢と投げ槍が足らなくて戦士系がほとんど役立たずになるような状況じゃ、長くは持たないよ。


 イーリス? 自分でも分かってる事は聞くものじゃないよ」

「う……」


 たしなめるテオに、イーリスは図星を突かれてうめく。


「それじゃあ、テオはどうするべきだと思ってるの?」


 問い掛けて来たのはレイヤだ。


「そうだな……」


 テオは考えるように空に視線を向けた。多くの魔法の灯りによって明るくなっている周囲の向こう、輝いていた満天の星は薄明によって姿がほとんど見えなくなっていた。


「今すぐダンジョン入り口の防衛――今の封じ込め戦は放棄して、前線基地の防衛に戦力を集中させた方がいいだろな」


「それじゃあ、モンスターが他の人里を襲いかかるんじゃ?」

「そうだろうけど、ダンジョン入り口で抑え切れないだろう?


 俺たちに残されている選択肢は二つだよ。

 一つは俺が言った、ダンジョンからのモンスターの封じ込めを今すぐ放棄して、前線基地の防衛に戦力を集中させる事だ。

 モンスターがダンジョンを囲む壁から溢れ出たとしても、全てのモンスターが前線基地を襲いかかるってわけでもない。大多数のモンスターは他の場所へと散っていくはずだ。


 他の場所へ行くなら俺たちが倒すモンスターの数は減るし、魔法使いたちの精神力と矢玉というリソースを自分達を守る事だけに投入できる。

 これなら俺たちが生き残れる確率は高い。


 もう一つが、今のままダンジョンの封じ込め戦を続けて行くことだ。

 こっちはダンジョンから出てくるモンスターの絶対数は減らせるけど、壁の外にモンスターが溢れ出るのは確実だ。

 その時には矢玉も使い切って、魔法使いたちも精神力を使い切っているだろうな。

 その時点で、ダンジョン入り口の防衛線を放棄できたのなら、まだマシ何だが……」


 嫌な予想にしかならないので、その続きをテオは口籠る。しかし不安気なイーリスは聞く。


「もしも、その時に戦線を放棄できなかったら……。どうなるんすか?」

「……もしも放棄できなかったとしたら、壁の上で近接戦闘が起きる。少しの間は耐えられるだろうけど、モンスターの物量の波に押し潰された後に、壁の外に溢れ出るだろうな。


 そうなったら終わりだ。

 リソースを使い切って、そればかりじゃなくて多くの冒険者も命を落とす。

 その後に待ってるのが、不確実な戦力で、なおかつ士気が落ちこんでいる中での前線基地の防衛戦だ。


 前線基地に向かってくるモンスターの割合にもよるけど、耐え切れずに前線基地は陥落するだろうな。


 その後の事は、想像したくもない」

「「…………」」


 その場に沈黙が下りる。テオは三つ目の果実を口にし始めた。

 と、レイヤが尋ねる。


「テオはそう思うなら、なんでペトラ支部長にそう提言しなかったの?」

「俺たち壁の上から下りた時点では、そこそこうまく戦況が回っていただろう?


 そんな時に『今すぐにこの戦線を放棄して、前線基地の防衛に切り替えろ』って言ったとしても、ペトラ支部長は納得しないだろ。

 支部長だけじゃない。うまくいってる最中じゃ、他の冒険者たちも納得しない。


 とりあえず、休憩が終わった後に言うつもりだ。


 投げ槍をろくに使えないなら、魔法使いたちに負担が大きくなるからな。今のままじゃマズいって事は身に沁みて分かるだろう。

 俺が何かを言う前に前線基地の防衛戦に切り替えるって事になるのなら、それはそれでいい事だし」


「ああ……、確かにあの時点で言ったところで、納得するのは難しいでしょうね……。

 バッタバッタとモンスターを倒せるから皆、興奮していたし。戦線を放棄しろって言われても納得できなかったかも……」


 レイヤは頷く。彼女がテオの言う事に納得できているのは、戦線を離れて一方的な戦いから距離をとった事で冷静になっているからだ。

 ペトラ支部長も戦いには直接手を出しては居ないが、戦いの熱に浮かされているフシがあった。


「今、頑張っている魔法使いの人たちには、みんなの頭を冷やす為に苦戦をさせるって事っすか? あー……。エミリが知ったら無茶苦茶怒るっすよ……?」

「全員がこの前線基地を枕に討ち死にするよりはマシだろう?


 それに魔法使いたち苦戦させるために、俺が何かをしたワケでもない。

 ただ魔法使いを主体とした今の状況じゃ、長期戦は難しいって当たり前の事を、自然に思い知るって状況になってるだけだよ」


「なんか言い訳じみているっすよ? それは。

 予め苦戦するって分かっているのに放置するなんて……。苦戦を通り越して壊滅でもしたらどうするんすか?」


 彼女の苦言にテオは肩をすくめる。


「壊滅する何で事は俺も望んでなんていないよ。

 俺が望んでいるのは、苦戦をして、このままではダメだと思い知ってもらい事だからな。

 苦戦以上になる前に、ちゃんとペトラ支部長に提言するさ。


 そのためにこんな門の側の壁際で休憩しているんだ。何か問題が起き始めたなら、今聞こえてくる定期的な魔法の音にも変化が出てくるだろ。

 そうなったら急いで提言すればいい」

「……ひょってとしてその事も想定してこの場所で休憩する事を選んだの?」


 感嘆の視線を向けられるがテオはそれについては否定する。


「いや、魔法の様子ウンヌンは後付だぞ? 休憩をここにしたのは早く休みたいから近い場所ってだけで選んだし。

 その後で魔法の音が聞こえて来るから丁度いいと思っただけだ」


 同じく感心した様子だったイーリスはがっくりと肩を落とす。


「なんすか? それ? 感動してソンした――」

「――静かにっ」

「――!」


 唐突に鋭い声をテオが発した。二人は驚いて言葉を止める。


 テオは地面に両掌を当ててじっと何かに集中している。


「テオさん……?」

「……何か、地面が振動してないか?」

「え? それは魔法の影響なんじゃ?」


 壁の向こうのダンジョンの入り口では今も盛大に攻撃魔法が放たれている。その衝突音や爆発音が聞こえてくる。

 レイヤの仮説に、しかしテオは首を左右に振った。


「いや、それとはタイミングが違うんだ……」


 その振動にテオが真っ先に気が付けたのは、地べたに尻を付けていたのが彼だけだったためだ。

 レイヤはしゃがみ込み掌を地面に付ける。しかし、よく分からなかったらしく首をかしげている。

 対してイーリスは大胆な行動をとった。地面にうつ伏せになると、地面にぺったりと片耳を押し当てたのだ。


「……あ、ホントっすね……。ざりざりっていってるようなー。……コレ、なんか掘ってる……?」

「え? 掘る?」


 そうレイヤが疑問の声を上げたのと同時だった。


 どごんっ、と土の塊が落下したような音が響いた。


 それは、ダンジョンの入り口方向から響いて来た音じゃなかった。そちらの方からは魔法攻撃の音が定期的に問題なく続いている。


 音が響いて来たのは、ダンジョンの入り口とは反対方向だった。

 あちらには何もないはずだ。なのに、これだけ大きな音が響いて来るのは明らかな異常事態だ。


 テオは立ち上がり、多くの天幕が立ち並び事で視界の通らないその場から、視界の通る道の方まで駆け出した。

 そして立ち止まった彼は、音のしてきた方を睨む。


「テオ! いきなり動かないで!」

「そうっすよ! テオさんは私たちの護衛対象なんすから、異常事態に勝手に動かないで欲しいっすっ!」


 突然動いたテオに後れを取った二人は、足を止めて遠くを見据える手に追い付くと小言を口にする。


 身体能力向上系スキルによって二人の身体能力はテオの遥か上にある。しゃがんでいただけのレイヤはともかく、地面に伏せていたイーリスが追い掛けてくるのも早いものだった。


 二人の小言に対しては無視したテオは、響いてきた音の前に、地面の下からの音を聞いていた相手に問いかける。

「……今の聞こえてきた衝突音――いや崩落音か? イーリスが地面から聞いた音と関係あると思うか?」


 イーリスは視線を宙に泳がせる。


「あー……。言うと、本当の事になりそうだから口にしたくはないんすけど?」

「言わなくとも事態は次の状態に移ってると思うんだが?」

「――そうっすね。言わなくとも変わらないみたいっすから言いましょう。


 絶っ対に、何か関係があるっすよ!」


「地面からなにかが掘っている振動音が聞こえて、その続きに崩落音……


 なあ、ダンジョンについては詳しくはないんだが……。ダンジョンの入り口って……増えるのか?」


 テオのつぶやきに似た確認の声に被さる様に、崩落音がした付近から、人の叫び声が聞こえて来た。


「大変だーっ! ダンジョンの入り口が増えた! こっちからもモンスターが湧き出し始めたぞっ!」



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