13話 スタンピードの予兆
唐突に鐘の音が鳴り響き、テオは夢の世界から叩き出された。
「なっ!? なんだ?!」
毛布を蹴り飛ばし、慌てて支給された天幕の中から這い出る。
まだ夜は明けていない。真っ暗な中、鐘の音が鳴り響く来続け、周囲には戸惑いの声と天幕を跳び出てくる人々の気配しかしない。見えるモノといえば、高い石壁に囲まれて大きな四角で切り取られた満天の星が輝く夜空だけだ。
起こされた魔法使いたちが灯りの魔法を使ったのだろう、次々に空中に浮かんでいく灯りが周囲を照らしていく。
そうすることでこの場所が見えるようになる。ここはキルリー・ダンジョンの前線基地の中。石壁に囲まれ安全を確保された平地に数多くの天幕が建ち並んでいる。この数多くの天幕が前線基地における宿泊施設だ。
前線基地には、まともな建物はギルド支部くらいしかまだ存在していないのだ。
キルリー・ダンジョンの前線基地を構築し、初期攻略する為に集められた冒険者パーティーたちは、この天幕を拠点に日々の攻略に勤しんでいる。
各々の天幕を飛び出した冒険者たちは、翌日のダンジョン攻略の為に英気を養う休息を中断された事よりも、鳴り響く鐘の音に厳しい表情をしている。
建築資材を運んできたテオたちに対しても宿泊施設は同じく天幕だった。
テオは一人用の天幕を使用し、その隣に広げた四人用の天幕に女性陣三人で使用していた。
「なにがあったんすか?」
隣の天幕から出てきたイーリスが声をかけてきた。
「いや、分からない。俺も今、目が覚めたばかりだ」
「みんなっ! この鐘は緊急事態の鐘だっ! すぐに動けるように警戒と準備を密にしろ!」
誰かが呼びかける声が周囲に響いた。戸惑いしかなかったその場に方向性が産まれる。
「とにかく着替えろ。イーリスは寝間着のままじゃないか」
「え。ああ、そうっすね」
テオは鎧を外しただけの楽な服装で寝ていたが、彼女はだぶだぶのシャツを寝間着代わりにしていた。ズレた肩口から白い肌が顕になっている。彼女はテオに言われるがまま自分の天幕の中に戻り、エミリに叱られていた。
「ちょっとイーリス!! その格好で外でたのっ!? 貴女も一応女の子なんだから慎みを持ちなさいよっ!」
「一応ってどういう事っすか?! 私は美少女っすよ!?」
防音など全く無い天幕なのでテオが自分の天幕に入っても二人の言い合いが聞こえる。
テオは彼女たちの声は意図的に無視して、周囲の者たちの声に耳を傾けながら、身支度を整えていく。
最初に靴を履く。オーダーメイドのその靴は見るからに頑丈そうで足元を守ってくれるのだという安心感がある。その分、重く疲れやすそうだが、見た目に反して非常に軽い。そしてズレる事なくしっかりと地面を捕らえてくれるので、長く歩いても疲れが少ない。
実に素晴らしい靴だが、その分お値段は相応に高かった。そして唯一の不満点は、履き脱ぎに手間がかかることだ。しっかりと足元を守る為に致し方ないことだろう。
靴にズレがないことを確かめると、次に革鎧を取り付け始める。
鎧はEランクの戦士系ジョブがよく使う、既成品である軽装の硬質革の革鎧だ。
もっと上のランクの鎧も所持金から考えると手が届いたのだが、これ以上のランクの鎧は防御力の向上と同時に、重量の増加も大きい。そのランクの鎧は身体能力向上系スキルの所持者であることが大前提だからだ。
テオの体力では着ているだけでへたばってしまう。
この革鎧は一時的なつなぎだ。頼んであるオーダーメイドの鎧が出来上がれば、下取りに出す予定だ。Eランク冒険者の装備としては悪目立ちをするだろうが、せっかくの素材があるのだ。死蔵する方が勿体無いだろう。
一時的な相棒たる鎧を急いで身に着けようにするが、鎧を着る事に慣れていないテオは上手く身に着けられない。
手間取っている内に、薄い天幕越しに冒険者の騒ぐ声から、なにが起きたのかを知ることになった。
ダンジョンから多くのモンスターが出てきているという。その勢いは徐々に増えつつあり、スタンピードではないかという疑いがあると。
「テオさんっ。まだ準備できてないんっすかっ!?」
焦ったようなイーリスの催促の声が天幕の外から聞こえた。
「ちっ」
舌打ちしテオは革鎧を着ることを諦めて、アイテムボックスに放り投げると天幕を飛び出す。
イーリスだけじゃなく、エミリとレイヤも揃っている。エミリはそもそも鎧を着ない。イーリスとレイヤはしっかりと鎧を着込んでいる。彼女らの装備には一分の隙きもない。
エミリが作ったのだろう、彼女の杖の傍らには光の玉が浮いて周囲を照らす一役を担っていた。
「テオさん? 鎧は着ないんすか?」
「着るのに手間取った。後でヒマな時にゆっくり着る」
「後でって……」
呆れた様子のイーリスは無視して、このダンジョンに滞在経験のあるレイヤに聞く。
「今までにこんな事はあったのか?」
「私の知る限りじゃ初めての事ね。私が離れていた間の事は分からないけど……」
「とりあえず、ギルドの方に行く? ここよりは情報が入ってくるとは思うけど?」
エミリの提案にそうだなと頷きかけたとき、こちらに駆け寄って来る人物がいることに気がつく。
『青の刃』のメンバーの一人、斥候のケニーだ。
「ああ、ここに居てくれたか。テオ、ペトラ支部長から伝言だ。急いでギルド支部まで来いとの事だ。とりあえずついて来い」
焦った様子の彼は言うなり踵を返して走り出す。
「わかった」
テオは頷き。駆ける彼の後を負って走る。身体能力では彼に圧倒的に劣るだろうが、今は多くの冒険者が道に出ている。人の間をすり抜ける分、ケニーの足は遅くなる。そもそもテオを引き離す気はないようで、テオの足の遅さに気がついてからは速度を手加減していた。
全力で走ってきただけがあって、すぐさまギルド前に辿り着く。
そこでは、ペトラ支部長が集まってくる冒険者たちに指示を出していた。
「遠距離攻撃の能力がある者は速やかにダンジョン入ぐ口を囲む壁の上に! ダンジョンから出てきたモンスターは速やかに始末するようにっ!
魔法使いたちはダンジョン入り口を囲む壁の中を照らすんだ! 決して灯りを切らすなよ! 出てくるモンスターには虫系も混じっている。見失ったら壁を登ってくるぞ!
戦士系の者はこの場ですこし待って居てくれ! 弓矢、もしくは投げ槍を支給する! 受け取った者から壁の上へっ!」
ケニーは集まる冒険者たちをすり抜け、支部長に近づいてテオを連れて来た事を耳打ちする。
支部長は近づいてくるテオに視線を向ける。
「ああ、テオ。待っていたよ。
テオが持ってきた資材の中に、投げ槍と弓矢が大量にあったはずだ。今ここに全部だしてくれないか?」
自分を呼んだのはそれらの大量の遠距離武器が必要になったからかと納得する。
「ちょっと待って下さい。探します」
一言断って、テオは目録索から頼まれた物を探す。
テオがゲディックの街からこの前線基地まで運んできた資材は大量に存在する。今までに経験がないほどの量と種類に目的の物を探し出すのにも、少し手間が掛かった。
アイテムボックスから物を取り出すのに、こんなに手間が掛かったのは今までにない事だ。
目録索を構築していなかったとしら、この数十倍の手間が掛かっていた事だろう。
真剣に探すテオだが、はたから見たら虚空に視線を動かして、動きを止めているようにしか見えない。
その様子にペトラは少し戸惑うが何も言うことはなかった。それ以前に言うヒマなど無い。壁の上に向かって数の減った冒険者と入れ替わりのように、別の冒険者がやって来て支部長に指示を求めて来るのだ。彼等の指示を優先しなければならない。
「……あった。ペトラ支部長。ここに出していいんですね?」
「ええ。すぐに出して」
投げ槍の束が地面に積み上げる。近くに居た者がいきなり出現した事に驚いた様子だったが、すぐに気を取り戻し、束ねている縄をほどきにかかる。
続いて大量の矢の束を積み上げて、これまた大量の弓を取り出す。弓の方は乱暴に扱えないので、並べて出すのに少し手間取った。
「戦士系は投げ槍三本を受け取ったら壁の上へ向かいなさい! 弓が使える者は弓と矢の束を持っていって! 自前の弓を持ってるヤツも、矢の束だけは持っていきなさいっ!」
ペトラ支部長の指示に、集まっていた戦士系の冒険者は渡された遠距離武器を手にダンジョンの方へと駆け出していく。
「よし、俺たちもダンジョンの方に向かおう」
イーリスが弓と矢の束を持ち、レイヤが投げ槍を受け取ったの見て、テオがそう提案する。魔法使いであるエミリに遠距離武器は必要なく、何も受け取る事なく待って居た。彼女は直ぐにダンジョンの方に向かってもよかったのだろうが、テオの護衛である事を優先したようだ。
テオも遠距離武器を受け取る必要がない。壁の上からダンジョンの入り口付近まで、門が届く。遠距離攻撃武器など必要ない。
駆け出そうとした彼等をペトラ支部長が呼び止めた。
「待ちなさいテオ。貴方にはやってもらいたいことがあります」
◇ ◇ ◇
キルリー・ダンジョンの入り口を囲む石壁の周りは、今だ深夜だというのに無数に浮かぶ煌々とした魔法の灯りによって、昼間のように明るくなっていた。
多くの冒険者たちが壁の上に陣取り、武器を構えたまま壁の内側を見据えていた。
明るく照らされた壁の内側には無数のモンスターの死体が転がっている。そして今もなお、ダンジョンの入り口から湧き出ているモンスターの姿あった。
しかしダンジョンから出てきたモンスターは、短い時間でその命を散らす事になる。
「放てぇっ!」
出てくるモンスターはほぼ二種類。ゴブリンと巨大コガネムシだ。
防御力の低いゴブリンは放たれた無数の矢によって、針山のごとき姿になって命を落とす。
巨大コガネムシは頑丈な硬質の殻によって全身が覆われ、また丸い形状をしている為に攻撃が逸らされるので防御力が高い。矢だけではダメージを与える事ができない。
ゆえに巨大コガネムシには投げ槍が殺到することになる。
身体能力向上系スキルを筆頭に投擲の威力を増大させるスキルの使い手たちによって放たれる多くの投げ槍は、たとえ遠距離からだとしても、巨大コガネムシの外殻程度は容易く貫く威力を持つ。
そられによって倒し切れなかったり、回避されたモンスターも魔法使いたちの攻撃魔法によって倒される。
切り裂く旋風の魔法、焼き尽くす炎矢の魔法、轢き潰す氷塊の魔法。他にも様々な魔法が多くの魔法使いの冒険者から放たれる。まるで遠距離攻撃魔法の博覧会かと見紛う。
ダンジョンから現れるモンスターの群れは、冒険者がその上に陣取り、囲んでいる壁を残り超えて逃れようようする。
そして冒険者たちはキルゾーン成形し、モンスターを決して外には逃さない。
その戦いは冒険者たちの方が圧倒的に優勢に見える。すでにダンジョンの入り口からモンスターが出始めてから小一時間が経過している。
だが、今までにダンジョンの入り口から現れて逃したモンスターは一匹もおらず、全ての生命を刈り取ってきた。
が、決して冒険者が有利とは言い切れない。なにせ、ダンジョンの中から出て来るモンスターが途切れない。
今までに始末したモンスターの数はすでに四桁に到達しているだろう。
そこまで大量のモンスターが倒され、ゴブリンの青い血と、巨大コガネムシの緑色の体液が地面に流されている。
本来ならば、壁の内側は死体によって埋め尽くされるだろう。ダンジョンのモンスターはダンジョン内でならば、ドロップアイテムだけを残して、死体を消すのだが、ダンジョンの外に出た時点で、通常のモンスターと同様に普通に死体を残すようになる。
下手をすると積み上った死体によって壁を飛び越える足場に成っていた可能性すらあった。そうは成っておらず、青と緑のおびただしい血の跡だけが残っているのはテオの活躍の結果だ。
今もまたダンジョンから出てきたばかりの巨大コガネムシが投げ槍によってハリネズミになった。動きを止めたその死体を、壁の上にいるテオが門を伸ばして収納する。
続いて今収納したばかりの死体を壁の外に落とす。
「急げよ! サボっいるヒマなんか無いぞ! 引っこ抜いた槍はさっさと上に届けてこいっ! いくらでも追加がやって来るぞっ!」
壁の外では別働隊の指揮者の怒号が響く。落とした巨大コガネムシの死体に冒険者たちが群がり、刺さっている投げ槍を引っこ抜く。
別働隊の冒険者たちは主に身体能力向上系スキルの中でも、速度上昇系スキルの持ち主たちだ。
魔法使いではなく、弓の心得がなく、そして投げ槍でも高い攻撃力を発揮できない者たちだ。実際にモンスターに攻撃を行なう主力にはなれないが、支援部隊としてはなくてはならない存在だ。
矢と投げ槍はテオが持ってきた物を含めて、大量に用意されていた。しかし大量に現れるモンスターに対しては心許ない量でしかない。
すでに用意されていた数を超える回数、モンスターに放たれている。その数を超えても投げ槍の投擲と矢を放たれ続けているのは、テオと別働隊の働きによるものだ。
ペトラ支部長にテオが頼まれたのは、矢と投げ槍を再利用する為の回収作業だ。
壁の内側からモンスターの死体を排除しているのはそのついでだ。
モンスターの死体から引き抜かれた矢と投げ槍は、軽く布で血を拭われた後、足の早い速度上昇系スキル持ちによって、壁の上の冒険者たちの元に届けられる。
「再利用システムはうまく機能しているようね」
「ペトラ支部長か」
「交代要員の編成は終わったんすか?」
射手として弓矢でゴブリンを射ったイーリスは、やって来たペトラ支部長に尋ねる。
ペトラ支部長はやり遂げた表情で胸を張る。
「ええ。終わったわ。今の初期対応から出ている者からも、何人かは交代要員として下がってもらう事になるわ。
どうなることかと思っていたけど、テオのお陰でなんとかなりそうだわ」
ほっとした様子の彼女だが、テオは厳しい表情で告げた。
「支部長。それは楽観的すぎるぞ?」
「どういう意味かしら?」
自慢に水を差されて彼女は若干不機嫌になった。
「今の状況で膠着状態になっているのは、矢と投げ槍を遠慮なく大量投入しているからだ。
当たったヤツも外れたヤツも俺が回収しているからこそ、今の投射量を維持できている。
けどな、それは俺が回収を続けていられる今の内だけぞ?」
言いながら、テオは巨大コガネムシと近くに転がるゴブリンの死体を収納し、疑似鑑定を通して生死確認行う。そこで死んでいると確認してから壁の外側に落とす。
生死確認を行なっている事をテオは明言をしていないが、聡い者は気が付いているかもしれない。死体をそのまま外に落とすことがほとんどだが、時折、トドメを刺す為に『竜断ちの鋏』を使って首をはねてから外に落とす事もあるからだ。
テオは言葉を続ける。
「そもそも俺の体力が持たない。あと数分したら俺はへたばって、回収ができなくなるぞ? その時の状況を凌げるようになってるのか?」
スキルは無限に使えるモノではない。使い続ければ使用者は疲労し、やがてそのスキルの発動がし難くなる。
そう言うテオの顔色は疲労の色が濃く現れている。何かを耐えるように顔をしかめながら、モンスターの回収を続ける。
「今はモンスターが倒される度に、一体ずつチマチマと回収している。
ハッキリ言って、このやり方は疲労しやすい。複数体のモンスターの死体を一気に回収する方が、回収できる期限は伸びるだろけどな……。
一体ずつ回収しないと、明らかに投げ槍の量が足らなくなるし、壁の内側が死体で溢れ変えって、死体に誤射するヤツが増えて行く」
実際に回収する期限を伸ばそうと、少しの時間だけ回収を止めて休憩していたのだが、確実に死んでるモンスター相手を狙って攻撃する者がいた。それに、上から狙い撃ちにしているが、死体を盾にしようよするモンスターもチラホラと見受けられた。
「ペトラ支部長。俺が回収できなくなった後の事をちゃんと考えた上での編成で、なんとかなるって言ったんだろうな?」
彼女の顔から血の気が引く。
「ちょっと待ちなさい。なんでアイテムボックスのスキルで疲労するのよ? 魔法とは違って精神力を使うわけじゃないんでしょ? それなら、ずっと使い続けられるはずよ?」
精神力を使用するスキルは魔法と分類されている。アイテムボックスは魔法と分類されているスキルではない。
「精神力は使わなくても体力を使うんだよ。って言うか、体力を消耗するほどアイテムボックスを使いまくった前例が無いのか……」
そのせいで、アイテムボックスというスキルが体力を消耗して使用されるスキルだと、全く認識されておらず、無限に使用できるスキルだと思われているようだと、テオは初めて気がつく。
「ど、どうすれば……」
戸惑い、考え込むペトラ支部長に、遠距離攻撃担当の一人として、テオたちの近くに陣取っていたマリカが彼女に助言する。
「支部長、支部長。とりあえず、弓矢担当と投げ槍担当に矢玉の節約を通達するしか無いでしょう。そして魔法担当を主力して駆逐を続けるしかない。
幸い今は魔法担当は楽させてもらっているし、魔法が使える者は多い。テオ一人に負担を押し付けるよりはマシになるよ」
「そ、そうね。そうしましょう」
頷き、ペトラ支部長は指示の声を上げる。
「攻撃の主体は魔法攻撃に切り替えなさいっ! 投げ槍担当と弓矢担当は矢玉の節約をっ!
これから先、モンスターの死体の回収が止まります。矢玉が切れないように節約して倒しなさいっ!
回収班は回収できる分を壁の上に届けたら休憩に入りなさいっ!」
通る声の中、テオは最後の回収として、ハリネズミにとなった巨大コガネムシを収納し、壁の外に落とした。




