12話 希少だからこその問題点
「聞いたぞー? ダンジョンに詐欺られたんだってな?」
笑いを含んだ声をかけてきたのは、マリカだった。
「それを言ってやらないでください。こいつらみんな凹んでいるんだから」
ギルド支部の建物内のテーブルに座っているテオは苦笑しながら、隣のテーブルにつく彼女たちを視線で示す。彼女たちは真っ昼間から酒瓶片手にくだを巻いている。
「なーんで、オリハルコンの鉱石なんすかー……。せめてインゴットだったらよかったのにー」
「オリハルコンの杖が有れば……、大魔法も使えるようになってたもしれないのに……」
「剣が欲しかったなー。しばらくは普通の剣で我慢しろってことなのかなー」
そんな様子で盃を重ねる彼女たちに下手に触れない方が良いだろうと、マリカは苦笑して、同様に酔っぱらいから逃げているらしいテオに話しかける。
「そう言うテオは酒を飲んでないんだな?」
「酒自体、あまり好きじゃないからな。お茶を飲んでる方がいい」
テオはいいつつティーカップを傾ける。
「マリカさんもお茶、いります?」
「ああ、貰おう」
マリカが席に着くのに合わせて、テオはティーポットにアイテムボックスからお湯を注ぐ。
「……昨日も思ったがテオはずいぶんと器用にアイテムボックスを使うんだな。
私の知り合いにもアイテムボックスを持っている者がいるが、テオの様にお湯を直接、アイテムボックスから出すなんてことはしてなかったぞ?」
「まあ、俺にはコレしか使えるモノがありませんから……」
ポットから新しく取り出したカップにお茶を注ぐ。
「さ、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
マリカはカップを傾け、その顔をほころばせる。
「ああ、美味しいな。このお茶」
「お粗末様です。マリカさんは顔色がよくなりましたね?」
「ん? ああ。心配事もなくなって、ようやく眠れてなー。ほぼ丸一日寝てたわ」
マリカは昨日、土壁を石壁へと置き換えた後にまだ昼過ぎにもかかわらず、すぐさま自分用のテントに戻って睡眠をとった。
長い安眠の末、昼過ぎであるつい先程、目を覚したそうだ。その御蔭か、彼女の目の下に色濃く存在していたクマは、いまでは跡形もなくなっている。
「隠し部屋にあった宝箱の中身がオリハルコンの鉱石だっていうの聞いただけど、それはちゃんと金になったのかい? オリハルコンの鉱石は引き取って貰うにしても、良くて二束三文にしかならないだろう?」
宝箱の中から見つかったオリハルコンの鉱石は、一般的な鉱山から産出されるモノよりも純度が高いモノではあった。しかしいくら純度が高くとも、一般的な鉱石と比べて、精錬コストが劇的に下がるものでもない。
精錬できる施設にこの前線基地から運ぶだけでコストがかかる以上、ギルドが買い取る場合の金額は、本当に微々たるものだった。
「うー……」
隣のテーブルから、悔しげな酔っぱらいの呻きが響いた。提示された引取金額は、一食分の値段になるかどうかだった。
「オリハルコンの鉱石は結局ギルドに引き取ってもらうのは止めて、俺が少し色を付けて全部買い取ったんだ」
色を付けたといっても大した差は無いが。
「おや? オリハルコンの鉱石なんて買ってどうするつもりだ? そのまんまじゃ役には立たんぞ? 詐欺の手段にすというのは少々いただけないぞ?」
「そんな事しませんよ」
テオは不満げに疑惑を否定する。
隠し部屋と宝箱を発見したからこそ、彼女たちは喜びと絶望の乱高下にさらしてしまったのだ。彼女たちの絶望の表情に良心の呵責を感じての事だ。
しかし、そんな事を口にする気にはなれなかったし、ソレだけが理由でもない。
「精錬できる施設に直接持ち込む事ができるなら、もう少し高く引き取って貰えるらしいんです。それまでずっと持っていられればの話ですけど。
彼女たちのマジックバックに大量の鉱石を入れたままだと、ソコに行くまで容量を圧迫しすぎるんです。そもそもソコに確実に行くとは言えないですし……。
俺のアイテムボックスなら容量はいくらでもあるから、肥やしになっていても全く問題は無いんです。
これから先の将来、精錬施設の近くに寄る事があれば、その時に売ればいいだけですからね」
「なるほどな。容量がデカイとこういう時にも便利だな。
ああ、そうだ。その見つけたオリハルコンの鉱石を一つ私に見せてはくれないか?」
「? ええ。別にいいですけど?」
テオは疑問符を浮かべるが大したことじゃないと、目録索に『交易品?』と新しく分類した場所から、こぶし大のオリハルコンの鉱石の一つを取りだしてマリカの前に置いた。
「ふむ……。コイツ、ちょっと砕いてみてもいいか?」
「砕く? 別にいいですけど?」
テオが許可すると、マリカは杖を軽く振るう。優れた土魔法使いの魔力によって、呪文も無く、破片が飛び散る事も無しに鉱石は砕けた。破片を手にして、砕いた表面をマジマジと観察する。
「あー……。確かにオリハルコン鉱石だが……。随分と含有量が多いな。コレは」
「分かるんですか?」
「私は土魔法に特化した魔法使いだぞ? 土や石に関する勉強はかなり専門的にやった。
鉱山で新しい鉱脈を見つける事も私に頼まれる仕事の一つだ。だからオリハルコン鉱石も見慣れている。
しかし、ここまで含有量が多いのははじめて見るな。六……、いや七割かな? 一、二割の鉱石はよく見るが……。流石はダンジョンの宝箱産だな。
ここまで含有量が多いなら、オリハルコン専門の精錬施設じゃなくても精錬できるかもしれないけど……」
「え? じゃあ、遠い専門の所に行かなくても、ゲディックの街の鍛冶屋でも鉱石が高く売れるんすか?!」
「いや、それは無理」
マリカの言葉を聞き取ったイーリスが食いついてきたが、マリカは冷静にそれを否定する。
「オリハルコンの精錬なんて、自分の所の炉をぶっ壊すつもりで熱を上げる必要があるんだから。
自分の商売道具を壊しても、オリハルコンの精錬なんて事をしたいなんて鍛冶屋が居るわけないでしょ」
「……ふ。しょせんは儚い希望だったでやんすか……」
イーリスはうなだれる。
「まあ、そういうわけだから。普通の鍛冶屋に持っていてもムダだろうけど、精錬施設に持っていくなら良い値段になると思うよ?」
「そうか。まあ、機会が有ればの話になるだろうけどな」
「ところでテオ。この一欠片だけでも私にくれないか? 含有量の多いサンプルとして珍しいものだからな」
マリカは小石と言っていい破片を手にテオに頼む。
「その程度なら、ただでやるよ」
「ありがとうテオ」
礼を受け取り、テオは残りの砕かれた鉱石を回収する。テーブルの上の鉱石の欠片が次々と消えていく様にマリカは面白そうな目で見ていく。
キレイに片付いたテーブルの上で、彼女は改めてカップを傾ける。
「にしても、隠し部屋なんてドコにあったんだ? 一階はそこそこ調査が済んでいるって話だったけど?」
「ダンジョンに入って最初の部屋だよ。そこの壁の先に見つけてな」
「どうやって壁の先に見つけたんだ?」
「アイテムボックスの応用だよ。
アイテムボックスの中に入れる時には門って言うのを作って、対象と干渉させてから収納するんだけど。その時の門は他のモノに触れても、影響を与えずに突き抜けるんだ。
突き抜けたモノがどんな形をしているか、俺には漠然と分かるんだ。
だから門を壁の中に突き抜けさせれば、壁の先が空洞になっているかどうかは分かる」
「へえ。便利なものだな。
壁の先が分かるんなら、ダンジョン攻略のメンバーとしてスカウトされるんじゃないか?」
「スカウトされても断るな」
にべもなく否定されて、マリカは興味深かげに眉を動かす。
「ほう? ダンジョン攻略は冒険者の仕事の中でも、かなり儲かる仕事だぞ? しかもスカウトされるとなると、かなり儲けられることは確実だ。それなのに?」
「俺はアイテムボックスしかスキルを持ってない。身体能力の向上系のスキルを持ってないと、歩いてついて行くだけでも一苦労なんだよ。
ゲディックの街からここに来るまで心底思い知った」
「ん? なんで馬車を使わなかったんだ?」
「さてなぁ。ドラゴンキラーだから、俺に体力があるんだとか勘違いしていたんじゃないだろうか? まあ、これは後で文句を言うつもりであるけど」
もしくは、手続きミスか何かだろうか?
「それにだ、ダンジョンで見つけた宝箱がアイテムボックスに収納できなかったんだ。ドロップアイテムとしてモンスターを倒すと宝箱が出ることもあるんだろう?」
「あー、らしいね。私はダンジョンに入ったことないから、分からないけど」
「そうなのか? まあいいが。
宝箱はアイテムボックスには耐性をあるみたいなんだ。俺はアイテムボックスしか使えないから、この耐性がダンジョン製のモンスターについているととたんに役立たずになる。
俺の、モンスターへの攻撃はアイテムボックスへの収納が基本だからな」
「んー? 宝箱とモンスターじゃ、性質が違うと思うが?」
「いざ対面して『収納できませんでした』って時に、命を落とすのは俺なんだ。ダンジョンじゃ安全な場所も少ない。
俺にとってはダンジョンはちょっとリスクの大きな場所かもしれないんだよ」
「リスクを冒すのはダンジョンに潜る者の共通だと思うけど?」
首をかしげるマリカに、テオは否定する。
「いや、共通じゃないよ。
俺以外の冒険者はダンジョンに潜る事前準備に、情報をできるだけ集めるだろう?
この階層にはこんなモンスターが出てきて、こんな弱点がある。こんな行動するから気をつけよう。とくにこんな武器が通用しにくいから注意しよう。
なんてな。
事前に準備して対策を練るから、事前情報がある階層のリスクっていうのはかなり下げる事ができる。
けど俺の場合は違うんだ。
どのモンスターがちゃんとアイテムボックスに収納できて、どのモンスターだと収納できないのか。
俺には事前情報からは分からないんだ。
何せ『アイテムボックスに収納する事でモンスターを倒す』なんて手法を使うヤツなんて俺以外に居ないからな。
俺にとっては全てのモンスターは、一度自分で試してみないと倒せるかどうかが分からないんだ。
つまり、俺にとっては『事前情報がある踏破済みの場所』であっても、対モンスターだけを考えると、未踏のダンジョンを攻略してるに等しく成っちまうんだよ」
「あー、なるほどな。能力がトガリ過ぎているせいで、他の人の経験とか情報がほとんど役に立たないのか。
それなら仕方ないなぁ……。その気持ち、少しは分かるよ。私も土魔法使いとして能力が特化し過ぎているからね。
身体能力向上系のスキルも無いから、見た目通りの体力しかない。だからほかの冒険者と行動しようにも、体力面でどうしても足を引っ張る。
私の場合は土魔法だから、土の無い迷宮型ダンジョンの中とか、石畳に舗装された街中じゃ役立たずになるからね」
「土魔法は周りに土が無いと使えないのか?」
魔法に詳しくないテオが尋ねる。
「全く使えなくなるワケじゃないけど……。半分位の魔法は使えなくなるし、その他の魔法も威力が大体、七、八割程度は削がれるね。
私でも駆け出し魔法使い程度の力しか出せなくなる。
ま、土魔法使いの宿命だよ。場所によってその力削がれてしまうのはね。
ただ特化している能力の分、需要もある。ここの防壁の構築と維持とかね。まあ、流石に規模が大きすぎたから、限界ギリギリだったんだがね」
「他の人に維持とか頼めなかったのか?」
「無理だよ。私レベルで地形を変えられる者も、私の変えている地形を維持できる者もこの前線基地には居ない。居たら限界ギリギリまで私は頑張っていないよ」
マリカは苦笑し、ふと真顔になるとテオを見据える。
「テオ。君の、自分の能力には適していない場所を避けるって考えは大切だよ。
私たちのような、能力が特化している冒険者はね、他の冒険者とは向き不向きがハッキリし過ぎているんだ。
冒険者の能力をランクである程度は区別しているのだろうけど……。
私たちはできることに関してはランク以上の、できないことに関してはランク以下の能力しか持っていない。
できることに関しては、他の人には絶対にできないような事でも簡単にできる。それこそ呼吸をするようにね。
けど逆に、他の人なら――普通の冒険者なら簡単にできることが、私たちにはとても難しい……。
ある程度までなら、得意な事の応用でゴリ押しをしてしまえば、なんとかできないこともない。
けど、ある程度のラインを超えてしまえば、とたんに何もできなくなってしまう。
正直なところ、ギルドの人は私たちの能力を知ってはいても、限界がどこに存在しているか把握できていないと思うんだ。
ギルドは私たちを守ってくれる存在だけど、私たちの全てを理解しているわけじゃない。
ギルドが達成可能だと判断して善意から仕事を斡旋したとしても、私たちにとっては絶対に達成不可能な仕事の場合がある。
達成不可能程度ならまだマシだね。致命傷に成りかねない時もあるから。
……だからこそ、自分の能力と相談して仕事を受けるかどうかは、普通の冒険者よりも切実に考える必要がある。
自分にはできないことを仕事として頼まれたら、絶対に引き受けてはいけないよ?
その一つの現れが、テオがここに来る時に馬車を手配していない事だよ。普通のEランクなら必要ないから失念したんだと思う。
自分の能力の限界を一番理解しているのはギルドじゃなくて自分だ。そして自分の身を最も熱心に守ろうとしているのも自分なんだから、あまりギルドに頼りっきりになるのは止めておいた方がいいよ」
そうマリカは真剣な表情で忠告する。外見は幼い姿だが、彼女が多くの経験を積んだ冒険者の先達であると強く実感させられる。
「そういう事をここで言ってもいいのか?」
テオは思わずそう聞いた。ここはキルリー・ダンジョンの前線基地という僻地ではあるが冒険者ギルドの支部だ。ギルドを不審に思うような事を言って大丈夫だろうかと心配になった。
「なに大丈夫だよ。唯々諾々と従うよりは悪いところは悪いと言ってやった方が、組織として健全になるからね。
とは言ってもギルドは結局、大多数の普通の冒険者を基準にサポートせざるをえない組織だ。
仕方のない事だけど……。少数派の私たちにとって、その援助は使いにくいものだって言うことをギルドには肝に銘じて置いて欲しいものだね。
もちろん、その援助を利用する少数派の私たちも、肝に銘じて置かないといけない事なんだけど」
「……難しいものなんだな。少数派の俺たちが生きていくには……」
「まったくだよ。ホント、生きにくいものだね」
思わずぼやいたテオに、マリカはしみじみと頷くのだった。




