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11話 隠し部屋と宝箱



「この壁の先……。隠し部屋があるぞ?」

「え?」


「大体、十センチくらいの厚みの壁の向こうにある。部屋の大きさはかなり小さい。一辺が二メートルくらいの立方体型の小さな部屋だ。その先に扉も通路もない」


 テオの言葉に、三人の少女たちは警戒した様子で彼の指さす壁を見やる。

 白い壁は彼が言うような隠し部屋が先にあるようには到底見えない。


「――隠し扉があるんすか?」

「いや、隠し扉の類は無いな。俺が見つけられないだけかもしれないけど、少なくとも隠し部屋と隔てている壁に切れ目とかは一切無い」


 イーリスの疑問にテオは帯状門(リボンゲート)で弄り理解した壁の構造を告げて、否定する。


「あ、それなら、警戒する必要ないっすね……」

「イーリス。扉になる切れ目が無いからって油断する理由にはならないよ。ここはダンジョンなんだ。いきなり、壁が消滅したって不思議じゃないんだから」


 明らかに気を緩めるイーリスに、レイヤは警告する。


「警戒する必要は無いと思うが。なにせ、隠し部屋の中にはモンスターは居ない」

「何もないの? なら、気にする必要もないでしょうに……」


 エミリが若干呆れた様子でテオを見る。テオは肩をすくめる。


「何もないならそうなんだが……。この先の隠し部屋には、宝箱が置いてある」


「………」


 その場に沈黙が下りる。


「え? 宝箱って、あの宝箱?」

「どの宝箱の事を言ってるか知らないけど、ダンジョンにある宝箱といったら、あの宝箱しかないだろう」


 戸惑った様子のエミリにテオは要領を得ない言葉を返す。

 ダンジョンに出現する宝箱とは、中に伝説的な道具が入ってたり、金銀財宝が詰まっている。

 モンスターを倒した際のドロップアイテムとして、宝箱が出現することもあるらしい。しかし大部分において、ダンジョンの宝箱とは隠し部屋やはじめて人が到達した階層などに置かれている物だ。

 最初の踏破者のみが得られる最高の報酬だとされている。

 報酬となる宝箱が存在するからこそ、多くの冒険者はダンジョンの踏破を目指すのだ。


「……で? どうする?」

「どうするって? どういう事っすか?」


 テオの問い掛けに、イーリスは首をかしげる。


「この壁をぶち破って、隠し部屋に入ってみるか。それとも見なかったフリをするのかを聞いているんだが?」

「え? そんな事相談する必要もなく、行くモノだと思ってたけど?」

「俺個人としては、隠し部屋の宝箱なんで厄介ネタになりそうなモノは手を出したくは無いんだが……。

 一応は俺たちはパーティーとしてダンジョンに入っているだろう? だったら、ダンジョンで見つけたモノはパーティーで山分けしないといけない。

 それがダンジョンでのルールなんだろう?」


 このダンジョンを見学すると聞いて、案内役となった『青の刃』のブルグがそう言っていた。

 パーティー内で個別に取り決めをしていたならば話は違うのだろうが、特に取り決めをしていないのなら、ダンジョン内で手に入れたモノは全て山分けが基本だという。

 一番揉め事になりやすい報酬の取り分の取り決めを、冒険者ギルドから大雑把にルールを強制することで、揉め事を減らしている。このルールを破る事はギルドからの制裁対象にもなるという。


 山分けの対象は報酬だけではなく、ダンジョン内で発見したモノにどう対処するのかも含む。


 今回の場合、テオは厄介事を警戒して宝箱を手に入れたくはない。だが、そうすると他の三人は、宝箱によって道具や金銭、名誉を得られる機会を失う事になる。

 彼女たちの得られるハズだった利益を失わせる事を決める権利は、パーティーリーダーでもないテオには無いのだ。

 そもそも見学をするとしか考えて居なかったので、リーダーを決めたワケでもない。


「だからこの先の隠し部屋に手を出して、宝箱を開けるかどうかは、君ら三人で決めてくれないか?」

「テオさん何言ってるんすか?」

「そうよ、宝箱を前に何を言ってるのやら……」

「そうですね。言ってる事が意味不明です」


 彼女たちの呆れた視線がテオに突き刺さる。テオは逃げるように視線を反らす。


「しかないだろう? 俺はただでさえドラゴンキラーなんて厄介なネタを背負ってるんだ。

 ダンジョンの隠し部屋を見つけて、その中にあった宝箱を開けたら伝説級のシロモノが出てきました。なんて事になったらどうするんだよ? 厄ネタがさらに増えるんだぞ?」


「だったら隠し部屋なんて見つけなければよかったのに……」

「……隠し部屋なんてあるとは思わなかったんだよ……!」


 エミリの呆れ声に、後悔するテオは答えた。


「それなら、隠し部屋があることを黙っていればよかったのでは?」

「いや、それはダメだろ」


 レイヤの問いにはすぐさま首を振った。


「お前たちの利益を侵害することになるんだから」

「………」


 戸惑ったように、彼女達は口をつぐむ。


「?」


 テオはそんな反応を返す彼女たちを不思議そうに見やる。

 するとイーリスがニヤリと笑みを浮かべた。


「テオさんはやっぱり基本的にお人好しっすね?」

「……何を言ってるんだ?」


 本気で分からず、テオは眉をひそめる。

 イーリスは笑顔のままでペシペシとテオの肩を叩く。


「まぁまぁ。いいじゃないっすか。深く追求しなくても」

「………」


 確かにイーリスの言う通り、追求すれば不快な事が判明しそうな気がして、何故かご機嫌な彼女の言動は無視することにする。


「それで、どうするんだ? 隠し部屋に入って宝箱を開けるのか? それとも隠し部屋を無かったことにするのか?」


「そんなの開ける一択しかないじゃない」

「そうっすね。やらない理由がないっす」

「当然、宝箱は開けますよ」


 前のめりな彼女たち言葉を聞いて、テオはため息を一つ付く。


「それじゃあ、イーリスに確認するけど。ここの壁、ぶち破っても大丈夫だと思うか? 俺は大丈夫だと思うんだが」

「え? なんで私に聞くんすか?」


「イーリスは勘が良いだろう?

 さっきだって床の下にあるモノがどういうモノかよく分からないって言ってるのに、床をぶち破ったら、ろくでもない事になるって確信してるみたいな口調で言ってたし」

「そうね。イーリスの勘なら信用できるわね。頼んだわよイーリス」

「な、なんでそうなるっすかっ?」


 怯むイーリスに、テオとエミリは何を言っているのだというような視線を向ける。


「賭け事じゃないイーリスの勘はよく当たるじゃない」

「ああ、イーリスの勘は当たると思うぞ?」


「う、うーっ……」


 一切の疑いの色の無い二人の視線に、イーリスはうめいた後に開き直る。


「い、いいっすか? 私の勘が間違って何かろくでもない事が起こっても、私は責任を一切取らないっすからね?!」

「分かってる分かってる」


 テオの言葉は軽い。本当に分かってるのかと疑いながら、イーリスは隠し部屋があるという壁をジッと見つめる。


 真剣な表情をしていると近寄りがたいほどの美少女なんだがな。と、テオは失礼な感想を抱いた。


「――問題は、無いと思うっすよ? 壁をぶち破っても隠し部屋の向こうにもイヤな予感はしないっす。

 ただ、ダンジョンの外側にあるっていう『よく分からないモノ』には触れないようにぶち破る範囲は限定した方がいいと思うっす」


「そうか。なら、大丈夫だな」

「え、本当に私の意見で決めるんすか?!」


 イーリスは慌てて、行動を始めるテオにすがりついて止めようとする。しかし、テオは『竜断ちの剣』で隠し部屋よりも一回り小さく、壁を切り取って居た。


 ビシリッ! と、壁に四角形に切り込みが入る。そして、テオはそのまま、切り取った壁を収納する。

 隠し部屋が姿を現した。


「――な、何も起きない。……っすよね?」


 テオに掴みかかったまま動きを止めたイーリスはつぶやく。

 何かが起きることはない。

 ただ、小さな空間を占領するかのように大きな宝箱が、隠し部屋の真ん中に鎮座していた。


「宝箱だ……」


 レイヤが駆け寄ろうとして、慌て自制した。


「罠とかは無いの?」


 レイヤの言葉に三人の視線が一人に集中する。その頼るような視線にイーリスはいやいやと首を振りながら、否定する。


「無いとは思うっすけど、責任は取れないっすよっ!!」


「ふむ、イーリス式感知器は大丈夫だと言ってるけど、安全に宝箱を開ける方法を持ってるヤツ、居るか?」

「感知器ってどういう事っすかっ!」


 一人は騒ぐが、他の者は気にせず会話を続ける。

「私は剣を振るしか能が無いわよ?」

「ダンジョンに関する知識は無いわね。当然、安全に宝箱を開けるような技術も持ってないわ」


 レイヤに続いてエミリが申告する。テオの視線にイーリスが答える。


「私も無いっすよ? と言うか感知器扱いして、私が開けるっていうのはナシっすよ?!

 ダンジョンの宝箱って言ったら、開けたらパーティー全滅とか、おとぎ話で定番のネタじゃないっすかっ! 一番危険なのは直接宝箱を開ける人なんすよ!」

「そう、なのよねー……。何の技術もナシ開けるのは危なすぎるのよね」


 エミリは途方にくれた言葉をつぶやく。


「と言うか? そう言ってるテオさんが、宝箱をアイテムボックスに収納してくれればいいだけの話じゃないんすか?」


 テオは肩をすくめる。


「収納できるならそうしてるよ。この宝箱、収納できないんだ。つまり、俺にとっては真紅を身に纏う竜(レッドドラゴン)並の脅威って事になる」

「え?」


 絶句する三人をあえて無視して、テオはマジマジと宝箱を観察しながら、言葉を続ける。


「しかも、宝箱を無視して中のモノを収納しようと試みたんだが、残念ながら宝箱に(ゲート)が弾かれてる。ちゃんと開けないことにはどうにもならないな」

「えー……。じゃあ、ここで諦めるしかないんすか?」


 テオとしてはそれでも一向に構わない。隠し部屋とその中の宝箱を見つけたという事ではあるが、それ以上は厄ネタは増えない。

 宝箱は開けたパーティーがその中身の権利を得る。テオとしては、他の者に宝箱の中身が渡っても気にはしない。


 しかし、悲しげに肩を落とす彼女たちを見て、テオはため息を付いた。

 つくづく甘いとテオは思う。


「――仕方ない。この宝箱は見た限りでは蓋を押し上げるだけで開くみたいだから、俺が開けるよ」

「え?」

「何を言ってるのよ。テオが一番、危険な事をしちゃダメな人でしょうに」


 テオにはまだ、前線基地の資材を置いていくという仕事が残っている。一番死んではいけない人だ。


「直接手で開けるワケじゃ無いさ。俺自身に危険は無いよ」


 軽く言って、テオは全員で隠し部屋から離れた位置に移動する。

「もしも宝箱が爆発したり毒ガスを噴射したりしてもいいように距離をとる。そんで、宝箱の中から矢が飛んできても、大丈夫なように射線をずらして正面には立たない」

「こんな遠くから開けるの?」


 レイヤは首をかしげる。


「レイヤも見てただろ? 俺は石ブロックで壁を積み上げる事ができる。だから――」


 テオは宝箱の蓋を押し上げるように配置した帯状門(リボンゲート)の手元から、薪の一本を半端に排出する。


 『剣の舞』の応用――と言うよりもそのものだが、遠く離れた位置の蓋を薪で押し上げる事くらいはできるだろう。


 敵を打ち倒すモノではないので、ゆっくりと薪は帯状門(リボンゲート)を滑って宝箱に向けて移動する。

 帯状門(リボンゲート)の見えないテオ以外の者は、支えも無しに空中を不自然に飛ぶ薪の姿がある。

 宝箱の蓋に押し当てられた薪は数度苦戦したあと、見事、宝箱を開く事に成功した。


「やった!」

「やったっすっ!」

「やったやったっ!」


 喜びに湧く彼女たちにテオも悪い気はしない。

 宝箱は蓋が開いた事によって罠が発動した様子はない。罠は無かったようだ。


 宝箱に駆け寄る彼女たちに遅れぬようにテオもついて行く。

 喜びのままに宝箱を覗き込む彼女たちは、そこで動きを止めた。


「え……?」

「なにこれ?」

「なんで……?」


「? どうした?」


 テオが宝箱の中を見やる。

 宝箱の中に、ただの石ころの山が詰まっているようにしか見えない。


「えー……。なんで石ころしか無いんすか……? ガッカリっすよ……」

「なんで石ころだけが宝箱につまってるのよ……」

「ハズレの宝箱だったみたいですね……」


 がっくりと肩を落とし、残念がる彼女たち。宝箱が無事に開いた喜びがあっただけに、失望感が非常に強かった。


「なんで石ころが宝箱に入っていたんだろうな……?」


 彼女たちに比べるとダメージの小さいテオも残念に思う。

 そして、ふとこの石ころはなんの石だろうと考えて、石ころを疑似鑑定してみることにした。一個を収納し、目録索(インベントリリンク)から疑似鑑定を行なう。


「……いっ!?」


 テオは思わずおかしな声を出した。


「どうしたっすか?」

「いや……、この石ころ。オリハルコンの鉱石だ」

「え?」

「オリハルコンって……。あの、伝説の?」

「………」


 テオは無言で頷く。

 オリハルコンは世界でもっとも頑丈だと言われる金属だ。伝説される剣はほとんどがこの金属によって作られている。

 また、魔力の伝達、増幅の能力にも優れ、最高峰の魔法使いの杖(マジックスタッフ)の材料でもある。

 ごくわずかに出回るオリハルコンのインゴットは数百グラム単位でも大貴族が破産しかねない金額で取引されるという。


「や、やったー。これで私も大金持ちっす!」

「え、オリハルコン? オリハルコンの剣が作れるの?!」

「オリハルコンの杖ができる……? どれだけ凄いのが……!」


「お、おちつけ。取り敢えず、この鉱石は持ち帰るでいいんだな?」


 一番落ち着いて居ないテオの確認に、彼女たちはコクコクと頷き、我先にと自分のマジックバックに鉱石を詰め込む。

 それでも彼女たちマジックバックの容量では全部は収まりきらない。半分以上はテオがアイテムボックスに入れて持ち帰る事になった。


 軽やかな足取りで、ダンジョンから足早に出る。


 取り敢えずはダンジョンで手に入れた物は、全てギルドに一度は通さないといけない決まりだ。

 ペトラにオリハルコンの鉱石を渡す。


「オリハルコンの鉱石ね」


 何故が驚きもなく、哀れみの様子すら見せる彼女は、簡易の物品鑑定のオーブに渡された石を通す。その結果を喜びに浮き足立つ彼女たちに、衝撃の言葉を冷静に告げた。


「確かにこれはオリハルコンの鉱石みたいだけど……。

 オリハルコンの鉱石は二束三文にしかならないわよ?」

「え?」


「……ちょっ?! どういう事っすか?! オリハルコンは高級金属じゃないんすか?」

「そ、そうよ! オリハルコンはとんでもない高額で取引されるはずよ!」

「え? 偽物じゃなくて、本物のオリハルコンの鉱石なのに、二束三文なの?」

「どういう事ですか? 本物のオリハルコンが二束三文って?」


 詰め寄る者たちにペトラは苦笑交じりに答える。


「確かにオリハルコンは高額で取引される高級金属だけどね。その鉱石自体はありふれているのよ。

 別の金属を採掘している鉱山で副産物としてよく出てるし」

「え? どういう事……?」


「鉱石の方はありふれているのにオリハルコンが希少な金属なのは、鉱石からインゴットに精錬するのが難しいからよ」


 オリハルコンとはとても頑丈な金属だ。それは熱に対しても同じだ。しかしそれは、鉱石からインゴットを作り出すために精錬するにはとんでもない程の熱量が必要だと言うことでもある。

 それだけの熱量を作り出すには高い技術が必要となる。熱を生みだすだけでもコストが嵩む。また大量になんて絶対に作れない。

 オリハルコンが高額であるのはインゴットが僅かしか作れないのと、その技術料が大きいのだ。


 一旦インゴットにしてしまえば、そこから先の加工は楽らしいが、それもインゴットを作る事に比較すればの話だ。


「オリハルコンの鉱石を高値で売り捌くっていうのはね、典型的な詐欺の手法なのよ」


 ペトラの哀れみを含んだその言葉に、オリハルコンの鉱石を手に入れた喜びの大きかった三人の少女は、がっくりと膝をついた。



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