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10話 ダンジョン見学



 次の日の朝、テオはダンジョンの入り口前に立っていた。


「なんで許可が出るんだ?」


 今日だけで、何度口したか分からない言葉がこぼれる。


 昨日、酔っ払ったレイヤの、テオたちのダンジョン見学の申請にペトラ支部長は許可を出したのだ。

 ペトラは資材置き場の選定に忙しなるので、テオ達は二、三日は待機してもらう事になると予定を告げた。

 そのまま暇を持て余すくらいなら、見学程度ならと許可が下りたのだ。

 入り口から入って最初の部屋までならば、危険性は壁で囲んだ入り口の外と変わらない。つまり安全だという事で、当然モンスターが接近してくる機会も、ほとんど無い。


 ほんの少しだけしか中に入れず、剣を振るう機会が無いとレイヤは不満げな様子だったが、酒の入って居ない彼女は抗議する事はなかった。当然、自分が支部長の許可を取っただけだって、ダンジョン見学をする事自体に文句は無い。あわよくばモンスターが出て来ないかと期待している様子も見え隠れしてた。


 イーリスとエミリはテオとレイヤの我儘に巻き込まれる形になったが、一度は中に入ってみたいとの事で、ダンジョン見学には乗り気だ。


 そんな彼女達を見て、軽口であっても提案者となるテオも、いつまでもグダグダとぐずっていても仕方がないと気持ちを切り替える。


 改めてダンジョンの入り口を見る。ダンジョンの入り口は、地面に斜めにポッカリと開いている。下り坂になっている地面は一番始めに整地をしたそうだ。


 ダンジョンへの案内人に買って出てくれたのは、パーティー『青の刃』のリーダー、ブルグだ。

 ダンジョンの先へと『青の刃』の先導に続いていく。


 土でできた洞窟にしか見えない穴の壁面だったが、先に進むにつれてどこか硬質な壁面に変わっていく。

 自然な洞窟としか思えなかったのにやがて床と壁面、壁面と天井の境が明確に現れ始めた。

 さらに先に進むと完全な人工物にしか見えない程に、なめらかな白い石でできた床、壁、天井に変わった。


「この辺りから、ダンジョンの内部って事になる。湧いて出るモンスターもここ周辺のモンスターじゃなくて、ダンジョン内部と同じ種類のモンスターが湧いて出るようになってくる」


 ブルグがそう言う。


「ダンジョンの中で湧くモンスターはどんな種類のモンスターなんだ?」

「そうだな。その前にまずは、このダンジョンの調査状況を言おうか。


 このダンジョンの壁を見てもらえば分かる通りの、いわゆる迷宮型って言われてるダンジョンだ。

 まあ、階層事に他の型も出てくる事もあるらしいから、今まで確認できた階層だけの事だがな。

 オレ達、初期調査の冒険者パーティーは今までで、第二層までは確認ができている。両方とも迷宮型だ。


 第一層の地図はまだ全然できていない。一つの層でどれくらいの広さがあるのか、そしてどれくらいの層が連なっているのかも、今の時点じゃ全く分からない。

 だが第一層から第二層に続く階段までの最短ルートまでは確立させた。けど、第二層から第三層に行く下りの階段はまだ見つかってない。


 二層で終わりなのか、はたまたって所だな。まあ、ダンジョンコアが見つかってない以上、まだ最下層じゃないって目されているがな。


 モンスターの種類を言うと、第一層だと人型のモンスター――というか、ゴブリンが多いな。二層も含むが今までで、ゴブリン以外の人型モンスターは確認されてない。

 そんで、ゴブリン以外に確認されているのが蟲型のモンスターだ」


「え、虫?」


 顔色が悪くなったのはエミリだ。

 四人パーティーである『青の刃』の中で魔法使いを務めるクラウスが、からかうように問いかける。


「おや? お嬢ちゃんは虫が苦手かい?」

「え、ええ。得意じゃないわ。とくに小さくでウゾウゾと群れているのが……」

「ああ、それなら安心しろ。ここに出でくる蟲型モンスターはデカくて群れることもない。巨大コガネムシ(ビックビートル)だからな。

 一層でも出てくるが、二層の方からゴブリンと入れ替わるように、出てくる割合が増えてくる」


 巨大コガネムシ(ビックビートル)は体長四十センチの昆虫型モンスターだ。外殻は金属のように頑丈であり、その頑丈さを活かして体当たりを仕掛けてくる。


「そしてドロップするアイテムは魔石と硬い前翅だ」

「そんでコイツがドロップした巨大コガネムシ(ビックビートル)前翅を加工したナイフだ」


 クラウスの説明に続いて、『青の刃』の斥候(スカウト)を務めるケニーは一本のナイフを鞘ごとさしだす。

 受け取ったイーリスはそのナイフを抜いて驚きの声を上げる。


「うわっ? 軽っ! しかも、キレーっすねー……」


 鞘から現れた刀身は緑色を基調としていたが傾ける度に虹のように色を僅かに変化させた。まるで芸術品のようなナイフの刀身は逆に頼り無さを印象付け、到底切れるようなナイフとは思えない。

 そう感じたエミリが疑問を発した。

「これ、ちゃんとナイフとして使えるのかしら?」


「ああ、それは大丈夫だぜ。普通の金属製のナイフより頑丈だし、切れ味もいい。ただ、加工に手間がかかる。だから素材持ち込みでも普通のナイフよりもちょいと高いがな」

「だがそれも、巨大コガネムシ(ビックビートル)の前翅が流通するようになれば、もっと安くなるだろう。

 ここ周辺は鉄があまり採れないからな。鋼の武器は比較的に高い。

 武器に使える素材として普及すれば、鍛冶師達も扱いに慣れて値段が安くなるはずだ」


 『青の刃』の最後の一人、槍使いのマグニスがケニーの説明の補足を行なう。


 巨大コガネムシ(ビックビートル)のナイフはイーリスに続いてエミリの手に渡り、最後にテオの手に渡る。

 軽く振って見ると確かに軽い。木の枝くらいの軽さだろうか。確かに頼り無さを覚える重さだ。そして、その刀身は複雑な色合いで光を反射し美しい。実用品と言うよりも観賞用の美術品の方が近いだろう。しかしそれは刀身に限った話だ。柄や鞘は実用品にふさわしく無骨なものだ。


 最後にレイヤに渡そうとするが彼女は首を振った。

巨大コガネムシ(ビックビートル)のナイフは前に散々見たから」


 レイヤはこのダンジョンに居たのだ。ドロップアイテムを加工した道具を見る機会はあっただろう。

 ナイフはケニーの元へと返される。


「翅はキレイっすけど、魔石を採るのに虫を解体するのは勘弁したい所っす」

「ダンジョンに出て来るモンスターは解体する必要はないぞ?」

「え?」


「ドロップアイテムと言っただろ? ダンジョンのモンスターは倒されると死体を残さないんだ。死体のあった場所に残るのはドロップアイテムだけだ。しかも、そのドロップアイテムが元々そのモンスターが持っていた物とも限らない」

「ああ、ありゃ驚いたな。ナイフしか持ってなかったはずのゴブリンを倒したら、剣を落としたからな。ドコに隠し持ってたんだって話だ」

「隠し持てるわけないだろ。ゴブリンは半裸なんだから。まあ、ダンジョンじゃよくあることらしいが」


「え? 死体が残らないのか?」

「詳しいことは分かってないらしいけどね」


 テオの疑問の声に、クラウスが肯定する。


「ただ、死体が残らないのはダンジョンの中だけだ。ダンジョンの外に出たモンスターは死体が消えたりはしない」

「へえ……」


 奇妙なこともあるのものだ。とテオが思っていると、やがて目的地に辿り着く。

 ブルグが言う。


「さて、着いたぞ。ここがダンジョンの最初の部屋。本当の意味でのダンジョンの入り口だ」


 辿り着いた場所は、大きく広い部屋だ。白い壁、床、天井には、どこにも継ぎ目らしきものは見当たらない。ここにやって来る通路でも思ったことだが、灯りになるようなものもないのに明るく、先を見通すのに苦労は無い。


「それじゃあオレ達の案内はここまでだ。奥に進まず、この部屋の見学に飽きたらちゃんと帰れよ? ペトラ支部長は怒ると恐いんだからな」

「ああ、感謝するよ。しばらく見たら帰るさ」


 テオが代表して応え、『青の刃』のメンバーは部屋の奥に開いている通路へと向かう。ケニーとマグニスが振り返りながら手を振り、イーリスがそれに手を振り返すと、クラウスに二人はからかわれていた。


 やがて『青の刃』の姿は通路の先の曲がり角に消える。


「ダンジョンの見学と言ってもここまでっすか……。あんまりダンジョンって気はしないすっね」

「そうね、入り口の部屋だけならこんなものかもしれないわね」


 部屋の中を見回し、残念そうにイーリスは言いエミリは同意する。


「もうちょっと奥に行けばモンスターも湧いて出るから、楽しいんですけど……。この部屋はあまりモンスターは湧かないみたいなんです。剣の振るいがいがありません」


 レイヤは物騒な思いを剣の柄を握りながら漏らした。


 退屈気な彼女たちの感想を他所に、テオは不思議な感覚を覚えていた。

 このダンジョンの中に入ってから感じる微妙に肌に感じる感覚は、どこかで似たような感覚を感じていたような気がする。


 不快感がするわけでも無ければ、冷感がするわけでも無い。ドコでこの感覚を感じていたのかを思い出せず、もどかしい。


「テオさん? どうしたっすか?」

「いや……。ここと似たような感覚を、どっかで感じた事があるはずなんだが……」

「? 今までで他のダンジョンに行った経験があるので?」


 レイヤの問いに首を振る。


「いや、そんな経験は無いんだが……」


 テオはキョロキョロと部屋の中を見回す。真っ白い大きな部屋だ。天井もありえないくらいに高い。


「ん?」


 天井を見上げたまま、動きを止める。


「どうしたっすか?」


 イーリスも天井を見上げた。しかし、高い天井は白いだけでなにもない。


「? なにもないっすよ?」

「いや、この天井の高さはおかしくないか? 確かにオレ達は今まで通路を下っては来たけど……。この高さの天井がすっぽりと入る程は、下ってないはずだ」


 この高さの天井があるならば、通路を下った分では足らない。天井分の高さ分、地上は平ではなく、地面が盛り上がってないといけない。

 けれど、この周囲は真っ平らな平原だ。


「あ、そう言えば」

「ああ、その事」


 イーリスは驚きの声を上げるが、エミリは驚いた様子もなく頷く。


「知ってるのか?」


 目を向けるとエミリは肩をすくめる。レイヤも驚いた様子はない。


「知ってるって言うか、ダンジョンって言うのは私達が生きている世界とは別の世界だって言われてるのよ。

 だから内部構造が外の地面の高さと矛盾していても、普通にありえる事でしょうに。全くの別の世界で、繋がっているのは出入り口だけって言われてるんだから。


 そもそも、モンスターの死体が消えてドロップアイテムが出てくるってだけで、普通に私達が生きている世界とは違うでしょう?」


 ダンジョンはこの世界には物理的に存在していないと言われている。ダンジョンの空間ある場所に入り口以外から穴を掘って繋げようとしても、そこにはなにもない。ダンジョンというのは、入り口から異世界に繋がっているというのが定説だという。


「あー、そう言われると。そうっすね……」

「あっ」


 イーリスは納得し、テオは気づきの声を上げた。

 そうだ、この場所は自らのアイテムボックスに似ているのだ。と気がつく。常に保管世界(ストレージワールド)を重ねて現実世界を見ていたのに、あまりにもいつものことなので、思いつかなかった。


「ああ、そうか……。ここは、このダンジョンは別の世界。なのか……」


 ダンジョンの中は別世界であり、それと似たよう感覚を覚える保管世界(ストレージワールド)は本当に別世界なのだろうか?


 テオ自身、保管世界(ストレージワールド)は現実世界ではない場所と定義し、そうとしか思えない容量となった。だが、保管世界(ストレージワールド)はあくまで、テオが扱うアイテムボックスの産物――つまりは人がスキルを使って作ったモノのはずだ。


 しかし、ダンジョンという現実世界で昔から存在しているはずのモノが、別世界のモノであるという。

 どう言ったら良いのか。テオはこのダンジョンを含む現実世界に存在しているという全てのダンジョンが、誰かの手によって作れらたのではないかと思った。


 あの夢は――アニタと話したあの夢は、本当に夢だったのか?


 しかしあの事が本当に夢だったのか否かの確認は不可能だろう。

 保管世界(ストレージワールド)内に存在しているアニタを見ても、眠っているように静かに佇んでいる彼女の姿が見えるだけだ。

 ただ、彼女が負っていたはずの火傷が全て消えている。疑似鑑定でも分かるのは彼女のステータスとスキルだけで、彼女と意思疎通ができるわけではない。


 彼女と話して確認するならば、現実世界に彼女を排出する必要がある。


 だが封印をしているのだ。

 夢で会ったか否かを確認する為だけに、排出などできない。保管世界(ストレージワールド)以外の場所に封印する事にならない限り、これから先、現実世界に彼女を排出する気など起きない。


 結局テオは、ダンジョンが別世界であるという事。そして同時に己のアイテムボックスが作った保管世界(ストレージワールド)が現実世界とは関わりのない別世界なのか、確認する事はできず悶々とするなかった。


「テオさん?」


 心配気なイーリスの声に、テオは首を振る。


「いや、なんでもない。考えても仕方がない事を考えてただけだ」


 テオは改めて部屋の中を見回す。そして、思いついたように白い床を軽く蹴ってみる。


「この床は石……なのかな?」


 テオが前線基地に持ってきた石とは似ているが明らかに質感が違う。この床はどちらかと言うと『柔らかい』ような感じがする。


「石だとは思うわ。けど、ダンジョンの材質は普通のものとは違うよ」


 レイヤは剣を抜くと、切っ先で床を突いた。キンッと硬質の音を立てて床に傷がつく。


「簡単に傷付けることはできるんだけど、その傷はいつまでも残り続ける事はないんだ」


 彼女のつけた床の傷は、全員が見ている中で徐々に小さくなり消えて行き、やがて他の床と見分けがつかなくなった。


「おおー。凄いっすね。治る床なんてはじめて見るっす」

「確かに別の世界だと言われても納得できるわね」


 感嘆の声を上げるイーリスとエミリにレイヤはさらに加える。


「治るのは床だけじゃなくて壁や天井もそう。しかも傷だけじゃなくて、ペンキとかチョークとかで付けた印も消えて無くなっちゃうから、迷いやすいって話しよ」

「へぇー」


 ぽかんと口を開けて間抜けな顔をしているイーリスを見ながら、テオはふと思いついた事を試すことにした。


 帯状門(リボンゲート)を作り出し、床に差し込む。


「――……?」

「? テオさん何やってるんすか?」


 帯状門(リボンゲート)は他の者には見えず、テオ自身も表情を出したつもりは無いのがだが、訝しげな様子に気が付いたイーリスは問い掛けて来た。

 彼女が鋭いことはすでに知っているのでその事には驚かず、ただ分かった事に戸惑いながらテオは答える。


「いや、この床がどれ位の厚みがあるかを調べてみようと思ってな。(ゲート)を差し込んでみたんだが……」

「みんたんだが……?」


「厚みが数センチくらいしかない。しかもその先が……何も無い?」

「え?数センチ? その先が何も無いって……落とし穴?」

「っ!!」


 エミリが口にした単語に、彼女たちはその場を飛び退る。が、特に何も起きない。


「テオさん早く逃げないとっ!」


 慌てる彼女たちに、飛び退る事無く床を睨んでいるテオは彼女たちの勘違いを訂正する。


「いや、落とし穴があるわけじゃない。何も無いとは言ったが、この床の下に空間があるワケでもない。

 ……(ゲート)が通らない? いや、(ゲート)の力が消されてる? いや、違うな……。……なんだコレは?」

「あの。テオ? 本当に大丈夫なの?」


 エミリの問い掛けに、思考に没頭していたテオは顔を上げる。


「あっ、ああ。大丈夫だ。よく分からなかったが、床は落とし穴があるわけじゃないし、崩れるわけでもない。ただこの床は、よく分からないモノでシッカリと支えられている」

「よく分からないって不安になるんだけど……」


「そう言われてもな。たぶんだが、ダンジョン全体がこのよく分からないモノで覆われているぞ?

 現にこの部屋の床の石はどこも厚みは変わらないし、その下はよく分からないモノだ」

「この部屋全部の床がですか?」


「床の下だけじゃないと思うが……」


 言いつつテオは壁に向かって歩き出す。壁に近づくと帯状門(リボンゲート)を差し込んで壁の先を調べる。


「ああ、やっぱり。壁も数センチ先はよく分からないモノで詰まってる」


「はあー。やっぱりダンジョンって別世界のシロモノなんすね。薄い石一枚向こう側はわけの分からないモノで詰まってるなんて……。


 あ、テオさん。調べようと薄い石をぶち破ろうなんてしちゃダメっすよっ!? きっとろくでもない事が起きるっすから!」

「やらないよ」


 元々、その存在を確認する気は無かった。(ゲート)の力に干渉しているらしいその物体に対して、テオができる事など何もない。

 そして勘の鋭いイーリスがそこまで慌てている。増々、確認する事の危険性を感じる。絶対に手出しするまいと心に決める。


 壁の厚みも床と同じく全体的に変わらないと、もう帯状門(リボンゲート)を差し込むのをやめようとする。


「ん?」


 テオは声を上げて、違和感の感じた部分の壁に向けて歩く。そして、違和感のあった壁の前で立ち止まる。


「どうしたっすか?」


 着いてきた彼女たちを代表するようにイーリスが問い掛けて来た。

 テオは、壁を指さして言う。


「この壁の先……。隠し部屋があるぞ?」



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