04話 遭遇
次の日の朝早くから、テオの姿は街の外の草原にあった。
ギルドで確認した所、Eランクへ昇格するには一定数のモンスターの討伐が必要だということだ。
スライムだけならば二百匹。
キラーラビットだけならば二百匹。
しかし、スライムとキラーラビットをそれぞれ八十匹ずつ討伐する事でも昇格が可能だという。
一種類のモンスターだけを討伐するよりも、複数種類のモンスターを討伐した経験者をギルドは求めているわけだ。
テオの場合。スライムが相手ならばすでに討伐方法が確立している。気合を入れて討伐を続ければ、二百匹のスライム討伐などすぐに終わるだろう。
しかし、一種類のモンスターだけを倒す事でFランクを卒業するのは、『〇〇殺し』という侮蔑の称号を他の冒険者から賜る事になるので、ギルドからはおすすめしないとのことだ。
テオとしてもスライム八十匹の討伐が済んだら、キラーラビットの討伐に移るつもりだ。
スライムの討伐を優先するのは、スライムの方が解体が楽であるからだ。まずは数をこなして資金的な余裕を持ってから、解体の面倒なキラーラビットの討伐に取り掛かる。
その計画が実施されるのもそう遠い日の事ではないだろう。
草原には多くのモンスターと共に、これまた多くの冒険者の姿があった。
モンスターは常に一定数になるように自然に湧き出てくる。
昼は積極的に冒険者が討伐するので、数が少なくなり比較的安全になる。しかし逆を言えば、多くのライバルに獲物を先取りされることも多くなる。
かと言って、モンスターの数が多くても、暗くて危険ばかりが高くなる夜に討伐するバカな冒険者はいない。
その結果、早朝は最も多くのモンスターが草原をうろつく時間帯となる。
その為朝は実力のある冒険者達の稼ぎ時となる。
Fランクになったばかりの新人や実力の足らない者は、モンスターの数が減って比較的安全になった昼前ごろから討伐をするのが一般的だという。
これらの情報は受付嬢から聞いた。彼女からは疑った事への謝罪と共にヘレンと言う名を教わった。
テオは新人だが、昨日の昼前から行った討伐で多少数が多くても問題は無いと判断ができていた。
数が多いと言っても広い草原であるため一定以上の密度にはモンスターが集まらない。この程度の密度ならば問題にならない。
幸いな事に草原に湧くモンスターは多くは近寄ったりしなけば、積極的に襲い掛かってくる事は無い。
テオは他の冒険者や彼らの討伐対象となったモンスターに近寄らないように、離れた場所を陣取る。
矢の一本取り出すと矢尻が天を向くように地面に突き刺す。矢羽がボロボロになるが仕方がない。
そこから離れ、近づいた事によってやって来たスライムに手を向ける。
スライムとの距離は二十メートル程離れている。しかしその距離はすでにテオの手の内だ。
「収納!」
掛け声と共にスライムの姿が消失した。
アイテムボックスの中に収納したスライムを、今度は突き立てた矢の真上、地上二十メートルの高さで排出する。
スライムは墜落と同時に天を向いた矢に串刺しとなった。
ピクピクとうごめくスライムを、テオは冷静な研究者の眼差しで見つめる。
スライムは核に直接ダメージを与えずとも多くの衝撃や刺突などで殺せる。しかし今回、矢は核を傷つける事はなかった。
それでも串刺しになった以上、単純に墜落させた時よりも多大なダメージを与えたはずだ。
しかし――
「……一撃で殺すのは無理か……」
うごめくスライムをもう一度収納する。その体に深く突き刺さった矢も一緒だ。
再び上空で排出し、墜落させる。
地面に激しく打ち付けられたスライムはピクピクと震えた後、その丸っこい体をでろりと崩して地面に広がった。スライムが死んだ証だ。
テオは剥ぎ取りナイフを手に近づくと『スライムの目玉』を剥ぎ取る。
同時に刺さっている矢を回収する。
回収した矢は矢羽は土に突き刺した為にボロボロだが、軸は折れては居ない。弓で飛ばす事は無理だろうが、今と同じ使い方ならば何度も使えそうだ。
しかしテオは首をかしげる。
「……ひょっとしてこのやり方。効率悪いか?」
複数回、墜落させるやり方と比べて、たった二回でスライムを殺せたのは早い方だろう。だが一匹ごとに矢を地面に突き立て、倒した後に矢も回収しないといけない。
単純にスライムをアイテムボックスへ出し入れしているだけの前者と比べたら、手間が多い。
「まあ。一回だけで結論を出せるものじゃないか」
再び地面に矢を突き立てて、新たな獲物に狙いを定めた。
その後幾度か同じ方法でスライムを倒してみた。それと交互に、比較するために矢を使わないで複数回墜落させる方法も試してみた。
結果としては、矢を使った串刺し戦法は効率が悪い事が分かった。
一々矢を突き立てる事も手間が掛かり、落とす場所が一箇所に限定されてしまう。矢の回収も面倒だ。
それに一度は核を貫いて一度の落下で倒せたが、別のスライムでは『スライムの目玉』を貫いてしまった。
ひどく傷ついた『スライムの目玉』は買い取り対象にはならない。
さらに言うならば数回の落下で矢は折れてしまった。
矢も費用が掛かっているのだ。『スライムの目玉』を買い取って貰わねばスライム討伐はただ働きになる。
対して矢を使わない方法だと、複数回アイテムボックスへの収納と排出を繰り返さないといけない。
しかし落下させる場所も大して考える必要もないし、矢を突き立てる事前準備も矢の回収も必要無い。
周囲の冒険者達にはおかしな事をしていると注目が集まってしまったが、声を掛けてくる者はいなかった。
テオのようなモンスターの倒し方をする冒険者など他に居ない。昨日はスライム討伐の証明の為にギルド員に監視された上で同じことをしていたのだ。
多くの冒険者達のウワサになっていてもおかしくはない。
自分のウワサが広がることはすでに諦めている。
今は奇妙な方法でモンスターを消失させ、そう思ったら上空から上空に落下させて倒すという、奇妙な新人が居るというウワサが流れているだろう。
だがその内に、アイテムボックスしかスキルを持たない新人冒険者だと知られるだろう。
あまり手の内を知られたくは無かったが、モンスターを落下させる事については諦めている。
自分の手の内はコレ一つではないのだから。
昨日の一回目の討伐は人目が気になって十匹で切り上げたが、今回はすでに三十を超えている。
時間は昼前程だろうか。昼メシの弁当は持ってきていない。一度ギルドで精算し、昼メシを食ってからまた来るかと考える。
弁当を持ってこなかったのは、草原ではモンスターの存在もそうだが、他の冒険者達からもちょっかいを出されそうだと考えたからだ。
テオは明らかに他の冒険者とは違う行動を取っている。にもかかわらず、高効率でスライムを討伐し続けているのだ。
戦闘スキルを持ち合わせていないテオは、恐喝などを行なう質の悪い冒険者から見れば格好の獲物として狙われかねない。ギルドからも気をつけろと警告を受けている。
草原に居る時間を最小限にするため、悠長に草原で弁当を食べる事はできない。
次の一匹で切り上げるかと考えながら新たなスライムを収納したその時に、声が聞こえた。
「……――ぇぇぇぇぇ!」
「ん?」
遠くから聞こえた叫び声に振り返ると、そこそこ離れている森の中から一人が人物が飛び出てきた。
「誰かぁぁぁ! 助けてくれっすぅぅぅぅぅ!」
必死な叫びの主は女のようだ。
色気のない声だな、とテオはのんきな事を考えた。だがその考えは次の瞬間に凍りつく。
女が出てきた森から、彼女を追いかけるように巨大な熊が飛び出て来たのだ。
「うわぁぁぁ!」
「逃げろっ! ストークベアーだ!」
「トレインか?!」
「逃げろ逃げろ! 食われるぞ!」
周囲に居た冒険者は蜘蛛の子を散らす。彼らの足は早い。
彼らに対して何よりも俊足を誇ったのは、森から飛び出てきた女とその女を追いかけるストークベアーだ。
熊の方の俊足は見た目からも分かるが、逃げる女の俊足も凄まじい。
素早さのステータスであるAGIを上昇させるか、足の速さを上昇させるスキルの保有者なのだろう。
「誰かぁぁぁ! 助けてぇぇ! 私の攻撃じゃ全く通用しないっすぅぅぅぅ!」
女は泣き言を叫びながら、素晴らしい速度でまっすぐに門へと向かっている。
救援要請はハッキリと無理な話しだ。ストークベアーはスライム狩りをするようなFランクに倒せるモンスターじゃない。
Cランクの戦闘能力の高い者でないと、ストークベアーは倒せない。
彼女が救援を求めているのは、そんな戦闘能力の高い者が居合わせる事に期待してのことだろう。
しかし、そうそう居合わせるものではない。
正直、テオは運が悪かった。逃げる女と門の進路上にいたのだ。
大量のスライムを倒す為に、他の冒険者が少ない場所へと流れて森に近い場所だった事。そして森近くに居た冒険者達は皆、身体能力を強化するスキルを持っていた事。
その結果、テオだけが逃げ遅れた。
「ちょっとそこの人ぉぉ!? 逃げないとヤバいっすよぉぉぉ!」
「逃げれるもんなら、とっくに逃げてるわいッ!!」
女の警告に、テオは怒鳴り返す。
女――と言うよりは年若く少女と言った方がいいだろう。彼女はテオから距離を取ろうと進路を若干反らす。しかしその判断はすでに遅く、あまり意味はない。
ストークベアーがこのまま少女の方を追いかけたとしても、直前でテオの方に狙いを変えたら襲われかねない。
テオは覚悟を決めた。
「俺が倒したとしても文句言うなよ!」
「え?」
テオを犠牲にするかもしれないと後悔に顔を歪ませていた少女は、走り過ぎる際にそう言われて慌てて振り返る。
そしてそのまま足をもつれさせ、すっ転んだ。
「ぶべっ! ――てっヤバいっす! 彼だけじゃなくで私も殺されるっす!」
少女は狼狽しつつも慌てて立ち上がろうとしているが、テオは背後の命を掛けたコメディアンにかまってはいられない。
四つ脚で駆けてくるストークベアーを見据える。
熊は立ち向かうテオを獲物と見定めたようだ。見るからにひ弱で、ろくな武器も持っていないテオの事を容易く殺せる存在とみなしたようだった。
テオはストークベアーが射程圏内に入った瞬間に、鼻先にアイテムボックスに入れたままのスライムを排出した。
「ギャウンッ?!」
突如として出現したスライムに鼻先から衝突したストークベアーは、悲鳴を上げて足を止める。
突然のことに戸惑うストークベアーは、目の前に邪魔をするスライムの存在に気が付く。前腕が振るわれ、鋭い爪が付いた一撃に、スライムは吹っ飛ばされて殺された。
そして獲物となるテオを再び見据える。スライムが現れてから殺されるまでは一瞬の出来事だった。
だがその僅かな時間を稼げただけで、テオには十分だった。
テオはストークベアーに手を向けて集中する。ストークベアーはスライムよりも遥かに大きい。だが、あの程度の大きさならば何の問題も無い。
「収納っ!」
テオの言葉と共にストークベアーの姿は消え失せた。
その場に残るのは熊の一撃によって殺された無残なスライムの死体だけだ。
「……あ、アレ? 熊はドコに行ったっすか?」
呆然としてキョロキョロとする少女に、テオは呆れたため息をつきながら、半眼で睨む。
「……モンスタートレインは冒険者としてやっちゃいけない事なんじゃないか?」
「あ、いや! 私だって、努力はしたっすよ!? 撒こうとしたり、走りながら攻撃したり。
けど全く通用しない上に、あのクソ熊は全く諦めようとしなかったんすよ!?
私だって死にたくないんすから、それでしかたなく……!」
「……」
言い訳を続ける少女にテオは睨むのをやめない。
「あ、いや。本当に申し訳ないっす……」
謝罪の言葉と共に頭を下げられてテオはため息をつく。
「まあ、分かった。諦めて死ねとも言えんからな。俺が巻き込まれたのは運が悪かったと思うしかないか……」
「あのー。所で熊は結局ドコに行ったっすか?」
「その前に確認するが。あの熊――ストークベアーでいいのか?――は俺の獲物って事でいいんだな?」
「え? まあ、そうですね。私はただ逃げていただけっすから」
「ん。それならいいんだ。アンタが所有権を主張するなら、あの熊を生かしたまま解放するしか無かったからな」
「え?」
呆然として疑問符を浮かべる彼女を無視して、テオはアイテムボックスから三本の矢を取り出すと、矢尻を天に向けて地面に突き刺し始める。
三本全てを二十センチ程の間隔を開けて、真上を向くように突き立てた。
「あのー。何やってるんすか?」
まだいたのかと、テオを思ったが言わないでおく。
「危ないから離れた方がいいぞ? また鬼ごっこはしたくないだろう?」
「?」
彼女は頭に疑問符を浮かべたまま、突き立てた矢から離れるテオについてくる。
丁度いい距離まで離れるとテオは矢の真上に手をのばして、告げる。
「排出」
「グガアァァ!?」
「うひぃ!?」
手を伸ばす先の上空に、唐突にストークベアーは咆哮を上げながら出現する。
突然の咆哮にびびった少女が、おかしな悲鳴を上げた。
ストークベアーは足を天に背を地面に向けた姿勢で空中に投げ出された。なんとかしようともがくが、熊は猫ではない。
空中で姿勢を正す事もできず背から落ちた。
矢尻を天へと向けて地面に突き立てられた、三本の矢の上に。
「グァッ……!?」
落下し、背中から腹に全ての矢は貫通し、矢尻が腹から姿をのぞかせた。
ストークベアーは重傷を負いながらもすぐさま四肢を地面に付けてテオを睨む。けれどその体はガクガクと震えている。
「流石に熊だな。一撃じゃ死なない。収納」
テオは呟きの後に、再びストークベアーの姿は消え失せる。そして彼の手にはまた三本の矢が現れる。
「――まさか、熊が消えたりするのはアイテムボックスでやんすか?」
「ああ。……ここまで見せれば誰でも分かるか」
「え? けど、アイテムボックスは生き物は入れられないんじゃ?」
「世間一般でのアイテムボックスはそうらしいけど。俺のアイテムボックスは普通に入れられる」
テオは言いながらその場に矢を突き立て、それが終わると歩き出す。
少女は何故か驚いた様子のまま、動かない。
「? そこにいるとストークベアーに襲われる事になるけどいいのか?」
「え? あ、ダメでやんす! 可愛い私が死んだら世界の損失でやんすよ!」
少女は三本の矢のストークベアーの落下予定地点から慌てて離れる。何故かテオのすぐ近くにやって来る。
何で俺のそばに居るのかとテオは疑問に思うけれど、得にこちらに危害を加えてくる様子も無いので彼女の事は無視することにした。
その後、墜落させて串刺しにする事二回。ストークベアーを殺害する事に成功した。