08話 壁と土魔法使い
キルリー・ダンジョンとは今はまだ通称にすぎない。
このダンジョンは公にはまだ秘密になっている。その為、まだ正式名称は付いていない事になっている。
それでもこのダンジョンがキルリー・ダンジョン呼ばれているのは、ダンジョンの発見者がキルリーという名の冒険者であった為だ。
基本的にダンジョンの名前は発見者の名前が付く。複数人が同時に発見した場合や、特徴があるダンジョンの場合はそうでもないのだが、このダンジョンは一人の冒険者が単独で発見した為に、キルリー・ダンジョンと呼ばれている。
ここは何も無い平原のド真ん中だ。人里であるゲディックの街から近いとは言え、街道から外れた位置にある。湧いているモンスターも、大して利用価値が無いモンスターばかりで、なにか特別な植物が生えている訳でもない。
そんな場所にあるダンジョンが発見された経緯は、下らない事情の結果だった。
なんでも冒険者キルリーは遠征中にパーティーメンバーとケンカをして、そのまま一人で飛び出した。地図も持って無かった彼はそのせいで遭難し、二、三日迷った挙句に地面にポッカリと開いたダンジョンの入り口を発見した。
しかし、遭難中の彼がすんなりと人里に帰れたはずもなく、その後にさらに二、三日迷った末にほうほうの体で街に帰り着いた。
キルリーからダンジョン発見の報告を受けたギルドは、探索隊を結成し彼を案内人にダンジョンの位置を特定しようとした。だが遭難中に偶然発見したダンジョンだ。その場所に再び辿り着くまでに二週間の時が掛かった。
探索隊に参加した冒険者の多くは実際にダンジョンを見つけるまで、彼の事を『ホラ吹きキルリー』と文句を言っていたらしい。
ダンジョンの位置を特定したギルドは、前線基地を構築するために人員を送り込んだ。
それがペトラ支部長を筆頭とした、現在の前線基地に在住する人々だ。その初期メンバーの一人にはレイヤも名を連ねていた。
地面に開いたダンジョンの入り口以外に何も無く。モンスターが跋扈するこの場所に、曲がりなりにも人の生活ができる領域を確保した功労者は、マリカというBランクを持つ土魔法使いだった。
十二、三歳程の年下の女の子にしか見えないマリカだが、綺麗な金髪の髪からぴょこんと跳び出ている長い耳が、彼女が確実に見た目以上の年だと語っていた。
彼女はエルフだ。しかもイーリスとは違う純血のエルフだ。エルフは長命種なだけあってその成長も遅い。
エルフは百歳を超えた辺りで、人間ならば二十歳程度の見た目になる。
肉体的な成長が遅いだけではなく、精神的にも遅いと言われている。そのため子供の姿をしているエルフは、エルフ社会の中ならば子供と見なされ、エルフ社会の中から出る事はない。
それなのにマリカは既に冒険者としてBランクに成っている。
今よりもはるか前に冒険者として登録していた事になり、それは、彼女がエルフ基準でとんでもないじゃじゃ馬娘だということを示している。
「よーし! いいぞっテオ! 次は右側の壁を崩すからなぁ! すぐに石を組み上げるんだっ!」
ブンブンと魔法使いの杖を振り回すその姿はガキ大将にしか見えない。
それでも彼女はこの前線基地の構築の、最大の功労者だ。
「土の精霊よ、そそり立つ障壁となるべく我が言葉により強く結んだ手。その役割、ここに終了した。強く結んだ手を放し、元の大地に還るがいい。解放!」
マリカの魔法使いの杖が指す、土の壁が徐々にその背を低くし、
地面と同じ高さになって土の壁は姿を消す。
そこにテオが、すかさず排出門から巨石のブロックを取り出して設置する。
消えた土壁の代わりを埋めるように隙間もなく巨石のブロックを並べていく。
その並べられた巨石のブロックの上に更に並べ、計三段の石積みの壁を作り出した。
巨石のブロックが一辺三メートルあるので、高さを九メートルの石壁が一瞬としか言いようのない速さでつくられていく。
マリカは積み上がった石壁に満足気に頷くと、ハイテンションな様子で次を促す。
「さあ次はあっち側の壁だぞっ! テオ! さあさあ、早くいくぞー!」
「ちょっと待って、落ち着いてっ、マリカさんっ」
彼女に強引に手を引かれて、テオは慌てて次の現場に向かっていく。
「ハッハッハ。落ち着けだって? そんな事できる訳ないだろう? だって今の、私が作った土壁を、テオが石積み壁に置き換えてくれたんなら。私はようやくユックリと心ゆくまで寝ることができるんだぞ!
さあさあ。行くぞーっ! 私の穏やかな睡眠の為にっ!」
前線基地を取り囲んてでいる高い土壁は、彼女の土魔法によって築かれている。魔法による土壁は本来、短時間だけその場に存在する事が許されている。
しかし、マリカは魔法の効果が切れる前に魔力を注ぎ込む事で、この前線基地が設置された当初から、前線基地とキルリー・ダンジョンの入り口を取り囲む土壁を維持し続けてきた。
その弊害とも言えるのが彼女の目の下にできている深いクマだ。不定期に魔力が切れそうになる度に、夜中であろうとも土壁に魔力を注いで来た。
ちなみにギルド支部で机にうつ伏せになって寝ていたのは彼女だ。
不定期で且つ短い睡眠時間しか取れなかった彼女がハイテンションになるもの無理からぬことだろう。
彼女はテオが石壁を作れると知ったその瞬間に、過酷な労働から解放される事に狂喜した。
本当ならば、休憩の後に資材の積み込みという名の石壁の建築を行なうはずだったのだが、彼女の強行によってすぐさま建築になった。
「それにしても凄いモノね……。壁を維持できるマリカが限界に近づいていたから、最悪はこの前線基地を放棄する事も検討していたのだけど……」
壁を崩す事になるので、その時に接近するモンスターに襲われる可能性がある。そのためテオの護衛としてイーリス達も同行していたが、その彼女に付いてくる形でペトラ支部長も同行していた。
ペトラは呆れた様子で土壁から石壁に姿を変えていく様で呟いた。
その言葉を聞いたイーリスはまるで自分の事のように胸を張る。
「なんせテオさんは凄いっすからねーっ。ドラゴンを真正面にして、タイマンをはるような御仁っすから。テオさんのアイテムボックスは火竜の吐息すら真正面から全部、アイテムボックスの中に収納できるシロモノっすから」
「はあ……。流石はドラゴンキラーと言う訳ね。
貴女は随分と詳しそうだけど、彼がどうやってドラゴンを倒したのか知っているの?」
「知っているっすよ? なんせ私はその時、テオさんの真横に居たっすから」
「真横!?」
「そうっす」
自慢げに頷き、イーリスはその時の己の醜態を隠したまま、若干美化したテオのドラゴンキラーの英雄譚を語った。
その英雄譚の内容はかなり正確なモノだ。
その時にうずくまりほとんど顔を上げる事もできなかった彼女がそこまで詳しいドラゴン討伐の様子を語れるのは、テオ自身がギルドに報告する際に居合わせた為だ。
行きの道中でイーリスが語らなかったのは当人が嫌がったからであり、今話したのは当人にその話を聞く余裕がなく、聞かれる近さには居ないからだ。
「ドラゴンのオークションで凄まじく儲かったっすから、今のテオさんはものすごいお金持ちなんすよねー」
「羨ましい話ね。この前線基地に投資してもらいたいくらいだわ。このキルリー・ダンジョンのせいでギルドも資金的にカツカツだろうし。ギルドにとってダンジョンは凄まじい負担だからね」
ペトラの嘆きの言葉にエミリは首をかしげた。
「? ダンジョンは運営するギルドにとっては、とても儲かる存在だって聞いた事がありますけど?」
「ああ、確かにそうね。ダンジョンって言うのは宝の宝庫だから。
探索してくる冒険者が持ち帰って来る物の上前を、良心的に軽く跳ねるだけでとんでなく儲かるわ。
だけどね。儲かるダンジョンって言うのは、しっかりとした運営ができるように設備が整えられたダンジョンの事なの。
発見されたばかりで未整備のダンジョンだなんて、持ち出しがばかりが多い厄ネタにしかならないのよ。
かと言って、スタンピードの危険性があるから放置もできない。
そんな厄ネタの管理者になってしまった私が、愚痴を言いたくなるのも仕方がない事でしょう?」
「はあ、そうなんですか……」
「ええ、そうなのよ。
だから、スタンピードの危険性が減らせる石壁の建築は非常にありがたい事だわ。
と言うか、あれだけ苦心していた安全対策がこんなにアッサリと解決してしまうと私達の今までの苦労は何だったんだと言いたくなるわね……」
イーリスのテオの武勇伝を聞いている内に、ダンジョンの入り口を囲む土壁は全て石壁に置き換わっていた。
複雑な気分で積み上がったばかりの石壁を見つめるペトラに、安全対策の今までの功労者と今の功労者が揃って近づいていた。
ペトラのつぶやきを耳にしたテオが言う。
「ペトラ支部長。言っておきますけど、この石壁だけで安全対策として終わらせるとそっちが困ることになりますよ?」
「どういう意味だ?」
「この石壁はただ単に石を積み上げただけだ。ホゾや溝を切って、組み合わせてある訳じゃ無いから、横からの衝撃には弱い。だから見た目よりは弱い石壁だぞ?」
「弱いと言っても、あれだけの大きな石ブロックを使ってるんだ。その自重だけでそんじょそこらの石壁よりも頑丈だよ。心配すんなって、テオ。私の魔法の土壁よりも頑丈さ。
この石壁があれば、私も心憂う事無く、安心して眠れるってもんさ」
笑顔でバシバシと背を叩いてくるマリカに、テオは嫌そうな顔をする。
ペトラは石壁を改めて見やる。
「ここまで大きくて大きさの揃った石ブロックを使った壁なんて、はじめて見るけど……。
この大きさの石を突き崩すせる様な大型モンスターは、ダンジョンの中からは出てこないから安心しなさい。
ダンジョン由来のスタンピードで現れるモンスターの大きさは、そのダンジョンの出入り口の大きさに制限されるわ。
テオはダンジョンの出入り口を見なかった? ここのダンジョンの出入り口は直径が八メートルよ。出てこれても中型モンスターが精々よ」
「ダンジョンの出入り口は見てなかったが……。それなら、大丈夫なのか? 中型モンスターなんて遠目にしか見たこと無いんだが……」
モンスターは大きさで小型、中型、大型と大雑把に分類される。
体長が三メートル当たりまでは小型、それ以上で十メートル以下が中型、それ以上が大型と分類される。
ちなみにストークベアは大きめのモンスターだが、小型モンスターに分類される。
そもそも人族種族は中型や大型モンスターが発生する場所に人里を造ることはない。
と言うか、それらの大きなモンスターが発生する場所に人里を造ったとしても、それだけの危険に見合った利益など存在しない。
唯一と言っても良い、中型以上のモンスターが発生する場所近くに造られる人里が、ダンジョン攻略のための拠点となる前線基地だ。
「まあ、この石壁が見た目よりは弱いということは了承したわ。
余裕ができた頃に第二、第三の壁を造る予定だから、今はこの石壁の弱さは気にしないでいいわ。
それより聞きたいのだけど……。この石壁はどうやって向こう側へ行くんだい?」
「は?」
「え? ダンジョンに行き来する、順路はどうなっているのかを聞いているのだけど?」
「あっ」
テオは呆然と声を上げた。
そう言われれば、土壁を石壁に置き換える事を優先するあまり、ダンジョンに入る為の出入り口を設ける事を忘れていた。
「ちょっと! 困るわよっ!
ダンジョンには攻略パーティーを送り込まないといけないのに。今も初期調査の為に複数のパーティーをダンジョンに送り込んでるんだから。彼等が出られなくなるでしょ!」
「いやそう言われても、土壁にはとくに門も無かったように思えたが?」
「ダンジョンに出入りする時は、私が直接一部の壁を操作して出入り口を作っていたんだよ。
前線基地の方の門はゲディックの街から持ってくる事はできたけど、ダンジョンを封じる様な頑丈な門は街から持ってこれなかったからな」
「……資材はあるが、ダンジョンを封じるような頑丈な門なんて持ってきてはないぞ?」
マリカの言葉にテオはアイテムボックスのなかにうず高く存在する無数の資材をざっと確認して答える。
「そもそもダンジョンを囲む壁に門なんて付けたら、脆くなると思うのだけど?」
「他のダンジョンを擁している街は、ダンジョンの出入りはどうやってるんすか? 門を使ってるんすか?」
エミリの意見にイーリスが疑問を呈し、ペトラが前に調べた時に知った他のダンジョンを囲む構造を答える。
「あー、いえ。他のダンジョン都市でも門は使っていないはずよ。ダンジョンの出入り口は完全に取り囲んで、外にモンスターを出さない事を優先していたわ。
それで確か、外からダンジョンに向かう際は、取り囲む石壁に上る階段を設けてあったはず。
けど、石壁の上から内側に下りる階段は無かったはずよ。外から内へは簡単に入れるようにしてあるけど、内から外へは簡単には出られないようにって」
「え? 外から石壁に上る階段はあるのに、そこから内側に下りられる階段は無いんすか?
それじゃあ、どうやって内側と行き来するするんすか?」
「いざという時に一瞬で内側から外側に出られなくする為に、縄ばしごとかを使うらしいわ。
ある程度ダンジョンへの出入りが多くなっているダンジョン都市だと、外側から簡単に倒せるようにして木製の階段を壁に立て掛けるのだとか。
いざという時はその階段を倒して、火矢を射掛けて燃やせるようにするのだとか」
「へぇー。いろいろ工夫があるんすねー……」
イーリスは無邪気に感心する。
「……縄は確かにもってきてるな。ペトラ支部長、階段を作った方がいいのか?」
「あ、ええ。できるなら作ってもらった方がありがたいけど……」
テオは一つ頷くと石壁の方に手を向ける。
カコンカコンと小気味良いリズムで石壁に沿って階段状に巨石ブロックが積み上がる。
しかし階段状に積み上がったとしてもブロックの大きさは一辺が三メートルもあり、そのままでは階段としては使えない。
「ペトラ支部長。階段を作るために積み上げた石の一部を切り取ってもいいか?」
「え? 構わないけど……。なんで聞くの?」
「これは持ってきた建築資材を置いているだけだ。流石に石の一部を損壊するような真似は、俺の勝手にはできないだろに」
「今更そんな事を気にする必要も無いでしょうに……」
ペトラは呆れた様子だ。そんな彼女の評価を聴き流しながら、テオは階段状に積み上げた巨石ブロックの一番上の石に意識を集中させる。
『竜断ちの剣』を使い、人の歩けるに相応しい階段になるように積み上げた巨石ブロックの一部をカットしていく。
カットされ不要になった部分は次々とアイテムボックスの中に片付けられ、あっという間に石壁の上へと上る階段が出来上がった。
「おお……。すげぇ~……」
マリカは歓声を上げ、その他の者は呆気にとられるしかなかった。
「ふう……。まあ、こんなもんか。
やっつけ仕事だから、不満があるなら本職の石工に頼んで下さいね」
「え、ええ……」
特に気負う様子もないテオの言葉にペトラは呆然と返事を返すしかない。
「いや、しかし……。凄いわね……。
要塞建築の職人として食べていけるんじゃないかしら?」
「それがイヤだから、俺はこの依頼を受けたんだけどな」
「え?」
「いや、なんでもない。それより前線基地を囲む壁の方も、石壁に置き換えよう」
「おおっ、そうだなっ! それが終われば私は安心して寝ていられる!」
ごまかすテオの言葉にマリカは歓喜の声を上げつつ、彼の手を引っ張って次の現場へと向かう。
テオは抵抗することなく、と言うよりも。ペトラと離れる為に積極的にそちらへと進んで行った。
「……どういう事かしら?」
彼の背を見ながらペトラは首をかしげ、そんな彼女にイーリスは言う。
「テオさんは日々を穏やかに過ごしたいんすよ。
だから国家とか権力者には目をつけられないように、ギルドに守って貰えるように、ギルドに貢献しないといけない身の上なんすよ」
「ああ、そういうこと……。彼はうっかり功績を上げすぎてしまったのね」
「テオさんがやった事はドラゴンキラーだけなんすけど……」
「ドラゴンが街に現れたら、普通は滅亡を覚悟しないといけないんだもの。その一つだけで功績としては十分過ぎるわ。
それに……」
新たに前線基地を囲む土壁を石壁に置き換えるテオを見やる。
「たった一人で恒久的な市壁を作るのも十分過ぎる程の功績だと思うのだけど……?」
「凄いと言うよりも、呆れたとしか感想が出てこないわよね。
ドラゴンキラーの功績をごまかす為に、更にとんでもない功績を積み上げてるんだもの。穏やかに生きたいと思ってる人間のやることじゃないわ」
エミリの言葉にイーリスは補足して庇う。
「いや、テオさんはそうしないとマズい状況にあるすんよ」
「マズい状況ってどういう事よ?」
「あー……、それはー……。私の口からは言えない事っすね……」
イーリスは困った様子で口ごもる。
多くの兵隊を生かしたまま秘密裏に輸送できるという、テオの能力が広まれば、大陸は動乱期に入りかねない。冒険者ギルドはテオの能力をごまかさねばならず、その事を優先しなければならない。そしてギルドに対する対価がテオのギルドへの貢献なのだ。
今回の大量の建築資材の運搬と、この市壁の建設はその対価にすぎないのだろう。
直接聞いた訳では無いが、この事が大体的に評価される事はないと思う。テオにとってもギルドにとってもその方が都合が良いからだ。
テオの能力と、その後のギルドの対応を知ることになったイーリスにはそう予想できる。しかし、口止めされている為、それらの予想を口にするわけにもいかない。
エミリは溜息をついて、追及は諦める。
「まあ、いいわ。イーリスはお人好しなんだから、厄介事に巻き込まれないように気をつけていなさいよ」
心配するエミリの方こそお人好しだと思ったが、イーリスは何も言わずに苦笑した。
この依頼を受けた時点で、それはもう手遅れだと思うのは気のせいだろうか。




