06話 休憩に巨石を
馬車を使えない事に嫌な予感はしていた。
出発時のその懸念は見事に――と言うよりも当然のように的中した。
予想通りに強行軍となり、一番始めにへたばったのはテオだった。
「そもそもなんで馬車じゃなくて、徒歩移動なんだよ……」
不満の声を漏らすテオだが、おおよその理由は分かっていた。ギルドは一般的な冒険者の平均的な体力があると、テオの体力を見積もっていたのだろう。
徒歩での移動中、テオは疲れ果てていた。
冒険者の徒歩での移動は、それ以外の者の移動と比べて非常に早い。なぜならほとんどの冒険者は早足で街道を進む。
しかしそれは非常に高い体力を要求する。そのため冒険者の中でも早足を常に行なうのは、ステータス上昇系のスキルの保持者に限られる。
ステータス上昇系のスキルはそれぞれ対応しているステータス項目だけでなく、基礎体力自体をもわずかながら上昇させる。
それは身体に直接関わらない、INT(知性)とLUK(幸運)の項目以外だけだ。大抵の冒険者はINTとLUK以外のステータス上昇系のスキルを持っており、それらのスキルを持っていない一般人と体力面で一線を画している。
スキルの恩寵持ちとそれ以外を比較するのはあまりにも無理があった。
ステータス上昇系のスキルの恩恵が無い者にとって、早足を維持する事は非常に困難だ。
しかし、冒険者だけの集団で移動を行なうならば早足を維持する事はそう難しいことではない。冒険者は身体能力上昇系のスキルを持っていない者の方が少ないのだ。
だがらこそ、冒険者だけで徒歩で移動する集団に、身体能力上昇系のスキルを持っていない冒険者が参加すると、その者だけが疲れ果てることになる。
「ちょっと待ってくれ……。休憩をさせてくれ……!」
「ん? なんだ? 情けないな。この程度の距離を歩いただけで、そんなにバテるとは」
「ステータス上昇系のスキル持ちに言われたくは無い……!」
テオは全身から汗をタレ流し、息を切らしている。対する三人の少女達は同じ距離を同じ早足で歩いていたにも関わらす、汗一つ見せることなく平然としている。
ステータス上昇系のスキル持ちは持っていない者に比べて、非常に高い体力を有することになる。それはAGI(敏捷)やSTR(腕力)などの一見だけでは体力とは直接の関わりが薄いような能力の上昇だとしてもだ。
ステータス上のVIT(体力)の数値はテオと彼女達に大きな差は無い。テオが5、イーリスが4、エミリが5、レイヤが5だ。
イーリスよりもVIT(体力)の数値は高いが、イーリスは平然としている。彼女の持つ『AGI上昇』のスキルの恩恵だろう。そしてレイヤも『STR上昇』と『DEX上昇』のスキルの恩恵を受けている。
前衛ではなく、魔法使いであるエミリも同じペースで歩き続けているのに、ケロッとしているのも、『VIT上昇』のスキルの恩恵を直接的に受けているためだ。
ステータス上昇系スキルを持っていない者の中では、テオはそこそこの体力がある方だと自認している。冒険者になる前、テオは農作業に従事していただけあって体力は有る方だとは思ってはいた。
だがそれはあくまで一般人としてだ。スキルの恩恵を受けている者たちの俊足に付いていけるほどの体力は無い。
早朝にゲディックの街を出発して、数時間。遅れる事無く早足を続けられた事にテオは自分を褒めてもいいと思っていた。
スキルの有無は、ただ歩くという簡単な行為でも大きな差をもたらす。
その分野においては、スキル持ちに対してスキルを持たない者が勝つにはとてつもなく高い壁が存在しているのだ。
「……とにかく、しばらく。休ませてくれ……。これ以上は……、これ以上はムリ……」
「仕方ないなぁ……。ここのモンスターは足を止めていると寄ってきやすいから、休憩はしたくないんだけど」
平原に見えるモンスターにゲディックの街近くに居るモンスターの代表であるスライムの姿は無い。
モンスターは場所によって湧いて出てくる種類が異なるのだ。
スライムの代わりに多く草原をうろつているのは、小型のシカのようなモンスター。ブレイブホーンだ。
ブレイブホーンは刃の様に鋭い二つの角を持つモンスターだ。歩いている者には積極的に襲い掛かってくる事は少ないが、足を止めると縄張りを侵す敵対者として認識して襲い掛かってくる。
確かにこの場で休憩を取るならば、ブレイブホーンからの襲撃は不可避だ。
しかしブレイブホーンはこの先もかなり広い範囲にわたって湧いて出てくるモンスターだ。
今休憩を取って襲い掛かってくるのを排除するのも、遅いか早いの違いでしか無い。
そんな考えも有って、レイヤはこの場で休憩を取る事を納得し、武器を手に取る。
ここはテオを休ませて襲い掛かってくるブレイブホーンを追い払う役を自分が担い、エミリが結界を張る時間を稼ぐべきだろう。
「ああ……、それなら……。俺が安全地帯を作っておけば、問題ないんだろう……?」
「え?」
レイヤの戸惑いをよそに、テオは離れた場所に巨石を取り出した。
突然現れた巨石にぎょっとするエミリとレイヤの二人を無視して、次々とアイテムボックスから巨石を取り出していく。隣接するように現れた巨石はそれだけで一つの壁だ。その壁は次々と伸びていく。
一つの巨石は一辺が三メートルほど。地面ギリギリに出現しているが、僅かな落下だけで、ドスンドスンと地響きが起きる。
あっという間に巨石の壁はつながり、円形に囲まれた空間ができ上がった。
「これなら、ブレイブホーンもキラーラビットも、この高さは飛び越えられないだろう?」
あっけにとられている彼女達を無視して、テオは丸テーブルと椅子を四脚とりだす。その一つにどっかりと腰を下ろした。
「あー……、疲れた……」
ボヤキ、一息をつくと、テオはテーブルの上にティーセットをとりだす。ポットに茶葉を入れて、空中に設置した指の太さほどの大きさの門から熱湯をポットに注ぎ込む。
「お前たちも飲むだろう? お茶菓子もあるぞ?」
「な、何だコレは!?」
驚愕の声を上げたのはレイヤだ。
「? お茶とお菓子、クッキーだが?」
「いやそうじゃなくて! この壁は一体何だって言ってるんだ。
こんな大魔法なんて必要無いでしょ。結界だけで十分なはずだ! なんでこんな大魔法を使って精神力を無駄遣いするんだ!?」
「? お茶はいらないのか?」
「あ、私はもらうっす」
「イーリス?! 今はそんな事をしている時じゃないだろう?!」
とくに気にした様子もなく、席に着くイーリスに彼女は批難の声を上げる。
「パーティーで行動する以上、大魔法を使える者の精神力のリソースはしっかり管理しておくべきだ! そうでなければいざという時に精神力が枯渇し、パーティー全体が危機に陥る! コヤツにはそこのところをしっかりと言い聞かせなければ……!」
「落ち着きなよレイヤ。これは魔法なんかじゃないんだから。精神力が減るようなことは無い」
「……何?」
奇妙な事を聞いたかの様子で、レイヤは動きを止めてテオに顔を向ける。
「そもそも、俺はまともな魔法は使えない」
「じゃあコレはなんだ!?」
「今回の依頼で運ぶ建材の一部を並べただけだよ。あ、ちなみにあの中の八個は俺の私物だが」
「え? 一部? 並べただけ? 何を言ってる……?」
「まあ、とりあえず座って落ち着きなよ」
戸惑う様子のレイヤにテオは促す。壁とテーブルを見比べ、モンスター達が侵入することもあるまいと判断した彼女は椅子に座る。
エミリも同様だ。
彼女達にお茶を出し、テオもティーカップに口を付ける。テオが一息付いた頃には彼女も落ち着いた様子になって、聞いてきた。
「で、どういうことだ」
「レイヤは俺の依頼内容は聞いていないのか?」
「いや、聞いていない。私の仕事はお前を護衛しながら、ダンジョンの前線基地へ道案内する事だ」
「二人は?」
「私は知らないわね。私はイーリスに割の良い仕事でレイヤと一緒の仕事だって言われて受けただけだし」
「私は知ってるっす」
「なんでイーリスだけが知ってるんだ?」
レイヤの疑問に、イーリスは答える。
「今回の仕事はある意味で指名依頼だったんすよ。ギルドはテオさんの情報をできる限り広めたくはないみたいで……。そこでテオさんと縁が深い私が選ばれたんすよ」
俺の情報を広めない事はもう無理な気がする。そう思うがテオは口には出さなかった。きっと、大丈夫だと思っていなければやっていられない。たとえそれが自業自得のことだとしても。
「エミリもレイヤもテオさんの事は口外無用って依頼の中に有ったんじゃないんすか?」
「……確かに今回の依頼の中で知ったことは口外しないようにと契約にはあったが、それはダンジョンの事を広めない為では?」
「元からダンジョンの事は、知らせないようにしてあったと思うんですけど? 今回は改めて秘密にするようにされているのでは? 私の場合はテオの事もダンジョンの事も秘密にするようにと言われたけど」
とこれはエミリ。
「ちょっと待ってくれ」
一言断り、レイヤは己のマジックバックから書類を取り出す。
「契約書?」
「ああ」
冒険者は仕事を請け負う際にギルドと当人の間で、同じ書面の契約書を一部つづ持つ事になっている。
「……ああ。確かに『今回の仕事で知った同行者についても口外を禁ずる』ってある。
いつものダンジョンに対する守秘義務とは別にあるね」
「まあ、テオさんの能力は物騒っすからねー……。あまり広まらない方がいいんすよ。おバカな貴族とかの命令に、テオさんの力が振り回されるかと思うと……。
ちょっと――いや違うっすね。かなりゾッとするっす……」
イーリスのお菓子をつまみながらの軽い口調の言葉に、テオが顔をしかめる。
「物騒って……。イヤな評価だな……」
「テオさんの能力を知って物騒って思わない人がいたら、私はその人の正気か、知能を疑うっすよ?」
「それは……、そうだろうが……」
納得がいかない。
テオ自身はアイテムボックスを最強のスキルだと信じている。しかしそれを言った所で言葉だけで信じられた事はない。
アイテムボックスというスキルは、世間一般の評価はとても低いモノだ。
盗みに関して非常に優秀であるため、ある意味において蔑視されている。同時に量産できる道具であるマジックバックにその機能の大部分がかぶる為に、必要が無いスキルとして非常に軽視もされているスキルでもある。
それが窃盗に使いやすいと意味ではなく、破壊力的な意味で物騒だと言われても、どうにも心が素直に受け入れてくれない。
エミリが言う。
「まあ、ドラゴンキラーになるくらいだから、相当凄い能力だってことは想像ができるけど、実際にはどういう風にドラゴンを倒したっ事は知らないのよね。ウワサは色々とパターンがありすぎるし、イーリスに聞いてもギルドに口止めされているって言うし。
テオ。貴方の能力がどういう風に物騒なのか聞いてもいいかしら?
今ここならば、私達はギルドとの契約の縛りが在るから、言っても外には漏れないわよ?」
ギルドと冒険者の交わす契約書は書面にある通りの法的な縛りだけではない。違反者には即座に制裁が下る、魔法的な縛りでもある。
腕のいい魔法使いならば、解除できる程度の魔法契約だが、それを解こうとするのは社会的リスクがあまりにも大きい。ギルドもそんなモグリの魔法使いは賞金首にして狩り出している。
好奇心に満ちたエミリの問いに、テオはどうしようかと悩む。ふと視線を感じてそちらに顔を向けると、レイヤも好奇心に輝かせた瞳をこちらに向けていた。
「えーと……」
テオは少し考え、これから先の目的地に着けば、どうせバレる事だと気がついた。
「まあいいか。俺の能力はアイテムボックスのスキルだけさ。ただ、その容量が少しばかり大きいってだけさ」
「少し……?」
イーリスの疑念に満ちたつぶやきが聞こえたが、テオは聞こえないフリをした。
「なるほど」
エミリはイーリスに目を向けてから、テオがアイテムボックスから出して並べた巨石の囲いに目を向ける。設置時間に比べてあまりにも頑丈な防壁だ。
「確かにこれほどの大きさの石をこんなにたくさん入れられるアイテムボックスは、少しとはいい難いわね……」
「いや、エミリ? エミリは絶対に何か勘違いしてるっすよ?」
「え?」
「え、あーと……」
キョトンとするエミリに対して、イーリスは戸惑った様子でテオに向けて許可を求める。
「えっとテオさん。私が言ってもいいっすか?」
テオは溜息と共に頷いた。
「ああいいよ。どうせ前線基地に着いたらすぐに知られる事だし」
「ありがとうっす。エミリが勘違いしているのはテオさんのアイテムボックスの容量の大きさの事っす。
テオさんの言った事が本当なら、その容量の大きさは街一つがすっぽりと入るくらいはあるっすよ?」
「……いや、さすがにそれは無いわ……」
「そうですよ。そんな大きなアイテムボックスなんて、スキルの領域を超えています」
「え? けど、テオさんはそう言ってたっすよ?」
少女三人の視線がテオに集まる。彼はのんびりとカップを傾けつつ答えた。
「――今回の依頼は建築資材の運搬だ。街一つ分の資材はさすがに入ってないが、前線基地一つ分の資材には足りるだけの資材は入ってる」
「……それ本当……? 今、囲んでいるあの石材の分だけじゃないの?」
「あの程度の量を運ぶ依頼に、ギルドが護衛に三人も付けたりしないだろ? 前線基地までの案内人一人で十分だろ?」
「それは……そうだろうけど……。本当に……?」
エミリは疑わしげだ。
「今ここで証明しなくとも、前線基地に着いたら建築資材は全部向こうに引き渡すんだ。その時に証明できるよ」
「そう。それもそうね……」
「それじゃドラゴンを倒した時もそうなのか?
あの石よりも大きな何かを、アイテムボックスの中に入れておいて、それをドラゴンにぶつけたりしたのか?」
レイヤの予想の言葉にテオは頷き、囲んでいる巨石を指差しながら言う。
「最終的な決め手になったのはそうだな。あの石よりも大きな岩を入れてあったからな。
そいつをドラゴンの真上から落としてぶつけたんだ。それで怯んだドラゴンをアイテムボックスの中に引きずり込んだ。それがドラゴンの襲撃事件の結末だよ」
「え? ドラゴンをアイテムボックスの中に引きずり込んだ?」
その点に驚いているのはレイヤだけだ。
「アイテムボックスの中にモンスターを収納できる冒険者が居るってウワサになったんだけど。知らない?」
エミリがそう告げた。そんなウワサが流れたのかとテオは諦念を抱いた。
「そうなのですか? あの私はここしばらくはダンジョンの方にいて、ゲディックの街でのウワサは疎いんです」
「それなら知らなくても無理ないわね。
スライムを一瞬で消して上空から叩き落とすアイテムボックス使いが現れたって、一時期ウワサになったのよ。
その後、ドラゴンキラーのウワサでかき消されたけど。
両方とも同じ人間のウワサだったのね。その事に気がついた人はほとんど居なかったみたいだけど。
――って、ひょっとしてテオはドラゴンも同じ方法で倒したの? ドラゴンって墜落死するの?」
「基本的にはそうだけど、流石に墜落死は無い。
最終的なトドメにはイーリスの功績もデカイんだが……」
「テオさんっ! その私にその功績を押し付けようとするのは止めてほしいんすけどっ!? 私はちょっと口出ししただけで、実際にドラゴンにとどめを刺したのはテオさんじゃないっすか!」
毛を逆立てる子猫のように抗議してくるイーリスに、テオは肩を竦めつつ、ぞんざいになだめる。
「まあまあ。そんな事よりも今は、お茶を楽しもうや。お菓子やお茶のおかわりもあるぞ?」
取り出した焼き菓子や色とりどりの菓子をテーブルの上に並べる。
少女達の関心がそちらに向き、イーリスの怒りも削がれた。
「わっ。これってランデンのお店のお菓子じゃない?」
「え? あの高級菓子の? え、あの、もらっていいんですか?」
「構わないよ」
クリスタの屋敷で出されて、テオが気に入った菓子だ。後に店に直接行って大量に買い込んだ菓子だ。
しかし正直な所、買いすぎた感がある。大量に買ったはいいが、一人ではこんなに沢山は食べられない。それに数個を食べた所で満足してしまった。高級品は貧乏舌には合わないと言う事だろうか。
怒りを抑え、直ぐに手を伸ばしたイーリスは菓子を口に放り込むと、満面の笑みになった。
「んー! 美味しいっす!」
それから、おしゃべりに花を咲かせた。主に話すのは女性陣であってテオは聞き役に徹して、体力の回復に務める。
ドラゴン殺しの話題が上がりかけたが、テオが嫌がる様子を見せたので彼女達はその話題を避けてくれた。
テオは内心感謝をして、お菓子とお茶の提供に徹した。
レイヤの事も話題に上がった。
父が兵士であった事とソロで仕事をすることが多いなどだ。
「私はどうも上手く人に合わせられないようでな。その事を気にしている訳ではないが……」
レイヤはどうにも他者を威圧するように話す。イーリスは物怖じしない。
「へえ、そうなんすか。私は最近は色々な人と組んで仕事をするようにしているっすね」
「イーリスはテオとは長いの?」
「ああ、一人で行なう仕事で森での採取があったんすけどね。一度大きな失敗をやらしたんすよ。そこをテオさんに助けられて……。まあ、それからテオさんとの縁があるのかよく顔を合わせるんすよ」
「へえ……。イーリスから見てテオはどういう人なんです?」
「そうっすね。……頼りにはなるっすけど、少し大雑把で物騒な所があるっすね。なんか危なっかしいとか思う事があるっすね。
ああそれと。サボりたいだとか、面倒な事はごめんだとか、態度では表しているっすけど、いざという時には真っ先に厄介事に飛び込む様な人っすね」
「……なんだその評価は……。と言うか、そういう悪口を本人の前ですることじゃないだろう?」
「いや、悪口じゃないんすけど?
あ、ははぁん! さては照れてるっすね?」
「そんなわけないだろう」
不愉快そうに視線を反らすテオにその言葉に説得力が無い。
「あらあら、褒められることにあんまり慣れてないのかしら?」
テオの事をからかいの対象をみなしたのか、エミリが楽しそうに笑う。
「好きにしろ……」
テオはふてくされるように視線を反らした。




