05話 ダンジョンへの出発
ゲディックの街の南門。
依頼を受けてから出発するのに二日の時間が過ぎた。
時間が合わなかった訳ではない。運ぶ建材資材の買い付けと受取にそれだけの時間がかかったためだ。
「私が貴方の道案内と護衛依頼を受けたレイヤです。よろしく頼む」
「ああ、こちらこそよろしく」
今回の依頼の同行者の内、出発時に初めて顔を合わせることになった相手と握手をかわす。
硬い表情の少女だ。亜麻色の髪をうなじのあたりで一つにくくった。すらりとした立ち姿が美しい少女だ。
「コレが私のステータスカードだ。まずは確認を」
ステータスカードが提示される。
ギルドランクC
名前レイヤ
種族人間
性別女
年齢17
ステータス
STR5
VIT5
DEX5
AGI6
INT4
LUK6
スキル
STR上昇 Lev.4
剣術 Lev.7
気配感知
遠見
火魔法 Lev.2
DEX上昇 Lev.3
身を包んだ革鎧と腰の剣に相応しい、剣士らしいスキル構成だ。気配感知と遠見で敵を見つけ、STR上昇とDEX上昇で力と器用度を上げて、剣術で敵を倒す。
火魔法だけが浮いているがある程度の遠距離攻撃ができるという意味でもある。
この歳でLev.7まで上げていると言う事はかなり優秀な冒険者だ。
テオもステータスカードを彼女に提示する。
彼女はテオのステータスカードを見て僅かに困惑の表情を見せる。
「……本当にアイテムボックスだけしか無いのに【竜牢】の二つ名持ち。ドラゴンキラーなんですね……」
「ドラゴンを殺したのは成り行きさ。二度とドラゴンとは遭遇したくはない」
テオは肩をすくめ、残りの同行者に視線を向ける。
「それで、お前たち二人も一緒に行くのか?」
「そうっすよ。私たちも護衛っすから。まさかテオさんの事を護衛する仕事とは思わなかったっすけど」
「そう。お久しぶりテオ。ドラゴンキラーなんて出世したわね。おめでとう。聞いた時には驚いたわよ」
イーリスは笑顔で頷き、エミリは祝いの言葉を掛けてきた。
「ありがとう。厄介事の象徴になりかけているんだけどね。
にしても……」
テオはイーリスを見やってから、出発の見送りだと南門まで同行してきたヴェルナーに視線を向ける。
「この人選はどういう意味なんです?」
イーリスは残念ながら護衛に向いていると思えない。彼女はその俊足によって敵を引っ掻き回す遊撃手が最もふさわしいだろう。
護衛対象を守る為の戦いとは相性が悪い。
そんな人物が護衛になると言う事は、護衛以外の思惑があるのではないかと思ってしまう。
エミリについても同様だ。彼女の戦い方を見たことは無いが、スキル構成からして遠距離からの魔法攻撃を主とした戦い方のはずだ。護衛に向いているかと問われると首を傾げざるをえない。
「彼女達がテオ君の護衛になったのは、冒険者ギルドとして、相性の良い冒険者同士を組ませる為です」
「相性の良い?」
テオは首を傾げる。遊撃手として優秀なイーリスと、荷物持ちしか能のない自分のどこが相性が良いのだろうか。
「ここで言う相性とは能力の事ではありませんよ? 性格の事です。能力同士の相性がよくても合う合わないがありますからね。
大体の冒険者はFランクの頃に己の力不足を痛感し、それを補う為にパーティーを組みます。ですが中にはテオ君のようにあっという間にFランクの飛び越える者がいます。
そういった方は、ソロで行動する事が多くなります。
ですがギルドとしてはソロではなく、ある程度まとまって仕事をしてもらった方が管理がしやすいんです。仕事の達成率、生存率にも直結しますからね。
だからそういった方には多くの者と組ませて知り合いが増えるようにしいるんです」
「なら、なんで知り合いのイーリスが今回の護衛に?」
テオの疑問にヴェルナーはため息を付く。
「今の説明に矛盾するんですが、多くの者とテオ君を接触させない為です。
正直、貴方の能力は貴方の懸念通りに、広めるべきものじゃないとギルドも考えてます。
しかし有用な能力である以上、使わないという事もできません。
ですので、テオ君の能力を目の当たりにして、尚且つ親しいイーリス君と組ませる事で、情報の拡散を最小限に抑えようという事です」
「それ初耳なんすけど……?」
イーリスの呆然とした言葉に、ヴェルナーは軽く肩をすくめる。
「聞かれませんでしたし、そうなれば良いなという程度の話ですから。パーティーは結局の所、当事者同士の意思でしか成立しませんしね。
それにドラゴンキラーの情報は拡散するのが必然ですから。情報の拡散防止はあまり期待はしてません。
実際の所、今回の人選はテオ君の護衛を探している所に、ちょうどよくイーリス君が仕事を求めてやって来ただけなんですよ。
エミリ君はイーリス君と一緒に仕事を受けたから。レイヤ君は目的地への案内人としてです」
「なるほど。俺の考えすぎか」
テオはそういって話を終わらせる。
だが本当にそんな『うまくいけば儲けもの』程度の軽い理由だろうかと考えていた。
今、ゲディックの街に広まっているのはドラゴンキラーの情報であって、テオがそうであるという情報はまだ出回っていないはずだ。
テオがドラゴンキラーであることのウワサが広まっている事は、面倒ではあるがあまり問題ではない。
最も秘密にしなければならないことは、テオのアイテムボックスが生きている人を大量に、長期間、安全に収納できる事だ。
その秘密を知っているのはテオを除けば、ギルドマスターのキリク、ヴェルナー、そしてイーリスだけだ。
秘密を守るために一番自由な位置にいるイーリスを自分に付けて、ひとまとめに管理するつもりなのだと思った。
そうだとするとイーリスには悪い事をした。自分のわがままに付き合わせる事なる。
しかしギルドの方からその事についてイーリスに明言しないのならば、テオの方からなにかを言う事もできない。
なにも言う事ができないなりに、イーリスには報いてやればいよいのだとテオは後ろ向きになりそうな考えを振り払う。
「テオ君。こちらを着いた先の責任者に手渡して下さい。荷物の明細も同封してあります」
ヴェルナーに封蝋の施された手紙を渡される。
「分かった。必ず渡す」
受け取ったテオは手紙を速やかに収納し、貴重品の目録索に括り付けた。
「さ、出発しよう」
号令と共に歩きだすレイヤについて歩きだす。
その時、テオは一つの事に遅まきながら気がついた。
「ん? 徒歩で行くのか? 馬車とかじゃくて?」
「? ああ、途中に一泊野宿するが、明日の昼まで歩けばたどり着く距離だ」
およそ丸一日歩いてたどり着く距離。今まで発見されていないダンジョンだというのにたったそれだけの距離しかゲディックの街と離れていない。
レイヤの言葉にテオは嫌な予感を覚えながらも、頷くしかなかった。
「ああ。そうなのか……」
「大した距離じゃないっすねー」
「そうね、意外と近いわ」
気楽な様子で頷き合うイーリスとエミリに、テオはこの予感が当たっていない事を信じても居ない神に祈りを捧げた。
◇ ◇ ◇
出発するテオ達を見送ったヴェルナーはギルドに戻り、書類仕事を再開した。
これでテオが到着し前線基地を囲む防壁建築のめどが立てば、ようやくダンジョンの攻略事業が開始できる。
その為にはまだまだ大量の書類仕事が待っている。そればかりではなく、いつも通りの日常業務の書類も山とある。それらの山を崩すべく、机に向かってペンを振るっているとやって来た人物がいた。
このゲディックの街のギルド支部のギルドマスター、キリクだ。
「テオのヤツはダンジョンの前線基地に向かったのか?」
「ええ、つい先程出発した所です」
「そうか……」
キリクは、難しい顔をして近くのソファに座る。
「……アイツは本当に大丈夫なのか? 石切場の地形が変わったと聞いたぞ?」
「それは……。あの石切り場の地形の変化は仕方のない事でしょう。
あの量の石材を持っていくのは決まっていた事です。遅かれ早かれ石切り場の地形は変わっていました。
ダンジョンの前線基地を構築するには、それだけの石材が必要なのですから」
「それは分かっている。たった一度でアレだけの大量の石材を運ぶ必要があるのはな。
だがな、その地形の変化が早すぎて悪目立ちしている。
お前ならそのウワサが広まる前に、もう少し抑える手が打てたはずだぞ!」
「それは……そうですね。考えがおよびませんでした。お詫びいたします」
「フンッ……」
鼻を鳴らしキリクは続ける。
「まあ、強くは言えないがな。アイツ自身、自分のやっている事が周囲にどういった影響を与えるのか分かっていないフシがある」
「それは……確かに……」
二人は揃ってため息を漏らした。
テオはドラゴンを返り討ちにして持ち帰っただけではない。襲ってきたヴァンパイアを己のアイテムボックスの中に収納してしまったから、封印するために引き渡したいとも言ってきた。
ヴァンパイアの封印など国が行なうべき仕事であって、冒険者ギルドの仕事ではない。
当然ギルドが封印などできないので、テオにそのままアイテムボックスの中で封印を続けるように告げるしかなかった。
ついでに己のアイテムボックスの中にヴァンパイアを入れていると言う事に対して、危機感を持っているようには見えなかった為に口外無用も言い含める事になった。
「まあ、ギルドとして最もアイツの力を必要としている仕事がアレだからな。
ダンジョンの前線基地の構築は冒険者ギルドの喫緊の課題だ。
その為なら一人の冒険者が、政治的に窮地に陥るのも仕方がないと言えるのかもしれん。
だがな、本人が納得しているならともかく、ギルド側が騙して窮地に陥らせたのなら、それは大問題だ。
今回の仕事はアイツ自身の戦略的価値を証明する事だと、アイツは分かっているのか?」
「その点は大丈夫です。テオ君も承知の上で引き受けてくださいましたよ。
今回の依頼が一つの砦を急造させるのと同じ事だと分かった上で、前線基地の構築の重要性を理解して引き受けていただきました。
彼が受けてくれず、スタンピードが起こった際の被害予想を資料に添えたら、快く」
ニッコリと笑顔を浮かべるなヴェルナーにキリクは信じ難いものを見たかのような視線を向ける。
「……そいつはテオのお人好しの部分につけこんで利用しただけじゃねーか」
「そうですね。ですが、彼が救世主なのも事実です。
いつスタンピードが発生し、この街もモンスターの群れに呑み込まれるか分かったものではありません。
だというのに、私達はダンジョンを封じ込める人手も予算も不足していました。それを救って下さったのが彼です。
ドラゴンの売却金で資金をまかない、到底不可能だと思われていた建築資材の運搬能力を提示してくれました。
この街を守る義務のある冒険者ギルドの者として、彼の能力を使わないという選択肢はありませんでしたよ」
「……それもそうだな。ギルド員として正しい判断だ……。
チッ……。だから、ギルドマスターなんて職は嫌なんだ……」
政治的に保護すると約束したギルドを功績あるギルド員を守らず、逆に政治的に窮地に追いやるような真似はは思う所がある。
若い頃のただの一冒険者だったキリクならば、真っ先にギルドに噛み付いただろう。
しかし年をとり、ギルドマスターなんて地位に付いてしまった以上、そんな汚いとも言える手口も容認して――いや、積極的に使わねばならない時がある。今がその時なのだろう。
「ともかく、お前の判断に文句は無い。しかしだ! テオの情報が上の方に回るのはなるべく遅らせろよ! それがギルド員を守るギルドとしての最低限の義務だ」
「遅らせるだけでよろしいのですか?」
「ああ、情報をいくら隠蔽した所で必ず上の者む知る事になる。情報の出処はここだけじゃないからな。
ダンジョンを攻略可能な状態に持っていくんだ。金の匂いに釣られら集ってくるのは確実だ。
だが知られるのが少しでも遅れれば、テオの行動も目立ちにくくはなるだろう?
ドコまで効果があるかは分からんが……」
「テオ君の情報の改ざんはしなくてよろしいんですね?」
「情報の改ざんは許される事じゃない。上の連中の間違った情報のせいで死んだヤツは十人二十人じゃきかねぇ。
俺らは常に正しい情報を伝えないといけない義務があるんだ。
だがな、上に一冒険者の事を一々報告する義務もない。
特記事項を記した書類の提出ミスとして片付ければ済む話だ」
「高位冒険者の存在を速やかに本部へ報告する事も支部ギルドの義務では?」
ヴェルナーの指摘にキリクはニヤリと笑う。
「おいおい、高位冒険者の定義を忘れたのか?
高位冒険者っていうのはな、高位モンスターを討伐した、戦闘スキルをレベル8以上で持っている冒険者の事を言うんだぜ?
アイテムボックスのスキルは生活スキルに分類されていて、しかもレベル表記のないスキルだ。
だからテオは、最も有名な高位モンスターであるドラゴンを倒した功績があろうとも、絶対に高位冒険者にはなれないんだ。今の規定を厳密に守るならな。
オレは善良なギルドマスターだからな。規定を破るなんて恐ろしい事はとてもとても……。
だからテオは高位冒険者にはならないし、結果として本部に報告する義務も存在しないわけだ」
「善良なギルドマスターは特記事項を記した書類の提出をミスしろだなんて言いませんよ」
「なに、善良なギルドマスターであろうとミスをする事はあるさ」
その言い方を気に入ったようだ。
「なにせ善良なギルドマスターだからな。ミスすらも自分のギルド支部のギルド員を守る事になるのだ。
うんうん、実に素晴らしい事じゃないか」
キリクは満足気に頷き、ヴェルナーは呆れた様子でため息を付いた。




