04話 居心地が良い眠りの世界で
「なんでそんなに嬉しそうなんだ? なんでそんなに親切に教えてくれる?」
友人に向けるかのような彼女の笑顔にテオは戸惑い警戒する。アニタは肩をすくめた。
「テオの事を認めているからさ。神の干渉の無い状態で一対一で戦い、見事に私を打ち倒したんだからな。
クリスタを私の眷属に迎え入れられなかったのは残念だが、それは仕方がない。
私を打ち倒した勇者に敬意を表するのは当然のことだろう?」
「俺はアニタをここに幽閉している張本人だぞ?」
「わかっているさ。テオが私を閉じ込めているというのは。
それとも出してくれって懇願したら、私をここから出してくれるのか?」
「……出せるワケないだろう。お前は危険な存在だ。この保管世界から出すとしたら、その時は封印措置が整った時だ」
「封印は勘弁して欲しいな。あれは相当辛いと聞くし」
「なら諦めろ。封印措置が整わないなら、お前は俺が死ぬまでここに閉じ込める。
俺が死ぬまで、逃がしはしないぞ」
「……!」
テオの硬い声での宣告に、アニタはキョトンとした表情になった。そして吹き出す。
「フフフっ。まさか、そこまで熱烈な求婚をしてくるとはな?」
「……だれが求婚なんてした。封印代わりにここに閉じ込めているだけだろうが」
「照れるな照れるな。そこまで熱烈な求婚をしてくるならば、私としてもやぶさかでない」
アニタの口元にはからかいの笑みが浮かんでいる。テオが半眼で睨み返していると、彼女は肩をすくめた。
「まあ、いいさ。ここは居心地がいいからな。封印されるより、ここに閉じ込められている方が遥かにマシだ」
アニタは穏やかな様子で、保管世界内を見回す。
比較論だろうが、自分を閉じ込めて動けなくしている場所に対してアニタは信じ難い評価を口にした。
「居心地がいい……?」
「ああ。私もここで目を覚ましてから、しばらくしてから気がついたんだがな。
この保管世界には、神の気配というものが無い。
まあ、管理者が違う別の世界なのだから当然なんだが……。
私達ヴァンパイアは常日頃から、神の干渉を強く受けて居たみたいなんだ。
だがここは、私達ヴァンパイアを圧迫するような、迫害するような力が全く感じられないんだ。
とてつもない重荷を今まで背負わされ続けいたのだと、初めて気付かされた……」
「……ここは、アニタの力を制限しているんじゃないのか?」
アニタの身体を動かなくしていると言う点は同じ事ではないだろうか?
「確かにそうだが、現実世界と比べたら雲泥の差だよ。
この世界――保管世界は確かに私に力を出させないようにさせている。
けど、それだけなんだ。とても優しい制限で、柔らかな布で包み込むように力を制限している。
現実世界の、隙きあらば私を害そうとする力に比べたら天国だよ。あちらは荊棘を巻いた荒縄で、あわよくばこちらを絞め殺そうとする制限だからね」
現実世界の管理者であるという神という存在は、どれほどヴァンパイアの事を嫌いなのだろうかとテオは思った。
「だがまあ、居心地が良いにしても不満はある。この世界は退屈だ。
だから、なにか私に娯楽をよこせ」
「なんで封印しているヤツに娯楽を提供しなくちゃなならないんだよ。ずっと寝ていればいいだろうが。寝てる分には放って置いてやるぞ」
「おいおい。無茶言うなよ。ここは微睡むには最高の環境だが、ずっと寝ている事なんてできない。
テオだって寝続けるなんてできないだろう?」
「ヴァンパイアなんだから、それはできろよ」
「無茶言うな。ヴァンパイアは確かに丈夫だが、生き物なんだぞ?」
ヴァンパイアができない方がおかしいと思えるのでテオは文句を言う。アニタは呆れた表情で訂正した。
「まあ、私の待遇改善はこれから先、話し合いを続けようじゃないか。
時間はある。テオが寿命を全うするかどうかは分からないが、人間の寿命程度の時間ならば付き合うのも悪くない」
「言っておくが、俺はお前の召使いじゃないぞ?」
「お前じゃなくて、アニタと呼んでくれよ。アニーでもいいぞ?」
ご機嫌な様子で訂正を求める彼女に、テオは深いため息だけを返した。
アニタは、今は攻めるべき時では無いと判断したのか、肩をすくめた。
「召使いじゃないにしても、テオからすれば人生の大きな割合を私と共に過ごすことになるのだろう? ならば、良好な関係を築いた方がいいだろう?
テオだって私とこうしてコンタクトを取る度に、罵詈雑言を浴びることになるのはイヤだろう?
私としても唯一会える存在に、顔を合わせる度に罵声を浴びせるような関係は勘弁してもらいたい」
「……それは、後回しだ。
それよりも答えろ。お前は答えをはぐらかしただろう。なんでお前は時間停止の効果があるこの保管世界の中で動くことができるんだ?」
始めに聞いて置かねばならないことだったが、管理世界やらの衝撃的な話が飛び出てきたせいで、後回しになってしまった。
「ああ、そのことか。別にはぐらかしたワケじゃないんだけど……。ここに閉じ込められてから誰かと話せるなんて初めてだったから、テンションが上がってしまっただけなんだよ。
ああ、そんな怖い顔しなくとも答えるよ。
この保管世界は、時が止まっている世界だというのは薄々気が付いていたよ。全く動く気配の無いアレがあったからな」
アニタは保管世界の空間に浮かぶ、火竜の吐息の塊を指差す。
「正直な所。私にもなんで動けるのかは分からない。だけど、予想ならついている」
「それはなんだ?」
「私の――と言うか、ヴァンパイアの固有スキルである不老スキルが影響しているだろうね。それ以外は考えにくい。
不老スキルは時の干渉を退けることで老いをなくしている。
現実世界と保管世界は時間の流れが異なるから、その差異を時の干渉として不老スキルが退けているんだろう」
時間を止めている世界の影響を、時間を進めるスキルではなく停止させるスキルによって退けているというのは、奇妙な事だと思う。だが、スキルがどのような影響を及ぼし、どのような影響を及ぼさないのかは、使用者の感覚でしかわからない事がある。
本人がそういうのであればそうなのだろうと納得するしかない。
「……ヴァンパイアっていうのは厄介なヤツだな……。ドラゴンですらここじゃ動きを止めて居たんだぞ……」
それをつぶやいて、テオは気がついた。
テオは今まで、アニタの事を一切確認していなかったわけではない。だが前に確認した時、彼女は一切の動きを止めていたはずだ。その時は保管世界の時間停止の効果が彼女に効いていたのはないだろうか?
「アニタはここに居る間、ずっと起きていたのか?」
「? そんなわけないでしょ。どんだけ長い時間いると思ってる? やることも無いんだからほとんどの時間は寝て過ごしている。
だから、退屈なんだから娯楽をよこしないって言ってるのよ」
「……」
ということは確認した時に彼女の時間が止まっていたのか、それとも寝ていただけなのかはわからない。
それは後で確かめればいいことだと、考えてテオは頭を振ってその考えは振り払う。
そもそも、なんで彼女に付き合わねばならぬのだと思う。自分と彼女の関係は封印する者とされる者の関係だけでいいはずだ。
なぜこうして話をしているのか、意味がわからない。
ああけれど、一つ問題があるかもしれないことに気がついた。彼女が意識を保ったままでいるとなると、アイテムボックスの機能になにか問題がでるのかもしれない。
ふと保管世界内を見回して、つい先程大量に収納した巨石のブロック群の塊を見つける。
「少なくとも収納に関しては問題無いみたいだけど……」
保管に関してはどうだろうかと不安に思う。
テオの視線をたどって巨石ブロック群をみたアニタは感心した様子を見せる。
「ああ、やはりすごいなテオは。あれだけ大量のモノを一瞬でこの世界に引きずり込めるのだからな」
彼女はなぜか我が事のように自慢げだ。
「……?」
不思議ないい回しだ。一瞬で、とアニタは言う。けれど視線の先にある巨石ブロック群の収納には、それなりに時間がかかった。
「あの石が保管世界に入った時にはアニタは寝ていたのか?」
「? いや、起きていたが? 瞬きする間であそこに出現したぞ?」
「あー。なるほど、そういう事か……」
保管世界の時間停止の機能は、アニタに対して完全に機能していないわけではないようだ。
彼女が寝ていた間に収納していたのならば『一瞬で』などは表現しないだろう。
つまり彼女は、時が止まっている時と止まっていない時がある。ということだ。
巨石ブロック群は収納されて居た間、彼女の時は止まっていたのだろう。そして彼女の時が動き出した際に、彼女視点では一瞬前までは存在していないった物が出現していたために、『一瞬で』と表現しているのだ。
ならば今は何故、アニタは話ができていて、時が止まって居ないのか。テオが疑問に思っていると、不意にアニタは驚きの声を上げた。
「……お、おい?! なんでその体どうした?!」
「?」
自分の体をみると透けているのがわかった。けれど不思議と驚きが無い。
トントンとドアをノックする音が遠くから聞こえてくる。
「――テオさーん。ご夕飯ができましたよー! 食べられますかー?」
遠くから声が聞こえ、テオは目を覚ます。
宿屋のベッドに横になっていて、ここ数日で見慣れた木の天井が見えた。
「――……あ、ああ。今起きた! 夕飯は食べるよ!」
体を起こしながら、ドア越しに宿の看板娘に返事を返す。
「はーい。では遅くならないうちに来てくださいねー」
看板娘の声の後、軽い足音が遠ざかって行った。
「――夢……か?」
見慣れた宿の一室だ。
保管世界内のアニタへと意識を向ける。しかし、先程のように意識があるようには見えない。目を閉じたまま、静かに保管世界の中に浮かんでいた。
寝ているようにも見えず、時が止まっているようにしか判断できない。
「……やっぱり夢か……」
なんであんな夢を見たのかと不思議に思うが、夢なんてわけのわかないモノを見るものだと考え直す。
テオは頭を掻きながら起き上がると、夕飯を取るために部屋を出た。




