02話 岩盤の切り取り
石切り場の作業中、冒険者ギルドのギルドマスター・キリクからの手紙を読んだ石切り場の親方は、日に焼けた顔をしかめた。
今しがた手紙を手渡して来たヴェルナーに睨むような視線を向けた。
「……今からこんな大量の、市壁用の石ブロックなど用意できんぞ?
それに本当にコレだけ大量の石を運べるのか? この手紙からの要求量に比べれば今から渡せるのはほんの僅かだが、それでもとんでもない量になる。それを今ここで引き渡せなどと……。
石の値段の半分以上が輸送費だという意味が分かっているのか?
コレだけの量を運ぶとなると馬車が何十台必要になるかわかったもんじゃない」
「ええ、その点は大丈夫ですよ。彼は我が冒険者ギルドが誇る輸送のスペシャリストですから」
ヴェルナーが満面の笑みで紹介するのが、ここまで連れてこられたテオだ。
この石切り場は西門から市壁の外ある。ゲディックの街並を作り上げた石材は全てが崖から切り出された石材で作られている。
その昔、石切り場は市壁の内側にあった。しかし発展していく度に手狭となり、市壁内の石切り場は市街地に呑み込まれた。
けれど石材の需要が無くなった訳でもない。そこで石切り場は市壁の外に追いやられた。
テオはいつの間に自分はそんな存在になったのだと他人事のように思った。
「俺はアイテムボックス持ちでな。その容量は結構でかい。十分に運べるさ」
「『結構でかい』などと謙遜を言ってますけど、彼のアイテムボックスの容量は桁外れです。だからこそ冒険者ギルドは彼一人だけを連れて、その量の石材を求めてきたのです」
親方は疑いの目でテオを観察する。
「……ギルド職員が出張って来るんだ。嘘じゃないだろうが。いくらアイテムボックスがデカくても一人だけじゃ大した量にはならんだろうに……。
――まあいい、ついて来い」
顎をシャクって親方は歩き出す。
彼についていった先には、切り出され長さ五十センチほどの直方体になった石ブロックが山積みになっていた。
「建物用の石ブロックだ。だがそちらさんの必要とする村の防衛用に使えるシロモンじゃない。今は市壁用のでかいブロックなんてほとんど無いぞ?」
「その事も心配要りません。テオ君のアイテムボックスに収納してもらう際に、その大きさの石ブロックを崖から直接切り取ってもらいますから。
ああ。その前にその切り出し済みの石ブロックの山も収納してもらえますか?
実際に見てもらった方が信用してもらえるでしょうし」
「ここの石ブロックの山は全部持っていっていいのか?」
「ああ。持っていけるものなら持っていきやがれ」
全く信用していない様子で親方は腕を組みながら鼻を鳴らした。
「それじゃ遠慮なく」
テオの言葉と共に、山積みされた石ブロックはその場から消え失せた。
「――んな……?!」
あんぐりと口を開く。そんな親方にヴェルナーはニコニコと笑顔で告げる。
「お代の方はしっかりとお支払致しますからご心配なく」
なんでヴェルナーさんが勝ち誇っているんだ。
テオの疑問を他所に、見ていた石工の一人が親方に聞く。
「おやっさん? ここの石ブロックは石工ギルドの納品分を一緒にしてあったヤツじゃ?
いいんですか? 持って行かれて?」
「あっ、そうだ! ま、待ってくれ! そいつを持って行かれたら困る!」
焦る親方にヴェルナーはニッコリと笑って応じる。
「では改めて交渉にいたしましょう」
その後のヴェルナーと親方の交渉によっていくつかの事が決まった。
納品分は返すが、それ以外の石ブロックをギルドに。そしてギルドからの要求に足らない分の石材は、テオが崖から切り出しを行なう事。切り出しの人件費は必要ない為に、値段は安くする事。親方は切り出して良い場所の指示と切り出してギルドが持っていく分の監督を行なう事になった。
「……その分、俺が働く事になるんだが……」
「テオ君は石の切り出しは可能だと言っていましたよね?」
「まあできるが……。輸送だけの仕事とは違う仕事だと思うんだが……」
「ま、冒険者はなんでも屋ですから。できるならやってもらいますよ」
「……了解」
テオは親方に切り出して良い場所への案内を頼む。
「こっちだ。とは言え、すぐそこなんだが」
指を指された場所は、崖から石を切り出している現場だ。
「早速やっても?」
「ああ、お手並み拝見てとこだ」
テオは収納門を展開すると、岩盤の一部に挿し込んだ。
その収納門は、通常の門とは少々形が異なった。入り口が外側になるように二つに折りたたんだ、一枚の収納門だ。
差し込まれた岩盤には一見した所変化は無い。元々門は収納か排出を機能させ無ければ、物体と接した所で干渉せずに突き抜けるだけだ。
しかし今岩盤に差し込んだ二つ折りの収納門は機能している。
差し込まれた場所の岩肌をよく観察してみれば、紙一枚ほどの切れ目が見えただろう。しかしこれは岩盤が切れている訳ではない。紙一枚分の厚みの岩盤が保管世界に移動させられているだけで、岩盤自体はしっかりと繋がっている。
現に二つ折りの門を移動させれば、岩盤に見える切れ目がそっくりそのまま移動した。
テオはカットする目的の位置まで移動させ、カットする大きさまで門の大きさと形を操作する。
慣れない操作に手間取ったがやがて、長さと深さ共に三メートルの正方形に整形した収納門を岩盤内部に差し込む事ができた。
保管世界から見ると、出口を内側に折りたたんだ収納門のスキマに、岩盤の紙が差し込まれた形だ。
「じゃあ、コイツを切りますよ?」
「ああ、できるもんならやってみてくれ」
テオの確認に石工の親方は頷いた。
テオは保管世界の中で、二つ折りにされたままの収納門をピタリと合わせたまま僅かにズラした。
ピシッ! と小さく鋭い音が響く。
「……切れた、のか?」
「ええ、切れましたよ」
石工の疑問つぶやきにテオは頷く。
これは『竜断ちの鋏』の応用で『竜斬りの剣』と名付けた技だ。
『竜断ちの鋏』は保管世界にある物体を、二つの重なり合った門をくぐらせる。
そうする事で大部分を保管世界に収納された状態にありながら、切断すると決めたラインだけが現実世界に出る事になる。しかし、ハサミの2つの刃に挟まれた部分と同様に、厚みがあるワケでない。
そして二つの重なりあった門を現実世界においてズラす事によって、ハサミと同じ原理でモノを断ち切っている。
『竜断ちの鋏』は、重ね合わせた二つの門にくぐらせる事で、ドラゴンの首であろうと切断する。
『竜断ちの鋏』と呼称するのは、大部分を保管世界の方に収納して居なければならないと、限定してあるわけではない。
今やったように大部分を収納している場所が、保管世界でも現実世界であっても可能だ。
ゆえに門をくぐらせる方式の切断の事を、どちらの世界を主体としても『竜断ちの鋏』と呼称することにした。
そして『竜斬りの剣』も『竜断ちの鋏』と原理は全く同じだ。
それでも『竜斬りの剣』とわざわざ別の名称にしているのは、薄紙を挿し込むように物体の一部だけを収納できるように、二つ折りに整形した門を使用しているからだ。
『竜斬りの剣』は『竜断ちの鋏』よりも門の形状変化が伴う分、難易度が高い。
わざわざ『竜斬りの剣』など高難易度の技を作ったのは一つの理由がある。
保管世界の収納品は全てが一度は門をくぐったモノであり、保管世界のモノであるならば『竜断ちの鋏』で全てが対応可能だ。
しかし、現実世界では門よりも大きなモノも多く存在し、全てのモノを門を通過させる事はできない。
今対応している崖が門をくぐらせる事のできない大きなものの典型例だ。
二つ折りし、さらに門の縁に接触しないように境界面を剣状に整形したのが『竜斬りの剣』だ。
これらならば、断ち切るモノの全体を門をくぐらせずに、あらゆる物体の切断が可能となる。
もっとも収納できる存在に限られる。
元気なドラゴンやアニタのように、収納に抵抗する存在を直接断ち切れる技ではない。
テオはそのまま『竜斬りの剣』を並行移動し、三メートルの位置で止める。その際に切れ目が移動したのが見えたが、切れたと言う場所にもまっすぐに傷が残っていた。その傷はあると指摘しなければ気がつかないだろう。
石工はその傷まで近づき、手に触れてまじまじと見つめる。
「……本当に切れているのか……?」
「切れてますって。カットを続けますから離れてくださいよ。危ないですよ?」
「ああ、そうだな」
半信半疑の様子で彼は離れる。睨むように岩盤を観察する彼の事は気にせずに続ける事をテオは決める。
「ちゃんと岩を切れたって確認できましたから、連続して切り出しますよ」
ピシッ! と小さく鋭い音が響き、続いて『竜斬りの剣』を九〇度回転させて、二本の傷の下端同士を繋げる。
そしてカット。
ピシッ!
切り出す岩は立方体だ。
最後のカット作業は岩盤の内部の、今見えている面を立方体の表だとすると裏側の面に『竜斬りの剣』の位置を合わせる。
ピシッ!
これで立方体の岩が岩盤から切り出せたはずだ。表の面と上面は最初から露出していたからカットする必要はない。
テオは立方体に切り出した石を収納する。
親方は消え失せた場所を呆然として見ている。
「お前さん。石切のスキル持ちか?」
「いいや違うよ。コイツはアイテムボックスのスキルの応用だよ」
「……アイテムボックスだけで石を切り出したというのか……?」
テオの否定に彼は疑わしげな様子だ。信じたくない様子だ。
「にしても……。一個ずつ切り出すのは面倒だな……」
要求されている石材の量は今切り出した石ブロックに換算して三桁倍を軽く超す。切り出しの労力はさほど必要無いが、要求量を確保するまで同じ事を延々と繰り返すのは面倒だ。
テオは石を切り出す崖を見渡す。大部分を切り出しても大丈夫なように崖の上には何もない。
「……親方さん。一つ聞きたいんだが、必要量を一気に切り出していいか?」
「なに? 一気に? 何を言っておる? そんな事したら崖が崩れるだろうが」
「なら。崩れる事が無ければやっていいってことだな」
テオは一人納得すると、返事を聞くまえに行動を始める。
「お、おい待て!」
親方の慌てた声を背後にそれは起こった。
その日、崖が百数十メートルに渡って、数十メートル後退した。




