01話 運送依頼
ギルドにやって来たテオは、面倒な依頼がありませんようにと願いながら、楽な仕事がないかとカウンターへと向かった。
「ああ、テオさん。テオさん宛に指名依頼が存在していますよ?」
受付嬢のヘレンに笑顔で教えられた。
――ああ、やっぱり。
諦念を抱きながらテオは個室に案内され、そこで見慣れたギルド役員、ヴェルナーと向かい合う事になった。
「テオ君はダンジョンがどういう物かは知っていますか?」
前置きも無しに彼はそう訪ねて来た。
「モンスターが沢山いる洞窟の事だろう? なんでもその奥には金銀財宝があるとかないとか。
その程度しか知らないな。ダンジョンなんてそうそう縁があるようなモノじゃないだろう?」
ダンジョンはおとぎ話によく登場する題材だ。農村出身のテオもダンジョンにまつわるおとぎ話は聞いた事がある。
おとぎ話ではない実際の話ではダンジョンは珍しい存在にすぎない。縁がない場所に住んでいるならば、一生関わることは無い場所だ。
「そうですか、まあ無理もない事ですが……。
まあ、一応お話をしておきましょう。ダンジョンというのはモンスターと同じく自然発生する存在です。
以前は何も無かった場所に、気がつくとポッカリと入り口が開いている。
その中はその近辺よりも強いモンスターが数多く湧いて出てくる。などほかにも色々とダンジョンの中と外でモンスターの違いはあります。
色々と問題はあるのですが、ダンジョンが一番問題となるのは、一度発生したダンジョンは『二度と消えない』と言う事です。
一度発生したモンスターは殺しても消えたりしないように」
「けど、ダンジョンって洞窟なんでしょう? 大量の土砂で入り口を埋めてしまえばいいんじゃ?」
「言ったでしょう? 消えたりはしないと。そんな事をしても数日もすれば埋めたはずの場所が元に戻るんです。
ダンジョンの中のモンスターは放っておけば際限なく増える。それがダンジョンの中だけで完結しているならばいいのですが……。
一番の問題はダンジョンの中で発生するモンスターの数が、その容量を超えると起きる大暴走です。
ダンジョン内部のモンスターが一斉に外に溢れだし、力尽き命果てるまで目に付くモノ全てを破壊します。
しかも、外よりも強いモンスターが……です。
しかも大暴走が起こった場所は、今までよりも強大なモンスターが数多く沸き出やすくなります。
だからこそダンジョンは発見し次第。管理をし続けないといけないんです。
そうでないと溢れ出るモンスターによって人類の生存領域は削られ、減り続けることになる」
ダンジョン外のモンスターも種族単位で時折大暴走を起こすが、こちらは命果てるまでは続かない。それにある程度までの対処法は確立している。
テオの引きつった表情で彼に聞く。
「あの、ヴェルナーさん。嫌な予感がするんですが……」
「多分君のその予感は当たっているでしょう。
この街、ゲディックの街より南方の平原。その中央付近にて、新たに発生したダンジョンが発見されました」
「……まさか、俺にダンジョン攻略に参加しろって言うんじゃ……?」
テオは確かにドラゴンを殺した。しかしそれがテオは戦いに向くとイコールにはならない。
テオの戦いは、殺すか殺されるかが、ある要素によってほぼ決まってしまう。
それはモンスターがアイテムボックスへの収納に抵抗できるか否かだ。
ダンジョンにはダンジョン外よりも強いモンスターが現れる。もし、そのモンスターが収納に抵抗できないならば、テオは無人の野を行くがごとくダンジョンを攻略できる。
しかし抵抗する事ができるモンスターがいるのならば、ダンジョンはテオにとっての死地となる。
ダンジョンにそんなモンスターが居るかどうか、命をかけて調べたくはない。
戦々恐々とするテオにヴェルナーは苦笑交じりに首を振る。
「いえ。確かに【竜牢】の二つ名を持つテオ君が攻略してくれるならばありがたい事ですが、今回の依頼は違いますよ」
テオは安堵のため息を付く。
「そのダンジョンが発見されたのは今からおよそ二月前の事です」
「二月前……」
緊急に近い依頼だと思っていたのだが、随分と前の事だと感じた。いや、そうでもないのか?
「すでにそのダンジョンには多くの者が派遣され、現在、前線基地が作られています。
ですが、その場所は平原のど真ん中です。周りは何も無い。なにをするにしても、他から物資を持ち込まないといけない。
水と食料は今の所、問題なく届けられています。問題は住居の方です。
土魔法の使い手のが簡易的な物と言え、拠点とダンジョンの入り口を封鎖する城壁を作っていますが、土魔法では恒久的な建築物は作れまれせん。
その形を維持する為に定期的に魔力を注がないとすぐに土塊に戻ってしまいます。
テオ君に頼みたいのは、建築資材の運搬です。材木、石材、レンガ――とにかく大きくて重い資材を大量に、運べるだけ運んで欲しいのです。
なにせそれらの建築資材が高く付く理由の大半は輸送費用ですからね。テオ君に頼んで大量に運んで貰えれば、それだけで費用が安くできる」
何もない平原のど真ん中に一本の丸太を運ぶには、馬車とその馬車を護衛する物が必要になる。前線基地をまともな防衛力のある拠点とするには大量の資材が必要となるのだ。それを運ぶ費用がどれほどの額になるか。
それが一人を移動させるだけで、前線基地にまともな防衛力を与える資材が運べるとなれば、どれほどの経費削減になることか。
資材の運搬にはマジックバックの存在が多大な威力を発揮している。重い物を収納してしまえば、軽いマジックバック本体を持ち運ぶだけで済むし、誰しもが扱うことのできる魔道具だ。
しかし、丸太一本のような大きな建築資材を大量に輸送しなければならない場合、マジックバックや一般的なアイテムボックスは到底使える代物ではない。
マジックバックは大きさ制限があり、丸太一本を収納できるほどの大容量の物など、どれほどの値が付くか予想もできない高級品となる。
またアイテムボックスだとしても、丸太一本を収納できるほどの大容量のアイテムボックスを持っている者も滅多にいない。
馬鹿げたほどの容量を持つテオが例外中の例外なのだ。
「これは指名依頼となります。数人の護衛と共に運んでもらう事になります。
これが前線基地へと持っていってもらう物のリストです」
渡された資料を見ると品目数は少ないが、それぞれの品は大きく重い物だ。尚且つ量も多い。
コレだけの量をまともな手段で運ぼうとしたら、この街からその前線基地まで馬車の大行列が繋がりかねない。どれほどの金額が掛かるか分かったものではない。
資料には運ぶ物のリスト以外にも多くの情報が載っている。前線基地の位置や今現在の規模。これから必要となる基地の規模とそれに必要な建築資材の量などだ。
ダンジョン管理の拠点とする街を作り上げる計画の第一段階。それを全うするのに必要な資材のおよそ半数をテオに一度に運ばせるつもりらしい。
まあ、テオのアイテムボックスならば余裕で持っていける量なので問題視はしない。
「なるほど……。にしてもこんなに沢山の石材も運ぶのか? 現地で石を掘り出した方がいいんじゃないか?」
テオの資料を見て浮かんだ疑問にヴェルナーは首を振る。
「現地の地面の下には建材にできるような石は無いそうです。空堀を掘っては居るが、出て来るのは土と砂利と小石ばかりだと。
かと言ってこちらから前線基地に石材を運ぶとなると、いくら金があっても足りません。
なので、前線基地の最低限の防備を固める事すらも、遅々として進んでいません。
ですが、テオ君がこの依頼で大量の建築資材を運んでくれるならば、ダンジョンの公表もダンジョンの利用もようやくできるようになります。
ギルドとしても、ろくに建築資材が運べないことは頭痛のタネでした。
何時モンスターが溢れてくるかわかりません。
『ダンジョンの攻略』という名のモンスターの間引き作業も今は調査段階です。間引きはろくにできないしょう。
資材が運ばれることがないならば、ギルドにできる事は土魔法の使い手を大量に派遣して城壁を維持させること。そしてダンジョンからモンスターが溢れ出無いことを祈る事くらいなのです」
ヴェルナーの期待する視線に、テオは彼の望む了承の代わりに浮かんだ疑問を口にする。
「にしてもダンジョンがこんな近くにあるなんてウワサ、聞いたことが無いんですが?」
「ダンジョンの情報は一応、機密事項にしてあります。
下手に話が広まると一攫千金を求めて人が集まりかねない。前線基地はまだ多くの人間を守れるようにはできてはいませんから。
水や食料はマジックバックで持ち込めても、安全に休める場所がない。
最低限の安全が確保できるまでは、ダンジョンの場所を知らせる訳にはいかないのです。多くの被害で出てしまいますから」
「ん? それだと、間引き作業も進まないんじゃ? 機密にしないで、多くの冒険者を送り込んで一斉にダンジョンの攻略をさせた方がいいんじゃ?」
「それはできませんよ。昔、ダンジョンを発見した際にそれをやったギルド支部があるんです。
見つかったダンジョン情報を公開し、多くの冒険者をなんの準備も整っていないダンジョンに集めました。
ダンジョンの場所は山の中だったんですけど、その周囲にはあっという間に天幕でできた村めいた集落が出来上がったそうです。
しかし、そこに集まったのは居住環境を良くすることよりも一攫千金を狙うものばかりです。集落の防衛措置を講じる時間よりもダンジョン攻略を優先します。
その結果、集落の防衛措置はろくに存在しませんでした。
そのため、大暴走が発生したとたん、モンスターの群れに呑み込まれて消滅したそうです。
しかも人里の防衛戦力となるはずの冒険者が、大勢ダンジョンに流出していた為に、周辺の数多くの人里はあっさりと陥落しました。
このゲディックの街は発見されたダンジョンから最も近い街です。陥落した多くの街の二の舞いにするわけにはいきません。
それでテオ君。この依頼、ダンジョンへの物資輸送依頼を受けてもらえますか?」
テオはため息を付く。
「俺はギルドに守ってもらう立場だからね。
受けないといけないだろうけど、その前に一つ聞いておきたい事がある」
「なんですか?」
「確かに俺ならこの馬鹿げた量の建築資材を運べる。
けどそれは、この依頼は俺一人に、ダンジョンを封じ込める砦を作れって言ってるのと同じ事だと分かっているのか?」
物を運んだら、その荷物を置いていかねばならない。今回運ぶ物資の量を考えると、その場に置いていくだけで一つの山が出来上がる。
そんな大量な荷物は何も考えずに置く訳にはいかない。受け取り相手が何を持ってきたかを確認するためには種類事に整理して並べる必要がある。
が、この大量の建築資材だ。
単純に大量の石材を並べて取り出すという当たり前の行動の際に、土地の広さを節約するために積み上げる。
そんなテオにとっては手間とも言えないささやかな気遣いをするだけで、その場に城壁が出来上がってしまう。
この依頼で運ぶ資材の量はそれほどまでに多い。
「そんな戦略的価値を見せつけた俺に対して、ギルドが俺を守る為の措置はどうなっているんだ?」
ヴェルナーから笑みが消える。
「そうですね。たしかに『早急にダンジョンの周りに壁を作って欲しい』というのが、この依頼の真意でもあります。
ですが『大暴走を封じる為にダンジョンの周りを壁で囲って欲しい』などとは、ギルドとして一冒険者に頼める事でありません。
たとえ可能だとしても、貴方を守る為にもそんな荒唐無稽な依頼を書類として残すわけにもいきません。
だからこそ、単純に資材運搬の依頼として頼んでいます。
たしかに、この依頼は貴方の能力を周囲に示す事になるでしょう。
しかしギルドとして公式に周囲に示す事になるのは、大量の資材を運べる能力までです。
目的地に資材を置いていく時に、ダンジョンの入り口を封じる壁が出来上がったとしても、公式にはテオ君がやった事にはなりませんし、書類としても残しません。
非公式なギルドへの貢献として、数えるのみになります。
それにこれなら、テオ君が設定したライン――生きている者の安全な輸送が可能だというアイテムボックスの能力の秘匿にはかなっているはずです」
ヴェルナーの説明にテオはため息を付いた。
「……とんでもない詭弁だな……」
「ええ、詭弁です。
ですが正直な所、テオ君の能力を周囲に隠したまま有効活用したいと思ったら、こんな詭弁を弄した依頼くらいしか、冒険者ギルドには使い道が用意できないのです。
こんな依頼以外ならば、他の者の方が有効なスキルを持っていますから」
ある意味、テオにはそれ以外に能が無いという、無慈悲な宣告だ。
冒険者という存在は、あくまでも戦う者だ。テオは戦う者としては歪な能力しか持っていないのだから当然のない評価でもある。
「それも仕方ないか……」
テオはもう一度ため息を漏らす。ヴェルナーの言葉は正当な評価だ。
確かにダンジョンを放置する訳にはいかないだろう。
渡された資料にはギルドの年間予算とともに、今回自分が依頼を引き受けなかった場合に資材輸送に関わる費用の試算結果も掲載されている。
それによると、輸送費用はギルド予算の数年分に及ぶ。
資料にはそれに加えて、
『結論としては、そのような資金は存在しない為に、数十年をかけて資材を運ぶ事。もしくは現地で防御力の低い土嚢を積み上げる事で対処するしか無い。
土嚢で防壁を構築した場合、ダンジョンモンスターの大暴走に対して、防御力不足によって対応仕切れない事が明確に予測される』
とある。さらに、大暴走の起こる可能性は決して低くはなく、このままでは前線基地に滞在している者の安全は保証できない。また、ゲディックの街も被害が出る可能性が否定仕切れない。と結ばれている。
この資料は絶対に自分のような新人に見せて良い資料じゃない。ギルドの機密文書に当たる物だろう。特に注意書きが無かった為に全くそれらの方向の警戒などしていなかった。
この部分を読んだ時に、はめられた事に気がついた。
しかしこの資料を読んでしまった以上、テオには心情的な意味でこの依頼を断ることができない。
テオはギルドのギリギリの事情を察した。ギルドは精一杯テオを擁護しようとしているが、この依頼を受ければ長期的に自分にとってマズいことになるのは目に見えている。
けれどこの資料に有る通りの被害予想の規模を考えてみれば、自分一人を守る事への天秤が軽くなってしまうギルドの考えも仕方がない。
そうテオは理解し、そして納得してしまった。
最後に、もしも大暴走が起こった場合の被害予想を見る。
「………」
この数字はもしも自分がこの依頼を受けなかったら発生するかもしれない数字だ。
正しくは、テオが依頼を受けず、ダンジョンを囲む壁が築かれないままに大暴走が起きた際の数字だ。
この数字には何の罪も無い子供も多く含むだろう。
子供が好きというわけではないが、それはちょっと勘弁願いたい。
その犠牲の責任を負うまではいかなくとも、助けられるはずだった者を助けなかった。という罪悪感を背負うハメになるのは御免こうむりたかった。
テオは溜息と共に言った。
「受けるよ。たしかに俺にとってはさして難しい仕事じゃないしね。
けど、これはギルドに対する大きな貸しだからな……?」
「ええ。それは勿論。いや、ありがたい。これでこちらの肩の荷も下りる」
ヴェルナーは安堵の笑顔を浮かべた。
ドラゴンや吸血鬼と戦うことに比べたら、どんな依頼だろうと楽な仕事だろう。とテオは思い、ふと疑問が生じた。
……いや、そんな依頼を受けた事はないのだが。あの時の仕事はカエルの捕獲と貴族の護衛と言うなの名義貸しだったはずだ。
なら今回も?と脳裏に浮かびかけ、慌ててその考えを振り払った。




