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08話 提出



 イーリスの示す木陰の奥を覗き込むと、隠されるように結界柱があった。


 結界柱はテオの身長と同じ位の高さの石の柱だ。その表面には複雑な魔法文字がびっしりと描かれている。


 本来ならば垂直に立っているはずの結界柱は、今は大きく斜めに傾いている。


「あらら、傾いているっすね……」


「ちっ」

「初心者向け講習は中止ね……」


 フレッドは舌打ちし、スサンナは残念そうにつぶやく。


 イーリスは傾いた柱の根本にしゃがみ込み、荒れた地面を調べる。


「倒れた原因、分かるか?」


 彼女の背後から覗き込むテオは聞く。

「んー? たぶんモンスターか動物のしわざっぽいっすね。あえて結界柱を倒そうとしたんじゃなくて、地面を掘った結果として柱が傾いたっぽいっす。ほら、巣穴みたいな穴の後があるっす」


 彼女の指差す場所を見やると、確かに生き物が作ったらしい穴が傾いた柱によって崩されている。

 穴があるせいで根本がもろくなっていた柱が、何らかの外部要因によって傾いたのか。それともはじめから少し傾いていた柱が、穴が掘られた結果その傾きを大きくしたのかは分からない。


 分かるのは、ここまで大きく傾いていると結界柱そのものの機能が生きていても、まともな効果は発揮できない事だ。


 穴の主がキラーラビットなのか、それとも別な動物なのか、あまり重要なことではないだろう。


「まあ、人為的なモノじゃないから、事件性は無いっと思うっすね」


 人の意思の介在しない、ある意味ではただの事故だと判明した事で安心したイーリスは落ち着いて立ちが上がる。


 事件性は無いとは言ってもスサンナの呟いた通り、初心者向け講習の中止は免れないだろう。

 傾いた事により結界柱は機能が万全には発揮されていない。この街の周囲の森は、モンスターの出現率が普段よりも増加している。


 初心者数人の講習よりも、その危険性を速やかに報告することが優先されるのは当然の事だ。


「傾いてるだけなら、元に戻せばいいだけじゃないのか?」


 中止する事に未練があるフレッドはそう提案する。

 イーリスは首をかしげる。


「うーん。それは止めといた方がいいと思うっす。私達は専門家じゃないっすから、下手に手を出すと何が起きるが分からないっす……。

 それに、傾いているだけとは限らないっすから。専門家にきちんと調べてもらった方がいいっす」

「ちっ、運がねえ……」


 フレッドは不満そうだ。


「それじゃ、急いで帰るっすよ」


 引率者であるイーリスの言葉に、不満を持っている者も了承するしかなかった。



  ◇  ◇  ◇



 ギルドに戻り、結界柱に問題が見つかった事を受付に報告すると、小部屋と案内された。

 結界柱に問題があるというのならば周囲に知られる訳にはいかない。下手にウワサが広まれば社会不安を引き起こしかねない。


 部屋に案内されたのは初心者向けの講師であるイーリスだけではなく、同行していた全員だ。


 小部屋ではさほど待つ事もなく、ギルドの担当者がやって来た。その担当者はヴェルナーだ。


 彼は小部屋の中で待っていた者の中にテオの顔をあるのに気が付いて、微妙な表情になった。

 また君か。と言外に言っていた。


 テオは無言で首を振って、イーリスに視線を向ける。

 今回、問題を持ってきたのは俺じゃなくてイーリスだ。と言外に答える。


 ヴェルナーは彼女に視線を転じて、口を開く。

「……結界柱に問題があったと聞いたが……?」

「初心者向け講習の野営実習の際に周辺モンスターの排除をしていたんすけど、いつもよりも数が多い事を不審に思ったんす。

 それで、結界柱になにか異変が起きているんじゃないかと確認にいったら、結界柱が倒れかけているのを見つけったす」


「……ああ、そうか。イーリス君は初心者向け講習の講師をしていたんだな。それで、他の者は受講生の新規のEランクたちか……」


 ヴェルナーはテオの事を見やりながらつぶやく。ドラゴンキラーのクセに、まだ新人のランクになったばかりだと思い出した。


「いや、それはいい。

 それでイーリス君? 倒れかけている結界柱とはドコの結界柱かね?」

 彼女の前に持ってきた地図を広げる。北門周辺の森を示す地図だ。一般の冒険者は見ることの許されない機密性の高い地図だが、結界柱の異変をいち早く知る為なら見せる事もしかたがない。


「えっと……。あ、ここっす。私もいくつか結界柱の場所は知っているんすけど、確認する一本目が倒れかけていたのを見つけたんで。急いで報告に戻ってきたっす」

「そうか。その判断は正しいだろう。それで、結界柱が倒れかけていたと言ったが、他に何か報告するべき様な事はなかったのかね?」

「人為的な事を心配しているなら、大丈夫だと思うっす。少し調べてみたっすけど、柱の根本がモンスターか動物に掘り返されてたってだけっすから、たぶん事故だと思うっす」


「そうか。まあ、ギルドの方でも調べるが、報告感謝する」


 ヴェルナーは早急に倒れた結界柱の調査と修復をするように、部下のギルド職員に命ずる。他の結界柱について健在か否かの点検も別の部下に命じた。

 そして話は終わったとヴェルナーは部屋を出ようする。部下に命じただけではなく、結界柱に異変があったのならば、しかるべき人には知らせて置かねばならない。

 忙しいギルド役員をフレッドが慌て呼び止める。


「待ってくれ! 俺たちの講習は、異変を感じられたからって中止になったんだ。

 そのまま出ていかれたら困る!」


「? どういう事ですか?」


 説明を求めるように、ヴェルナーはイーリスに視線を向ける。

「あー、結界柱の異変を見つけったすから、初心者向け講習の実習を中止にしたんす。実習よりも報告の方を優先する事っすから。

 けど実習が中止になって終わらせられないと、Eランク向けの依頼が受けられないからって、フレッド君が主張して、ちょっとは揉めたんすよ。

 それで報告を優先する為にここで中止になっても、Eランクの依頼を受けられるようにギルドと交渉するって言ったんす。


 なんとかならないっすか?」


 イーリスは詳しい説明した後、たった一言の交渉を行う。

 ヴェルナーは初心者向け講習を受けていたフレッド、スサンナ、ミルカ、テオの四人を順番に見やる。


「ふむ……。実習を中止にしたと言うが、まだやってない事はなんだ?」

「後は、野営実習くらいなものっすね。夜営の為にモンスターの間引きをしている時に、モンスターの数が多い事に気が付いて、結界柱の確認に行く事にしたっすから」

「では、彼等の対モンスター戦闘は見たのか。戦闘技能はどう評価する?」

「ミルカはソロでの、フレッドとスサンナは互いに組んでの討伐はEランク相当の実力はあるっす。

 テオさんに関してはモンスターをアイテムボックスに入れるってだけで、戦闘技能と評価していいか疑問っす」

「そうか、Eランク相当の戦闘技能があると確認できたならば、別にいいだろう。

 初心者向け講習を改めて受けるも受けないも自由だ。野営経験が無いのに実習を受けないとなれば、苦労するのは彼等自身だ。ギルドはそこまで丁寧に面倒は見んよ」


「よしっ!」


 フレッドは喜んでいる。しかし喜ぶような事だろうかと、テオは思う。一言に野営と言っても実際にやってみないと分からないコツやらが結構ある。

 街生まれ街育ちの彼がきちんと学べる機会はあまり無いだろう。


 そうは思うが、親切でその事を彼に告げれば反発をされるだろう。反発をされるのを覚悟して、わざわざ教えてやろうとは思えない。彼とは今回同行する事になっただけで、友人でもないのだ。


 心底呆れた視線を送るミルカの様子が見えた。フレッドとスサンナは気が付いた様子もなく、無邪気に喜んでいる。


「事務手続き上、今すぐにとはいかないが、明日にはEランクの仕事を受けられる様にしておこう。そういうわけだ。君らは退室しなさい」

「よし、今日はシッカリ休んで明日からはEランクの仕事だ。シッカリ稼ごうぜ!」

「そうね」


 もう用は無いと、二人は我先に出ていき、残りの三人も部屋を出ていこうとする。


「そうそう。テオ君だけは少し残っていてください」


 ヴェルナーが呼び止め、テオは素直に足を止めた。思い当たる事がある。


 イーリスとミルカは不思議そうな顔で、何故呼び止められたのかとテオを見てくるが、特に質問することなく退室した。足音で、二人が離れていってから、テオはヴェルナーに質問する。


「……あの事ですか?」

「ええ、そうです。できましたか?」

「ああ、できた」

「少しだけここで待っていて下さい。呼んできますから」


 そう告られ、ヴェルナーも退室する。


 一人残されたテオは部屋の隅にあった椅子に腰掛け、アイテムボックスから取り出した紙束を軽くめくる。

 表紙を含めて、ほんの六ページにしかない紙束だ。


「……この程度に収まっちまうのは、少々物悲しいものがあるなぁ……」


 そうぼやくが、この程度の枚数に記されて居るのは、その価値を知る者にとっては正しく喉から手が出る程に欲する知識だろう。


 今は、その価値を知る者はほどんど存在しないだろう。

 だがこれから先、どうなるかは分からない。せめて自分が寿命で死んだ後に、その価値が知られるようになればと身勝手に思う。


 と、小部屋のドアが開く。入ってきたのは、ギルドマスターであるキリクだ。


「おう。悪いな、待たせたか?」

「いや、最後の見直しをしてたから待っては無いよ」


「それがアイテムボックス成長のレポートか?」

「ああそうだ」


 頷き、テオはレポートを手渡した。


 表紙に一文だけある題名は『アイテムボックスの育て方』というシンプルなものだ。署名はしていない。

 これはギルドから要求されていたレポートだ。


 キリクはレポートに目を通す。


 書いたある量は少ない。だがアイテムボックスの真髄を記したものだとテオは自信を持って言える。


 始めに、アイテムボックスに対する認識を変えるように説く。生き物を収納できるようにあらかじめ植物を収納させておいてから、動物も植物と同じ生き物であると認識の変化を行わせる。


 続いて容量を増加させる訓練として、空にしたアイテムボックスに限界まで空気を収納し、さらに多くの空気の収納を試みた後に、内部の空気を全て排出する。

 これを何度も繰り返す事によって、スキル所持者だけが見える傍らの保管する為の箱(アイテムボックス)が徐々に大きくなる。

 ある程度容量が大きく成長してくると、アイテムボックスが傍らに存在している事に違和感を覚えて来る。

 常に一部屋が傍らに浮いて存在しているように思えてくるのだ。


 その頃に、保管する為の箱(アイテムボックス)から保管世界(ストレージワールド)への変化を促す。

 保管する為の見えない箱が傍らにあるのではなく、別の世界との接点が箱の形で制限されているのだと、考えを改める。

 そうすることで、保管する為の箱(アイテムボックス)を構成する壁が崩壊し、新たな世界、保管世界(ストレージワールド)に放り出される。


 その際に放り出されるのは、保管する為の箱(アイテムボックス)を認識する意識だけだけで、肉体は変わらずに今までの場所に存在していると、肝に銘じること。

 そうでなければ広大な世界に放り出された事によって、発狂する可能性がある。

 保管する為の箱(アイテムボックス)の壁を崩壊させる時には、激しくもがいても、怪我をしない安全な場所で行なう事を注意事項として記す。


 保管世界(ストレージワールド)への変化が終了すれば、容量に関してはそれ以上考える必要がなくなる。

 逆に大量の物品が収納できるようになる為、管理の為の目録索(インベントリリンク)が必要となる。


 そして最後に、(ゲート)について。

 浸透方式、門方式、それぞれの機能と利点欠点だけを記した。


 『剣の舞』、『竜断ちの鋏』、『竜断ちの剣』、『Eの項目』、『流星砲』、疑似鑑定についてはあえて記さなかった。

 『剣の舞』に関しては大した技じゃないと判断した。

 『竜断ちの鋏』、『竜断ちの剣』、『Eの項目』、『流星砲』、の四つについては、テオ自身が慣れていないので把握しきれてない。不正確な事しか記せないと、止めておいた。


 そして疑似鑑定については、一切表に出す気が無い為だ。冒険者ギルドは物品鑑定を多く行なう必要上、鑑定スキル持ちを確保する神殿との繋がりも強い。

 疑似鑑定ができると知られれば、ギルドから切り捨てられかねない。テオはそう危惧していた。


 キリクは一通りレポートに目を通し、首をかしげた。

「――正直な所、こんな簡単な事で本当にお前みたいになれるのかと、疑問に思うんだが? 簡単な訓練と、認識の変化ばっかりだが?」

「それは仕方ないだろう? そのレポートにも書いたけど、『スキルとは使い手の認識次第でいくらでも変わる』んだ。

 今の世間じゃ、アイテムボックスは育たないスキルっていうのが常識だからな。

 元々それくらいの力はあるスキルなんだよ」


「なるほどな。重要なのは今の常識に囚われずにスキルの本質を見据える事か……。

 だが、その本質を広く広める訳にはいかん。オレは戦乱の世にする気などない」

「分かってるよ。俺だって戦乱の世なんて望んでいない」


「自分の身を護る為なら戦乱の世に叩きこんでもいい。なんて考えるお前がか?」

「誰だって自分の身は大切だろう? 俺は、自分が戦争の道具としてこき使われる位なら、そっちの方がマシだって言ってるだけだよ。

 俺の望みは日々を平穏無事に生きる事だけだよ」

「日々を平穏無事に、ねぇ……。無理じゃねぇか? お前はドラゴンキラーなんだ。黙っていても厄介事は向こうからやって来る」

「その厄介事をなんとかしてもらう為に、俺はギルドに貢献するんだ」


 テオの言葉にキリクはため息を付いた。


「フー……。そうだな、ギルドがやって来る厄介事をなんとかしないといかんか……。

 だがテオよ。その労力に見合うだけの仕事はしてもらうぞ? その仕事は今見繕っている。二、三日したら話が行く。ちゃんと受けろよ?」

「お手柔らかに頼みたいんだけどな?」

「それはこちらのセリフだ。ドラゴンキラーにどのような厄介事やって来るのか予想もつかないのだからな」


 キリクの再びのため息に合わせるようにテオもため息を付いた。


「ほんと、なんでこんな事になったんだろうか」


 テオは思わずそうぼやいた。



これで幕間は終了です。

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