07話 結界柱
イーリスは手を上げて大声を上げる。
「はいっ! 生徒諸君! 集合して下さいー!」
「なんだよ……!」
「え、なに? なんか問題があったの?」
「どうしたんですか。先生?」
「………」
ぞろぞろと集まって来た新人達を前にイーリスは告げる。
「これからは一泊キャンプの予定だけだったんすけど、問題が発生しました。
予定を変更してこれから森の調査をするっす」
「どういうことだよ?」
「まず私に着いて来て欲しいっす。行きながら説明するっすから」
フレッドの問いにイーリスは歩き出す。皆も彼女について歩き出す。彼女は何かを探す様にキョロキョロと森の中に視線を巡らしながら言う。
「街や村の守りに結界柱が使われているっていうのは、みんなも知っている事だと思うっす」
結界柱とはモンスターの発生を抑える魔道具の一種だ。人類種族がモンスターから生き延びる為の力としては、スキルと並ぶ程に重要な力だ。
魔法の力により、この柱が設置された場所の周辺からのモンスターの湧きが抑制されるのだ。
ただし永続的な効果は無く、長くて数ヶ月しか効果は続かない。頻繁な交換が必須となっている。
「ゲディックの街でも当然街中に結界柱が設置されているんすけど、この街では街中だけじゃなくて周辺の森の中にも設置されているんすよ。当然この森の中にも設置されているんすよ」
街周辺の森林に結界柱を設置するのは、そこそこ大きな街ならよくある事だった。
「? 設置されているのなら、何故モンスターがこの森の中に発生しているの?」
「この辺りに使っている結界柱はわざと効力の弱いものを使っているんすよ。
この辺りは街につながる街道近くの森っす。大量のモンスターが湧いたら、商人の馬車が近づかなくなるっすから。
森の中っすからね。見通しが悪い森の中はモンスターに襲われるリスクが高いっす。
かと言って効果の高い結界柱を使ってモンスターを完全に湧かないようにすると、他所から強いモンスターが移動して来て住み着く可能性が高くなるっす。
弱いモンスターであるキラーラビットだけが、少量だけ湧くように調整してあるんすよ。この森の結界柱は」
「……なんでわざわざ少量だけモンスターが湧くようにしてあるのかしら?
弱いモンスターしか湧かない場所に他所から強いモンスターが流れてくるなんてよくあることなのに。
他所からくるモンスターだけを警戒した方が楽だと思うのだけど?」
ミルカの疑問にイーリスはわずかに言葉を濁らせる。
「あー……。それはっすね……。まあ、ぶっちゃけると、私ら冒険者を警報装置代わりに使う為っす。
街としては近くにある森にはモンスターがいなくなった方がいいんすけど……。
そうなると、モンスターの湧かなくなった森には立ち入る冒険者の数が少なくなるっす。
もしも強いモンスターがやって来た場合、街道を通る商人達が襲われる前に、真っ先に気がつけるように、あえて弱いモンスターが湧くようにしているっすよ」
「ああ……、そういう事。
商人達が襲われる前に冒険者が襲われろって事ね。……やっぱり冒険者の命っていうのは安いものなのね……」
冷笑するミルカは吐き捨てるように言った。
「あー。まあ、そうなんでやんすが……。ギルドは冒険者を使い捨てにする気はないっすよ? ……たぶん。
だからこうやって初心者講習をしているんすから」
言う本人が信じきれていない事を、聞いている方が納得できるはずがない。
気まずい沈黙が下りるが、イーリスは一つ咳払いをして続けた。
「こほん。
ともかく、この森は本来ならモンスターの湧く量はもっと少ないはずなんすよ。
なので、これから森の中にある結界柱の見回りに行くっす」
「一冒険者のイーリスが結界柱の場所を知っているのか?」
テオは質問した。
結界柱はそこそこの大きさがあり目立つ代物だ。けれど、不特定多数の者が近づけなくするのが常識だ。
村のように人口が小さい人里ならば、村の中央に柵で隔離した場所をつくり、結界柱の姿は見えるが近づけないように設置されるのが普通だ。
多くの人が住む街の場合は、結界柱は建物の中に隠すのが一般的だ。結界柱の交換の際にドコの建物の中に設置しているのか周囲の住人には察せられてしまうが、その事を広言しないのが決まりごとだ。
街中にある複数の結界柱の位置を全て把握しているのは、街の為政者などの高位権利者に限られている。
「いや、この森の中の結界柱の位置は別に秘密になっているワケじゃないんすよ。
この森の薬草採取の依頼を受ける時には、結界柱の異常があった時は報告するように義務付けられるっすから。
Eランクでこの森に何度も来るようになると、今言った事も結界柱の位置もギルドの方からちゃんと教わるっすよ」
イーリスが信頼を積み重ねた結果として、結界柱の場所を教えられたのだろうか。
「となると、Eランクになったばかりに俺たちがイーリスに着いて行って結界柱の場所を知るのはマズくないか?」
「マズいって事は無いと思うっすよ? 結構簡単に教わったし、別に口止めも全くされてないっす。ああ、森の中の結界柱は予備的なものっすから、その関係もあるのかもしれないっすね」
「なるほど……」
森の中では確実には結界柱を隠せないから、多くの冒険者の目に晒される事で結界柱の保全を優先しているのか。テオはギルドの考えそう推測した。
イーリスは言葉を続ける。
「それに結界柱に手を出すなんて、人族種族社会全体を敵に回すようなバカは街の――いや、国の総力を上げて殲滅するって言ってたすよ?」
「まあ、それはそうだろうな。街中の結界柱が壊れたら街の人間はみんな湧いて出たモンスターに襲われて死んじまうんだ。
そんなバカはみんなに袋叩きにされるのは当然だろう?」
「戦争でも敵国の結界柱に意図的に手を出すのは禁忌に指定されてるしね」
フレッドの言葉にスサンナが続けた。
「ま、そういう事っす。森の結界柱が壊れているのか、それとも寿命で機能停止しているのかわからないっすけど……。
異常があったらキャンプは中止にして、報告の為に速やかにギルドに戻るっすよ」
「え? ちょっと待ってくれよ。キャンプが中止になったら、この初心者講習はどうなるんだよ? ここまでモンスターを退治したのに……!
この講習が達成できないとEランクの仕事は受けれらないんだぞ!?」
「ああ、そうね。この講習が中途半端に終わってEランクの仕事が受けれらないのは困るわ。
中止はナシにして一泊してから報告すれば十分でしょ?
街中の結界柱じゃなくて、街の外の、森の中にある補助的な結界柱なんだから」
「あー、そうだな。それがいいな」
フレッドとスサンナの自分本位の要求に、ミルカは心底からの軽蔑の視線を向けた。
「貴方達、何を言っているの? 結界柱の存在は私たち人族種族が生存していく為の、文字通りの柱なのよ? 結界柱の不備は何よりも優先して対処していかなければならない危機でしょ。
一泊なんて悠長な事をしていられる状況じゃないのよ!?」
「じゃあテメーはEランクの仕事を受けられなくてもいいって言うのかよ?」
「そんな事言ってないわよ! 優先順位が結界柱の異常を報告する方が高いって言ってるのよ。
この能無しっ!」
「能無しだと?!」
カチンと来たのか、フレッドの纏う気配が剣呑なモノに変わる。
一触即発の空気に気がついているのかいないのか、ミルカは更に言い募る。
「そうでしょう? 私たち人族種族が生きていけるのは結界柱によるモンスターの湧かない人里があるからなのよ?! それを軽視するヤツなんか能無しで十分よ!」
ミルカの罵倒にフレッドの怒りが沸点を超えた。
腰の剣に手が伸び、柄を掴む。
そして抜き放たれる――その前に、フレッドの目の前に突如としてイーリスが現れた。
抜刀の動きは止まる。
イーリスは、剣の柄を握る彼の手を抑えていた。
イーリスは場の空気にそぐわない、ニヘラとした笑みを浮かべてのんびりとした口調で言う。
「まー、まー。落ち着くっすよ。同じ冒険者に向けて武器を抜くのは御法度っすよ?
それに一泊するかしないかの判断をするのは私の仕事っす。今の君達の意見は聞くっすけど、決定権は君たちには無く、私に有るっす」
イーリスの口調自体は穏やかなものだが、有無をも言わせぬセリフだった。
「なっ……、なっ!?」
フレッドは剣の柄に手をかけたままだが、鞘から抜けずいる。後ずさりして剣を抜く間合いを取ろうとするも、イーリスはその動きが起こる前に軽く距離を詰めて、抜刀を許さない。
距離を開ける事もできずに、フレッドは立ち木を背にするように追い詰められた。
それはイーリスが力でもって追い詰めたのではない。フレッドが動く前に察知して初動の前に動きを潰す、力ではない見事な技だ。
「くっ……!?」
彼の顔から観念の感情を読み取ったイーリスは、彼が暴発する前にその雰囲気を和らげて言った。
「まあまあ。この講習をトラブルで中途半端に終わらせるわけっすから、ギルドと交渉してそちらがEランクの仕事を受けられる取り計らうっすよ?
断言できないっすけど、それはギルドの方の決定次第っす。
それで、納得してくれないっすか?」
「……ちっ。そう言うんならしかたねぇ……」
虚勢を張った不満気な様子だが、フレッドは剣から手を離す。それに合わせて、イーリスも何事も無かったように引いた。
そしてフレッドは視線の端に入ったテオに八つ当たり気味に問う。
「おいテオ。お前はこのアマとオレの意見。どっちの意見に賛成なんだ?」
「……俺か? 俺はミルカの結界柱を優先するって意見に賛成だな。
街中の結界柱じゃなくて街近くの予備的な結界柱だって言っても、流石に結界柱に問題があるって言うのに悠長に夜営する気にはなれない」
急いでEランクの仕事を受けなければならないという、切羽詰まった経済状況ではない。とは流石に言わなかった。
「ちっ、腰抜けが……」
悪態を吐いて、フレッドは距離と取るように先を歩く。
スサンナは先に行く彼とその場の者達を見比べて、意見が異なった事に居心地の悪さを感じたのか、彼を追いかけた。
「もー、待ってよ、フレッド。私を置いて行かないでよ!」
二人の背を見やって、イーリスは溜息を付く。
「はあ……」
「お疲れだな、イーリス」
「まったくっすよ。こういう事が在るからこの依頼は不人気なんすよねー……」
「にしても、イーリスってば強かったんだな」
「え? 私はこれでも一度はDランクまで上がった実力派なんすけど?」
「いやだって、今までそんな実力がある事が分かるような場面に俺は遭遇した事が無いんだが?」
ストークベアの時しかり、蛙狩り隊の行き帰りしかり、ドラゴンの遭遇時しかり。テオはイーリスがまともに戦う姿を見たことがない。
「え? ……あー、そう言えば、そんな気もするような……。
……なんか、いつも情けない所ばかり見せてないっすか?」
「だから俺が意外だと思うのも仕方ないだろう?」
「まあ、そうっすね……」
イーリスは反論する事ができずに打ちひしがれた。
「いつもテオさんに助けられらばかりっすね、私は。今のフレッドさんを押さえる時もテオさんに世話なっているし……」
「え? テオが何かしたの?」
イーリスのボヤキに、ミルカが疑問の声を上げる。ミルカの視点からすると、テオはただの傍観者だったはずだ。
「テオさんが保険をかけていたから、私は安心して剣を押さえることができたんすよ」
「え? え? 保険? テオ、なにをしてたの?」
混乱しているミルカの問いに答える前に、テオはイーリスに確認する。
「俺が何をやっていたのか気がついたのか?」
「なんとなくテオさんが何かやってるなって。それでそれがあるから問題にはならないだろうなって思ったんすけど……。
合ってたっすよね?」
「ああ、合ってる。フレッドが抜いたら剣を奪い取る準備はできてた。刀身が半分位見える頃には奪い取れてたはずだ。まあ、必要なかったみたいだけど」
「いやいや、それがあるって分かってたから私も落ち着いて対処ができたんすよ。
感謝するっすテオさん」
「いや、大した事じゃない……」
ニコニコと笑顔を浮かべながら礼を言うイーリスにテオは複雑な感情を抱いていた。
アイテムボックスへの収納に使う門が、その効果を発揮する前にその存在が気が付かれるというのは初めての経験だった。
真紅を身に纏う竜やヴァンパイアたるアニタであっても、接触や効果を見せる前の門には気が付く事はなかった。
なのに、開く前の門を簡単に気が付かれるというのは問題だと思った。
イーリスに気が付かれた事が問題なのではない。彼女はハーフエルフとは言え一般的な冒険者の一人にすぎない。
問題なのは、一般的な冒険者である彼女が気がつけるならば、他にも開く前の門に気がつける者が多くいるのかもしれない事だ。
ひょっとして近くで門の操作を見ていた事が多いから気がつけたのかもしれない。
しかしテオの故郷で家族にはもっと多くの回数、収納と排出を見せてきた。にもかかわらず、開く前の門に気が付いた様子など一度も無かった。
気が付ける事に何か特別な条件があるのか、ある程度の実力がある冒険者ならば大半が気がつけるのか、それともただ単にイーリスの感の鋭さの結果なのか。
テオは考えを巡らすが明確な答えなど出てこない。
「ああ、ここの木陰に結界柱があるっすよ」
悩んでいる内に、目的地にたどり着いたようだ。




