03話 魔道具屋にて
ギルドから渡されたメモを片手にテオは街中を歩く。
道行く人にも尋ねてようやく目的地にたどり着いた。そこは商店街から少し外れた場所、冒険者ギルドにもほど近いが、入り組んだ路地を抜けた先に入り口があった。
出発地点が悪かったようだ。宿からではなく冒険者ギルドから出発していたのならば、路地を抜けずとも済んだかもしれない。
「ここか……」
その店の外観はこの建物がとても店だとは思えなかった。窓は無く、重そうな木のドアがあるだけだ。
店であると主張しているのはドアに掛けられている小さな看板だ。『マリグス魔道具店』と洒落た字体で書かれているのが外観から見える唯一の商売っ気だろう。
ドアノブには開店を知らせる木のプレートが掛かっている。今は開いているようだ。
一応のノックの後に、ドアを開く。ドアベルの音色が来店を歓迎する。
建物の表側の印象とは違い、店内は明るい。入り口に面していない壁に付いた窓から多くの明りが店の中に差し込んでいる。
店舗のスペースは小さく、作り付けの棚には様々の形をした魔道具が展示されている。
店内の多くの敷地は工房となっている。外の明りを取り込んでいるのも制作の為のようだ。
工具を片手に机に向かい作業をしていた店の主は、入店したテオに気難し気な視線を向けた。
「……ウチはガキが買える様な安モンは売ってないぞ」
「金はあるさ。魔道具が高価な品物だって事は知ってる。貴方はこの店の店主のマリグスさんでいいんですよね?」
「ああ、マリグスは俺だ」
彼の頷きに、テオは懐から出した手紙をさしだす。
「冒険者ギルドからの紹介状がある。まず見て欲しい」
「……ギルドからの?」
胡散臭げな視線を向けてくるが、彼は受け取って目を通す。
読み終えた彼は疑わしい視線でジロジロとテオを見た。
「……お前みたいなガキがドラゴンキラーだと……?」
「一応ね。とりあえず【竜牢】なんて二つ名も付いてる」
ギルドカードを見せる。
ジロジロとギルドカードを見た後、彼は鼻を鳴らす。
「……まあいい。お前がドラゴンキラーであろうとなかろうと、俺には関係ない。
俺はただの魔道具職人だ。関係あるのは紹介状に書いてあるドラゴンの素材を、本当に持っているか否かだ」
「受けてくれるのか?」
「金はあるんだろう? ドラゴンキラーが大儲けしたって話は俺でも知ってる。
俺の腕に見合った金を払うならガキだろうとドラゴンだろうと客だよ。
で、ドラゴン素材があるなら見せてみろ、アイテムボックス持ちならそっちに入れてあるんだろう?」
ギルドカードを見せている以上、記載しているアイテムボックスの事も知ってるだろう。
テオは大きなガラスビンをカウンターの上に取り出した。ガラスビンの中には保存溶液に浮かぶ眼球が怪しげな光を放ったまま浮かんでいる。
「……っ!」
「コイツがドラゴンの眼球だ。あんたがこの街で一番腕のいい魔道具職人だとギルドで聞いた。ドラゴンの眼球を扱った経験も何度もあるとか」
テオの言葉にもマリグスは魅入られた様子でビンの中の眼球を見つめている。
「それで、コレから魔道具は作れるのかい?」
「……っ! ああ。作れる。こんなに状態のいい眼球は初めて見た……」
テオのアイテムボックスの収納物は時間が流れてはいない。この眼球自体に経過した時間はドラゴンが死んでから丸一日もないだろう。
「ついでに他にもいくつか確保していた素材も出しておくよ」
最も状態の良い部位の鱗を数枚に大腿骨一本。更に牙と血液を詰めたビンを並べる。カウンターの上だけでは収まらないので骨と牙は床に直置きだ。
「ちょっと待て。戸締まりをする……!」。
マリグスは慌てた様子で立ち上がり、ドアを薄く開いて開店を知らせる木札を準備中へとひっくり返す。素早くドアを閉じると鍵をかけた。
安堵のため息をついた彼はテオに対して小声で怒鳴った。
「バカモノ……! いきなりこんな高級素材を大量に並べたりするな……! 高級品があると知られたら泥棒がやってくるだろう……!」
「あー、それは済まない」
彼はため息を付き、カウンターに戻ると並べらた素材を見やる。どいつもこいつも凄まじい魔力を放っているのが目に見えた。
「おまえは一体、何を俺に作らせようとしてるんだ……?」
あまりの高級素材の山に、彼は引きつった表情だ。
テオは首を傾げる。
「流石に全部を使って作って貰おうとは思ってない。
けど、せっかく手に入った高級素材だ。使える物になればいいなって思ってな。
俺は知覚系のスキルが無いからそれを補えるナニかが欲しい。考えてるのは周辺警戒用の魔道具をドラゴンの眼球で作って貰おうかなと」
テオの希望にマリグスはしかめっ面になった。
「ドラゴンの眼球で周辺警戒用の魔道具を作れというのか? 周辺警戒用の魔道具なんぞを、こんなに質の良い素材で作るのはあまりにももったいなさすぎる。
周辺警戒用とは言っても個人で使う用なのだろ?」
「ああ。集団で使う予定は無いな。……ダメなのか?」
「ダメに決まっている。この素材なら半径数十キロの範囲を監視できる。軍用の複数人で操作するような大型魔道具の核として使えるんだ」
「そうなのか? 俺は魔道具については全くの素人なんだが……」
テオの言葉に彼はため息を付いた。
「だろうな。魔道具に詳しかったらドラゴンの眼球で個人用の周辺警戒魔道具など作らせようとは思わん。
コイツでお前の求める機能の魔道具を作ったら、個人で使うならあまりにもオーバースペックだ。
個人で使うなら普通に売っている普通の魔道具で十分だ。金があるならそっちを買え。
……こんないい素材でそんなモンを作る魔道具職人がいたら、そいつはどんなアホだって話だ」
「そうか……」
テオは困り、頭を掻いてビンの中に浮かぶドラゴンの眼球を見やる。
「あー。じゃあコイツはどうするかな……。アイテムボックスの中の肥やしか?」
「勿体無い事をするな。腐らせるのくらいなら売れ。どれだけ貴重な素材だと思ってやがる!」
「ああ、ただの言葉の綾だよ。俺のアイテムボックスの中は時間が止まっているからな。腐ることは無いさ。
流石に高級素材をただ腐らせる度胸は無い。
俺がコレを持っているのは、高級素材を欲しいと思った時に俺じゃあ金を詰んだ所で手に入らないからだ。
生きたドラゴンには二度と会いたくないしな」
「ああ、保存機能もあるのか……。
それでもドラゴンの眼球を死蔵し続けるのはどうかと思うがな。魔道具職人からすれば一度は手がけてみたい素材だ。それを死蔵なぞ……。
しっかりと魔道具に仕立て上げて世に送り出し人の役に立つのが、魔道具の、果てはその材料となった素材の幸せだろうに……」
「そう言われてもな。ステータスオーブとかの公共物にする気なんて無いぞ?
コイツは俺個人の戦利品だ。
魔道具にするなら俺の為だけの。俺が使い倒せる。俺だけの魔道具にしたい。
不特定多数の為の魔道具にはしたくない。ソレをするくらいなら死蔵しておいた方が遥かにマシだ」
これはテオのわがままだ。せっかく手にした魔道具の高級素材と転がり込んできた大金だ。自分の為だけの、自分を助ける為の道具にしたい。
竜の牙も加工用の素材として確保して置いた。アニタに対する武器として活躍したものの、アレは完全な想定外だ。
竜の牙は武器にするための素材だ。頑丈さと魔力の浸透の良さから、最高峰の武器の材料となる。反面、魔道具にはあまり向かないとされている。
テオに武器を扱う才能が無いと分かっている以上、竜の牙を武器に仕立て上げた所で宝の持ち腐れになるのは分かり切っている。
武器に仕立て上げた所で持て余すか、別の者の手に渡った方が良いと手放す事になるだそろう。
だからこそ、魔道具にする竜の瞳は自分の為だけの、自分が使うに相応しい道具にしたかった。それが不可能ならば魔道具にしなくとも良いとも思っていた。
「ふむ……。なら一つ聞くが、お前のスキルはアイテムボックスただ一つだけだったな?」
「ギルドカードを見せたんだから分かり切っている事だろ?」
ケンカを売っているなら買うつもりでテオは店主を睨む。
しかし彼は苦笑し首を振りつつ言った。
「気に障ったなら謝ろう。私が聞きたいのは、お前はそのアイテムボックスのスキル一つだけでドラゴンを殺したのか? と言う事だ。
それとも他の道具を使ったり、他の協力者があってようやく殺せのか?」
「……道具として巨岩を使ったが、それだけだ。基本アイテムボックスだけで他の者の力は借りてない。
なんでそんな事を聞く?」
「二つ名で竜の名が付いているなら本当にドラゴンを殺したんだろう。
複数人じゃないなら魔道具を使ったかスキルを使ったかの二択だ。
アイテムボックスだけでドラゴンを倒したなら、遠隔の収納と排出はできるんだろう? どれ位の距離まで射程を伸ばせる?」
彼の言う射程はアイテムボックスを利用した攻撃の届かせる距離ではなく、己から収納排出のできる位置までの距離だろう。
「それなら大体五十メートルくらいだな。調子のいい時で六十メートル行くか行かないかぐらいだが」
「……想像以上に遠くまで届くんだな」
「長年訓練を積んで距離を伸ばしてきたからな。――ま、最近は限界が見え始めてきたが……」
テオの自慢の後のボヤキに、彼はニヤリを笑みを浮かべた。
「ほう? なら、ちょうどいいのがある。ちょっと待ってろ」
立ち上がり奥に向かい掛けて、一度振り返った。
「ああ、そうだ。とりあえずその素材は全部仕舞っておけ。出しておくだけて鮮度が落ちて価値が下がる。時間が止まったアイテムボックスなら鮮度が落ちる事はなくなるだろう」
「ああ。それじゃあしまっておくか」
並べたドラゴンの素材、全てを収納する。放つ魔力も相まって雑然とした圧迫感が強かったカウンターはスッキリと片付く。
マリグスは一度頷くと、店の奥に消える。その先からは何やら荷物を漁る音が聞こえてくる。
「――確かここに……。……。
……ああ、あったあった!」
歓声の後に、彼は一枚の大きな紙を持ってきてカウンターに広げる。
テオにはよく分からないが、どうやら魔道具の設計図のようだ。
「コイツはな、長年構想だけは温めて来たものだ。
だがそれに相応しい材料がなくてな。需要も無くて、作ろうと思っても作れなかった代物だ。
お前さんが個人で使う為の魔道具をドラゴンの眼球から仕立て上げるのなら、コイツが一番相応しいだろうな」
「これは?」
「いわゆる、千里眼の魔道具だ」
テオは首を傾げる。そんなものいくらでもあるだろう。実際、ちょっと視線を巡らせば店内に千里眼を謳う魔道具が陳列されている。
店主マリグスはニヤリと笑うと首を振る。
「他のモンと一緒にしちゃならない。コイツは他の魔道具とは格が違うんだ。格が。
普通の千里眼の魔道具はただ見える距離が増えるだけだ。
だがコイツは違う。
遠く離れた場所を見ることができる上に、見えた場所に使用者のスキルの効果を届かせる代物だ」
「なに? つまり……」
「そう、お前さんの場合なら、アイテムボックスの遠隔での収納と排出を、さらに遠く離れた場所で行えるって訳だ。理論上は大陸の果てまで見通し、その先までスキルの効果距離を伸ばせる。
竜の瞳を使えば理論通りとは行かずとも、数キロメートルの距離は出せるはずだ」
にわかには信じ難い。
「……そんな魔道具の存在なんて聞いたことがない。そんな物あるならとうの昔に戦争に使われてるはずだろ?」
「それは仕方ない。
人のスキル構成は千差万別だ。スキルの種類は膨大に存在していて、今も全てのスキルが判明しているとは言い難い。しかも人は大体五個から六個くらいスキルを持っている。
なのにコイツは、その人の持っているスキル構成に完全に合わせた作りにしないと機能しないんだ。
個人に合わせたオーダーメイドで作るしかない。しかもコイツは作り直すって事もムリだ。誰かに受け継がせようにも、そいつと完全に同じスキル構成じゃない限り、ただのガラクタにしかならん。
スキルの効果距離を伸ばす事は竜の瞳を使わない魔道具でも可能だがな。その性能は大した事は無い。精々数メートルを伸ばすのがやっとだ。しかも、その程度の効果を出すにしても相当高価な素材を必要とする。
大金を掛けて作ってもたった一人にしか使えない。しかも効果は微妙。そんな物が広く知られる訳ないだろう?」
「竜の瞳を使った物なら数キロメートルの距離は出せるんだろ? それほど効果的なら、たった一人にしか使えなくとも作られているんじゃ?」
テオの言葉に彼は首を振った。
「権力者や大金持ちなら優先的に手に入れられるが、竜の瞳は貴重品だぞ? たった一人しかにしか使えない品に加工なんてしたら、貴重な品を使い潰したと批難の的だ。
彼らが竜の瞳を何に加工するかなんて、多くの者が使える品以外に選択肢は無いんだ。
竜の瞳という貴重品を自分一人の為だけに使い潰して、それが許される者なんて一握りしかいない」
彼は、テオを見据えた。
「その一握りの人間が、自分でドラゴンを殺して竜の瞳を確保したドラゴンキラー。
正に今のお前さんの事だよ。
ついでに言うならこの魔道具は理論上、使用者の持っているスキルの数が少ないほど、理論上の性能に近づく」
それはつまり、俺が望んでいた事そのものではないか?
自分の為だけに竜の瞳を使う。その事だけを言ったらこれ以上の事はない。貴重品である竜の瞳を使い潰したと言われることになるかもしれないが、自分が殺したあの火吹竜への弔いには一番相応しい結末だと思う。
遠距離まで効果を伸ばせるその魔道具はテオにとって確かに武器となる。
笑みが浮かぶのが自分でも分かる。
魔道具職人の店主はニヤリとした笑みを浮かべた。
「それで。この魔道具を注文するかい?」
断るという選択肢はテオには無かった。




