01話 転移門の失敗
テオは一人、ゲディックの街の北門のを抜けた先にある森の中に来ていた。
まだ初心者向け講習を終えていないのでEランク相当の依頼は受けられない。なので依頼を受けられるようになった時の為に、新たな狩場となる森の下見に来た。
というのが、この森にやって来た名目だ。
周囲に帯状門を広げ、木々に遮られ視界の利かない森の中で警戒を続けながら、人の少ない森の奥へと足を勧めていく。
途中、モンスターの反応もあった。こちらへ襲いかかろうと近づいてくるモンスターは収納し、『竜断ちの鋏』でとどめを刺す。
スライムやキラーラビットは後でギルドへ引き渡しだ。
Eランクの依頼相応のモンスターも居たが、それは依頼を受けられるようになるまではギルドに引き渡せない。なのでしばらくは保管世界の肥やしだ。
同様の依頼相応のモンスターを、帯状門で多く見つける事ができたが、近づいて来ない相手は無視した。
途中、目についた草も門を利用して近づく事無く摘み取る。目録索による擬似鑑定で摘み取った草の事を鑑定していく。
名目上のことだったが、森の調査は片手間でも可能な事だった。
幸いと言っていいのか、数種の薬草を見つける事ができた。もし依頼が在るならば、後でギルドに納品する事にしよう。
森の奥へと入り込み、それでもしばらく歩いた後にテオは足を止める。
「ここまで来れば人はいないかな?」
森の中で特に目印が在るわけでもない場所だ。誰かか意図的にやって来ることは無さそうな場所だ。
この森にやって来た本当の理由は、他人には知られたくない事を行なう為だ。
それはアイテムボックスによる技の検証だ。
ゲディックの街の中で行なうのには、少々――いや、かなり問題がある技だ。そのため、わざわざ森の奥までやって来た。
テオは自分の足が遅い事を悩んでいた。自分の足が遅いのは、ステータス上昇系のスキルを持っていない以上しかたがない。
だが、しかたがないで済ませていたら今度は生き残れるとはかぎらない。
そこでいざという時の為に考えたのが、二つの門を利用した擬似的なテレポートだ。
まず、手元に収納門を開く。そして収納門を開いたまま、離れた位置に排出門を開く。
この二つ門を常に関連付けておくのだ。
保管世界側では、今開いた二つの門をピッタリとくっつけておく。保管世界側から見ると、収納門のの出口と排出門の入り口をピタリと合わせた形だ。
こうする事で、収納門に入った物の保管世界での滞在時間は限りなく0になる。何の遅延もなく離れた位置の排出門から出てくるようになるのだ。
まず手始めの実験として、手元の門に石を投げ入れる。
と、時を置かずに排出門から今投げ入れた石が飛び出してきた。
テオが意識して操作したわけではない。保管世界に投げ入れた勢いのまま、現実世界に戻ってきたのだ。
この実験は成功した。
「――まあ、この実験が成功するのは分かってるんだ……」
そもそもこの物体の擬似テレボートは前々から試していて、成功をしている。
生きた虫や小動物、それにモンスターを対象に同じことを行い、それも成功をしている。
だからこそ、この事で喜ぶ事などできない。
この一組の門を纏めて、移動門、もしくは転移門と名付けることは決めている。
しかし実際に名を決めていないし、まだ、実用で使う気にもなれない。
何故ならば、最も重要な実験がまだ成されていないからだ。
それは、自分自身を対象にした実験だ。
試した事は無いが、テオ以外の生きた人間を対象とするならば、問題は無いだろう。
アイテムボックスの中に生きた人間が入っても問題はないのだ。
言い方を変えるとこの技は保管世界の滞在時間を0にしているだけにすぎない。
問題が起きる方が考え難い。言い方は悪いが、対象が生きた人間だとしても扱いとしては石と変わりない。
それは分かっている。
しかし問題が起きないのは、対象がアイテムボックスの持ち主であるテオ自身では無いためだ。
これまでテオは、己自身の身を自分のアイテムボックスの中に入れる。という行為をした事がない。
文献に目を通したが、過去のアイテムボックス持ちが自分自身を自分のアイテムボックスに収納する。などという行為をした例を見つける事はできなかった。
テオが一番懸念しているのは、自分がアイテムボックスに入った瞬間に、外に出られなくなる可能性だ。
「…………」
テオは腰の短剣を抜いて、その刀身を確かめる。
絡まれることを防ぐ為に、常に見えるように装備してある、ある意味見せかけだけの小道具だ。
モンスター相手に使うには華奢で頼りない得物だ。しっかりと手入れが施され、研ぎ澄まされた刃は自害用としては十分すぎるほどの鋭さを持っている。
もしも自分のアイテムボックスの中で、外に出る事も、身動きを取ることもできなくなった時に、餓えて渇くだけの緩慢な死しか待っていなかった時の為の準備だ。
「……まあ。そんな事、あって欲しくはないけど……」
つぶやき、短剣を腰の鞘に収める。
だが、まあ。おそらくは大丈夫だろう。
保管世界はテオの意思に従うものだ。凄まじいほどの広大さを誇っているとはいえ、あの世界はテオのスキルの一部だ。何処に居たとしても、従わないとは考えにくい。
常日頃から現実世界に居て、現実世界と保管世界、双方に発生させた門を操作している。それに加えて、保管世界内の物品の移動も可能だ。
保管世界に行ったとしても、そこで門の操作ができなくなるとは考え難い。
もっとも初めての事だ。どうなるかは分からない。たからこそ、もしもの時の為に短剣を携えるのだ。
しかし、そのような事にはならないと、漠然とした感覚はある。
それよりも可能性が高い懸念事項がある。それは保管世界内でテオ自身の時が停止してしまうことだ。
保管世界の中で門を操作できなくなる事よりも大きな問題だ。
保管世界での通過時間が0だとしても、一度はその世界に身を晒す以上、その懸念は付き纏う。
もしも、保管世界でテオ自身の時が止まれば、苦しむ事は無いだろう。だが、思考する事もできない。現実世界に戻ってくる事もなく、テオという人間はこの現実世界から永遠に姿を消すことになる。
それは『死』と、どのような違いがあるのか、テオには判断がつかない事だった。
せめて短剣が使える状態である事と、全く使えない状態である事。どちらがマシであるのか、考えたくない状況だ。
しかし、その事も問題は無いだろうとテオは思う。
根拠など無い。
けれど自分のスキルに対して、漠然とした信頼がある。このラインまでなら大丈夫だという根拠の無い考えだ。
それでも、今まの経験から、こういった時の根拠の無い感覚は結構正しいと言う事をテオは知っている。
それでも念のために、死んだ時に迷惑がかからぬように、ゲディックの街から離れたこの森の中を選んだのだ。
ここならば火竜の吐息が解放されて、周囲が火の海に化したとしても人死が出ることは無い。
街の近くでそんな事が起きれば騒ぎとなり、街には迷惑をかけてしまうかもしれないが、被害が出る事はないだろう。
もっとも自分のアイテムボックスの中で死んだ場合。その中身が現実世界にぶちまけられる事になるのか、疑問ではあるのだが。
テオは入り口と出口である、収納門と排出門を自分が通り抜けられる大きさまで広げる。
その二つの門の距離は十メートル程。
保管世界内では、この二つの門はピッタリとくっついている。
理屈の上では、テオの身体が全身、保管世界に滞在する事は無い。
「よし、逝くか」
軽い調子でテオは言い、入り口の収納門に飛び込もうとした。
けれどテオはぞわりとした悪寒に襲われて、その場にとどまった。
全身が震えた。その悪寒に逆らって飛ぶこむ踏ん切りはつかない。
「くっ……」
テオは自分の前に広がる自分にしか知覚できない収納門をじっと睨む。
この先に待っているのは、生か、死だ。
生き残った所で得るのは、逃げ足の速さだ。生き残る為の手段を得る為に、ここで下手をすると死んでしまうことを行なうのは、本末転倒ではないのか?
このためらいは今でも何度もあった事だった。
失敗すれば死が待っているギャンブルに、なんの後押しもナシに挑戦するのはあまりにも難しい。
テオは深い溜息をついた。
同時に開いた二つの門を閉じた。
いくらスキルの使用時の漠然とした感覚が正しいことが多くとも、100%ではなかった。
僅かな可能性であろうと命が掛かっているのならば、その感覚だけを頼りに行動することはできない。
「……まあ、また次の機会に持ち越しだな……」
これもまた何度も繰り返してきた諦めの言葉――と言うよりも己の言い訳を口にして、実験を中止にした。
何度目の中止なのか、数える気にもなれない。
テオは水筒を取り出し、水を呷る。
自分で行おうとして事と言っても死を覚悟するのは、中々に神経を削る。
「ふう……。よしっ!」
喉を乾きを潤した事で気分が落ち着いた。テオは気を取り直して、次の検証に移る。
『Eの項目』についてだ。
テオは目録索にある『Eの項目』に意識を向ける。
E49083109854376
相変わらずそっけない表示だ。
アニタとの戦いにおいて収納した彼女の魔法と、砲撃などに使用した分によって数値の変化があるはずだが、大して変わっているようには見えない。
恐らく大部分が火竜の吐息による数値なのだろう。アニタに向けて放ったとは言え、そっくりそのまま回収した状態だ。変化がある方がおかしいだろう。
テオはその『Eの項目』に向けて擬似鑑定を発動させる。
E保管世界の収納存在が保有するエネルギーの総和。
通常排出の際、収納時に保有していた運動エネルギーを0として排出。
当項目を発見の後、任意にて以下が可能となる。
・両方法排出の際、収納時に保有していた熱エネルギーを0としての排出。
・門方式排出の際、現実世界門面に対して垂直に運動エネルギーの付与。
・両方法排出の際、熱エネルギーの付与。
それらの付与の際、エネルギーの上限は当項目の数値。
「……ふむ」
テオは小さな収納門を己の前に水平に開き、片付けていない水筒から水を注ぐ。
小さなコップ程度の水を注いだ所で止める。保管世界内にある今注いだばかりの水は小さな水の玉になっている。
その水の玉を浸透方式で、熱エネルギーは0として排出してみる。
その場に現れたのは氷の玉だった。氷の玉はそのまま落ちて、地面を転がる。
テオはこの時、保管世界の中にある時から現実に出てくるまで観察を続けていた。保管世界の中では水の玉だったのにもかかわらず、現実世界に出て来た時には氷の玉に変わっていた。
「温度変化は一瞬って事か……」
地面の落ちた氷の玉は透明だった表面を霜で真っ白にして、周りに白い霧を漂わせている。空気中の水分が冷やされて冷霧が発生しているのだ。
しかしその発生している霧の量があまりにも多い。
「……これ、絶対零度まで行ってるのか?」
絶対零度の事は『天恵の子』の知識から知っている。物体が取りうる最低温度の事だ。確か、水の凍る温度を0度、沸騰する温度を100度として、絶対零度は-273.15度だったはずだ。
人の肌との温度差を考えると、十分に熱したフライパンよりも温度差がある。
高温と低温の違いはあるが、素手で触れればタダでは済まない。
排出する時に氷の玉を素手で受けとめないでよかった。と内心安堵する。
多くの冷霧を発生させている氷の玉に水筒を傾けて、そっと水をかけてみる。
ビシバシと音を立てて、あっという間に氷筍が成長していく。
絶対零度かはハッキリとしはしないが、相当な低温であることは確かだ。
氷筍の生えて玉とはいい難くなった氷の塊を収納し、次は高温を試す事にする。
収納したばかりの氷の塊を再び排出する。今度は、水から氷にした際に奪った分に加えて、同様の数値を熱エネルギーとして付与する。
その設定を終えた所で、テオは排出をする前に動きを止めた。
……このまま氷の塊を排出したら危ないと直感的に理解した。
「……? なんだ? 熱湯が飛び散るのか?」
まあアイテムボックスの扱いが慣れていない頃、水を排出する時に間違えて辺りにぶちまけた失敗を思い出す。
仕方なしに、排出する場所を自分から遠ざける。数メートルも離せば大丈夫だろうと思っていたが、スキルからの警告が収まったのは、五十メートルという限界近くまで離れた位置だった。
何が起きるが覚悟してテオは氷の塊を排出した。
その瞬間、爆発が起こった。
「な、なんだ……?」
何が起こったかと、テオは爆発地点まで駆け寄った。排出した場所の周囲の木々は爆発によって吹き飛ばされ深い傷跡を残している。
そして特徴的なのが、じっとりとした湿気が漂っている点だ。
「あ」
それで気がつく。絶対零度から常温まで温度を上げる熱エネルギーを、もう一度、常温の水に付与したら、全ての水が高温の水蒸気に変化するに決っている。
そして水から水蒸気の体積の増加は千倍以上だっだはずだ。
排出する際には体積の小さな氷の状態だった水が、現実世界に現れる瞬間に体積の大きな水蒸気に変化していれば、この程度の爆発が起きるのは当然だろう。
これは攻撃手段として使えるかもしれない。僅かな水だけでこれだけの破壊力を出せるのならば、攻撃手段として十分だ。しかし――
「面倒だな。コレ……」
この爆発を起こすには予め水を用意して、『Eの項目』を設定して、敵の近くを爆発地点として、そこまで排出門を伸ばさないといけない。
そんな手間をかけるのならば、敵を収納した方が早い。
ほとんどの敵は収納に対する抵抗などできないし、収納に抵抗するような存在――火吹竜やヴァンパイアにはこんな爆発は効かないだろう。
水の量と投入する熱エネルギーを増やせは通用するようになるだろうが、そこまで威力を上げると自分の身も守る対策をしないといけない。
時と場合によっては使えるかもしれないが、戦いに使用する咄嗟の手段としては手間が多い。
「ま。扱いは保留だな」
攻撃手段よりも、湯沸かしがあった方がありがたい。
テオは熱湯が出る程度に抑えられないかと試行錯誤を繰り返す。幸いにも、熱エネルギーの投入量の調整は簡単にコツを掴めた。
水蒸気爆弾の扱いは保留となったが、湯沸かしの方は簡単にモノにできた。
これから先、お湯には困る事はなくなる事にテオは上機嫌となった。




