15話 『花喰い人編』エピローグ こうして増えた箱の中
「テオ様。三日間という短い期間でしたが私を守っていただき、感謝いたします」
「いや、俺の方こそ色々ぶっ壊して済まなかったな」
玄関先まで見送りに来たクリスタに、テオは金槌の音が響く方へと視線をむけた。
アニタが訪問時に破壊した玄関がある。そこを含めて、戦いの場になった場所では、屋敷の修理に勤しむ職人たちが忙しく動き回っている。
正直な話、アニタによって破壊された部分よりも、テオが破壊した部分の方が多い。
「いえ。悪いのはあのヴァンパイアです。彼女が来なければ警備の者が怪我したり、屋敷を壊されたりはしなかったのですから」
「あいつが来たのはドラゴンキラーとしての俺と、戦いたいっていう理由らしいが……」
「テオ様を護衛にと望んで、招いたのはこちらです。であるならば、こちらが批難するのは筋違いですよ」
レベッカはテオがアニタを呼び込んだ事に不満気だったが、口に出すことはなかった。
クリスタはため息を付く。
「それに、テオ様を招いた最大の理由は私の『未来詩筆記』の占いです。
占いに従わなければ、不幸になると確実に分かるような内容だったのです。従わない理由は私にはありません。
……その結果、占い通りに災禍を招いたというのは、なんとも言いようが無いのですが……」
「結局、あの占いはどういう解釈が正しかったのかね? 俺にとってはヴァンパイアの撃退方法だったのだけど。
クリスタ様にとっては誘拐を望む黒幕をあぶり出す為の時間稼ぎの方策だってことも正しかった」
テオが護衛を続けていた三日間の間に、伯爵家と冒険者ギルドはクリスタの襲撃者達の黒幕の尻尾を掴んだそうだ。テオ自身はその事は聞いてはいない。政治闘争に発展しそうだと察して、聞かない事にしたのだ。
つまりは、クリスタ達の解釈も正しいことになる。
テオの護衛の仕事が当初の予定通り、三日間で終了するのもそれが理由だ。
「私にとっての解釈と、テオ様にとっての解釈。
二つの解釈がそれぞれ違っていても、それぞれにとってはそれが正しい。そういった占い詩だったのでしょうね。
極稀にですが、そういった占い詩であることもあります。その事に気がつくのはたいてい、事が終わった後の事ですが……。
……また、占いに振り回されてしまったようです」
クリスタは苦笑してみせた。
「まあ、自分の力なんだ。折り合いをつけてやっていくしかないだろう」
テオは肩をすくめる。その言葉はクリスタに向けて言ったのか、それとも自分に向けて言ったのか、テオ自身にも判然としなかった。
その事を察してクリスタは小さく笑った。
「そうですね。折り合いをつけてやっていくしかありません」
互いに小さな笑みを見せあって、それからクリスタは一つの手紙とペンダントをテオに贈った。
「これは?」
「報酬とは別に私からのささやかなお礼です。私からの紹介状と身元証明のゲディック家の紋章の入ったペンダントです。
私の知り合いの家でしたら、これらを見せれば便宜をはかってくれるでしょう」
「……いいのですか?」
これはとんでもない厚遇だ。クリスタの知り合いとなると貴族の家だ。
その貴族の家にしてみれば、この紹介状を持った者が訪れたとしたら、クリスタに準じたもてなしをしなければならない。
紹介状を持参して来た者は、紹介状を書いた者によって身分が保証されたようなものだ。
逆を言えば、この紹介状を使い貴族の家から歓待を受ける者は、クリスタの信用を借り受ける事と同じだ。
「ええ、テオ様は私の命の恩人ですから。私は彼女の魅了に全く抵抗できませんでしたから、テオ様がいなければ私は人として終わっていました。
ですからこれは、せめてものお礼です」
「受け取っても、実際に使う機会は無いと思うのですけど……」
「受け取ってください。
紹介状とは言っても、私は伯爵家の娘でしかないので、たいした助けにはなれません。
けれど、私にはこの程度の事しかできないので……。
無理に使おうとしなくとも良いのです。貴方の選択肢を広げる一助になればと思って事ですから。
そういった意味でも、そんなに大仰に受け止めなくても大丈夫ですよ」
これ以上固辞するのは無理だろう。テオは紹介状とペンダントを受け取った。ペンダントの銀鎖が小さな金属音を立てた。
「そういう事なら、ありがたく」
「私と親しい方の家を一覧として添えてあります。紹介状を使う際はそれを見てからお願いしますね。
それとペンダントですが、普段は身につけない方がいいでしょう。
見るものが見れば、ゲディック伯爵家の縁者と見なします。
テオ様は、貴族と関わるのは最小限にしたいと思っているでしょう?」
「……わかりますか?」
「ええ。分かりますよ。
ペンダントは紹介状を使う時だけ身につけるようにしてください。その時は伯爵家の縁者と見なされますけど、貴族との関わりは最小限にはできるはずです」
「わかりました。色々とご配慮、感謝します」
丁重な礼に、クリスタはわずかに不満気になる。
「……テオ様。また、お会いしましょう。今度は、護衛依頼などとは無関係にお茶会にご招待いたしますね?」
「いや、それは……」
身分が違うのにそれを受けるのは流石に問題があるのではないかと、テオは思う。
「受けていただけますね?」
「……わ、わかった。出席しよう」
クリスタの笑顔の圧力に負けて、テオは頷いた。
「では、俺はこれで」
「はい。また、お会いしましょう」
テオは伯爵家を後にした。
ゲディックの街を歩き、貰った紹介状とペンダントをアイテムボックスへと収納する。目録索の項目は貴重品へと分類する。
アイテムボックス――保管世界に意識をむけるとどうしても目に付く、巨大な炎の塊へと目を向ける。
危険物の項目に分類した火竜の吐息は、一度外に開放したにもかかわらず、その大ききが小さくなったようには見えなかった。
周辺に被害を及ばない為に、全事象収納の門に取り囲んだ空間で開放したのだから、それは仕方無いだろう。
だが、保管世界内の危険物がまた増えるとは想定外だった。
テオは新たに増えた危険物へと意識を向ける。
そこにあるのはアニタの姿だ。
しかし彼女の姿は五体満足ではない。胸から下は燃え尽き、骨すら残っていない。両腕も肘から先が燃え尽きている。
髪も燃えて短くなっているけれど、顔には火傷の痕はない。
一見して、死体にしか見えない彼女だが、まだ生きている。正確には死ぬことができないのだ。
テオの疑似鑑定でアニタを調べるとステータスが出て来る。ステータスの数値は生きている者にしか出て来ないのだ。
名前アニタ
種族ヴァンパイア
性別女
年齢107
ステータス
STR3
VIT4
DEX4
AGI6
INT6
LUK3
スキル
剣術 Lev.9
火魔法 Lev.7
闇魔法 Lev.5
無属性魔法 Lev.7
STR上昇 Lev.10
VIT上昇 Lev.7
DEX上昇 Lev.5
AGI上昇 Lev.6
嗅覚
夜目
直感
認識阻害
再生
不老
不死
魅了
変身
日光弱化
ステータスの数値自体は見た目相応の低いものだが、スキルの数が凄まじい。このスキルの数の多さこそが、ヴァンパイアへの生まれ直しの効果の一つだ。
彼女がヴァンパイアになる前にどのようなスキルを持っていたのは分からないが、その時はこの中の五つ程度の数しかスキルを持っていなかったはずだ。
ヴァンパイアの種族だけが有していると言われているスキル。それが再生、不老、不死、魅了、変身のスキルだとされている。
その中の、不死のスキルが、彼女がこんな姿でも死んでない理由だ。
不死 死ぬことができなくなる。
多くの者がヴァンパイアという種族に成りたがる理由である。それと同時に、逆に、多くの者がヴァンパイアに成りたがらない理由である。
成りたがって居る者にとっては永遠に生きられる祝福だ。
しかし、そうでない者にとっては永遠に生きねばならない呪いだ。
彼女が不死のスキルに対してどのような感情を持っているにしても、彼女を殺す術が存在しないと言うには変わりない。
スキルを無効化、もしくは破壊するスキルなどがあれば殺せるかもしれない。だが、そんな手段に心当たりなど無い。
つまりヴァンパイアのアニタを無力化する手段として、殺害は使えない。
牢屋に閉じ込めようにも変身スキルの中には、霧への変身も含まれている。
ヴァンパイアを無力化する手段はただ一つ、封印措置だけだ。
アニタがアイテムボックスの中に収納された事は、ヴェルナーには伝えてある。
自分のアイテムボックスの中ではなく、正式にギルドの方で彼女の封印措置を施してくないかと言うテオの要望に、彼は首を振った。
ヴァンパイアを長期間封印が可能な魔法道具など、高価すぎて冒険者ギルドでも手が出せない。
それにテオが生きている限り、今現在で封印がなされている状態にある。そんな緊急性の無い封印の為に、高価な封印用魔法道具の購入は、ギルドとして費用をかけられないとの事だ。
もし魔法道具によってアニタの封印を行なうならば、テオ個人の持ち出しにならざるを得ないとの事だ。
高価な封印魔法道具を使って封印を行ったとしても解かれる可能性が在る。
そうである以上、保管世界内に保管を続けた方がマシだろう。少なくともこちらならば、テオ自身が生きている間にアニタが外に出てくる事は無い。
つまり保管世界の住民となった彼女とは、長い付き合いになるということだ。下手をするとテオの寿命が尽きるまでの付き合いになる。
気分の良いものでは無いが、保管世界は時が止まっている世界なので、彼女から干渉される事も、こちらから干渉する事もない。
とはいえ、身体のほとんどが焼け落ちた痛々しい姿である上に、服も焼け落ちて全裸になっている。
そのままの姿ではテオの精神衛生上よろしくはない。
大きめの布で彼女の身体を包んでいる。
保管世界内のモノには、外に出さない限り、テオであっても直接の干渉はできないが、布を覆い被せる程度ならば可能だ。
アニタがこの様に半死体で収納されて居るのは、彼女の首にかかっていた今は壊れたペンダントが原因だ。輝いていただろうそのペンダントは、焼け焦げ、ヒビが入って割れている。
ペンダントに疑似鑑定をかけた。
『スキル避けのお守り(破損)』
水竜の逆鱗を磨いて作られた護符。他者からの害を及ぼすスキル効果を排除する。
現在は破壊され、効果を失っている。
アニタが身につけていたコレが、火竜の吐息によって破壊されてた事によって、全事象収納の収納門から弾かれる事がなくなり、全身が灰となる前に門の中に落ちたのだろう。
もしもの話しだが、この護符をアニタが身に付けて無かったら、彼女は火竜の吐息に焼かれる事は無かっただろう。身に付けていなければ、その前に収納されるだけの話しになっていただろうが。
保管世界の外に、出す訳にはいかない危険物がまた一つ増えた理由は以上だ。
もはや危険物の処理は、自分の寿命が尽きるまで先送りにするしかないのかと、テオは考えてしまう。
まあ、そのうちなんとかなるだろうと、テオは投げやり気味に楽観視する。何せ問題が起きるのは自分が死んだ後の話しだ。その時、問題に直面する当事者が解決策を講じればいい。
テオは保管世界内のアニタから意識を外すと再び歩き出す。
そう言えば、一つ気になる事がある。
さっき見た彼女の顔は火傷の痕がない綺麗な顔だった。
けれどアニタが保管世界に収納されていた事に気がついた時、彼女の顔には火傷があったのではなかろうか?
――……いや、気の所為だな。
テオはその疑念を否定した。保管世界は時の止まった世界だ。アニタが再生のスキルを持っていたとしても、その傷を治す時間そのものが流れていない。
保管世界にいる限り、治っていく事などありえない事なのだから。




