14話 黒の牢『三つのひだまり数える頃、竜の力が花食い人を退ける』
そして、テオの持つ詩が解き放たれる。
ガォォォォォォォォォォンッ!!
その二つの門から排出されたのは竜の咆哮だ。
真紅を身に纏う竜が収納される際、引きずり込む収納門に対して、至近距離から放たれた絶叫だ。
アニタが人だったとしてもそれは直接命を奪う可能性の無い攻撃だった。それ故に、あまりにも強力な攻撃だったにもかかわらず、『直感』スキルの感知範囲には入らなかった。
排出された竜の咆哮は屋敷全体はもとより、ゲディックの街中まで届く轟音を響かせた。
竜の咆哮には、恐慌を与え身体の動きを縛る効果が含まれる。
テオはその効果には対して耐性を持っている上に、経験がある。さらに自分の意思で竜の咆哮を放ったのだ。覚悟をしていた為に効果は無いと言っていいほど少ない。
しかしアニタは完全に油断していた。竜の咆哮が放たれるなどとは考えられるはずがない。
無防備な状況から突然、耳元に竜の咆哮を受けた等しい。
「あ……!?」
アニタは白目をむいて、全身から力が抜ける。テオは彼女を振り払い距離をとって立ち上がる。
「あ……。うあ……」
身体をろくに動かす事もできずに転がるアニタに収納を試みる。しかし意識が朦朧としているにもかかわらず収納できない。
仕方なく。取り出した剣をアニタの胸に突き立てた。
「がっ……!」
門から飛び出て、心臓を貫き、床に縫い付けるが、ヴァンパイアはその程度の事では死にはしない。
なので消火のために極寒の空気を吹き付ける作業のついでに、追撃としてアニタも凍結する。
「な、何を、やりやがった? 私を動けなくなするなんて……さ」
極寒の空気に朦朧とした意識が覚めたのか、アニタは胸に剣つ突き立てられ、全身に白い霜が降りている状態にもかかわらず、テオに聞いてきた。
とっくに生き物が生存できる体温ではないだろうに、こたえた様子のない彼女にテオは呆れる。
「よく生きてるな……? 心臓を貫かれても死なないのか?」
「ヴァンパイアの死ににくさを舐めんなっ……! 首を落とされても死にはしないさ……! それよりテオは何をした……!?」
「……竜の咆哮をぶちかましてやっただけだよ」
答えながら、なんとか戦いを終わらせられないかとテオは考えていた。
自分が死なないなら、アニタがどうなろうともう知った事ではない。テオはもう、アニタと戦うのはうんざりしていた。
素早いし、力は強いし、霧にはなる。はては人ならばとっくに死んでないとおかしな状況のクセに死なない。かと言って、アイテムボックスにも収納されてもくれない。
しかもそんな状況なのに、アニタの目に灯る光は、到底、心が折れているようには見えない。それどころかやる気満々だ。
占い詩によると『ひだまり』が三度数えないと彼女は退かないのに、『火だまり』はまだ二回目だ。
あと一度、彼女の火の魔法を防いで、周囲が火の海になった状況で相手をした上で、また消火活動をしなければならないのか。
寒いし、煙の収納もしないといけないという、非常に面倒な作業だ。
いや、それ以前に、もう一度死なずに、アニタの火魔法から続く攻撃をしのげる自信が無い。
テオの戦いの引き出しは枯渇しかけている。
そもそもテオはヴァンパイアと戦えるような存在ではない。今すぐ逃げ出したいがテオの足ではアニタから逃げ切ることなど不可能だ。
なんでこんな事になっているのだと、怒りさえ沸いてくる。
テオの答えにアニタは一瞬目を丸くする。そして、楽しそうな笑い声を上げた。
「はっはっはっ。竜の咆哮? そうか、そんなものも使えるのか。楽しいなぁ! コレだから戦いはやめられない。
テオ! アンタもそう思うだろう?!」
満面の笑みで同意を求めるアニタに、テオは何処かでプツリという小さな音が聞こえたような気がした。
「楽しい……?」
「ああ! そうだろう?! こんな、想像もしていなかった事が起きる。それを楽しいと言わないでなんと言うんだ!」
「……俺はな。お前と戦っていて……。楽しいと思えたことなんて……。一度も無い」
「え?」
戸惑いの声を上げるアニタは、今までの長い生の中で感じた事が無い様な強い警告を、『直感』スキルから感じ取った。
「っ!」
逃げ出そうにも、剣で床に縫い止められている。ヴァンパイアの力の源は心臓だ。貫かれた程度では死にはしないが、全身に力は入らない。
霧となって縫いとめた剣から逃れようよするも、凍りついた身体はそう簡単に霧になってはくれない。
「あ、マズ……!」
焦る彼女にテオは淡々と言葉を続けた。
「こんな、周りに気を使わない場所で襲いかかって来やがって……! こっちがどんだけ気を使っていると思ってやがるんだ……!
ポンポン好き勝手に炎を撒き散らしやがって……。挙句の果てには、楽しい? ふざけんな……!」
けどもういい……。俺だけが周囲に気を使って、自重するのはもう止めだ……。
お前はさ。ドラゴンキラーに喧嘩を売りに来たんだろ? だったらさ。俺と同じ事は当然できるんだよなぁ!?」
アニタは知覚できなかったが、彼女を取り囲むように複数の収納門が開いていく。
廊下の壁に沿うよに二枚。アニタの背後を塞ぐように一枚。アニタの頭上に一枚。アニタと床の間に差し込むように一枚。
そして、アニタとテオを遮断するように一枚。
収納する面を全て彼女に向けてある。大きく展開する六枚の収納門は、その端同士を別の収納門に接続し、大きな立方体を作り出して、アニタを閉じ込める。
「待て待てっ! 止めろっ止めろっ!
わかった。私が悪かった! だから止めてくれっ!」
『直感』スキルの凄まじいまでの大きさの警告は鳴り止むことが無い。アニタには必死になって、テオの行動を止めようとした。
けれど、テオが敵の言葉に従う筋合いはない。
七つ目の門をアニタとの間の収納門の先に開く。この門は収納門ではなく排出門だ。もしも排出門から排出されるモノの姿をアニタが見えたとしたら、門の先にはちろりと見える全ては破壊する火の灯りが見えただろう。
『火だまり』を作るのが、アニタでなければならない決まりなどない。さっさと彼女に引いて欲しいのならば、自分が三つ目の『火だまり』を作ってしまえばいいのだ。
そして、テオの保管世界に『火だまり』を作れそうなモノは一つしか無い。焚き火の一つは存在しているが、それを使った所で『火だまり』に相応しい火の海をつくれない。
問題は、その威力があまりにも大き過ぎる事。
テオはアニタを見下ろし、告げた。
「俺と同じようにお前も火竜の吐息を防いで見せろ!」
アニタの顔を絶望に染まる。
「全収納門、全事象収納、開始! 収納吸引力、出力最大!!」
アニタを閉じ込める立方体の収納門が漆黒に染まる。
立方体の中の全ての空気が強制的に吸い出される。空気だけではなく、内部のありとあらゆるモノを吸い出そうとする立方体だが、アニタの事は吸い込めない。
どうやってアイテムボックスへの収納を避けているのか、その理由はなんだと考える。何かスキル避けのスキルかお守りでも持っているのか。
頭の一部の冷静な部分ではそう考えるが、これから行なう事を成すならば、もうそんな事は関係ない。
全てを焼き尽くすのだから。
「保管世界内! 全、火竜の吐息! 全力発射!!」
その瞬間。立方体の中は地獄と化した。
焼き尽くし、破壊し、砕き、吹き飛ばす。
その破片は膨大な炎の圧力によって強制的に全事象収納の門へと叩き込まれた。
外にはなんの影響も及ばさない立方体は、排出された火竜の吐息をも回収する。
もしも、この漆黒の立方体が存在していなかったら、伯爵邸は一瞬で炎と共に吹き飛ばされ、余波だけでゲディックの街を焼き尽くしていただろう。テオ自身も自分の身を守る事すらもおぼつかなったに違いない。
火竜の吐息が排出されていた時間は、ほんの数秒だけだった。
テオが立方体の中の地獄を維持できるギリギリまで、放たれた。
排出門を閉じ、立方体の中の全ての微粒子を含む空気が収納されるのも、ほんの数秒の事。
テオは全ての収納門を解除する。
立方体のあった場所には、存在するモノは何一つ消えていた。当然ヴァンパイアの少女の姿も影も形も消えていた。




