12話 戦い『――――。手折られ枯れぬ為に、陽に留め続ける為に。』
ヴァンパイアという種族は人種族であるか、それともモンスター種族であるか、未だ議論が分かれている種族だ。
人族あつかいになっている国もあれば、モンスター扱いになっている国もある。過激な国では人族の不倶戴天の敵として、存在その者が許されていない国もある。
しかし、人族の一つの種族として扱われている国にしても、人に仇なすヴァンパイアはモンスター扱いをされる。
この国がどっちだったかはテオは知らない。しかし、少なくとも、貴族の館を襲いかかったアニタはモンスター扱いもされる。
ヴァンパイアという種族の特徴は、彼ら自身に生殖能力が無く、生まれついてのヴァンパイアは存在しないということだ。
気に入った相手に噛み付き、血を吸う事で相手をヴァンパイアに変える。
その事で噛んだ者が親となり、噛まれた者が子となる。これは種族を増やした関係から言うのではない。全くの見知らぬ者同士でも、お互いに親密な感情を抱き合う事なる。
その時は噛まれた者は、噛んだ者の事を自分の庇護者として慕う事になり、噛んだ者は噛まれた者の事を愛しい我が子と扱うことになる。
噛む前から親ししい関係ならば、その強制的に親子関係を築き上げる事は無く、恋人関係、親友関係などの良好な関係を築くことになる。
そもそも、ヴァンパイアにとって吸血行為は最大級の好意の現れだ。アニタのように、一目惚れですぐさまその行為に移ろうとする方がおかしい。
ヴァンパイアは寿命が長く、またその見た目もヴァンパイアとなった瞬間から変わる事が無い。
寿命自体も肉体的な限りは存在せず。精神的な老いによる自害がその者の寿命とされいている。おおよそ七百年から千年があたりが限界だとされる。
しかし、そのくらいの寿命ならば、人族の中にもいる。寿命が長い事で有名なのが、ハイエルフと言われる種族だ。彼らは九百年を超えると肉体的若さを失っていき、数年で老衰死する。
無差別に吸血をするわけでもなく、また、長い寿命を持っている人族の種族が居る。それにも関わらす、ヴァンパイアという種族がモンスター扱いされる国が在る理由は、ヴァンパイアが非常に死ににくいからだ。
ヴァンパイアは別の種族からヴァンパイアに変わる。その時に大量の有用なスキルを身に付けるのだ。
ヴァンパイアの仲間を増やす『吸血』
狼やコウモリ、霧へと一時的に身体を変化させる『変身』
肉体的損傷を速やかに回復させる『再生』
そして、非常に死ににくくなる『不死』
そんな有用となる種族特性スキルを得る。得る事になる種族特性スキルには、不利となるスキルも在る。
日光を浴びると皮膚が焼け、身体に激痛が走るという『日光弱化』
しかし、得るスキルはそんなヴァンパイアだけか所有するようなスキルだけではなく、普通の人族が生まれついてしか得る事のできないとされるスキルも大量に得るのだ。
これは別の種族に生まれ直している為に、新たにスキルを得るとされている。
その結果、ヴァンパイアという種族は生まれついての強者だ。正しくは『産まれ直しての』だが。
そんな強者が社会の中で、長い寿命と、不死のスキルを持っていたとするならば、排除の方向に行かざるをえない。
長い寿命で強者として君臨し続け、物理的な排除もできない。
誕生の仕方も問題だ。ヴァンパイアに気に入れられば、己もヴァンパイアになれる可能性もあるのだ。
その結果、ヴァンパイアが上層部を支配した国も有る。
他の種族の権力者にしてみれば、ヴァンパイアという種族は脅威に他ならない。
しかし、長い寿命と力を得ようと権力者が媚びへつらっても、実際にヴァンパイアになれる者は少ない。
幸いと言ってはなんだが、ヴァンパイアは無限に子を増やせるわけではない。
心の底から気に入った相手で無ければ、子にする事はできない。彼らはその長い寿命の中で、精々二、三人。多い者でも十人程度を子にする程度だ。
だからこそ数少ない機会をものにする事には必死になる。
ソレを邪魔するテオをアニタが許すことはないだろう。
「とりあえずお前は邪魔の入らない場所に連れて行って、そこでゆっくりと聞き出してやる。
だがらお前は、寝とけ!」
言うなり、アニタは腕を振るう。前動作無しにテオに向けて魔法が放たれた。視認の難しい無属性の魔法弾が、高速でテオに向かう。
テオはその魔法を避ける事はしなかった。高速だと言っても認識はできて、直撃を避ける為に身体をねじって避けることはできただろう。しかし、炸裂によって兵士たちを倒した魔法弾と同じモノだ。直撃を避けても意味は無いだろう。
テオが避け無かったのは、諦めての事ではない。アニタと対峙し始めた時からすでに、物理対策と魔法対策を行い続けている為だ。
無属性の魔法弾は炸裂する前にアニタとの間に大きく開いておいた収納門に飛び込む。
「? なにをやった?」
己の放った魔法が何の反応も無しに消えた事に、アニタは疑問の声を上げる。
「……対魔法の防御魔法か……?
……まあいいさ。魔法が通用しないって言うなら、拳でぶん殴るってやればいいだけだ!!」
アニタは拳を振り上げて突っ込んでくる。テオを素手で殴れる距離まで一瞬で接近し、拳を振るう。
その寸前、アニタは弾かれたように飛び退いた。
テオが何かをしたわけでも、テオが用意していた罠によって飛び退いたのでもない。テオが用意していた罠である開いていた収納門に拳を振り下ろす寸前、アニタ自身が床を蹴って飛び退いたのだ。
アニタにはその表情を厳しくして、元の接近戦には到底適さない距離まで下がってようやく止まる。
「……なんだ、お前? あのまま拳を振り下していたら私が負けた……? 何をしているんだ? お前は?」
「チッ。……アンタ。『直感』スキル持ちかい?」
舌打ちをしそうな表情のアニタの呟きに、テオの方が舌打ちをして聞いた。
「……ああそうだ。『直感』スキル持ちだよ。私が負けるようなことはできないと思っておくんだね」
『直感』スキルとは、寸前の危険を感じ取るというスキルだ。それも確か、ヴァンパイアに生まれ直すと新たに得るスキルの一つだったはずだ。
「そう聞くって事は本当に何かをしているって事か? 何やってるんだ?」
「答えるワケ無いだろう」
「それもそうだな」
テオの言葉に、アニタは笑った。
「結構楽しくなってきたな。それじゃあ、どんな手品の種なのか、調べさせてもらうよ」
アニタはその手に炎の玉を生みだす。テオは息を呑む。
「おい! ここは屋内だぞ! 火魔法なんて使ったら、火事にお前も巻き込まれるぞ!」
「ここは私の家じゃない。
巻き込まれる前に逃げればいいだけさ」
気軽に言って、アニタは火魔法を放つ。だがその火炎弾は直接テオを狙ったモノではなかった。もしそうならば、爆発を起こす前に収納して被害を食い止める事ができた。
しかし、その火炎弾はテオの前の床にぶつけられ、爆発が起きる。
爆発の衝撃を撒き散らすそれでなく、燃える火炎をそのまま周囲に撒き散らす、可燃性の油を撒き散らすような爆発に、廊下は一瞬で炎の海へ変貌した。
廊下は床だけではなく、壁も天井すらも炎が付いた。本来ならば、テオにもその火炎の津波は襲いかかっていただろう。
しかしテオの少し前を境に、切り取られたように燃えて居ない領域が存在していた。境に存在する炎も、テオの方へと揺らめくと、空間が切り取られかのように炎の先が消える。
その様子を冷静に観察していたアニタはつぶやく。
「……ああ、なるほど。お前のその防御壁、防御魔法じゃないな?
私の防御魔法ならば炎が弾かれるのに、お前のそれは、触れた所からそのまま炎の余波が消えた。
しかし、なんだ? お前のソレは何処かで見たような……?」
首を傾げるアニタに、テオは考える時間を与える気はない。
伸ばしていた帯状門は彼女の直ぐ側まで展開は完了している。
「いけ!」
テオは『剣の舞』を放つ。使用する『剣』は木の枝なんかではない。ヴァンパイア相手に木の枝を叩きつけた所で怯みもしない。
使用するのは目録索の貴重品項目に収納していた真紅を身に纏う竜の牙だ。
真紅を身に纏う竜の牙は大きさはアニタの背丈ほどはある。テオが収納した兵士達が持っていた剣よりも、遥かに頑丈だ。また、牙の鋭角は触れただけで肉を裂く。
「!?」
唐突に現れた巨大な牙が、水平に胴を薙ぐように放たれ、アニタは度肝を抜かれる。
避けるには反応が遅れた。アニタは己の腰にあるマジックバックに手を伸ばして、剣を取り出す。その剣で、牙の一撃を防ぐ。
胴を輪切りにされることは防いだが、それだけでは『剣の舞』は終わらない。
真紅を身に纏う竜の牙はアニタに迫った速度のまま、アニタごと後方へと追いやる。
「くっ! なんだ? コレはっ! 私の剣で切れない!?」
己の剣に魔力を込めて、その斬れ味を上げても牙は傷つくことは無い。アニタは牙を切り落とす事は諦めて、身を捩って牙の軌道上から身体を外す。
廊下を転がり牙に運ばれた勢いを殺したアニタは、通過した牙を振り返る。しかし牙の姿は消えていた。
「なんだ? 今のは?」
己の剣で切れないなんて。呆然としかけるアニタは己の持つ『直感』スキルの警告にあわてて振り返り、無属性の防御魔法を使用した。
「シールド!!」
魔法の盾に人の頭程の大きさの石が衝撃した。
凄まじい速度で放たれたその石は、魔法の盾をぶち破り、しかし盾があったらこそ上方へと逸らされ、天井を大きく引き裂いてぶち抜くと、そのまま屋根をも貫通して、何処かへ遠い所へ跳んで言った。
アニタの背後の天井がガラガラと崩れる。
アニタには、魔法の盾に弾かれたのモノが、ただの石だとは分からなった。
ただ凄まじい速度で放たれ、魔法の盾を破った事だけは認識できた。
もし直撃してもアニタは死にはしないだろう。ヴァンパイアはそれほど死ににくい。
けれど胴に直撃すれば身体は分割されてしまうだろうし、頭に直撃すれば頭部を失う。そうなれば再生が終わるまでは身動きがとれなくなる。
アニタは今の一撃を放ったであろうテオの方へと視線をむける。
そこで気がつく。テオの周りに広がっていた炎が、全て消えていた。
それだけではない。火の海になり熱されたはずの空気が妙に冷たい。
いや、妙どころの話ではない。凍えそうな程に冷たい空気が彼の方から流れている。
アニタとテオとの間の廊下には、花が生けられた花瓶が置かれていた。その花瓶が割れている。
けれど花瓶の花はバラける事なくその形を保っていた。花瓶に入っていた水が完全に凍りついて花瓶を割り、それでも花の保持をしているのだ。
「ちッ……」
テオは舌打ちした。あまりにも力加減が難しい。
収納していた空気から『Eの項目』の力を使い熱エネルギーを出来る限り奪い取って極寒の空気を作り出し、それを消火の為に廊下の炎に吹き付けた。
その空気の元は火竜の吐息によって致死性の高温を持っていた空気だ。
液化寸前まで冷やされた空気によって、炎はあっと言う間に消え失せる。
炎は燃え続ける高温が維持できなければ、消えるしか無い。そんな出処の怪しいテオの知識は正しかったようだ。
同時に、天井付近に溜まる煙を防御用に開きつづけている収納門に吸引しておく。火災は炎自体よりも煙の方が危い。
そして、極寒の空気を作り出した事によって余った熱エネルギーを『Eの項目』へと収納する前に、運動エネルギーに変換して、石に付与してから射出してみたのだ。
その結果がこの有様だ。伯爵邸にコレほどの被害を出す気はテオには無かった。
『Eの項目』はあまりの使いにくい。実際にはテオ自身が『Eの項目』の事をあまり理解できてないし、使い慣れていないせいでもある。
テオは石の一撃の後に『Eの項目』のエネルギーを使っての追撃も考えていた。弾丸となる石は、他にもたくさん保管世界に収納してある。元々はモンスターの頭上に排出する為に確保している石だ。大きさは先程と同じ人の頭程度のモノから、人の背丈を超える大きさまで色々だ。
しかし試しに放った一撃の、あまりの被害の大きさに呆然として動きを止めてしまった。
そこでテオは、周囲の気温があまりにも低い事に気がつく。
消火の為に極寒の空気を吹き付けたのだが、少し空気の量が多すぎ――というよりも周囲の気温を冷やしすぎた。収納門を隔てて居なかったら、テオ自身が凍死してもおかしくない気温になっている。
テオは慌てて、ほんの少しだけ高温の空気を排出して空気を温める。
その動揺を表に出す事はしなかった。テオは余裕を見せているようにしか見えない。
守るべきモノの一つである伯爵邸に多大なダメージを与えておきながら、悠然と佇んでいるようにしか見えない彼に、アニタは呆気にとられた。
そして彼女は笑い声を上げた。
「はっはっはっ。そうか、そういう事か。
お前が、ドラゴンキラーなんだな? いいね、お前、いいよ。
お前の名前を聞いてやる。お前、名前はなんていう?」
「……テオだ。確かに世間じゃ、俺の事はドラゴンキラーと言ってるらしいな。
お前もドラゴンキラーと戦うのが嫌ならさっさと逃げていいんだぞ? 俺はお前を追いはしない」
勇名だけで、彼女を退けられるならば、占い詩のクリスタ達の解釈は正しいことになる。
正しいにせよ間違っているにせよ、彼女を退けられるならどちらでもいい。内心、藁にもすがる思いで言ってみる。
だが、アニタに笑い飛ばされた。
「はっ! そんなもったいないことするわけないだろ?
そもそも私は、ドラゴンキラーに会いにここにやって来たんだ。ドラゴンキラーと喧嘩をしてみたくてな。
けどクリスタという、もっと魅力的なモノを見つけたからな。ドラゴンキラーとの喧嘩はもういいかと思っていたけど……」
アニタは爛々と瞳を輝かせ、興味深げにテオを観察する。
「ただのガキかと思ったけど……。なんだい、なかなか期待できそうじゃないか!
ドラゴンキラーを打ち負かし、その賞品としてクリスタを手に入れる!
燃える展開じゃあないかっ!」
やる気をみなぎらせるアニタに、テオはうんざりした。




