11話 魅了 『牢に花を閉じ込めよう。――――。』
「……テオ君? ひょっとしてテオ君は私の厄病神か何かですか? 君と顔を合わせる度に、何か問題が起こっているような気がするのですが?」
「気の所為ですよ。厄介事を引き受ける仕事だからそう感じるだけですって」
テオはヴェルナーに言い返す。厄病神扱いは流石に勘弁願いたい。
「そんな事を言ってないで早く避難しないと……!」
レベッカの言葉は途中で止まる。
爆発がしたのは玄関ホールの方で、今その近くにいた。その先、爆発の現場から、軽い足音が聞こえて来たのだ。
そちらに視線をむける。
小柄な人影が近付くいて来るのが見えた。
その人物は美少女だった。装飾のある朱色のドレスに身を包んでいる。
テオは、クリスタの友人がやって来たのかと思った。
「ど、どちら様ですか? 貴方は?」
レベッカが戸惑った様子で、誰何する。
問われた少女は足を止める。
病的とも思える程に肌が白い少女だ。腰ほどまである燃えるような赤い髪に、血に染まったかのような緋色の瞳。
肌の色とは裏腹に、力強さを感じさせるめ瞳の光と不敵な笑みが、貴族の娘としか思えない外見を裏切っている。
何かがおかしいと感じた。その理由は少し観察してみて、ようやく理解した。
何故爆発が有った方から、余裕のある様子でいられるのか。
そしてもう一つ。ドレスと思えた服は、明らかに戦場に出るのことを想定した戦装束だと言うことに。
彼女にはレベッカの問いに応えた。
「私かい? 私はアニタ。
そう言うあんたらは、この伯爵家のご令嬢とその御一行で間違い無いのかい?」
「貴様! 賊か!」
兵士達がクリスタたちの前に出る。
「クリスタ様、避難を!」
レベッカに促され、非戦闘員である彼女自身とクリスタとヴェルナー。そしてテオも下がる。実際の護衛戦力は兵士達に任せるとの事前協議の通り行動だ。
「捕らえよ!」
兵士達の隊長の号令と共に、武器を構えたかれらは突進する。しかし接触する前、完全に棒立ちにしか見えなかったアニタと名乗った少女は、動き出す。
「有象無象どもに、用は無いんだよ」
その言葉と共に、前動作が一切無く、魔法弾が一瞬で放たれた。前に出た兵士達の真ん中で炸裂する。
無属性の魔法にある。衝撃だけを与える爆発弾だ。正面から食らった兵士は弾き飛ばされ廊下の床に伏し、角度的に廊下の壁に叩きつけられた者は、そのまま壁に持たれて崩れ落ちる。
アニタは、ゆっくりと倒した兵士達を超えて歩き出す。
少女は、離れようとするクリスタ達に声を上げる。
「おい、お前ら! 逃げようとするんじゃねぇ! こっちはコレでも手加減してやってるんだ。私が倒した兵士達はまだ生きてるんだぜ!?
お前らが逃げるって言うなら。この屋敷ごとコイツらを焼き殺してやってもいいんだぜ!」
「……!」
脅迫の言葉にクリスタは足を止めて振り返る。
「クリスタ様! いけません! 早く避難しなければ……!」
レベッカの必死な忠言も、主は首を振って否定した。
クリスタは震えながら、アニタに問いかける。
「貴方は、何用があって、我が伯爵家に押し入ったというのです……!?」
「そのまえに答えてくれよ? アンタはこの伯爵家のお姫様でいいのか?」
「――私はクリスタ・フォン・ゲディック。確かにこの伯爵家の一人娘です……!」
「そうかそうか」
アニタは満足気に頷き、彼女をジロジロと観察する。そして感嘆の言葉を漏らす。
「……アンタ、綺麗だな……」
「え?」
クリスタは襲撃者に突然称賛されて、戸惑いの声を上げる。
「私はこれまで多くの人間を見てきたつもりだけど……。アンタみたいに綺麗な人間はあまり見たことが無い。
アンタ、クリスタと言ったか? 気に入った。私のモノになれ」
「え、あの……?」
「何を言うのですっ! 犯罪者風情が言う事ではありませんっ!」
絶世の美少女とも言えるアニタからのプロポーズとも思える言葉にクリスタは戸惑うしかない。
だが、主をかどわかそうとする言葉に、レベッカは激高して怒鳴った。
「メイドに興味は無い。黙っていろ。
私は美しいモノは手元に置いておきたいと思っているんだよ。だから美しいモノを見つけたら、手元に置くようにしているんだ。
その中でも人間は、放っておけばすぐに醜くなってしまう。
だから、永遠の美しさを保存するためには私の手元に置くしか無い。
クリスタにとっても悪い話じゃないぞ? なにせお前のその美貌が、永遠のモノになるのだからな?」
クリスタがアニタの言葉に答える前に、テオがクリスタの前に出た。
「あんたアニタと言ったな。永遠の美しさを保存する為には手元に置くしか無いって言う事は……。あんた、ヴァンパイアなのか……?」
テオの問いに邪魔をされて不快な表情を浮かべていたアニタは、目を見開く。
「へえ……! よくソレだけで私の種族の分かったな?
参考に、なんで気がついたか教えて貰えるかい? まさか、鑑定スキル持ちということはあるまい?」
「あんたみたいに幼いくせに綺麗な外見で、見た目に似合わない実力が在る。その上、長く生きてる者特有の言い回しで、『他人の美しさを手元に置く』なんて事を自信満々に言えるのはヴァンパイアくらいしか思いつかなかったんだよ」
「ああ、なるほど。そういう事か」
テオの答えはほとんどが後からのこじつけだ。だがアニタは納得したようだ。
アニタがヴァンパイアだと気がついたのは、『未来詩筆記』の占い詩にあった『花喰い人』の単語からだ。
ヴェルナーの言った通り、占い詩における『花喰い人』がヴァンパイアならば、クリスタ達の占いの解釈は間違っている事になる。
その事を確認する為にテオはアニタに問う。
「こっちからも一つ聞きたいんだけどな。あんたは今までクリスタ様をさらう為に、手勢を差し向けた事があるのか?」
アニタにはキョトンとした表情になった。
「? なんの事だ? 私がクリスタを手に入れようと思ったのは、今ここで、クリスタを見つけたからだぞ?」
嘘を付いているようには見えない。そもそも人に対して圧倒的な強者であるアニタが嘘を付く必要など無いだろう。
これはつまり、クリスタ達の占い詩の解釈は間違っている事になる。
『花喰い人』の単語は襲撃者達の黒幕の事を指しているわけでは無い。今ここで相対する、幼い姿をした吸血鬼の事なのだ。
テオは覚悟を決めて、クリスタに小声で言った。
「『牢に花を閉じ込めよう。手折られ枯れぬ為に、陽に留め続ける為に。
それまで牢から花を出してはいけない。花が盗まれてしまうから』」
占い詩を口にしつつテオはクリスタに視線を向ける。
クリスタは、彼が今、占い詩を口にした意味を正確に把握した。目を見開く彼女だが、すぐに覚悟を決めた表情になり頷く。
「わかりました。それで、お願いします……!」
「まさか、そんな事をクリスタ様に?」
クリスタがどうなるかを察したレベッカは抗議する。だがクリスタが止める。
「レベッカ、いいの。私はそれでいいと思う」
「し、しかし……!」
「テオ様ではなく、私の力を信じて。それならレベッカも納得できるでしょう?」
「わ、分かりました……」
クリスタの説得にレベッカは渋々頷いた。
「作戦会議は終わったかい? 無駄だよ。その他はともかくとして、クリスタを逃がす気は全く無いよ? 私からは逃げられないんだからね」
「レベッカ。貴方は逃げなさい」
「し、しかし、クリスタ様を置いて私だけなど……!」
「彼女は私を逃がす気は無いようだけど、その他は大丈夫そうよ」
「そうそう。有象無象に興味はない。私の邪魔をしないなら何もしないさ」
クリスタの言葉に、アニタが愉快そうに付け加えた。
テオはヴェルナーに言う。
「ヴェルナーさん。レベッカさんを連れて今すぐに逃げてください」
彼はテオの覚悟を決めた表情を見て頷いた。
「わかりました。レベッカ嬢。逃げますよ」
「クリスタ様。どうかご無事で」
レベッカの手を引きずるように、二人は駆け出した。
「部下を逃がす事はいいんだがな。お前は逃げないのか?」
アニタはテオを見て問う。
「逃げるわけにも行かない立場があるんだよ」
「そうか。大変だな宮仕えというのも。だが私には関係無いことだな。
邪魔をしなければ放っておくが、邪魔をするなら打ち倒すだけさ」
そしてアニタはゆっくりと近づいてくる。
「待て!それ以上は近づくな」
テオの警告は無視される。
テオはアニタに収納を試みる。彼女を収納できてしまえば、テオの勝利は確定する。
しかし浸透方式の門は、彼女の身体に触れた途端に一瞬で弾かれた。
「くッ……!」
アニタは何かをされた事には、詳細は分からずとも気がついた。しかしテオの悔しがる様子を見て、効果が無いなら気にする必要も無いと判断した。
アニタはからかうように聞く。
「ん? 何かやったか?」
笑顔のままで歩み寄ってくるアニタの姿が、ふっと、揺らめいた。
そう思った次の瞬間、彼女の姿は薄く空気に溶けるように消え失せた。
「なっ!?」
驚愕し、テオは彼女の姿を探しに、周囲を見回す。しかし見つからない。
「ああ……。やはりお前は美しいな」
気がつけば、テオはテオの背後にいたクリスタのすぐ隣に現れていた。クリスタの顎に手を添え、彼女の瞳を覗き込んでいる。
「その綺麗な紫の瞳が真紅に染まってしまうことは残念だが、安心しろ。お前の若さと美しさは永遠のものとなる」
クリスタは魅了されたように、アニタの目を見返したまま動かない。
アニタはそのままクリスタを抱きすくめ、口元を彼女の首筋へ近づける。
クリスタは虚空を見詰めたまま動けない。
アニタは大きく口を開けた。彼女の犬歯が鋭く伸びる。そして、クリスタに噛み付こうとする寸前。
「させるかっ!」
テオはクリスタをアイテムボックスへ収納し、アニタの噛み付きは何も無い場所への空振りとなった。
「あ、あれ……? クリスタ? ドコに消えた?」
アニタは腕の中から消失したクリスタに戸惑い、周囲を見回す。
テオは逃げ出そうと駆け出す。アニタが立ち位置の関係上、ヴェルナーとレベッカが逃げた方向とは反対方向だ。
倒れて逃げられない兵士達の姿がある。彼らもついでとばかりに、駆けながら収納していく。
彼らの回収が終わり、このまま逃げられると思ったのは一瞬の事だ。
「待て! 逃げるなっ! 殺すぞ!」
怒声とソレに込めれた竜の咆哮にも似た圧力に、テオは足を止めて振り返る。足を止めずにいたら、すぐに殺す行動に移る事は簡単に想像ができた。
「お前だな!? クリスタを何処かへやったのは!」
「どうしてそう思うんだい?」
圧力のある言葉の中、テオは軽口を叩く。
「先程の私に掛けようとした術と同質の力を感じたぞ? 瞬間移動。いや、空間転移か?」
アニタはクリスタと兵士たちの消失をそう考察した。
「私にまず掛けようとした所と、お前はクリスタに『牢になんちゃらと』言っただろう?
それからすると閉鎖空間への空間転移か?
あのメイド達を送らなかった所を見ると、そこそこに危険な場所で、しかし兵士共も送った所も見るなら、私の側に居るよりは安全な所か?
だがお前自身がそこに行っていないと言う事は、自分自身を対象にした空間転移はできないと言う事だな?」
アニタの考察は概ね正しい。しかし、その送られる場所がテオのアイテムボックスの中だとは流石に思いつかなかったようだ。
テオは彼女の勘違いを訂正する事なく肩をすくめた。
「さてね。それより、俺も逃してくれないかな? もうここには、お前の欲しがっているクリスタ様は居ないよ?
それとも、俺の空間転移術を素直に受けて貰えるのかな? 個人事に別の牢に送られる事になるけど、今、送ったクリスタ様の近くには行けるよ?」
もしこの提案が受け入れられたら、それだけでテオの勝利が確定する。だが、そんな甘い話は無かった。
「はっ! お、こ、と、わ、り。だっ!」
――だろうな。と内心頷く。
「たとえ自動的に牢屋に叩き込む術だとしても、送られる牢の危険度はある程度は分けられるんだろ? 敵の私を危険な牢に叩き込むつもりだろう?」
「クリスタ様と同じ種類なんだがな」
「それにだ。敵であるお前の術を素直に受けるとでも思って居たのか? お前を叩きのめして、クリスタをドコにやったか聞き出せば済む話だろう?」
「言う気は無いがね」
「言わせればいいだけさ」
戦いになるのだろう。アニタは身に纏う気迫を高める。
レベッカとヴェルナーを逃がす事ができたのは上等な戦果だ。
クリスタと兵士たちはアイテムボックスに収納してある。この場にはテオとアニタの二人しか居ない。
後は、テオが生き残って、安全な場所でアイテムボックスから彼女らを外に出せばいい。
その事が一番の難題だ。
だがテオは、占い詩の事を口にした時からもう、逃げる事は諦めて居た。
今の状況が占い詩に詠まれた状況ならば、テオの方が逃げられないのは分かっている。
なにせ、退けられるのは『花喰い人』の方なのだ。
――無茶振りにも程がある。
テオはあの占いの内容に内心毒付いた。しかし今頼れるのはあの占いしかないのも事実だ。
アイテムボックスにアニタを収納してしまえば、テオの勝利は確定する。
しかしアニタは収納を弾く力を持っている。そして占いに詠まれた彼女を退けるモノは『竜の力』だ。
当然、クリスタたちの解釈したテオの名声などでは無い。もっと直接的な力の事だろう。
しかし、それだけの内容は心もとない。占いの正確な内容は何だった?
『牢に花を閉じ込めよう。手折られ枯れぬ為に、陽に留め続ける為に。
三つのひだまり数える頃、竜の力が花食い人を退ける。
それまで牢から花を出してはいけない。花が盗まれてしまうから』
三つのひだまりとはなんの事だ?
三日の意味では無いはずだ。これから三日も戦えるはずがない。
それではヴァンパイアの弱点とされる日光の事か? それも無いはずだ。
なにせ今の時刻。とっくに太陽は沈んでいる。




