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10話 花喰い人『――――。―でキヅクは竜への道』



 テオは護衛ではあるが、ほぼ名目上の護衛だ。テオに期待されているのは、ドラゴンキラーの勇名が広まり、クリスタを狙っている黒幕を諦めさせる事だ。実際の護衛は期待されていない。


 しかし、名目上の護衛とは言え、長い時間護衛対象であるクリスタの側を離れるわけにもいかない。

 テオ自身は警備をしている兵士達と同じように、影に徹して護衛をすることも考えていた。


 だがクリスタがテオの相手をする事を望んだ。その相手とはカードゲームのお相手だ。


 クリスタ自身はお喋りを続ける事を望んでいたようだが、テオの方がそんなに話題が思いつかない。

 男の方には、取り留めのないお喋りよりもゲームの方がお好きでしょうと、クリスタはゲームをする事を提案してくれたのだ。


 場所を遊戯室に移し、ダーツ、ビリヤード、チェスなどのゲームを行う事になった。しかし、テオはそれらのゲームのほとんどが初心者だ。ルール自体を彼女から教わり、遊ぶことになった。


 クリスタはゲームはあまり強くはないと言うが、テオは初心者だ。

 一対一のゲームの場合、その戦いは低レベルの白熱した戦いとなった。その戦績はテオの八割負けだ。流石に初心者が経験者に勝つ事は難しかった。


 テオとクリスタ、二人が共に楽しめたのは複数人で行なうカードゲームだ。

 数回ほど、レベッカなどのメイドや兵士が複数人のゲームの面子として参加し、時には入れ替わり、ゲームを楽しむ。

 カードゲームに関してテオは、すぐに拮抗した実力を身に着けた。それでも実力は強くはないと言うクリスタよりは下だろう。それでもゲームを楽しむのには十分な実力となった。


 時に勝ち、時に負ける。そんな楽しい時間が過ごし、そろそろ夕暮れ時だという時。席を外ししていたレベッカがやって来て、クリスタに告げる。


「クリスタ様。ご来客です。クリスタ様にお会いしたいと」

「あら? こんな時間にどなたですか?」

「冒険者ギルドのヴェルナー様がやって参りました。わかったことをお伝えしたいと」


 クリスタは頷き、手持ちのカードを伏せて置く。


「分かりました。すぐ行きます。テオ様はここでお待ちください」

「いや、俺も付いて行くよ。流石に護衛だというのに、護衛対象放って置いて遊んでいるわけにもいかないだろ」


 テオもカードを置いた。今回のゲームは手札を先になくした方が勝つゲームだ。テオの手札の数はクリスタはのものよりも多い。

 クリスタはその事に気がついたが、あえて何も言わなかった。


 遊戯室を出て、応接室へ向かう。テオ以外も護衛の兵士達も一緒だ。


 応接室へ入ると、ヴェルナーが丁寧にお辞儀をする。


「クリスタ様。このような時間にやって来る無礼をお許しください」

「いえ、大丈夫ですよヴェルナー様。まだ日の落ちる前ですから。

 わかったことを伝えたいとの事ですが?」


「ええ。ですが、大した事は分かってはいないのです。

 ギルドマスターからの指示で、些細な事でも情報共有をしておくようにとの事で私が参りました」


 ヴェルナーはギルドの方で捕えたオークション会場への襲撃者の聞き取り内容をクリスタに伝える。

 それによると、彼らの身元はFランクでくすぶっているチンピラがほとんどだという。スラムを寝床とする彼は金になる仕事が在るからと誘われて、深く考える事もせずに話に乗ったのだ。

 チンピラ達に話を持ちかけた者も確保しているが、その者はまだ口を開いていない。


 また、襲撃者達のリーダーは貴賓室を襲撃して来た者中で、聴き出した風貌から、キリクが真っ先に打ち倒した者の可能性が高いという。

 その者の身柄は伯爵家が確保している為に、聞き取りには手詰まり気味になっているという。

 ヴェルナーは、ギルドの方でもその者の聴取をしたいと要求する。クリスタは伯爵家の聴取が十分済んでからならば、できるでしょうと答えた。

 ギルドと伯爵家のメンツの問題だ。しかし、火花を散らしたのはその時だけで、その他の話あいは和やかな空気で進んだ。


 確保した襲撃者たちの聞き取りは自分たちが十分済んだ後に、互いに人員を送り込み、改めて聞き取りを行なうことになった。

 それ以前に聴取内容を互いに融通し合うと決っているのだから、あまり意味の無い事だとも、傍で聞いていたテオは思う。解った上での協定なのだろうから口には出さなかった。


 伯爵家側の聞き取りはまだ報告できるようにはまとまってはいない為、明日にもギルドに報告の為の人員を送ることになった。

 今回の話し合いは、分かった事だけがわずかだとしても、情報を持ってきたギルドの方が勝者となるだろう。組織同士の付き合いは大変なものだとテオは感想を抱いた。


「今回私がやって来た用件は以上です。

 あ、そうそう。今回初めて護衛を行なうテオ君の様子も聞いておきたいんですけど。どうですテオ君? 上手くやれてますか?」


 ヴェルナーはテオに視線を向けて問いかける。

「護衛と言っても、客人扱いされているだけだよ。今の俺は名前だけの護衛だからね。今回の仕事を護衛の経験には数えられないと思う」

「まあ、それは仕方がないでしょうね。今回の護衛は特殊なものです。ドラゴンキラーがクリスタ様の側に付いたというウワサを広める為の、いわば口実の為の護衛ですからね。

 本当の意味で護衛をするならば、複数人の護衛戦力が必要ですから」

「それは伯爵家としては受け入れられませんよ」


「分かっておりますよクリスタ様。さて、そろそろお暇いたしますよ」

「あら、夕食にお招きしようと思っていたのですが……」

「ご厚意ありがたく思いますが、まだ仕事が残っておりますので……」

「そう、それは残念です」


 一礼し、立ち去ろうとするヴェルナーに、テオはふと質問をした。


「ヴェルナーさん。『花喰い人』という言葉に心当たりはありませんか?」


 テオは占いの詩の中で、引っかかっていた単語について聞いてみた。


 『花喰い人』は黒幕の事だという、クリスタ達の解釈も理解はできた。

 花喰い人。花を食べる人。つまりクリスタからの利益を貪る者、という意味なのだろう。


 けれど、テオはどうにも引っかかっていた。それだけの意味では無いような気がしていたのだ。


 『未来詩筆記』がどのような言葉遣いをするのかは詳しくはない。

 けれどクリスタの事を示す『銀の花』に倣うように、誘拐を目的とする襲撃者の事を『花泥棒』とある意味で上品とも言える言葉で表現している。


 花泥棒が花を贈る相手なのに、『花喰い人』などとある意味で粗野な言葉を使うだろうか? 『銀の花』『花泥棒』に合わせて、蝶や蜂、もしくは花が似合う貴婦人、貴公子などの上品な言葉を使うのが、花が贈られる相手を指す言葉には相応しいのではないだろうか。


 あえて『花喰い人』という言葉が使われているのならば、何か特別な意味があるのではないだろうかと、ふと思ったのだ。


 しかし、テオはヴェルナーから答えが返ってくるの事を期待していたわけではない。軽い気持ちで話題に出しただけで、分かりませんという言葉が返ってくるのだと思っていた。


「おや?」


 しかしヴェルナーは意外な言葉を聞いたかのように、目を見張る。


「よくその言葉をご存知ですね。随分と古い言い回しだというのに」

「え? 知っているんですか?」


 驚いたのはテオだけではない。クリスタとレベッカ、それだけではなく、占いの詩の事を知っている伯爵家の者全員が驚いている。

 ヴェルナーは彼らの変化には気が付かず言葉を続けた。


「ええ。知ってますよ。『花喰い人』というのは古い、詩的な言い回しで言う所の、ヴァンパイアの事です」


 彼の言葉が終わるか終わらないかの時、遠くから爆発音が響いてきた。




  ◇  ◇  ◇




 場末の一角にある酒場。酔客達で賑わうその店の一つのテーブルで、二人の男が酒を酌み交わしていた。


「なあ、知っているか? ドラゴンが売りに出されたって話」

「はっ。それを知らないって奴は、ゲディックの街には言葉も話せない乳飲み子くらいなもんだろう」


「ならコレは知ってるか?

 目玉一つに豪邸が建つような高値が付いたとか。ドラゴン全部を売っ払ったら豪邸が何個建つのやら。

 しかもドラゴンを殺したのは一人でやったらしいからな。そいつは一夜にして大金持ちってわけさ」

「へえ。そいつは羨ましいねぇ……。

 もっともそれは、そいつは運がいいだけさ。俺が遭遇してたら俺がドラゴンキラーになってさ」


「はっ。ムリムリ。身体のデカさはそこらの家以上はあるバケモンだぞ? テメェなんぞ一口でパクリか、ドラゴンのブレスで一瞬で黒焦げさ」

「……そんなデケェのか?」


「ああ。デケェらしいぜ。

 俺のダチでオークションの警備をしてた奴の話だとな。ドラゴンの頭骨を間近で見たらしいんだがな。とっくに死んで骨だけになってるって言うのに、食い殺されるかと思ったとか言ってやがった。

 ビビリでも無い奴なんだがな。それだけ迫力が有ったってことだろう」


「へえ……。じゃあそのドラゴンを殺したドラゴンキラー様は、どんなバケモノだって話しだな。

 そういや、ドラゴンが売りに出されたってウワサはよく聞くが、ドラゴンキラーの話はあんま聞かねえな。

 ドラゴンキラーはどんな奴なんだ?」


「ああ、そうそう。そいつを言いたかったんだ。

 詳しい事は知らんが、ドラゴンキラーは今、伯爵様の姫様の護衛をやってるって話しだ」

「あん? なんで姫様の護衛?」


「ダチがオークションの警備をしてたって言っただろう?

 あんま広がって無いが、オークションに賊がやって来たんだ。で、警備をしてた冒険者と姫様の護衛をしてた伯爵家の兵士が何人か死んだらしい」

「おいおい。大事件じゃねぇか……」


「まあな。まだ広まってないがそのうち広まるだろ。

 でだ。賊の目的は姫様の誘拐らしい。そのついでにドラゴンの素材も奪おうともしてたらしいが……。

 伯爵家と冒険者ギルドにしてみたら、盛大に顔に泥を塗られたってワケだ」

「はっ。そいつ死んだな。高位貴族とギルドにケンカ売ってただで済むワケ無いだろうに」


「だろうな。ギルドは今血眼になって黒幕探しをしてるらしい。

 それで姫様はまた狙われるかもしれないから、ギルドの方はその護衛にドラゴンキラーをつけたらしい。

 姫様にちょっかいを掛けようとするヤツは、ドラゴンを殺したバケモノが相手になるって寸法だ」

「知らずにまた襲ったら、今度はバケモノがお出迎えってわけか。

 にしてもドラゴンキラーってどんなやつなんだ?」



「それは私も知りたいな」



 突然隣から、女の声が聞こえて、男二人はそちらに顔を向けた。

 女だ。彼らは立っていた人物をそうとしか認識できなかった。燃える様な赤く長い髪と、血のような瞳の色以外に、何も記憶に残らない。


「ドラゴンキラーとはどんなやつなんだ? 私に教えてくれないか?」


 女の言葉に、酒精による酔い以外の何かに誘われるように口が滑らかになる。


「なんでも、ドラゴンのブレスを防ぎきったらしいぜ? 余波で岩が溶けるようなもんだったらしいけど、仲間を守りきったとか。


 それと、高レベルの土属性魔法の使い手らしい。ドラゴンを怯ませる一撃を加えたとかなんとか。


 低ランクのガキだとか、問題を何度も起こしたトラブルメーカーだとかも聞いたが、本当の所はどうなっているかは俺は知らない。

 その他は……。知らないな。俺が聞いたのはその程度だ」


「ほう、そうか。魔法使い系のドラゴンキラーか。しかも低ランク? 田舎から出てきたばかりの賢者の弟子か何かか? まあいい、中々楽しめそうだ……」


 その女の呟きは、男達には聞こえても意識に残らなかった。ただぼんやりと彼女の問い掛けを待っている。

 女の問い掛けに、男達は明確に答えを返す。


「ドラゴンキラーは今、伯爵家の娘の護衛に付いているんだな?」

「ああそうだ。その事を広めるようっていう仕事を受けたんだ」

「仕事?」

「ああ、なんでも、ドラゴンキラーが護衛に付いているってウワサをバラ撒けば、襲撃が無くなるだろうって狙いが伯爵家にあって。ギルドへ依頼されたんだ。

 俺はギルドから受けたウワサをバラ撒く仕事の最中なのさ。酒を飲みつつ金を稼げる美味しい仕事だ。いつもこんな仕事が入りゃいいんだがな。

 あ、そうそう。この事を言っちゃいけないとも依頼内容に入ってたがな。アンタが知りたいなら仕方がない」


 茫洋とした目で話す男に、相方の男も同じ様子のまま聞いてはいない。


「私はお前の仕事に興味は無いさ」


 そう言って女は背を向け、パチリと指を鳴らしてその場を離れる。

 残された男達は、はっと気を取り戻すとぱちくりと目を瞬かせる。


「えっと……? 何を話していたんだっけ?」

「……ドラゴンキラー様が儲けた事を話していたんだろ? たしか」


 自信無さげな答えに、男は己が仕事の途中だったことを思い出し、口の滑りをよくする()を一口含んでから、語り始めた。

 伯爵家にドラゴンキラーが雇われたと言うウワサを。






 女は酒場を後にして、人通りの中を歩いて行く。


「ドラゴンキラーか、楽しみだな。どんなやつだろう? 屈強な大男ってわけでも無いか。なんせ魔法使い系だ。すらっとした優男風かな? いやいや、ガキだという話しもあるから、私にみたいな姿なのかな?」


 そうつぶやいて、クックックッと笑う。結構な声の大きさであるにもかかわらず、すれ違う人々は誰も彼女を気に留める事はない。

 それは、彼女も持つスキル『認識阻害』の効果だ。多少大きな声を出した所で、気に留まらない事としか認識できないようにしてある。


 男が己の事情をぺらぺらと話したのは、このスキルを応用して彼女の事を、親しくなんでも話せる信頼できる人物だと、認識を歪めたからだ。


 最後にもう一度認識を歪め、彼らは今ごろ、白昼夢を見たとでも思っているだろう。


 彼女は街中を歩く時は常に『認識阻害』を使っている。それは彼女が非常に目立つ風貌だからだ。

 もし彼女が『認識阻害』を解いて人通りの中を歩いたら、通りすがる者のほとんどが彼女を振り返るだろう。

 目立つ事は嫌いじゃないが、有象無象の者どもの無遠慮な視線にさらされるのは好きじゃない。


 よほど目立つ行動をしなければ、『認識阻害』のスキルは彼女を人々の中に紛れ込ませる。


 彼女は、絶世のという枕言葉がつくような美少女だった。見た目の年は十二、三歳くらい。小柄な体格で、肌は病的とも思える程に白い。

 しかし少女を見て、儚いと思う様な者はいないだろう。


 内面の激しさが、そのまま表に出てきたかのような燃えるような赤い髪。

 血に染まったかのような緋色の瞳は、他を圧倒する強い意思の光が炯々と宿る。

 これから行なう遊びへの期待に、いたずら小僧のように口角を釣り上げている。


 一般的な外套を纒って隠しているが、その下の服は、上等なドレスのように装飾の施された戦装束だ。


 彼女は伯爵家の屋敷へと向かう。時刻は夕刻で、伯爵家の屋敷にたどり着く頃には日が沈んでいる事だろう。


「ちゃんと居てくれよ? ドラゴンキラー。じゃないと伯爵家の屋敷が焼け落ちるぜ?」


 彼女の名前はアニタ。種族はヴァンパイアだ。



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