05話 オークションの目玉『骸に群がる亡者達。――――』
クリスタ・フォン・ゲディック嬢との面会は、オークションが終わってからだと言う事で、テオは真紅を身に纏う竜のオークションを見学する事にした。
キリクからの指示により、イーリスを隣に伴っての行動だ。
イーリスは見た目だけならば、良い所のご令嬢に見える。その彼女のエスコートという形にしておけば、目立つイーリスの影となりテオは目立たない。
そもそも、テオがドラゴンキラーであるとは、まだ大体的に知られては居ない。
テオが一人で行動しても、ドラゴンキラーに近寄ろうとする者は現れないだろうが、オークションに参加する事無く、年若いテオが個人で見学するよりは目立たない。
劇場の舞台に商品が運び込まれ、競売人の説明の後にオークションが始まる。
観劇の際は暗くなる客席は、今は魔法の灯りがともされ、いかに競り落とすかと目を爛々と輝かせた商人達が主役の舞台となっている。
積極的に競りに参加するのは、客席の前の方を埋め尽くしていた。
テオとイーリスの二人は客席の後方だ。競りに参加する事はできるが、ほぼ観客席とも言っていい。
意外と高値が付いた品が二つあった。
一つは解体した頭骨だ。牙も角と取り払われた生前の姿を知っていると哀れに思える姿だ。しかし、生前の姿を知らない者からすれば、十分に迫力がある最もドラゴンの脅威をわかりやすく体現した品になる。
骨すらも高級素材となるドラゴンは、コレほど綺麗に頭骨がそっくりそのまま残っていることも珍しいそうだ。
そしてもう一つの高値がついた品は、同じく頭部の、こちらは皮の方だ。頭骨が無いために、大きな板に広げた姿で出品された。
こちらは剥製として加工すれば、ドラゴンの生前の姿を再現できるとあって、頭骨に負けじと大人気だった。
ドラゴンは権威の象徴でもある。最終的にはドコかの王家か有力貴族に買われる事になるだろうとの事だ。
そしてオークション最後の品であり、最も高値が付くであろう商品が真紅を身に纏う竜の眼球だった。
透明なビンの中に、保護溶液の中に浮かぶその眼球は怪しげな光を放っている。
競売人の口上が始まる。
「さあ、本日盛況に行ってまいりました真紅を身に纏う竜オークション。残念ながら、ついに最後の商品となってしまいました。
最後の商品は真紅を身に纏う竜の眼球です!
一対ではなく、一つの商品ではありますが、その価値はいささかも衰えることはありません。
皆さんよくご存知のステータスオーブは、モンスターの眼球から作られております。
それら一般的なステータスオーブは鑑定スキルの下位互換に過ぎません。
ステータスオーブは本来ならば鑑定スキルと同等。いやそれ以上の力を持つとされています。
が、いかんせん等級が低いものが素材として使われているために、その価値を発揮しきれておりません。
ならば等級が高い素材でステータスオーブが作られたならばどうなるのか?
最も著名な、等級が高い素材でつくられたステータスオーブこそが、我が国の国宝『王の瞳』、そして教会本殿所有の神宝『聖別の竜眼』でございます。
これらステータスオーブの中でも特に優れ、対象者の全てを見通すとされる品は、その素材に竜の眼球が使われている事は、知る人ぞ知る事実でございます。
今回のこちらの商品は、神殿より鑑定の神官様をお呼びし、鑑定をしていただいた結果。最高等級の竜の眼球だと判明いたしました!
冒険者ギルド、並びに神殿の鑑定証明書が付いた、正しく、最高級の竜の眼球でございます! この機会を逃せばこの先十年は、これと同等品質の竜の眼球は市場に出て来ることは無いでしょう!
この竜の眼球を用い、最高の魔具職人の手にかかれば、国宝『王の瞳』、神宝『聖別の竜眼』を超える物も生まれ出づるやもしれません。
無論。この竜の眼球を素材にした魔具はステータスオーブに限りません。ですがどのような魔具に姿を変えようとも、最高の能力を発揮することだけは確かでしょう!
また、ご覧ください! この妖しく、美しい輝きを!
この輝きを手元に置いておけると言うだけで、手に入れる価値は在るでしょう。
――皆様方の興奮も高まって参りました……。本日最大の競売を始めましょう。
対象商品は真紅を身に纏う竜の眼球。最低価格は、――六億エメラです。
……―――。
それでは、六億エメラよりスタートいたしますっ!」
本日、最大の価格が付くであろう商品の競りが始まった。
「テオさん。テオさんの手取りはどれくらいなんすか……?」
次々に上がっていく競り値に遠い目をしているイーリスは、隣に座るテオに問い掛けた。
「税金、経費その他もろもろ抜かして、競り値の三割が俺の懐に入ってくる契約だったな」
「三割……」
「七億三千万!!」
「七億五千万!!」
「七億八千万!!」
「八億!!」
「八億!! 八億エメラが出ました!! まだまだ出せるでしょう?!コレが本日最後の商品なのですよ?!」
「八億二千万!!」
「八億三千万!!」
「八億六千万!!」
「九億!!」
オークションは加熱していて、その熱が冷える様子は全く無い。竜の眼球の予想落札価格は最低でも二十億エメラは行くだろうとの事だ。
今はまだ、前半戦でしかない。
「……テオさん大金持ちじゃないっすか……。これから先、遊んで暮らせるんじゃないっすか……。うらやましい……」
これまでに落札にされた商品による利益だけで、テオの懐には大金が転がり込んで来ることは確実だ。テオ自身、オークションを見たのはいくつかの商品の分だけだが、それだけの商品の利益だけで、これから一生遊んで暮らせるだけの金額になっている。
全ての商品の売却利益はどれほどになるのか、恐ろしい事になっているだろう。
テオはその大金に驚く事も興奮する事もすでに疲れてしまった。もはや、悟りの境地でつり上がっていく金額を眺めている。
しかし、直接関わりの無いイーリスは感情の疲弊とは無縁のようで、すでに何度も大金で落札される商品をいくつも見ているのに、まだ、まるで血の涙を流しかねない程に悔しがっている。
「確かに大金持ちになるだろうがな。遊んで暮らせるわけじゃない。俺はギルドに貢献しないといけない立場だからな。多分、儲けの少なくて面倒な仕事を回されるんだろうな……」
テオの勝手な予想だが、そう間違ってはいないはずだ。それに、その程度でギルドに文句を言う気にはなれない。テオを守るということは、それだけの厄介事だ。
「つまりテオさんには、大金はあっても使う時間は無いってことっすか?
んー。じゃあ、こういうのはどうっすか? 可愛い可愛いハーフエルフの美少女に貢ぐって使い道は?」
あからさまな媚の売るイーリスに、テオは鼻で笑う。
「はっ、そんな相手がいるならいくらでも貢いでやるがな。そんな可愛い可愛いハーフエルフの美少女、なんてドコにいるんだよ?」
「あ、酷い事言うでやんすな。テオさんは自分の目ン玉をどうにかするのを先にした方がいいと思うでやんすよ?」
「俺の眼は良い方だよ。美少女を名乗りたいなら、まず自分の言動を省みた方が良いぞ? コメディアンは美少女の範疇には入らん」
「コ、コメディアン……!?」
驚愕に、イーリスは顔の造形を崩す。そういう所がコメディアンなのだが、自覚が無かったのかとテオは呆れる。
テオは美少女の定義についてからは話題を変える。
「まあ、金の使い道は自分の装備を整える事が先になるだろうな。俺の装備、と言うか服は村から着てきた物で、防御力はゼロだしな。
装備はドラゴンの素材から作るつもりなんだが。最高の職人に頼まないと加工もロクにできないって話だから、そっちに大金を使うし……。
二つ名持ちを倒して名を挙げようとするアホもいるらしいから、安全のためには宿の方も変えないといけない。
そうなると、治安のいい場所の宿は高いから家を買った方が安上がりになるとか……。
ま、どんだけ金がかかるか分からんから、バラ撒くような使い方はできないよ」
「ドラゴンの装備っすか……お話に聞いたことぐらいしかないよっすよ。
そう言えば、あの竜の眼球の片割れは、テオさんが確保したんすよね?」
続く競りの舞台の上で、怪しげな輝きを保つ竜の眼球を見たイーリスは小声で聞いてくる。
「ああ、そうだ」
「なんであんなモン確保したんすか? 高性能のステータスオーブなんて、でっかい組織か国でもなければ、意味の無い物っすよね?」
「あんなモンって……」
今、その竜の眼球を得ようとしのぎを削っている競りの参加者達にはとんでもない暴言だろう。
「一六億!!」
「一六億!! 一六億エメラが出ました!!」
「一六億五千万!!」
まだまだ彼らの熱は冷めそうにない。
「いや確かに綺麗だとは思うっすが。溶液に浮かぶデッカイ眼球なんて側に置いておきたくはないっすから。
あ、ひょっとしてテオさんはそっちの方の趣味っすか?」
「そっちの趣味は無いし、ステータスオーブも作る気はないよ。
ただ、竜の眼球で作れるかもしれない魔具があるから、確保しておいたんだ」
テオは保管世界に意識を向ける。目録索の新たに作った目録、貴重品目録にあるドラゴンの素材の一覧に眼を向ける。
すでにテオの確保分のドラゴンの素材はギルドから受け取っている。
目録に並ぶドラゴンの素材の名の一つに、竜の眼球がある。
その項目に鑑定をかけると次の説明が現れる。
竜の眼球
真紅を身に纏う竜の左の眼球を保存液に浸した物。
以下のスキルを保有する。使用にはスキルに相応しい姿を必要とする。
スキル竜眼
己を見る者の視線を、宙を貫く線として視認する。また、物体を透視して生命体の姿を視認する。
死して尚、スキルを保有しているのは流石ドラゴンと言わざるをえない。
この事は、ドラゴン殺して、ゲディックの街に戻る前にドラゴンの死体を色々と調べている内に気がついた事だ。
テオにとって己の弱点とは何かと考えると、色々ある。それはスキルの数がアイテムボックス一つしかない以上、仕方のないことだ。
けれど、前々からなんとかできないかと考えていた。その解決方法の一つが、魔具を使った弱点の補完だ。
特殊な効果を持った魔具は高価でそもそも市場に出回る事も少ない。
だから、あまり期待はしていなかった。しかし、今は金銭の問題は解決し、希少であるという魔具の材料もドラゴンの素材によって確保できている。
その中でテオが竜の眼球という、希少な素材を確保したのは、テオ自身の弱点である、探査、探知能力の無さを補うためだ。
竜の眼球を魔具として加工すれば、広域探査、探知能力に加え、スキル竜眼の能力を持った魔具になるかもしれないという、淡い期待があったからだ。
そう言えば、神殿の鑑定スキル持ちの神官によって、テオの持つ方の竜の眼球にも鑑定書をつけて貰ったのだが、その鑑定書には竜眼のスキルが記載されていない。
これは今出品されている方の竜の眼球も同様だ。
テオのアイテムボックス内に収納したモノだけを対象とする疑似鑑定スキルだけが、竜眼スキルを読み取れたのか。
それとも、それともわざと記載しなかったのか。
どちらにしろ、突付いて良い問題じゃない。
意識を現実世界の方へ戻す。
「まあ、できるかどうか分からないけど。
ドラゴンみたいな高級素材はこんな時でもない限り、手に入れる事なんてできないからな。念のためって所が大きいんだよ」
「あー、そうっすか……。それよりも一緒に売った方が大金が入って来るんじゃないっすかね? 今こんなに白熱してるんすから」
二十億を超えているが、未だに熱は治まる気配は無い。
「一つしか無いからここまで白熱してるんだと思うがな」
「あ、それもあるかもしれないっすね」
眼球を一つずつ、二回に分けていたならばここまで白熱はしていないだろう。
最も、テオが確保している竜の眼球も出品していたら、一対として競りに出されていただろうから、白熱具合は変わらなかったかもしれない。
会話が途切れ二人は競りの進行を見守る。
テオは悟りの境地で能面の様な表情だ。
イーリスは大金を手に入れる羨ましさと、厄介事に巻き込まれずに済んだ安堵と、しかしテオに直接ぶつけるのは筋違いだと自制する苦しみを、競りの金額が上がる度にコロコロと表情を変えている。
冗談以上に、それらの感情をテオにぶつけたり、たかろうとしないのは彼女の美点だろう。
しかし、そんなに表情を変えていて疲れないのかと、精神的に疲れてしまっているテオは感心するしかない。
競りの熱狂は、徐々にそれに付いてこられない脱落者を出していく。
やがて競りに参加する者の人数は減って行き、値段の上昇は小刻みになっていく。
そろそろ終わりだろう。
「ぐぅ……! 四六億五千万!!」
「さあ四六億五千万がでました!! これ以上ありますか?! 無いようでしたら、これで決まりですよ?!
………
……よろしいですか?! よろしいですね?
――ではっ! 真紅を身に纏う竜の眼球っ!! 四六億五千万エメラで落札ですっ!!
本日最後の落札者にして、本日最高額を出した落札者に対して。皆様、盛大な拍手を!!」
競売人の高らかに響く称賛に続いて、オークション会場は盛大な拍手に包まれた。




