01話 二つ名
その日、冒険者ギルドより発表されたある事によって、ゲディックの街はお祭り騒ぎとなった。
『真紅を身に纏う竜が討伐され、その遺体がギルドに運び込まれた』という話だ。
一目ドラゴンを見ようとする野次馬がギルドに押し寄せた。
「ドラゴンっていうのはどういうものなんだろうな」
「いいから見せてくれよ」
「本当にドラゴンを倒したのか?」
押し寄せた、普段は冒険者ギルドに立ち入らないような人々がウワサし合う。
しかし、数の多い彼らはまだマシだった。
ギルドが対応に苦慮したのは、ドラゴンの素材を手に入れようと躍起になる商人たちへの対応だった。
「ドラゴンの血をよこせ! いくらだ!?」
「それよりもドラゴンはオスなのかメスなのか教えてくれ!」
「ドラゴンの鱗はどれほどある? 相場はどれくらいだ?」
「倒したドラゴンはどれくらいの大きさなんだ? どれくらいの肉がとれる?」
「どうやって倒した? ドラゴンの身体の表面は綺麗なのか? 傷があったら革にしても価値が下がるだぞ! どうなんだ?」
商人たちはお互いには、笑顔のままで牽制の会話を続けたが、ギルドの受付には、求めるドラゴンの部位の情報について、入れ代わり立ち代わり探りをいれてくる。
「真紅を身に纏う竜の売却は明日正午より開催されるオークションにて行われます。
冒険者ギルドから正式に出される情報以外は、鵜呑みにしないで下さい!」
受付嬢は叫んで人々の整理をする。
ギルドにやって来たテオは、その騒ぎを横目で見ながら受付カウンターへと向かった。
火吹竜の引渡しは、交渉の末に昨日行われた。
テオへのドラゴン討伐の報酬はオークションによる売却代金より支払われる事に決まった。
ドラゴンは利用できない場所存在しないと言われるほど、全身が有用な素材だ。
鱗、牙、角、革は勿論、骨も貴重な素材となる。肉は高級食材となるし、血や内臓は最高級の魔法薬や魔法道具の材料となる。聞くところによると、そのクソでさえモンスター避け薬の最高級素材となるらしい。
ドラゴン討伐の功績はテオ一人のものとなる。イーリスは当然の事っすよ、と頷いていた。
テオは討伐者の権利として、ドラゴンの一部の素材を売却前に手に入れることにした。
交渉の末、テオが確保したのは、肉の一部。角、一番大きな牙、爪が一本つづ。片眼。片翼分の皮膜。大小様々な鱗を多数。それに血液を瓶数本分。
それらの加工をする職人の紹介も報酬の一部だ。
一日をかけて行われた交渉の後、ギルドに引き渡したドラゴンは、今現在、解体作業の真っ只中だろう。
通常、ドラゴンが討伐された場合、数日は一般公開される。それは、討伐された後に街まで運搬する際に時間が掛かるために、血や肉、内臓は粗方腐ってしまうためだ。
他の部位の素材は数日程度では劣化しないために、一般公開をしても問題は無いのだ。
しかし今回は、死亡直後のドラゴンがギルドに引き渡された。足の早い素材を確保するために一般公開は無く、速やかなオークションが開催される運びとなったのだ。
商人達が大騒ぎしているのも、本来ならば討伐者が個人的に確保するような、ごく少量しか出回らない素材が大体的に売り出されるためだ。
そのオークションによるドラゴンの売却金額は、税金や何やらで大多数が引かれる分を除いても、最低でもテオが大金持ちになるのは確実だ。
テオとしてはどうにも実感がわかない。
唐突に襲ってきた落石を慌てて防いだと思ったら、その落石の中身が金塊であり、そっくりそのまま所有物になってしまった。そのような感覚なのだ。
どこか他人事のような感覚が抜けきれない。
ドラゴンの殺害に使用した『竜断ちの鋏』の威力があまりに強すぎたのも影響しているのかもしれない。
ドラゴンの首を切った時もあまりの手応えの無さに、戸惑った程だ。
ドラゴン討伐者の事は公表されては居ないので、テオがこの場に居ても騒がれることもない。その事も実感できない要因の一つだろう。
テオは、商人の対応に疲れたため息をつくヘレンのいるカウンターにやって来る。テオは彼女に気が付かれると途端に睨まれた。
「なんで、貴方がここにやって来てるんですか?」
「ご挨拶だな。蛙狩りの報酬を受取にやって来たんだよ。問題はちょっとあったけど、きちんとポイズントードを捕まえて来たんだから」
ヒラヒラと証明書を見せる。この書類は昨日の内に受け取っていたが、交渉に疲れた昨日のテオは真っ先に宿のベッドに向かっていた。
ヘレンは呆れた表情を見せる。
「ちょっとって……」
ドラゴンの事をそう言うのか。
「まあ、蛙狩りなんて事ありましたね……」
「酷いな。ヘレンさんが送り出してくれたんじゃないか」
「確かにそうですけど……。まさかあんなモノを持ち帰って来るなんて思わなかったですよ。
お陰で、私たちギルド職員は忙しくて目がまわりそうなんです」
「ああ、確かにすごい人出だな。それよりこっちの報酬の精算の方を頼むよ」
「はあ……」
もう一度ため息をついたヘレンは、テオが持ってきたポイズントードの捕獲依頼の達成証明と彼のギルドカードを受取り、素早く計算してくれる。
出された報酬の金額にテオは首をかしげる。
「あれ? 少し多くないか?」
「現場でなにがあったかは私たちも聞いています。
多い分はギルドからのささやかな感謝の気持ちですよ。他の方を守って下さったことへの」
「あー、そうか……」
「それと、ギルドカードはEランクへの昇格にともなって作り直しになります。
ステータスオーブに手を触れて下さい」
「分かった」
言われるがまま、カウンターにあるステータスオーブに手を載せる。
「あら……?」
結果を見てヘレンは小さな声を上げるが、そのままギルドカードを制作する。
テオは何事かと思いながら、そのまま待つ。
「はい、こちらが新しいギルドカードになります」
木製から金属製に変わったカードを受け取り、そこの記載を見てテオは動きを止めた。
ギルドランクE
名前【竜牢】テオ
種族人間
性別男
年齢14
ステータス
STR4
VIT5
DEX6
AGI4
INT7
LUK4
スキル
アイテムボックス
「……なあ。なんか、変なのが増えてるんだけど?」
名前の前に付いている【竜牢】とは何だ?
「特別な功績を成し遂げた方にはそれに相応しい二つ名が付くんですよ?
おめでとうございます。Eランク昇格時に二つ名が付くなんて、うちのギルドじゃ初めてだと思いますけど」
「いや、めでたくないんだが……」
これもドラゴンキラーに付随する厄介事の一つだろうか。
二つ名の存在は聞いた事はあったが、今まで二つ名持ちの相手に会った事はない。テオにとってそれほど縁遠い話だと思っていた。それが、自分に二つ名が付く? どうにも現実感がない。
二つ名は人が付けるモノではない。自称する者や他の者に名前以外で呼ばれる事はあるが、それは別称や愛称、または蔑称と呼ばれるモノで、二つ名とは言わない。
鑑定スキルやステータスオーブによって表示されるものだけを二つ名と言う。
二つ名は神が人に名付ける名前だとも言われている。
故に、二つ名を手に入れるのは貴人にとっては、最高の名誉の一つだとされている。
しかし、テオにとっては厄介事の予告状のようにしか思えない。
「【竜牢】、ねえ……」
「皆さん、テオさんの事を『竜を捕らえた者』と呼んでますから」
その皆さんは誰の事までを指すのか、蛙狩り隊の者だけならばいいのだが。恐い予想が浮かんできたので、その先は考えるのを止めた。
「これ、カードの記載から外す事はできないのか?」
カードを提示する度に二つ名持ちと知られるのは面倒な事になりそうだ。儚い希望を込めて聞くと、ヘレンは笑顔で否定した。
「できませんよ。ギルドカードはステータスオーブの情報をそのまま記載しないといけない決まりですから」
テオは眉根を寄せて己のカードを見詰め、やがてため息と共にカードをしまった。
「それで、Eランクのお仕事っていうのはどういうものがあるんだ?」
「もう、お仕事をするつもりですか?」
「いや、オークションに出るように言われてる。それまでは仕事を入れるなとも言われてるから、仕事をするつもりはない。けど、Eランクの仕事がどんなものかの確認はしたい」
「そうですか。では、概要だけを。
具体的な仕事は掲示板に張られたモノを受付に持ってきて下されば、問題なければそのままその仕事を受けることができます。
Fランクと同じ、討伐と採取の仕事は討伐対象と場所が広がるだけでほぼ同じです」
「気になったんだが、EランクになったらFランクの仕事は受けられないのか?」
「いいえ、そんな事はありません。ただ、信用はあまり稼げないのでランクの上昇が遅くなるでしょうね」
EランクはFランクからようやく、最低限の下働きができる者とギルドが認めた証にすぎない。
社会的信用は無くはないが、最低限にすぎない。
「信用を稼ぐには、街中の雑用とされる依頼をこなす事です。こちの仕事はEランクから受ける事ができます。ですが、テオさんのように早くスライムを倒せる方にとっては、労働時間の割には儲からない仕事です。
金銭を稼ぐ為ではなく、信用を稼ぐ為だと割り切った方がいいかもしれません。
あと、商隊の護衛も受ける事ができます。
しかしこれらの雑用や護衛の仕事の前に、Eランクになった者は初心者講習会を受けてもらう必要があります」
「講習会?」
「ええ。仕事をうける際の注意点や、Eランク以上の義務や権利、ギルド施設の使用方法などの説明を、Eランクになった者を対象に行われます。
こちらの講習会を受けない限り、Eランクの仕事は受けれらませんから気をつけて下さいね。
講習会は大体5日事に行われます。前の講習会は昨日行われましたから、次は4日後ですね。予約しておきますか?」
「ああ。頼む。しかし、ちょうどタイミングが悪かったのか……」
「もし、今日に行われるとしても、ドラゴンのオークションの準備がありますからね。
講習会は延期になっていたと思いますよ?」
ヘレンのジト目にテオは視線を反らした。
「そうか、それは残念だ。しかし……講習会を受けないとギルドの設備は使えないのか……」
テオの独り言をヘレンは否定した。
「いえ、設備の使用はEランクのカードを受け取った時点で可能ですよ。ですが設備管理の職員には使用前にギルドカードを提示して、まだ講習を受けていない事を申告してくだい。
それでどこの設備を使用するおつもりで? 予約や金銭のかかる設備もありますけど?」
「図書室を使いたいんだが。可能か?」
「それならば予約も金銭も不要です。場所は二階の一番奥の部屋となります。ただ図書室が開いている時間は、昼間だけです。夜や早朝は開いておりませんのでそこはご注意を」
「ああ。ありがとう」
礼を言ってテオは受付を離れる。商人や野次馬たちで混雑するその場をすり抜けて、二階への階段へ向かう。
階段の前には『コレより先、Fランク侵入禁止』と立看板がある。
本当にFランクとEランクには明確な区別があるのだと感じながら、階段を上る。
二階にやって来ると喧騒が一気に遠ざかる。
案内の紙が壁にあったので迷うこと無く、図書室にたどり着く。テオはその扉をそっと開いた。