15話 帰り道
蛙狩り隊のゲディックの街への帰りは、ドラゴンの襲撃から翌日の事になった。
竜の咆哮の被害は肉体的にはともかく、精神的にはかなりの被害を蛙狩りの面々に与えていた。
ポイズントードの捕獲は、あと馬車一台分。たった六匹だったが、その日の内に捕獲を続ける事はできなかった。
沼地から少し離れた野営地に一泊してから、精神的な被害の少なかった者でポイズントードの捕獲を行う予定を立てた。
蛙狩り隊の面々の中で、ドラゴンに対面する事の無かった者に対しては『ドラゴンに襲われたが、なんとかしのいだ。ドラゴンは去っていった』と説明をした。
捕獲班を初め、事実を知る者は黙っているように、カールは口外を禁じた。
しかし、事実が広まるのを防ぐ事はできなかった。
その日の夜になる頃には、事実は皆の知る所となった。
『ドラゴンはテオのアイテムボックスの中に囚われた』のだと。
その日の野営は、時折、悲鳴を上げて飛び起きる者が多数出た。
竜の咆哮を浴びて、まともに寝られた者はいるのだろうか。と思われた中、最も近くでドラゴンと対峙したはずのテオは熟睡していた。
彼の精神はオリハルコンでできていると評価されることになった。
次の日の早朝、テオを中心とした新しい捕獲班によって、最後の馬車の分の捕獲は速やかに終わり、帰路に就くことことになったのだ。
ゲディックの街に帰る蛙狩り隊の馬車列の中、テオは一人、揺れる馬車の荷台に座り込んでいた。
ドラゴンを囚えているテオにどう接して良いが分からず、遠巻きにされているのだ。
一人になっている事を良いことにテオは、己の世界に意識を没入させていた。
テオにとっての己の世界とは何か。それはアイテムボックスの機能の一つである保管世界にほかならない。
テオはアイテムボックスを三つの機能に分割して把握している。
それは、門、保管世界、目録索の三つだ。
その中の保管世界とはアイテムボックスに入れたモノを保管している保管庫の事だ。
しかし保管庫とは言っても、保管世界はその言葉通り、その大きさは世界規模に匹敵するだろう。
テオ自身、どこまで大きいのか理解できてはいない。
そしてその容量も、限界がどこにあるのか、未だ確かめる事はできていない。
保管世界が現れる前の話しだ。
一般的なアイテムボックス持ちの保管庫の容量が一立方メートル程だ。なのにかかわらず、テオは八立方メートル程まで増やしていた。
アイテムボックスの容量の増やし方は、ある意味単純だった。容量限界まで大量の物の出し入れを繰り返す事だ。
その時のコツは出す時はアイテムボックスの中を完全に空っぽにすることだ。
一般的にアイテムボックスの容量が増えないのは、容量を増やそうとしても、財布などの小物を常に入れっぱなしにしたまま訓練をしているせいだとテオは見ている。
ともかく、それほどまでに容量を増やしていた頃。テオは目に見えないにもかかわらず、確実に自分の側に存在している巨大な箱に、違和感を覚え始めた。
手に持って運べる大きさだった箱ならば、常に側に存在する事も許容できた。しかし、現実世界に存在するならば運ぶ事すら不可能な、箱と言うより一つの部屋が自分について回る事に、徐々に許容できなくなっていった。
だからこそ思ったのだ。
アイテムボックスは『見えない箱が其処に在る』のではなく、『別次元に存在している箱が、其処に在る様に見えているだけ』なのではないかと。
もし別次元にある箱だとしたら、この見えている箱はアイテムボックスというスキルの名称に、騙されているだけなのではないだろうか?
テオが初めてアイテムボックスを持っていると認識したのは、幼い頃。教会のステータスオーブでスキルを確認した時の事だ。
つまりアイテムボックス――つまり、道具箱という名称を知ってからのことだ。
だからこそ、初めてアイテムボックスを使った時から『両手で持てる程度の大きさの箱』という形に無意識の内に制限していたのではないか?
本来ならば、無限とも言える別次元の世界一つ分の容量であるのに、アイテムボックスという名称のせいで制限が掛かっているないか?
その時、そんな考えを抱きながら、いつものように、容量増加の訓練を行ったのだ。
空っぽのアイテムボックスに容量いっぱいまで物を入れ、容量を増やすべく、少々無理やりにでもさらに詰め込む。それが容量増加の訓練内容だ。
いつも通りであるならば、強い抵抗を受ける中、何度も繰り返した末に、ようやくひとつまみ程度の容量が増える。
けれど、その日は違った。
容量を増やすべく限界以上の物を入れようとした瞬間。
アイテムボックスの底が抜けた。
正しくは、アイテムボックスを構成する箱の六面全てがバラバラになった。
バラバラになったアイテムボックスの元壁、元天井、元床はさらにヒビが入って行き、それに沿って粉々に砕け散った。
常に傍らに存在していために目に見えない箱が消失し、代わりに現れたのは何も無い広大な空間だった。
宇宙空間。
まさにそうとしか言えない空間が唐突に現れ、テオはパニックに陥った。
現実の肉体はしっかりと地面を踏みしめているのに、宇宙空間に投げ出されとしか思えなかった。
その結果テオは地面の上で溺れる事になった。
家の近くの人のやってこない林の一角、訓練場としていた空き地で、テオは泥まみれになって溺れたのだ。
呼吸はできた。それは幸いな事かもしれなかったけれど、意識を失う事もできなかったせいで、長い時間のた打ち回る事になった。
おそらく冷静さを取り戻すまでは、数十分に渡って溺れ続けただろう。しかし、体感時間では数時間以上は経ったと思う。
それがテオの最も恐ろしい体験だ。この経験があったからこそ、テオには竜の咆哮の効果はほとんど無かった。
竜の咆哮がいくらドラゴンの強大さを叩きつけて来ようと、保管世界の空漠とした、何者であろとも呑み込む、広大さの恐怖に比べたら大した事がないと断言できる。
テオはその時からずっと、そんな広大すぎて恐ろしい空間を傍らに見続けて生きてきた。
テオにとって竜の咆哮は、大音量にこそ驚いたが、それだけでしか驚けない代物だった。
保管世界には、アイテムボックスに入れたモノが点々と浮かんでいる。
様々なモノが浮かんでいる。空気、焚き火、財布、毛皮、食料、薪、石ころ、水。
固体はとはともかく、液体気体などの容器などに入れて固定しておかなければ拡散して行きそうなモノも、そのままの姿である程度、かたまって存在している。
保管世界の内部は時間が流れていない。もしくは非常に遅い時間しか流れていないのだ。
目に見えない空気の様な存在も、テオには其処にある事を理解できる。
保管世界にあるものは全てテオが自ら内部に入れたモノだ。ソレ以外のモノは存在していない。
保管世界の中で一際目立つのが、巨岩だ。昨日、離れる前に回収しておいた。
そして次に目立つのが、真紅を身に纏う竜の姿だ。
一番の問題はこの保管世界は時間が流れていないことだ。だからこそ、ドラゴンは未だ生きた状態にある。
時間が流れていたとしても、ドラゴンを保管世界の内部に生きたままでは、問題になるだろうがそれならば簡単に殺す術があった。
呼吸可能な空気をドラゴンの周囲から遠ざけてしまえばいいのだ。
保管世界は宇宙空間と同じく、テオが管理する空気以外に、呼吸できる空気は存在していない。
テオはドラゴンを観察しながら、さてどうしたものかと思案する。
ドラゴンは苦悶の絶叫を上げた姿で固まっている。まるで精巧に作られた彫像とも思えるが、生きている。
巨岩の一撃はドラゴンにとっても相当なダメージだったのだろう。
もう一度、今度はもっと高い位置から巨岩を落とせば、殺せるかもしれない。
そう考えるが、すぐに却下する。
巨岩の一撃にはドラゴンも現実世界に出さなければならない。ドラゴンの抵抗を考えるとあまりにもリスクが高すぎる。
一番いいのは保管世界の中で、ドラゴンの時間が止まった状態のままドラゴンを殺すことだ。
それが一番安全な方法だ。
ドラゴンが現実世界に出現する可能性が一番高いのは、テオは死んだ時の話しだ。つまりテオ自身にはドラゴンが己のアイテムボックスの中に居たとしても、テオ自身には関係ないと思っていた。
しかし、よくよく考えてみれば、そんな事はありえないと気がつく。
たとえ不慮の事故でも、死んだら周囲を壊滅に追い込むような危険人物を街に入れようと思う者がいるだろうか?
どうも未だにドラゴンの襲撃の動揺から立ち直れて居ないようで、カールはゲディックの街に付いたら、テオを伴ってギルドで今後の対応を話し会うつもりのようだ。
テオをゲディックの街に入れる危険性に気がついていないようだ。
ゲディックの街にとって安全な最も安易な方法は、遠い場所でテオを殺す事だ。もっとも実行犯がドラゴンに殺される危険性を覚悟すればの話だろう。
その事に気がついて、テオはもしかしてと周囲を警戒していた。
だが、よく考えてみれば、それはゲディックの街にとってもあまりに危険な話だ。こんな馬車から二日しか掛からない場所でドラゴンが現れれば、ゲディックの街の安全は保障できない。
ゲディックの街にとって最も良い方策は、テオの身柄を確保し、確実にドラゴンを殺せるだけの戦力を集めて、テオ自身にもドラゴン殺しに協力させる事だ。
なにせテオには、周囲の者に被害を出す事無くドラゴンを捕獲できた実績があるのだ。ドラゴンを戦場――と言うよりも処刑場と言うべき場所へと持ってくる役割だけではなく、ドラゴン殺しのメンバーとしても求められるだろう。
だが、それが実現するまでにどれほどの時間を拘束されるか分かったものではない。
やはり一番いいのは、保管世界の中でドラゴンを殺す事だ。
その為にテオは目録索を使って、ドラゴンを調べることにする。
アイテムボックスは内容物を把握する機能が元から存在している。しかし、保管世界のあまりの広さに、感覚的に内部のモノが見えているだけでは、内容物の把握ができなくなった。
目録索はアイテムボックスの内容物の把握機能を、保管世界に対応できるように発展、並びに特化させたものだ。
目録索は保管世界だけに存在する仮想的な糸だ。その糸は保管世界内の門と保管しているモノを繋げている。そして、保管しているモノを全て目録として一覧表示できるようにしてある。
保管世界の物品を現実世界へ排出する際は、目録の中から排出するモノの項目を選択する。指で触れるでも意識だけで選択するのでもどちらでもいい。
すると保管世界内の選択されたモノが目録索の糸によって、保管世界内の門に引き寄せられ現実世界の門から排出される。
目録索の存在があるからこそ、保管世界というあまりにも大きすぎる倉庫でも、素早く、また正しい目的のモノだけを排出できるのだ。
目録には排出の際の間違い防止の為に、目的別に複数の目録を作ってある。
とは言えそう細かく分けている訳ではない。
生活用。戦闘用。危険物用。未分類用。と目録が分けている。
生活用が食料品や飲料水、金銭、野営道具など、普段から日常的に使う物の目録。
戦闘用が矢や木の棒を削って作った槍など、戦闘中にとっさに取り出す必要があるモノを目録だ。戦闘中に収納したモンスターもこの目録に分類している。
そして危険物用。これは街中や人の多い所で排出してしまえば、周囲への被害が避けられないモノの目録だ。この目録の筆頭は巨岩だったのだが、つい先日更新されることになった。
未分類用はそれ以外の、未整理の物をとりあえず載せている目録だ。目録索に繋げると自動的に目録に名称が載せられるが、勝手に他の目的別の目録に載ると困るので設けてある。
目録を整理分割したのはテオ自身だが、その目録に表示される物品の名称はテオが付けたモノではない。
アイテムボックスに収納した時点で自動的に正しい名称が付くのだ。テオ自身が収納した物体の事を知らなくとも。
アイテムボックスが最強スキルであるとテオが考えるのは、この目録索の機能による所も大きい。
目録索にはドラゴンの名称は、真紅を身に纏う竜となっている。
テオは排出不可と決めた危険物用の目録から、真紅を身に纏う竜の項目へ仮想的に指を触れる。
現実世界に排出をするわけではない。
目録索には保管世界内の物品把握、管理の他にも、もう一つ機能がある。これはテオが意識して獲得した機能では無い。アイテムボックスに元から備わっていた機能だろう。
「ステータスオープン」
テオの告げる声とともに、指の触れた真紅を身に纏う竜のステータスが表示された。
名前*******
種族真紅を身に纏う竜
性別雄
年齢4
ステータス
STR557
VIT457
DEX134
AGI332
INT146
LUK96
スキル
竜の咆哮
火竜の吐息
火属性無効
竜鱗
竜翼
竜角
竜眼
竜の心臓
アイテムボックスは収納したモノ限定だが、鑑定スキルの機能も有しているのだ。
これは世間様には教えることはできない機能の一つだ。鑑定のスキル持ちは神殿に確保されるのがこの世界での決まりごとだ。
鑑定スキルを持って居ないのに、擬似的に鑑定スキル持ちと同じ事ができるとは言えば、どう扱われるかわかったものではない。
ともかく、真紅を身に纏う竜のステータスを見てみる。
モンスターはステータス上昇系のスキルは持たない代わりに基礎ステータス自体が高い。
雑魚モンスターであるスライムのステータスが、高くて7である事を考えると流石ドラゴンだ。
そして、スキルの数は少ない。そう言われている。スライムの場合は溶解スキルが一つしかない。
だが、上位モンスターの一角であるドラゴンはそれには当てはまらないようだ。
竜の咆哮と火竜の吐息の説明は今更だろう。
火属性無効のスキルを見てテオは安堵のため息を漏らす。
実は巨岩の一撃の代わりに、収納したばっかりの火竜の吐息をドラゴンに叩き返す事も考えたのだ。
ただ、火吹竜には通用しにくいだろうと止めた。
火属性無効は人には所持できにくいとされる、耐性系スキルの上位スキルだ。使えなくとも有名なスキルの一つだ。能力はその言葉の通りだ。
そして、初めて知るのが以下の、竜鱗、竜翼、竜角、竜眼、竜の心臓、五つのスキルだ。
テオはステータス表示の五つのスキルに指を触れる。
「鑑定」
テオの言葉と共に、スキルの説明が表示される。冒険者ギルドで使われるステータスオーブには不可能な機能だ。
竜鱗魔法攻撃、スキルの干渉を跳ね除ける。拒否の意識を強く持てば比例してその効果は上昇する。
竜翼意思の力に反応して、己の身体を移動させる力を発生させる。
竜角意思の力に反応して、使用する炎の力を増加させる。
竜眼己を見る者の視線を、宙を貫く線として視認する。また、物体を透視して生命体の姿を視認する。
竜の心臓膨大な生命力を与える。再生能力を持ち、死ににくくする。
「……ダメだ。絶対に外には出せない……」
最悪なのが竜眼のスキルだ。巨岩の一撃で殺す時は、身を隠して行えば良いと考えていた。だが、絶対に見つかる。
竜の心臓のスキルも厄介だ。収納時に与えたダメージも、いつまで残るかわからない。
そして、竜鱗のスキルがアイテムボックスへの収納を阻んで居たスキルだろう。
一度ドラゴンを出してしまえば、もう一度収納できるか、保証は全く無い。
はやり、ドラゴンをアイテムボックスに入れたまま、殺す方策を考えないといけないだろう。
できるだろうか?
テオが考えていると、不意に誰かが近づいて来た事に気がついた。保管世界でなはく、現実世界の馬車に座るテオに近づいて来たのだ。
「テオさん。隣、いいっすか?」
「イーリス。護衛はいいのか?」
「まあ、大丈夫っす。ちゃんと言っておいたっすから」
苦笑する彼女は動き続ける馬車に飛び乗り、テオの隣に腰掛けた。
イーリスの表情には疲れが見えているが、憔悴しきった昨日の様子に比べれば遥かにマシだ。
テオは果物を取り出すと彼女に渡す。
「食うか? もぎたてで新鮮だぞ?」
「もぎたてって……。コレ、何時採ったんでやんすか?」
今の季節は初夏だ。にもかかわらず、渡された果物は秋に実る果物だ。
「去年の秋だ。村の近くの山に自生しててな。うまいぞ?」
テオももう一つ取り出した果実をかじる。
「はあ……」
つられてイーリスも果実に口を付ける。みずみずしい新鮮な味に、二人は無言で果物を食べ続けた。
「あのテオさん?」
「ん?なんだ?」
「ありがとうっす」
「たくさん採ったものだしな。気にしないでいい」
「果物のことじゃなくて……。あ、いや。果物の事もありがとうって事なんすけど……。
私がお礼を言いたいのは昨日の事っすよ。
ドラゴンから助けてくれてありがとうっす」
ペコリとイーリスはテオに頭を下げた。
「ああ……。ソレこそ気にしないでいい。自分の身を守るためだったし」
「いやいや。テオさんが私の前に出てから守ってくれなかったら、私は今ここにはいないっすよ。だから、ありがとうっす」
真摯に再び頭を下げるイーリスに、テオはその気持ちを受け取る。
「ん。わかった。まあ、また飯をおごってくれればそれでいいさ」
「そうっすか……? まあ、そんな事で借りを返せたとは思えないんすけど……。ストークベアの事を含めていずれまとめて借りを返すっすよ」
「そうか。楽しみに待ってるよ」
「待っていて欲しいっす」
笑いながらテオが答えると、彼女もようやく笑顔を見せた。そして彼女は恥ずかしそうにしながら続けた。
「それでその……。昨日の私の失態は誰にも言わないでくれると嬉しいんすけど……?」
「失態?」
何のことだろう? テオは首をかしげる。
「ドラゴンの戦いの後の事っすよ……。テオさんに、その、すがり付いてたじゃないっすか? あまりに情けないっすから」
「そうか? ドラゴンにあんな至近距離で襲われたら誰でもああなると思うが? 中には気絶してた奴もいたし」
「テオさんはドラゴンに真っ向から立ち向かって居たじゃないっすか」
「アレは慣れだよ。ああいうデカイ存在には慣れているんだ」
「慣れって……なにに慣れればドラゴンに立ち向かえるようになるんすか」
「まあ……。それは秘密だ」
保管世界の事は流石に言うことはできない。
口元に指を立てて、茶目っ気を込めて言う。イーリスは追及するを諦めた。
「はあ……。
ところでテオさんは真剣な顔してなにを考えていたんすか? テオさんがおっかない顔で、黙り込んでいたから誰も近づけなかったんすよ?」
「そんな恐い顔をしてたか?」
己の顔をなでさする。
「してたっす。それでテオさんはなにを?」
「――ドラゴンを殺す方法を考えていたんだ」
イーリスは一瞬、息を飲む。
「……やっぱり、ドラゴンは生きているんすか?」
「ああ。今まではアイテムボックスの中のドラゴンの事を観察してたんだ。やっぱり死んじゃいない。動きは停まっているから中に入っている分には安全なんだが、次に外に出したら、やっぱり暴れだすだろうな」
「また、アイテムボックスの中に入れるって事はできないんすか? 一度できたんだから、もう一度入れれば……」
「無茶言うな。ドラゴンには魔法やスキルを弾く能力があるらしいんだ。
昨日はなんとか怯ませた結果、ギリギリでアイテムボックスに入れる事ができたんだ。
次もドラゴンを怯ませるなんて自信はない」
「そう。なんすか……」
イーリスの顔色は悪い。
「まあ。だからアイテムボックスの中に入れたままで、ドラゴンを殺す方法はないかって、考えていたんだよ」
「……その方法はあったっすか?」
「……難しいって所だな。
アイテムボックスの中のモノ同士を干渉させあう、なんて考えたことも無かったからな」
「不可能……とは言わないんすね……」
「時間があれば、アイテムボックスをそういうふうに変化させる事もできるんだが……」
「え? 変化?」
「ああ。俺の持論なんだけどな。『スキルとは使い手の認識次第でいくらでも変わる』って言うのがある。
そういう事ができるって認識しながら訓練を続ければ、そのスキルの範疇に収まっているっていう条件はあるが、スキルの持ち主の望む方向に成長して行くんだよ」
「はぁ……。じゃあ、それなら時間があればドラゴンをテオさんのアイテムボックスの中で殺せるっ事か……」
ホっとしかけるイーリスにテオは首を振る。
「問題があってな。訓練途中で失敗するとアイテムボックスの中身を外にぶちまけかねない」
「え……。それってつまり、ドラゴンも……?」
テオは頷く。
「それを防ぐとなるとかなり時間がかかりそうでな。そうなると、俺は相当長い時間ギルドに拘束されかねない。
流石にそれは勘弁して欲しい。
だから今できることで、ドラゴンを外に出さずに殺す方法はないって考えていたんだよ。
顔が怖くなったのは、まあ、殺害計画を考えていたわけだがらな。自然とそうなっちまったって事だろう」
「ギルドに拘束って……。ギルドと話し合って、上級ランクの人に協力してドラゴンを倒すんじゃないんすか?」
「それができればいいんだが……。ゲディックの街にドラゴンを倒せそうな人が居るのか? カールさんに聞いたが、そんな人に心当たりは無いって」
「あー。私も聞いた事無いっすね……」
「近隣の街のギルドにも居ないだろうから、王都のギルド本部に問い合わせるしかないって事らしいけど。そんな事になったらどれだけ時間がかかるか分からん」
ゲディックの街から王都まで、往復で一月はかかるらしい。テオのアイテムボックスに囚えたドラゴンは、一刻一秒を争う問題では無い。放置はできないが、テオが死ぬまでは後回しにできる問題でもある。
王都のギルドがそんな危機意識の薄い組織であっては欲しくはないが、地方の問題を中央は軽視しがちな事は、世知辛い世の真理であろう。
冒険者ギルドの事を詳しく知らない以上、テオはあまり信用はしていないのだ。
「それに、ドラゴンを外に出したら真っ先に狙われるのは俺だからな。できることなら出したくない」
「ドラゴンからしてみればテオさんは不倶戴天の敵っすからね……」
「ああ」
「ならそうっすね……。テオさん。鉄の矢尻を引き千切った収納破壊でドラゴンを殺すことはできないんすか? あれなら、完全に外に出す前に殺せそうっすけど?」
「考えたんだがな。ドラゴンに致命傷を与えられる部位になると、首とか胴体になるだろ? そうなると、頭か身体の半分は外に出た状態になるわけだ。
ドラゴンは大暴れすると思うぞ?」
「ああ……。確かにそうっすね……」
「ドラゴンが暴れ出さないようにするには、ごく一部しか外には出せないだろうな。
頭とか、身体の半分が外に出てないなら、アイテムボックスの中の影響の方が大きいから、動かないままになるだろうが……」
「引き千切りたい部分だけ外に出せればいいんすけどね」
「ああそうだな。目的の場所だけを外にだせれば……。――ん?」
「へ?」
不意に黙り込んだテオは、しばらく考え込んだと思ったら、不意に一本の薪を取り出した。丸太を割った、人の手では折れそうもない薪だ。
その薪が端から半分程まで姿を消す。門の中に突っ込まれたのだ。と、その消えた半分の先、数センチ離れた場所から、薪の先端が出できた。
「えっとこれはなんすか?」
「実験だ。今は薪のごく一部――薪の中央部分だけをアイテムボックスに入れている。で、この状態で収納破壊をすると……」
バキンッと音を立て、門に支えられていた薪は、そこから半分になってテオの手に落ちる。
「これは大部分がアイテムボックスの外に出た状態だったけど、これを逆にする」
テオは言いつつ、半分になった薪の片方を全部収納する。
再び門から、薪の先端だけが姿を表す。しかし、ゆっくりと出続け、薪の表面が動いているように見えるにもかかわらず、数センチ以上長く姿を見せる事はない。それ以上の長さになる前に、もう一つの門に薪は入り込んでいるのだ。
薪の表面の動きは止まる。そして、門同士を近づける。宙に浮かんで見える薪の一部はどんどん薄くなっていく。
門に突っ込んだ断面は黒く見えるだけで、やがて一枚の黒い紙切れのようにしか見えなくなった。
「これ、薪の一部っすか?」
「ああ、薪の中央部分だけを外に出した状態だ。で、これを収納破壊すると」
テオの言葉と共に、その黒い紙切れのような薪は姿を消した。
「……音もしないっす……」
「音を響かせる大部分が、アイテムボックスの中だからかな?」
テオは元の長さから四分の一になった二つの薪を取り出す。
イーリスは戸惑った様子で聞く。
「えっと、つまり、これでドラゴンを殺せるんすか?」
「おそらく」
できればドラゴンの頭部を門に通過させたくない。
ドラゴンを収納できた時は、ドラゴンの竜鱗のスキルの効果が著しく弱まった。時の止まった保管世界のドラゴンはその時の状態を保持しているはずだ。
つまり収納破壊は今のアイテムボックスに収納されているドラゴンにならば効くのだ。
しかし不安もある。引き千切った薪は断面はひどくささくれている。引き千切ったので仕方がないだろうが、ドラゴンの首を引き千切るとなると問題が出て来ないだろうか?
「……できる事なら、スパッと切れて欲しいんだがな。
ドラゴンへの干渉は最小限にしたい。首を引き千切るなんてされたら途中でドラゴンが暴れ出しそうだし……」
力を加える干渉部分をごく短い距離にすれば可能だろうか?
「今のは紙を手で破ってるようなモノなんすよね? ナイフとかハサミみたいには切れないんすか?」
「ナイフは無理だと思うが、ハサミ。ねえ……」
門に途中まで入った物体はテオがそうしようと操作しない限り、門の表面に固定される。
ドラゴンもそうだった。片腕を突っ込んだ状態で体勢を整える事ができなくなった。門に腕をそれ以上入れる事も出す事もせずに、門の表面で自由に腕を動かせたのならば、ドラゴンはもっと楽な姿勢で収納へ抵抗し、テオはおそらく殺されていただろう。
テオは半分になっている薪を収納し、試してみる。
二つの門をピタリと重ね合わせ、薪の剪断する部分だけを現実世界に出す。そして二つの門が離れないようにしたまま、位置を横にずらした。
「あ、切れた」
薪を完全に固定する門の表面が、ハサミの刃の代わりとなった。想像以上にアッサリと切れてテオは思わず驚きの声を上げた。
四分の一になった二つの薪を取り出し、その断面を見る。そこは鋭い刃に切ったように滑らかな表面になっていた。