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産廃スキル『アイテムボックス』しか使えない俺が、何故か魔王と呼ばれるその日まで。  作者: 雪月 智也
第一章 〇〇殺し編  新人冒険者の俺が〇〇殺しとなるまで
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14話 戦後処理



「倒した……のか? ドラゴンを?」

 カールは呆然と呟いた。


 信じられなかった。暴虐の象徴たる真紅を身に纏う竜(レッドドラゴン)が現れ、もう終わりだと思った。


 なのに、ドラゴンの姿は消えて、自分はまだ生きている。


 ドラゴンが火竜の吐息(ファイヤーブレス)を放つ寸前、テオが前に駆け出したのが見えた。

 その後の事は本当に何が起きたのか、分からない。


 真っ黒な壁ができたと思ったら、強烈な光に目を眩まされた。目が回復する前に数回の竜の咆哮(ドラゴンロア)が放たれ、全く動けなくなった。

 何故か竜の咆哮(ドラゴンロア)を言い返すようなテオのやけくそ気味の叫び声も聞こえた。

 そして、再びの閃光にまた目を眩まされた。

 竜の咆哮(ドラゴンロア)を中断させた轟音。

 その後、もう一度、小さめの轟音と地響きがしたと思ったら、ごうごうという暴風の音しか聞こえなくなった。


 やっと回復してきた目を開くと、全く変わった光景がそこにあった。


 沼地が近いとは言え平坦な地面だったその場所は、巨大な岩石が鎮座していた。

 よく見ると、岩の下に溶岩を見つける事ができた。火山の噴火が起きたかの様な惨状だ。


 しかし惨状となっている地面は、テオの目前を境に、何の影響も受けて居ない地面と切り分けられている。


 テオは振り返り、カールが見ている事に気がついた。

 彼は疲れた表情で苦笑する。


「……カールさん。しばらく休憩でいいですよね……?」

「……あ、ああ……」


 カールはそう答えるしか無かった。

 テオはその場で座り込むと、大きくため息をつく。

 ごうごうとなる暴風の音が聞こえるが、その音は徐々に小さくなっている。暴風の音は聞こえても、実際に暴風に吹かれて居ない事に気づいていない。


 カールはにとってそんな些細な事を気にする余裕など無かった。彼は未だ震える足を叱咤し、付いていた膝を地面から離して立ち上がる。


 情けない。そうカールは自嘲するが、彼はマシな方だ。


 彼とテオを除く捕獲班、全員が腰を抜かしている。顔を真っ青にしてガクガクと震えている者もいれば、酷ければ失神している者もいる。


 そんな彼ら見て、彼らよりもマシだと思うよりも。ドラゴンに立ち向かって、おそらく打倒したのであろうテオを比較対象にして、自分を情けなく思う。


 なにが『ドラゴンスレイヤーを目指している』だ。

 ドラゴンを前にして何もできなかった。

 テオのようにドラゴンに対して前に一歩、踏み出す事ができなかった。踏み出した所で何かをできたわけじゃない。

 けれどその踏み込めるか否かが、英雄と呼ばれる者とそうでない者を分けるのだろう。テオは前者で自分はそうではなかった。ただそれだけだ。


 カールは頭を振った。もうそんな夢を見ていられる程若くは無い。

 今の自分は、責任を果たす立場だ。

 周囲の、特に蛙狩りの隊員の事を見回る。気を失っている者は居るものの、命を失った者はいない。後方の馬車にも、目に見える被害は無い。だがすぐに馬車が使える状況にはない。

 引き馬の精神的な被害は甚大だ。ガクガクと震えている。馬車の護衛をしていた者が宥めている。パニックを起こして暴走しないだけあの馬は肝が座っている。

 馬車の護衛をしていた彼らの精神的被害が、捕獲班に比べて小さいのは単純に距離の問題だろう。彼らの位置は火竜の吐息(ファイヤーブレス)の射程からは外れた位置にあった。


 ドラゴンに襲われて死者が出なかった事は喜ばしい事だ。ドラゴンに襲われては、全滅していてもおかしな事ではない。


 しかし、これからの事を考えると頭が痛くなってくる。ゲディックの街に戻れば大騒ぎになるだろう。そして蛙狩り隊を率いた責任者として、矢面に立たされる事になるのは自分だ。


 将来の苦労はともかくとして、カールは真っ先に確認しておかねばならないことがある。

 カールはテオに歩み寄る。



  ◇  ◇  ◇



 テオは致死性の熱量を持った空気の回収を続けている。

 徐々に空気の吸引力を弱めながら、空気の吸引を止めるタイミングを見計らう。


 空気の吸引力が強いままでは嵐が巻き起こる可能性があるので、空気の収納は突然止める事ができない。

 突然止めると、空気の収納によって周囲に発生している暴風が、行き場を失ってテオ自身に襲い掛かってくる。


 それに、空気の熱はもう少し冷えないと危険だ。

 それでもテオが暴風を小さくしているのは、徐々に空気の持つ熱が安全圏に向かっているからだ。


 テオはカールに許可を取ると、その場に座り込む。

 目の前に存在を主張している巨大な岩石を見やりながら、コイツの回収もしておかないとなと思う。

 だが今は後回しだ。これだけの大きい物を収納するには気合がいる。気の抜けた今はやりたくない事だ。しかし、回収しないという選択肢は存在しない。

 今までは気がつく度に『何処にどう捨てれば問題が起きないだろうか』と考える程度には厄介で邪魔な代物だった。


 しかし今では、共にドラゴンと戦い、勝利の一手を決定づけた大切な戦友だ。

 捨てるだなんてとんでもない。


 と、段々と小さくなる暴風の音によって、それに紛れていた声が聞こえて来た。


「うぅ……。あ……。うぅ……」


 そちらに顔を向けるとイーリスがいる事に気がついた。


「あ」


 彼女は今、ここに来たわけじゃない。ドラゴンとの戦いの最中ずっとここに居た。テオ彼女の存在を完全に忘れていた。


 テオはちょうどイーリスの隣に座り込んだ形になった。

 イーリスはドラゴンが出現した時に、最も近い位置に居た。テオが前に踏み込まなかったら、彼女は火竜の吐息(ファイヤーブレス)に焼き尽くされていただろう。


 そんな九死に一生を得た彼女の様子は酷いものだった。顔を真っ青にしガクガクと震え、ボロボロと涙を流し、嗚咽も漏らす。


「あー……」


 無理もない。彼女はテオと同じく、最も近くでドラゴンと対面した者だが、テオとは違い、見ている事しかできなかった。

 ドラゴンと直接戦っていたテオは恐怖をドラゴン相手に叩きつける闘争心に変換させる事ができた。しかし、イーリスは恐怖にのまれる事しかできなかったのだろう。


「イーリス。もう大丈夫だぞ? ドラゴンはもうここには居ない。もうここは安全なんだ」

「うぅ……」


 彼女は縋るように手を伸ばしてくる。テオがその手を握ってやると胸に押し抱く。

 力いっぱい握りしめられ、少々痛い。だが、震える彼女の様子に口にするのははばかれた。

 まあ、我慢できないほどでは無い。


「俺の手で良ければ、震えが治まるまで握っていてくれていいさ」

「怖かった……。怖かったでやんすよ……」

「そうか。そうだな……」


 気の利いた慰めの言葉など思いつかない。イーリスの小さな声に相槌を打つことしかできなかった。


 と、足音が近づいてきた。振り返るとカールがいた。


「……テオ。オレはお前に聞いておかないといけないことがある」


 彼はイーリスの様子を見て、顔をしかめる。


「……彼女には悪いが、答えてくれないか? ドラゴンはどうなった?」


 ピクリッとイーリスは身体を震わせる。一度は治まりかけた震えがまた強くなる。

 テオはカールに批難の目を向ける。だが、彼はじっとテオを見返している。


 仕方のないことだと、テオは思い直した。彼には何が起きたのかハッキリと理解できているわけではないだろう。姿の見えないドラゴンの行方が気になるのは当然の事だ。


「ドラゴンは……死んだのか?」


 テオは首を振る。


「いいや。死んでない」

「では逃げて?」


 テオは再び首を振る。


「カールさんも分かってるんだろう? ドラゴンは俺のアイテムボックスの中に収納したよ」

「――そうか」


 彼の驚きは小さい。


「しかしお前のアイテムボックスは、中に長期間入れて置けば生き物は死ぬんだろう?

 これでテオはドラゴンスレイヤーの一人になるわけだな」

「………」


 冗談めかしたカールの言葉に、テオは真剣な表情をしたまま答えない。

 カールの笑顔が固まる。


「……お、おい?」

「――ずっとアイテムボックスの中に入れておいたとしても、多分ドラゴンは死なないと思う」

「ど、どういうことだ? ギルドから聞いたがお前のアイテムボックスは、生き物を入れることはできるが、長時間入れたままでは死ぬのではないか?」


 もし、長期間入れたままでも死なないのならば、大荷物になる檻など持ってくる必要もなかった。

 テオは首を振る。


「実際に長期間入れておいて死んだって例は確かにあるだけど……。それは一回だけなんだ。

 それから何度か生き物を長期間、入れておいた事があるけど、死んだって事は無い。

 おそらく、死んだ例は、俺のアイテムボックスの制御が未熟だったせいだろうな」


「お前、ギルドにウソを付いたのか?」

「ウソはついてないよ。実際に死んだ例が有った事を言っただけだ。

 それに、本当に長期間生き物を入れて置けば、全部の生き物が死ぬかどうかは試した事がない。


 あっという間に死んでしまうかもしれないし、長期間入れっぱなしでも生きてるかもしれない。

 だから死なせたくない生き物はすぐに出すようにしている。生存する保証がないからな」

「……そうか。ならばポイズントードを捕らえる檻は必要だったと言う事だな……」


 テオは頷き続ける。

「それにモンスターは生命力が強い。ドラゴンとなればなおさらだ。

 少なとくともあの大岩の一撃を受けてもまだ生きてし、今、見ている限り、ドラゴンは死んじゃいない」

「今、見ている……?」

「アイテムボックス持ちは自分のアイテムボックスの中身を確認できるんだよ」


 テオは言いつつ虚空に視線を向ける。


「少なくとも。あのドラゴンは生きてる。……って、イタタッ。イーリス、力緩めて!」


 握りしめられた手が、引き絞られるかのごとくに力を込められ、テオは思わず声を上げた。イーリスは、青ざめた表情のまま問う。

「……テオさん。ドラゴンはまた出てくるんすか……?」

「あー、それは大丈夫だと思う。ドラゴンはまだ生きているけど、アイテムボックスの中じゃ、動く事はできない。もっともこちらからダメージを与えることもできないんだけどな……」


 アイテムボックスの中のモンスターを倒す必要があるなんて考えた事もなかった。

「そ、そうなんすか……」

 イーリスはホっと息をつく。

 そんな彼女には心苦しいが、同様に安堵するカールの為に言って置かないといけないことがある。

「ただ、カールさん? 問題が一つある。

 もし仮に俺が死んだ場合。ドラゴンがその場に出現することになりますよ?」


「――!」

「あっ!」

 二人は息を飲む。


 アイテムボックス持ちは死んだ時に、アイテムボックスの中身をその場に出現させる。

 アイテムボックス持ちでもギルドの口座を利用して大金を預けるのは、金銭目的の犯罪を避ける為だ。


「……つまり、早急にドラゴンを殺す方策を立てねばならないと言う事か?」

「そういうことです。まあ、ゲディックの街に帰って、ギルドと相談した上での事になると思いますけどね」


 もはや他人事のようにテオは言う。テオにとってドラゴンの存在はすでに解決した事だ。問題となるのは自分の死後の話しだ。

 テオはアイテムボックスの中に存在するモノの事を、特に気にせずに日々を過ごす事ができる。今までの人生の中で最大のやらかしであった巨岩の存在を、無視して過ごしていたという実績がある。

 動かないドラゴンが一匹、アイテムボックスの中に増えた所で何だと言うのだ。


 それにドラゴン事など、もう考えたくも無いほどテオは疲れていた。



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