11話 カエル狩り
蛙狩り部隊の馬車はその日の昼過ぎに、目的地である沼地に到着した。
目標であるモンスター。ポイズントードの姿が見て取れる。
ポイズントードを何故捕獲するかというと、ポイズントードの皮膚から分泌する毒性の粘液がポーションの原料の一つだからだ。
生け捕りにするのは、その粘液を安定的に採取するためと、粘液は採取後すぐに処理をしないとポーションに使う薬効が無くなるためだ。
粘液を取り続けられたポイズントードは多くの餌が供給されている飼育施設でも、やがて弱って死んでしまう。
蛙狩りが定期的に行なわれているのは、その補充のためだ。
「うわぁ……。あんなにウジャウジャいる……」
ポイズントードは体長八十センチ程の大カエルだ。毒々しい色合いの警戒色が目に飛び込んでくる。
そんなカエルが数十匹、下手したら、三桁を超える数が岸辺の一箇所に集まっている。
「これだから毒ガエルの相手はしなくは無かったでやんすよ……」
テオの思わず上げた声にイーリスが、ゲンナリしたようすで言う。
「ポイズントードっていつもこうなのか?」
あまりの集団に、嘘であって欲しい願望を込めて聞く。イーリスは頷いた。
「しかも一匹に手を出すと集団で飛びかかってくるでやんすよ。
スライムよりも弱いのにこっちは反撃もできないから、みんな吹っ飛ばされて毒粘液まみれになるんすよ……」
「反撃できない? なんでだ?」
「それは――」
イーリスが言いかけた時、馬車から降りた冒険者達を前に隊長であるカールの説明が始まった。
「これから、蛙狩りを始める。その前の注意事項として、ポイズントードに対する刃物や魔法などの殺傷能力の高い攻撃を禁ずる。
これは、ポイズントードはゲディックの街の財産であり、モンスターの中ではごく少量しか自然湧きしてこない為だ。
これから先長年に渡ってポイズントードの捕獲を続けていく為の措置である。
殺傷能力の高い攻撃を行った者はギルドよりペナルティがあることをあらかじめ言っておく」
「マジか……」
「マジでやんすよ。だからこそこの蛙狩りは別名『毒ガエルぬるぬるレスリング』と呼ばれているでやんすよ……」
「マジかー」
「殺傷能力の高い武器しか持っていない者はこちらから、布巻きの棍棒と板盾を貸し出す。素直にそいつを使え。下手に手持ちの武器を使ってペナルティを喰らいたくはあるまい。
だが、一つ忠告するが、力に自信が無い者は盾は使わん方がいい。盾ごと押し潰される。
棍棒を使う時もポイズントードにダメージを与える振り方じゃなくて、遠くへ吹き飛ばすように振れよ。布巻き棍棒でも下手に当てたら蛙は死ぬ。そしたらペナルティだ」
「これって本来はものすごく面倒な仕事じゃないか? これに生きたまま檻に押し込む仕事もあるんだろう?」
「そうでやんす。だからテオさんにはものすごく期待してるっすよ?」
「ああ。頑張るよ……」
彼女の真剣な眼差しに、テオは気圧され頷いた。
カールの説明は続いている。
「本来ならば捕獲班と馬車の護衛班、檻の準備班に別れるが、今回は捕獲担当のテオがいる。
彼を数人で護衛しつつ、檻の準備と馬車の護衛になる」
「あ、それは待って」
カールの説明に、テオは待ったを掛けて質問する。
「檻を馬車に載せたまま、馬車はどれくらいカエルの側まで寄せられる?」
「馬車をか……。そうだな、今の距離の半分程度なら、安全に近づけられるが……」
「なら、そうしてもらえるか? 荷台の方をこっちに向けてれるなら、檻も降ろさずに直接捕獲できると思うんだ」
「それでもかなり距離があるが……。
――まあ、いい。聞いた通りだ。馬車を一台つづ近づけさせろ。近づけさせた馬車には檻の準備班の代わりに多めに護衛を付けるぞ」
カールは人数の振り分けと、馬車の配置を行なう。捕獲担当はテオ一人だが、その護衛として五人が加わり、計六人が捕獲班になる。
その他の者が馬車護衛班となる。
「うう……。なんで私が毒ガエルに近づくんでやんすかー……」
最もポイズントードに近づく捕獲班の一人になったイーリスは、棍棒を手にぼやいた。
「テオと組ませた以上、できるだけ同じ班を割り振るわ。それに、テオと組んだ事をいいことに、道中警戒をサボっていただろう? 代わりに今しっかりと働け」
「うう……」
同じく捕獲班の一人となったカールの言葉に、イーリスはうめいた。
ポイズントードを積み込む馬車の停車位置と向きが定まると、蛙狩りが始まる。
「では始めるぞ!」
カールの宣言と共に、テオ達捕獲班は一台目の馬車の側を離れ、ゆっくりとポイズントードに近づく。
と、馬車との中間辺りで足を止める。
「この距離ならカエルの捕獲も檻に入れる事もできると思う」
「分かった」
テオを中心に守るように、改めて警戒体勢を取る。
ポイズントード達は人間たちの存在に気がついているようだが、彼らにとっては影響の無い距離と見たのか、特別な動きは無い。
「じゃあ、始めるぞ」
テオの声と同時に、彼が手を伸ばした先にある、ポイズントードの集団の内一匹が唐突に消失した。
ポイズントード達に消失した仲間の事に気がついた様子は無い。
テオは続いて馬車に手を伸ばす。
「排出」
馬車の荷台に並ぶ檻の一つの中に、ポイズントードが出現する。
気がつくと檻の中に囚われていたポイズントードは暴れだす。
その騒ぎに岸辺のポイズントード集団はざわめき出すが、一体何が起きたはまだ理解できてないようだ。
おとなしい内に、テオは次のポイズントードを捕らえて檻の中に送る。
四匹目を檻の中に送った頃、ようやく近くに居るだけの人間たちが、仲間の消失に関わっていると気がつく。
ポイズントード達は一斉にこちらにやって来る。飛び跳ねながらの移動はそれほど早くは無い。精々人の歩く程だ。しかし集団が一斉に向かってくる光景はそれだけで威圧感がある。
「うう……。やって来るでやんすよ……」
イーリスは口では情けない事を言うが、手にしている棍棒をしっかりと握り直す。
カールは後方の馬車の護衛班に向かって声を張り上げる。
「次の馬車を回せ! かなり早いペースで進むぞ!」
彼が言っている内に、こちらに最も近づいたポイズントードをテオは収納する。
すぐさま後方の檻の中に排出する。
「これで五匹目、捕獲完了!」
「ホント早いペースだな」
「徐々に下がって距離を取っていくぞ!」
ゆっくりと下がりながら、テオは一台の馬車に載る檻と同じ数の六匹目を収納する。最後の空いた檻の中に排出し、カールに提案する。
「これでこの馬車の分は終わり!
次の馬車の所までもう少し戻らないと、その馬車の檻の中には出せないぞ!」
「分かった。捕獲班は一端退避する!」
カールの号令に駆け足で退避する。
満員となった一台目の馬車は、向かってくるポイズントード群れから離れるべく、慌てて発進する。少し離れた場所に置いてある飼い葉を積んだ馬車の元へと向かうのだ。
これで一番ポイズントードに近いのは捕獲班。次が二台目の馬車だ。
「ココらへんでいい」
二台目の馬車との距離を、ポイズントードを初めて捕らえた時と同じ位まで詰めると、テオは告げて足を止める。
周りの護衛は少し戸惑った様子だが、蛙達はまだ距離がある。テオは彼らの事を気遣うよりも自分の仕事に専念する。その事が一番、護衛をしてくれている彼らに対する気遣いとなる。
迫る集団の内、元気そうで尚且つこちらと距離が近い蛙を選んで収納する。続いて速やかに馬車に向き直って檻の中に排出。
収納と排出をひたすらに繰り返し、ポイズントードの群れが近くに寄ってきたならば、ゆっくりと距離を取る。
その事を繰り返す内に二台目の馬車も満員になる。
「二台目終了!」
「退避だ! 馬車はすぐに出ろ! 捕獲班は三台目まで引くぞ!」
三台目のポイズントードの積み込みは二台目と同じ様子で終わった。
「ひょっとしてこれ、パターンに入ったでやんすか?」
「こんなに早くて楽な蛙狩りは初めてだ……」
護衛している者達はそんな風にリラックスした様子で勝手な事を話しているが、彼らが楽になっている分はテオが必死になって働いている。
「お前ら後で引っ叩くぞ!」
テオは思わず怒鳴った。
四台目が終わり、五台目に差し掛かるとポイズントードの群れも追いかける事を続ける固体と、諦めてその場に留まる固体に分かれ始める。
こちらに掛かってくる圧力は減ってきているが、それでも数は多い。テオの負担は変わらないが、そろそろ全てのポイズントードが引き返す事を選びそうだ。
「最後の馬車はこちらに呼び寄せないといけないもしれんな……」
テオ以外の捕獲班には、カールがそんな事をつぶやく程度には余裕があった。
「よし! 五台目終了! 後一台!」
テオがそう、やけくそ気味に声を上げたその時。周囲に轟音が轟いた。