10話 その夢は
馬車隊は何の問題もなく本日の野営地にたどり着いた。
道中幾度がモンスターが襲い掛かって来たが、どれもが弱いモンスターだ。多くの冒険者が同行する馬車隊は、簡単に蹴散らしていた。この程度のモンスターならば、問題の内は入らない。
今日の野営地は森の中を通る道に開けた場所で、近くには湧き水があり、野営地として最適な場所だ。帰りもこの野営地をつかうと言う。
ちょうど街から馬車で一日の距離にあるので、蛙狩りの馬車隊以外にもいくつか商人の馬車がある。彼らは安全を確保する為に、冒険者が多くいる蛙狩り隊に同行している商人だ。
彼ら自身、自前で護衛の冒険者を雇っているが、たった一日だが更なる安全を求めて、同行しているのだ。
彼ら商人は、蛙狩りの冒険者達を客とすることに余念がない。治療ポーションや解毒ポーションを売りつける商人の姿が見て取れた。
蛙狩り隊の冒険者は、馬車に積み込んだ食料を調理している。大鍋を火にかけて、適当に切った野菜と肉を煮込んだだけのスープと固いパンだ。
肉の一部にはテオが檻に閉じ込めたキラーラビットも使われている。この野営地の近くに湧くモンスターには、食用に適したモンスターは居ないそうだ。
その為キラーラビットは生かしたまま、ここまで運ばれる事になった。さばいたのはカールだが、流石はCランク冒険者だ。見事な腕前で僅かな出血のみで綺麗にさばいた。
「この野営地までキラーラビットを運ぶなんで初めての事だな」
さばきながら、彼はぼやいていた。肉は蛙狩り隊に無償で提供したが、毛皮はテオが受け取った。
夕食を用意する者と馬を世話する数名以外は、大人数用のテントを設営していく。
その際に、一人の魔法使いはモンスター避けの結界を張っていた。弱いモンスターならば近づく事もできなくなり、強いモンスターも近づきたがらない結界だ。
こういった結界を張らない限り、モンスターというのはドコにでも発生する。
ゲディックの街にも今使われた魔法よりも高度で持続時間が長い結界が張られている。この世界で人里というのは、ドコにでも同じような結界が使われているものだ。
数人ずつ焚き火を囲んで、でき上がったスープに固いパンをふやかしながら食べる。
それだけで満足できない者は、自分で持ってきた携帯食をかじるか、商人達から、なにがしかの嗜好品を購入している。
「冒険者というのはな、常に夢を持ち続けるないといけないんだよ」
同じ焚き火を囲むカールはそうテオに言った。
「夢……ですか?」
「そう、夢だ。冒険者っていうのは正直な所、キツいし汚いし、命の危険が常につきまとう。
だからこそ、夢を持って、常にモチベーションを高めて行かないと心が折れる。
ここでは終われない。まだまだオレはやっていける。
そう思えるのは夢があるからこそだ。だからこそ最後の一歩まで踏ん張れるんだ。
今はもうそんな事は言えないがな、若い頃はドラゴンスレイヤーになるっだって粋がってたな。
物語の主人公にあこがれていたんだ」
遠い日の美しい物を見る目でカールは語る。
ドラゴンとはモンスターの中でも最上級の強さを誇る存在だ。暴虐を尽くす悪竜として、最も有名なモンスターでもある。
だからこそ、ドラゴンを打ち倒した者はドラゴンスレイヤーの名誉称号を授かる事になる。その称号を受ける者が居たとしたら、それは正に現世へと現れた神話の英雄の再現となるだろう。
もっともドラゴンの数自体が少ない。それは人の領域にやって来るドラゴンは少ないと言う意味だ。
世界の広さに比べて人の領域はまだまだ小さいとされている。
人の踏み入れる事のできない未知の領域にこそドラゴンの生息地が存在しているのだろう。
と、カールは自嘲するように肩をすくめる。
「もっとも、ここ百年程、人の領域でドラゴンの姿を見たという記録すら無いんだがな。
ま、それに夢ばかり見るっていうのもマズい。現実も見えていないと勇気と蛮勇を履き違えて命を落とすハメになる。
それでも夢は、無いよりはあった方が最後の踏ん張りが違う。
お前さん達は夢があるか?」
「夢……ねえ……」
テオは首をかしげる。
「俺は食べる為に冒険者になったからな。夢と言われても……」
と、言いかけるテオは、同じ焚き火を囲んで、持ってきたという果物をかじるイーリスが視界に入った。
冗談であろうが彼女は自分に対して、『大陸を揺るがす人物になる』と言った。
テオ自身、そこまでの大口は叩けないが、そうなればいいなと思っている事がある。漠然とした思いだが、それを夢と言っていいのだろうか?
「そうだな。できることなら、アイテムボックスの地位を高めたい、とは思うな。
それを夢と言っていいのかは分からないけど」
「アイテムボックスの地位?」
カールはよく分からかったらしい。
「今のアイテムボックスというスキルは、マジックバックのせいで過小評価されてる。もしくは不当に貶められらいるような気がするんだ」
「そうか? 確かにマジックバックがあれば、アイテムボックス持ちは要らないって言われてるが。それは人に由来するスキルと、買うだけで済む魔法道具の違いだろう?」
カールの言葉にテオは首を振る。
「違うよ。アイテムボックスとマジックバックは機能は似ているけど、それぞれ全くの別の機能だよ。
その事を世間一般だけじゃなくて、アイテムボックス持ちも勘違いしてる。
だからこそ誰も訂正しないし、その勘違いのせいでアイテムボックス持ちの不遇が是正される事もない。
アイテムボックス持ちの能力を正当に評価されたのなら、もっと優遇されてもいいと思うんだけどな……」
ほぼ愚痴になったテオの言葉に、イーリスが聞く。
「それって収納破壊の事っすか?」
テオは首を振った。
「違うよ。あれはただの小技だよ。今言ってる事には関係ない。
――マジックバックの機能は、大きく重い物を運ぶ為の機能だ。確かにそれはすごい事だけど、逆を言えばそれだけなんだ。
アイテムボックスはそれに加えて保存ができる。
そのことが社会に広まるだけで、アイテムボックス持ちは多くの者から求められるようになると思うんだけな。
残念ながら、みんな勘違いしてるから人に付随するアイテムボックス持ちより、マジックバックの方が求められているんだけど……」
「保存? いや、保存はできるだろう? オレの使っているマジックバックはちゃんといろんな荷物を保存してるぞ?」
とカールは己の腰にあるマジックバックを叩いてみせる。
「それは中に入れているだけで、保存している訳じゃないですよ。
例えば――」
テオは焚き火の中から、先に火の付いている薪を一つ手に取る。
と、その薪が消失する。
「アイテムボックスなら、こんな火の付いた薪も問題無く収納できる。
そして時間が経った後でも、火の付いた薪を、収納した時点での状況で出す事ができる。
けど、マジックバックではこんな事はできない。
火の付いた物なんか入れた日には、マジックバックの中で火事が起こる。そうなればせっかくの高価なマジックバックはオシャカだ」
テオは火の付いた薪を手の内に排出し、焚き火に戻す。
「俺が言ってるアイテムボックスの保存って言うのは、収納した時点での、物の状況を保つ機能のことだよ。
燃え盛る薪を入れれば、いくら時間がたったとしても、出す時には燃えたまま。
真冬の雪を入れれば、真夏まで時がたったとしても、出す時には冷たい雪のまま。
こんな便利な機能が有るっていうのに、誰もかもが全く活用していない。
活用していないから、マジックバックと同程度の価値しかないと思われてる。
だから、アイテムボックスの地位は低い。
たったこれだけの機能を社会に知らせるだけで、地位が高くなるのに……。
俺はそれが歯がゆい。だから、それが何とかなればいいなと思っている。夢と言うほど大層なものじゃないし、強く思っている訳じゃないけどね」
「いや、十分に大層な夢だと思うが……」
圧倒された様子のカールにテオは不思議そうに首をかしげた。カールは戸惑った様子で言葉を続ける。
「正直な話、本当にそんな事が普通のアイテムボックス持ちにできるのか疑問なんだが?
オレの知り合いにもアイテムボックス持ちは居るが、そんな話を聞いたことが無い」
「アイテムボックス持ちも勘違いしてるんですよ。
『アイテムボックスはマジックバックと同程度の事しかできない』
そうアイテムボックス持ちすらも勘違いしてる。そんなことができるだなんて、全く思っていない。
だからできない。
今カールさんは普通のアイテムボックス持ちって言ったけど、これは別に特別な事じゃ無いんです。ひたすらにアイテムボックスのスキルを鍛え上げた末に、ようやくできるって事でもない。
アイテムボックス持ちならば、ごく普通にできる事なんだ。
現に、俺が子供の頃からごく当たり前にできていた」
できると認識してスキルを行使すれば、今まで不可能だった事ができるようになる。
しかしその逆も、スキルを行使する者の認識次第なのだ。
『アイテムボックスはマジックバックと同程度の事しかできない』という認識を刷り込まれてしまっては、いくらアイテムボックスのスキルが非常に高いポテンシャルを持っていたとしても、マジックバックと同程度の能力までに制限を自ら作ってしまう。
『スキルとは使い手の認識次第でいくらでも変わる』
テオの持論だが、それは真理だと思っている。
村に居た頃、大人のアイテムボックス持ちの数人に、この事を話した事がある。
テオ一人が声を上げた所で、ただの小僧の言葉に誰も耳を傾ける事は無い。
実演してみせた所で、テオ一人だけが持つ特別なアイテムボックスのスキルとしか認識してくれない。
それくらいならばマシな方だ。
何度も繰り返し実験を行って、安全を確認してから伝えた事だと言うのに、『危険だから止めなさい。マジックバックと同じように、アイテムボックスも燃えてしまう』と、わざわざ危険で誤った認識を植え付けようとしてくる有り様だ。
なんとかしたいと思っても、長い常識の中で固定した誤った認識を変えることなど、ただの小僧には無理だった。
素晴らしいスキルを自分から腐らせている彼らに、今よりも年若かったテオは悔しくてたまらなった。
その事を思い出し、今焚き火を囲む彼らを見るけれど、テオの言葉に納得した様子は無い。
テオの実演をしてみせた事は、特別なアイテムボックスだけに備わった能力だと思っているようだ。
テオは苦笑するしか無かった。