~法経大学古流武術研究会活動記録
「ヨシノヤ、ネアゲシチャッタヨネ!」
ギョッとする俺にお構いなく2メートル近い白人が目の前でまくし立ててくる。身振り手振りが大げさで表情はもっと大げさに変化してるが、どうやら怒ってるわけじゃなく何かしらのジョークを飛ばしていたようだ。日曜日の洋画劇場でしか見たことがないような白人のドアップに圧倒されながら「エクスキューズミーエクスキューズミー」をつぶやいて解放されたのも束の間で、そのあとにはギターを持ったヒッピー風のロン毛やら厳つい柔道着のあご割れ巨漢やらがモルタルの階段を一段一段上るごとに押し寄せてくる。
「今日は祭りだべかー」とつぶやいてぼさっとするのが田舎者の正式な態度だそうだが、現に彼らにとっては今日は祭りに違いない。
坂本一馬にとって上京後初の大学生活。
その初日は大変優しい先輩方による手荒く厳しいサークル勧誘活動に揉まれ、時におねーさま方にスポーツウェア越しの人生で未知の感触を(たまたま!)味わったりと、シナプスと海馬が悲鳴を上げそうになるほどの新体験を新たに脳のしわに刻みながらベンチで一息ついた時には夕方になっていた。
「シラバスの内容も履修方法もなんも聞こえなかったなぁ。。」
ついつい出てしまった独り言は、自分の不満の表明というよりかは、心細さをかき消すためのため息代わりに出た発言といったところだろうか。大手量販店まで車で1時間(道中田んぼ)の片田舎から出てきたばかりの一馬には初めて暮らす街での夕暮れは気温よりも心が冷え込むものだった。
が、実質的に気温も下がりつつあるのである。
春は朝夕の寒暖差が大きいとはいうものの、関東のそれは西日本・関西圏某所の温暖な気候しか知らない一馬にとっては心の寒気も相まって過酷なものに感じられた。
春の陽気のままに上着を持ってこなかった5時間40分前の自分への恨みは、いいかげん室内に戻ろうか?それとも野外のサークル活動勧誘活動に交じって人生初の「イ・ザ・カ・ヤ」なる大人の社交場に連れ出してもらおうかどうしようかと考えるスキを与えず、ふと目に留まったコタツに飛び込むのを選択させた。
ん?なんで構内の通路にコタツが??
と思ってはみたものの、これが東京人の風流だべかーってなぐらいの感覚で潜り込んでみる。高校時代に見た大学案内パンフレットによるとさる高名な庭園技師による作品だという滝と苔の芸術の前にプラスチックのオコタは風情にかけるか否か?
の、自問自答に解決を見出すことなく、じぶんだけのぬくぬくタイムは終了した。
「おお!新入生!?でいいかな?」